第57話 騎人バスター愛燃ゆ
事件という概念は、何者かが裏で糸を引いて発生することもあれば、何者も意図していないたった一点の偶然が結果という終着点と線で結ばれてしまい発生することもある。
――たった一点の偶然、それは文字通り
予想だにしないところで起こりうる。
今回はそんな偶然から始まる事件の話だ。
*
「それでは沢山の一年生の、女子テニス部入部を祝って、かんぱーい」
ある日の夕暮れ。百式高校女子テニス部の面々は、カラオケにて新入部員の歓迎会を行っていた。
「いやー、まさかうちの部に今年イチの期待の新人と名高い『満月コーリン』さんが来てくれるなんて、感無量ですよ」
新入部員の一人、コーリンはあからさまに照れて、
「いやいや、そんな大層に呼ばないでくださいよ、先輩。
まだ試合に勝ってないどころか、テニスっていうスポーツが何なのか未だにわかってないオレですよ?」
「だから期待の新人と呼んでるんですよ。これから活躍してもらうことを願いを込めて、ね」
「そうですか、では、皆さんこの満月コーリンのご健勝に、こうご期待ください!」
元気な後輩としてコーリンは頭を下げる。周りの部員はパチパチと歓迎の拍手を送った。
「んじゃ、せっかくカラオケに来たんだし、一曲、景気づけにお願いします!」
と、先輩にマイクを渡されながら言われた。
「上手く歌えるかどうかわかんねーが、うっし、いっちょやってやるか!」
コーリンは渡されたマイクを手に取り、選曲し、それを歌う。
それは言うまでもなく、彼女が好きな特撮ドラマ『騎人バスターアロウズ』のオープニング曲だ。
「……ふぅ、二番の歌詞がすっかり頭から抜けてたが何とか」
辛くも熱唱し切って満足したコーリン。
そんな彼女へ、女子テニス部一同の乾いた拍手が送られた。
「おう、ありがとう、ありがとう」
拍手に対するお礼をきっちり言うコーリン。しかしその表情は、どことなくぎこちない笑顔だった。
彼女はこの微妙な空気を察し、目撃して確証した。
歌唱後、女子テニス部の面々が、やや引き気味になっているのを。
そしてそれは、家に帰ってもコーリンの脳裏に焼き付いていた。
今日は丁度、騎人バスターアロウズの最終回の放送日だった。
当然ながらその時間帯、コーリンはクライマックスを見届けるべく、テレビの前にいた。しかし、
「お母さん、お風呂あがったよー」
「……ねぇピコリ、なんだかコーリンの様子がおかしくない?」
その時、普段の元気なコーリンが何だったのかを忘れてしまうかのような、せっかくの最終回だというのに虚ろな表情をしていた。
まるで観光地に行ってその場のノリで買った死ぬほどいらないお土産を、後日冷静に眺めている時のような顔だ。
『今まで、騎人バスターアロウズを観てくれてありがとう!』
それを聞いて、ピコリは言う。
「わかった! 今回が最終回だから、ロスってるだけだと思うよ?」
「でも、コーリンにしては表情が暗すぎると思うんだけど……」
「それは言えてるかも……ちょっと話聞いてみようよ」
というわけで、チヨとピコリはコーリンに、どうしてそんな気分になっているのかを尋ねた。
コーリンはこう答える。
「なんか、今まで騎人バスター観てたのが馬鹿みたいに思えちまってさ……」
チヨは言い返す。
「別に馬鹿みたいじゃないと思うよ。コーリンの立派な趣味だもの」
「そうそう」
だが、コーリンはため息をついて、
「よくよく考えてみりゃあ、あれ、子供向けの番組だろ。それを高校になったオレがウッキウキで観てるなんておかしいはずだ……」
「大人も観てるってわりと聞くよ? あれ俳優の登竜門みたいな番組だし」
「そうそう」
「その大人もまともな野郎だと言い切れねえよ。これの映画を観に行った時、子供よりも節度のねぇ大人がいたしよ(※第25話参照)――まー、全員が全員そんな奴じゃないだろうけど。
それを思い出すと、俺もまともな人間じゃないかと思うんだよ……」
「それは多分ツイてなかっただけだと思うよ」
「そうそう」
「そんで今日、先輩たちとのカラオケでそれのオープニング歌ったら、場の空気が悪くなって、みんなオレのこと白い目で見てきてさぁ……
やっぱおかしいんだよ、未だに騎人バスター好きな奴って」
「多分曲がわかんなかったのと、コーリンとのギャップが強すぎたので、戸惑っちゃっただけだと思うよ」
「そうそう」
「戸惑わせた時点でオレは重罪だよ。そんとき思い出したんだ、前いた異世界で親父から『好き勝手行動しなければならないと思ったらそうしてもいい。ただしそれは最後に皆のためになるようにしておくれ。ただ仲間を困らせるだけのことはしないでね。それが百万一心への一歩だ』って言われたのを」
