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第51話 あんドーナツだ! 妹トリオ!

 コーリンたち六人が通う高校――『百式高等学校』は、地域有数のそこそこなマンモス高校であり、それなりに各分野へ人材を送り出している準名門校。


 また『校章付きのネクタイを身に着けていれば、公序良俗に反しない限り、どれだけ制服を崩し着しても構わない』という校則があるほどの、時代の流れに合わせられるフットワークの軽い学校でもある。


 そんな個性的な学校だからこそ、その文化も個性的。


 まだ入学して間もないピコリ、ユノス、ルシェヌは、それを洗礼めいて知ることになる。



 とある日の昼休み、三人は混み合った食堂のテーブルのうち一つを囲み、昼食を取っていた。


「貴様ら、ブカツとやらはもう決まったのかえ?」


「まだだよ、この学校部活が滅茶苦茶多いんだもん」


「音楽系のでも吹奏楽とか軽音楽とか、ダンスとかいっぱいあるからねー」


「うおおおお!」

「どけぇぇぇぇ!」


 幾多の足音と雄叫び、そして大量の生徒が、食堂を横切っていく。


「な、何なのじゃああれは……?」


「火事でもおきたのかな?」


「みんなすごい剣幕してたよね……何かのアーティストの限定品買いに行くみたいな」


 ここで、とある男子が三人に尋ねる。

「すいません。周り混み合ってますので……この席使っていいですか?」


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ピコリは、その男子が首にゆるく巻きつけている、青いネクタイを見る。

 一年は緑、二年は青、三年は赤いネクタイを身につけるのが本校のルール。なら彼は二年の先輩だ。

 なら一年長い経験上、この騒ぎに関して何か知っているだろうと思い、ピコリは尋ねる。


「すみません先輩。あの物騒な集団は何だかわかりますか?」


「あれね、あれはこの学校の名物――って言っちゃあ小綺麗なんだけど――『あんドーナツ』だよ」


「「「あんドーナツ?」」」


 正徳六年、徳川幕府七代将軍徳川家継は、当時頻発した商人たちによる血で血を洗う揉め事を制すべく、『商人同士が正々堂々、一対一で拳で結果を決める』約定を成立させた。


 そしてこれは主に商人の書き入れ時である『夏』に、あまり騒ぎにならないよう『暗い』夜に、特設された円形の闘技場で『闘う』ようになったことから、俗に『暗闘夏あんどうなつ』と呼ばれるようになった。