チヨはコーリンを慰めようと口を開く。
この刹那、コーリンはこれ以上チヨにも迷惑かけたくないという思いで立ち上がって、
「……ありがとう、そしてもういいよ母さん。さっきからあれこれ都合のいい解釈考えてくれて……とりあえず、今日はもうほっといてくれ」
相変わらずの虚無な表情のまま、二階の自室に上がって行った。
「……ひどい落ち込み具合だったね」
「うんうん」
「それとピコリ、さっきから『そうそう』ってしか言ってないように聞こえるのは気のせい?」
「ごめんお母さん。だってコーリン姉さんがあそこまでブルーになったの初めてみて、選ぶ言葉がなかったっていうか……そもそもコーリン姉さんにそんな恩があるわけでもないっていうか……」
「後半は失礼だけど、前半は確かにそうよね……今日のことが余程響いたんだろうね……」
「コーリン姉さんって、破茶滅茶しながらも極力仲間の和を重んじるタイプの人だから、相当申し訳なかったんだろうね……」
「その辺はきっと複雑だろうから一旦置いとこう。さて、この後どうコーリンを立ち直らせようかな……」
「えー、シンプルにマジナ姉さんとくっつけるとか?」
「……見栄えはあまり良くないけど、それもいいかなぁ」
と、ここで噂をすれば影とやら、マジナが二人の元にやってくる。
「なんか姉御が賢者タイムに突入してて拒否られたんだけど、二人とも一体何かしたのかい?」
「「やっぱダメか……」」
「?」
*
翌日。
コーリンは昨日のことを水に流したように普段通り快活に振る舞うようになった。
そう、『水に流したように振る舞う』――やはり心の奥底には傷が残っているようで、時折、無の表情になる瞬間が多くなった。
その傷は、ウミの出し所がない故に悪化していったようで、快活と虚無の割合は、時間が経つにつれ徐々に徐々に後者が上回っていった。
そして一週間後になる頃には、
「…………ごちそうさま」
もはや誰だよとツッコみたくなるほど、ダウニーになった。
食後間もなく二階に上がるコーリンを脇目に、チヨは一言。
「深刻ね……」
「ああ、すごい深刻だね。いつもの姉御ならコロッケはわざわざ醤油とバターと刻みネギをかけて食べるというのに、今日はフツーにソースでいったんだから。
あれは相当元気がなくなってるよ。泣けるほど萎えてるよ」
するとサバキは言う。
「そうか? 逆に考えてみろ、ここ最近家内が穏やかになっていいじゃないか」
それにマジナはムッとして、
「ちょっとその言い方はひどいと思うよ。今の姉御は自分が大好きだった物ガン否定されてすっごい萎えてる状態なんだから。
君に向かって断退警察の悪口をガンガンぶつけるようなものだよ?」
「それは一理ある。だが家内が静かになったのは事実だし、あのコーリン殿がこれ以上に深刻化することがあるか?」
「あるかもしれないから、私はそれなりに焦ってるんだよ! 君も姉御の妹だろう、少しは心配したらどうだ!」
「コーリン殿のタフネスを信じて、あえて放っておくというの立派な治療法だと、自分は思うが!」
「はいはい、喧嘩しないでマジナとサバキ……とりあえず、サバキ。あなたの言ってることは一理あるけどそれでも毒舌が過ぎるわよ」
サバキはやや不服な面持ちで、チヨに聞く。
「なら、どうコーリンを元の元気爆裂豪快野郎に戻す?」
「それが一番の問題よ。みんなは何か考えはない?」
「全く興味無いのじゃ」
「ボク、コーリンお姉ちゃんの気持ちよくわかんないよ」
「賢者タイムに入られたらもう私じゃ手に負えないよ」
と、ルシェヌ、ユノス、マジナは無情にも、こう即答した。
「……やっぱり深刻ね」
「やはりほどほどに放っておくのが一番……と、言いたい所だが。やはりダメなんだろう」
チヨは少々惜しく思いながら、
「けどこう考えてると、何だかそれが最適なような気がしてきた……あれ、ピコリ。あなたは何か言ったっけ?」
「え、あ、ウチ?」
この時、ピコリは思う。
(まずい、何も考えてないよ。てか、なにも考えつかないよ……コーリン姉さんに特別恩があるわけでもないから、頭も回んないし……)
ここでユノスは言う。
「ここまで黙ってたってんだから、ひょっとしたら何かひっぱってるの?」
サバキは言う。
「ほぉ、それは期待モンだな。さ、聞かせてくれ……」
一同の視線はピコリ一点に向かう。かくてプレッシャーをかけられたピコリは狼狽し、
「えーと、あのー、ちょっと言葉選び中なんだけど……」
必死で答えを絞りだそうとする。
(まずい、何とかしていい感じの事言わないと、やな雰囲気になる……特にルシェヌが馬鹿にしてくるはず……)
ここで満月家のインターホンが鳴る。
チヨは言う。
「こんな夜に何だろう? 誰か通販でも頼んだ?」
(しめた!)