 なお、現代において、あんこを小麦粉ベースの生地で包んだ丸い菓子を『あんドーナツ』と呼ぶが、その語源は言うまでもなくこれである。


 ――民明書房『現代文化に繋がるニッポンの武道』より引用。


「ここの食堂が作っているあんドーナツがあってね。それが何故かわからないけど凄い美味しいらしくて、争奪戦が起こるようになったんだ」


 ユノスは聞く。

「あれ、あそこの食堂のメニューに、あんドーナツ何て無かったよ?」


「それは争奪戦がだんだんと過激化するようになって、食堂が戦場みたいな殺伐っぷりになったからだよ。

 対策として今は普通に食堂で売るのを辞めたんだ。

 代わりに昼休みの最中、学校のどこかにこっそりとそれ専用の売り場を作って、さっさと売り切るようになったんだ」


「こっそり……にしてはさっきの人数は異様じゃな。とても人気で何よりなのじゃ」


「本当に美味しいから、どこに売り場が出来たかが伝わるのが早いんだよ。

 あと、これは噂何だけど……一部の部活には予め売り場の位置を伝えておいてるとか、売り場の位置を把握してる裏サークルがあるとか……」


「なんかヤバイ情報戦繰り広げてるじゃん。おっかないなぁ」


「けどピコリお姉ちゃん。それぐらいするんだからきっとすっごく美味しいんだろうと思うよ?」


「なんかアタシも想像してるだけで、すっごく美味しそうに思えてきたのじゃ!」


「ユノス、ルシェヌ……まさか二人共、『あんドーナツを食べたい』とか言い出すんじゃないよね」


「うん、そうだよ。ボクドーナツ大好きだもん」

「なのじゃ! 食べたいのじゃ!」


 ピコリは、ユノスとルシェヌの姉故に困り、男子の方を向いて、

「なんか妹たちが無茶言ってくるんですけど、どうしたらいいと思いますか?」

 と、会って間もない先輩に助けを乞う。


「無茶って言うほど無茶でもないよ。さっきも言った通り、誰かしらは情報を握ってるから、それを上手くつたっていけば手に入らなくもないよ」


「要は『人脈』ってことだね」

「のじゃのじゃ!」


 にっこり納得するユノスとルシェヌとは真逆に、ピコリはますます困った様子で、

「人脈……入学間もない一年生にあるわけ無いんだけど。ルシェヌはあったりする?」


「ないのじゃ」


「はぁ、どうしよっかな……」


 ここでユノスは提案する。

「地道に聞き込んでみようよ。かわいい後輩ヅラすれば聞き出せるかも知れないよ」


「かわいい後輩ヅラね。あ、そうだ。部活」


「ブカツ? それがいったいどうしたのかえ……」


 翌日の昼休み、

「ユノス、ルシェヌ。行くよ、音楽室前に!」

 ピコリは、ユノスとルシェヌの手を引いて、音楽室へと駆けていく。


「はえっ、突然何用なのじゃ!?」


「ボクわかった。例のあんドーナツだ」


「そう。昨日、部活見学で合唱部の錦山っていう先輩に、入部を匂わせながら聞いてみたらそこだって言ってたの!」


「おお、なるほど。入部を餌にあんドーナツを引き出したのじゃな! あくどい手使うのうピコリ!」


 三人の前にようやく音楽室が現れる。同時に、あんドーナツ用の売り場と、そこに何人もの生徒がひしめく様相が目に入る。


「うそっ、先読みして来てもこんなに人がいるの!?」


「たぶんボクたちの知らない情報網があったんだろうね」


「ええい、終わったこと分析しても知らないのじゃ! とにかく突撃ー! なのじゃ!」


 三人はあんドーナツ売り場に突撃し、その手にあんドーナツを掴もうと試みる。


「本日の分は売り切れです。ありがとうございました」


 その販売員のメガホン越しのアナウンスが聞こえるや否、さっきまでガヤガヤとひしめき合っていた生徒たちはタンポポの綿毛めいてすみやかに解散する。


 ピコリら三人は、廊下の端に追いやられた状態のまま、呆然としていた。


「ま、負けたのじゃ……」


「みんな執念がすごかったねー。じゃあ、ピコリお姉ちゃん」


「な、何?」


「明日もおねがい」


「いやもうやめないこれ? 今日は廊下に弾き飛ばされた程度で済んだけど、もし怪我とかしたら……」


「おねがい、ピコリお姉ちゃん」


 お姉ちゃん――普段人望がさしてないピコリにとって、このような信頼がこもった言葉はあまりにも痛い。

「はい」


 なのでピコリは二つ返事で了承してしまった。


 翌日。

「今度は武道館前だ! 郷田っていう先輩が言ってた!」

 

 三人は再びあんドーナツ売り場の群衆へと突撃する。


「ようし、今日という今日は、この魔王ルシェヌの力をとくと堪能してもらうのじゃ……」

 と、ルシェヌは自信満々に言いながら、両手に魔力を込める。

 

 それに気づいたピコリは、ルシェヌを止める。


「ちょ待って、魔法とか異世界じみた物は使うなってお母さんに言われてなかった!?」


「大丈夫なのじゃ。この魔法は『食らった相手が十日ぐらい何も食べられなくなる』程度の軽い魔法じゃ……」


「何その仙豆の悪用みたいな魔法!? やめてよ、それはそれで大迷惑だよ!」


「ピコリお姉ちゃん。あれ」


「あれって何なのユノ……あ」


 そして、そうこうしているうちに、本日のあんドーナツの販売は終了した。


「何故邪魔したのじゃ、ピコリ! 貴様のせいであんドーナツ買えなかったのじゃ!」


「言わなくてもわかるよねルシェヌ!? はぁ……まぁ、また誰かから情報探れば大丈夫か」


「次は頼んだよ。ピコリお姉ちゃん」


「うん、わかってる。次はね、次こそはね」


 次こそ――この三文字を後に何度も言わなければならなくなるとは、この時のピコリは知る由もなかった。


 先の二回の情報ゲットはどうやらまぐれだったようで、三人は幾度と無価値な話に踊らされた。


 それでもどうにか自力で売り場を見つけても、姉トリオのようなパワーが足りないが故に、ごった返す人々にはじかれ続け、あんドーナツとの、距離は一向に縮まることはなかった。