ピコリはこのチャンスを逃しはせず、
「あ、ウチが取りに行きまーす」
自然な流れで、プレッシャーがのしかかるリビングから脱した。
「こんばんは。こちら満月さんのお宅で間違いないですか?」
玄関を開けた先にいたのは、百式高校のジャージを着た、女子の先輩だった。
「はい、そうです」
「これ、満月さんが忘れてたので来ました」
先輩が渡したのは、テニスラケットが入ったカバンだった。
「テニスラケット……ああ、コーリン姉さんの。まさかテニスの肝のラケット忘れるとか……」
「ここ最近満月さん、何だか疲れた感じしてますからね。
けれども、練習試合とかここ一番っていう時は真剣に全力出してやってるんですよ」
「そうなんですか」
「そうです。まだ動きが拙いですけど始めたばかりにしては強いですし、もう本当に、女子テニス部の英雄って感じで格好良くて……あ、すみません、こんな所で長話しちゃいまして」
「いや、特に大丈夫ですよ」
「けど、私も早く家帰らなきゃいけないので……では、それ満月さんに渡しておいてください。失礼しました」
先輩が慌ててドアを閉めた後。ピコリは何かを閃き、チヨ達のいるリビングに寄らず、二階の自室――コーリンのいる部屋に訪れた。
肝心なコーリンは大の字で床に寝そべり、ボケーッと天井を眺めていた――無論表情は、虚無である。
「これ、コーリン姉さんが忘れてたって先輩が持ってきてくれたよ」
「おう、ありがとよ……そのへんに置いといてくれ」
言われた通り、ピコリはそのへんにカバンを置き、一言付け加える。
「……そういえば、あの先輩言ってたよ。コーリン姉さんのこと、騎人バスターみたいで格好いいってさ」
騎人バスター――その単語を耳にするや否、コーリンは起き上がり、ピコリに尋ねる。
「オレが、騎人バスターみたいだと!? 本当か!?」
「うん本当」
(騎人バスターよくわかんないけど、とりあえず英雄なのは確かだから、嘘は言ってない。叙述トリック使えるなんて、偉いぞピコリ)
「いや、けどそれ遠回しに馬鹿にしてるんじゃねぇのか。オレが騎人バスターみたいな感じで幼いって意味合いで……」
「本当に馬鹿にしてるんだったらわざわざ夜中に忘れ物届けにこないと思うよ」
「そういえば、そうだな……けど、ごめんな。オレはもう騎人バスターを気持ち的に好きになれねぇ。はぁ……つらいな」
「つらい?」
「……ピコリなら言ってもいいか。一週間経って整理がついたんだよ。実のこと言うと、オレが一番むなしく思ってるのは騎人バスターで貶されたことじゃなくて、騎人バスターっていう趣味を失っちまったことなんだよ。
もうこの一件でオレの中で騎人バスターに対する嫌悪感が出来上がっちまってる。観たいと思っても観る気がおきない。そして、趣味が一つ消えたことが、むなしくてしょうがないんだよ」
「ああ、なるほどね。わかりみだ、その気持ち。ウチも第47話で大好きだったバンドが解散したとき、すっごく悲しくてむなしかった。けどウチは、その後また別の、よさげなピコリーモバンド見つけて悲しくなくなったよ。
そういえば今日、騎人バスター最新作の放送日だったよね」
「……ああ」
「それ観て、もう一回騎人バスター熱を取り戻そうよ」
コーリンは、ピコリに気づかれないよう、一瞬で目を拭い、
「おうよ!」
かくてコーリンは元気を取り戻し、
「今まで心配かけて悪かった!」
と、みんなに彼女らしく、威風堂々に謝った。
「うん、大丈夫だよ、コーリン」
(また、コーリン殿がうるさくなるのか……)
そしていつもの時間帯に、コーリンはソファに腰掛け、ウッキウキで騎人バスター最新作『騎人バスターステート』を観る。
が、しかし、この『騎人バスターステート』は、ITを題材とした上、若手脚本家を起用した作品のため、IT用語特有の難解な横文字が頻出し、とてもコーリンでは話が飲み込めない代物となっていた。
さらに、肝心な戦闘シーンもサイバー感を意識してか、コーリンの好む肉弾戦より、ロジカルなビームの撃ち合いが主軸となっており、画は派手だがコレジャナイ感が凄まじく、その結果……
「悪い、もう一話観ただけでわかった。この騎人バスターはオレに合わん」
結局、コーリンは騎人バスターステートのリアタイ視聴をストップし、以降は『ステート』の放送時間に『アロウズ』の録画を再生して、セルフ再放送視聴をしたのだった。
「コーリン、それいつでもよくなくない?」
「よくないんだよなぁ、これが」
【完】