「ピコリお姉ちゃん。やる気あるの?」

 昼休みから一つ前の休み時間、ユノスは辛辣に、ピコリに言った。


「あるよ、あるよ! だから昨日も一昨日も全く興味のない部活見学しに行ったんだよ!」


 ルシェヌは言う。

「けどピコリ、まるで成果が出せておらんのじゃ! 峯、宗像、相沢、巌見……だったか、そいつらは全くあてにならんかったじゃろうが!」


「いや峯先輩は正しかったじゃん! ルシェヌがまた魔法使おうとしなければ買えたかもしれないじゃん! あと相沢先輩と巌見先輩の間の、渋澤先輩はしっかりとし……」


 二人の口喧嘩に辟易したユノスは、二人の間に割って入って、

「もういいから。無駄話はさて置いて、あんドーナツ買おうよ」


「……ああ、そうだ。そうだよ、さっさとあんドーナツ買えば終わる話なんだよこれ! ようし行こう! 次こそは、次こそはあんドーナツを買ってやる。例の如く部活見学で知り合った先輩から情報聞き出したから」


「そうじゃ、その気概で行くのじゃ! 今度は何者から聞き出したのかえ?」


「えっと、青木先輩だっけ、荒川先輩だっけ……とにかく。次はド直球で購買で売るらしいから、昼休み、頑張ろうね! いいねっ!」



 そして、約束の昼休み。

「「「どぉりゃぁぁぁぁ!」」」


 三人は各々の授業が終わるや否、凄まじき

スピード――背後で火事が起こっているかのような――で購買へと疾走する。


 今一度言う、今回の売り場は購買――通常の利用客もごまんとおり、そこであんドーナツが売られているのも知れ渡っている。

 故にそこにひしめく人数は、普段の比ではない。

 ピコリたち三人は、溜まりに溜まった洗濯物が洗濯機の中で洗われるように、人の波に揉まれていた。


「あばばー! おいピコリ! アタシはもうダメじゃ! 魔法使っていいのかえ!?」


「絶対良くない!」


「あわわー、人の波が凄いよー。ピコリお姉ちゃん大丈夫?」


「大丈夫じゃない! けど……」


 ピコリは思った。このまま逆境に甘えていいのかと。

 このまま、その手にあんドーナツを握れなければ、ユノスとルシェヌは姉である自分をナメるだろう、そして自分はまた情けなく『次こそ』と言うだろう。


 ならば、と、ピコリは心中で誓った。


(絶対に、あんドーナツを掴み取る!)


 蒸し蒸しとした人混みの中、ピコリは好きなバンドのグッズ争奪戦を経て得た(※第9話参照)、凄まじき突破力で人混みを切り抜け……


「買ったぞー!」


 無事、己の右手にあんドーナツを握らせたのだった。


「わぁ、すごいねピコリお姉ちゃん」

「フッ、貴様もなかなかやるのじゃ」


 そしてピコリはあんドーナツを仲良く三等分し、食す。


「うん、とってもおいしいのじゃ!」

 ルシェヌはシンプルに大喜びし、


「うん、やっぱりこれだけ頑張ったんだから……かなりおいしいよ、これ……」

 ピコリは目頭を熱くさせ、


「あんこも生地も普通のあんドーナツだね。強いていうと味が大雑把で濃いね」

 ユノスは冷静にレビューした。


「ちょっとユノスー、感動ムードぶち壊さないでよー」

 と、ピコリはユノスを軽く叱りつつ、大きく肩を落とすのだった。


 おまけに、作者はここにきて、今回の展開がさっき参照していた第9話にやんわり被ってしまったことに気づき、軽く後悔するのだった。


 さらにこの後、別なオチを思いついて加筆修正しようとした時も、『これ別の話に回したほうがいいんじゃないか?』と怠慢を決め込み、結局この回のオチはこのままになった。


 さらにさらにこの後、今回の加筆修正時、前回見送ったオチの変更は何だったのか、すっかり忘れてしまったのだった。


【完】

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