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第4話 マジナの頂き

 いきなりだが、ここで一つ解説を入れるとしよう。

 満月家は一軒家ではなく、街中にありふれて佇む高層マンションの上階の一室にある。

 なので、満月家は家の行き帰りにはとことんエレベーターのお世話にならなければならないという欠点もあるが、それなりに綺麗な風景が拝めるという利点もあったりなかったりする。


 例えば、今ベランダの先に広がる朝焼けのような。


「……何してるの?」


「何って、日光浴さ、母さん」


 マジナの答えを聞いたチヨは、目線を床に脱ぎ捨てられたシャツ類から、上半身裸のマジナへ行ったり来たりさせる――余計に困惑する。


「日光浴はビタミンなんちゃらが作られるとかで、健康にいいとは聞いたけど……何故にベランダで脱ぐの?」


「こうするとさ、自由ってのを一番感じられるんだよね、私」


「だとしても、近所の迷惑になるから……」


「ここマンションの上階でしょ。まさかここまで望遠鏡とか伸ばす輩がいるのかい? あ、もしかして、私母さんよりもスタイルがよかったりするから嫉妬してたり?」


「いや、それは事実かもしれないけど……とにかく、恥ずかしいからやめて!」


 数十分後、マジナは他五人のと一緒に朝食を食べていた。

 今日の献立はベーコンエッグトーストとコーンサラダ。すこぶる家庭的である。


「お母さん。今日もボクが家事しておくね」


「大丈夫ユノス。今日お母さんは午前休みだから……いや、やっぱりお願い」


「どうした、チヨ殿。さてはユノス殿に丸投げする惰性がついたのか?」


 チヨは数ミリほどムッとする。

 サバキの心無い指摘と、いつまで経っても『チヨ殿』という角ばった呼び方をすること、

「サバキ、それは違うのじゃ。きっとアタシとデートするための時間を設ける……」

 ルシェヌ特有の都合のいい妄想に。


「ルシェヌ、それも違う。マジナ、今日はあたしと一緒に、近くのカフェにでもいかない?」


「えっ、お母さんがマジナ姉さんを? なんかヤバそー」


「え、どうして私なのかい? さては今朝の……」


「単にあたしの気分。何か食べさせてあげるし、そこまで強制はしないから」


「……わかった、指名されたのなら仕方がない。何か食べさせてくれるなら、ありがたく頂くよ」


 マジナはにんまりして、何枚ものベーコンが入ったトーストを食べる。


「あれ、ウチのトースト、ベーコンが一枚しかない……」


「自分は四分の一しかない。しかもコーンスープのコーンが一粒も入ってない。ユノス殿、貴様、精密に配分したか?」


「したよ。ボクえこひいきなんてしてないよ」



 二人は家を出て、近場のカフェに入店した。


「こちら、チョコレートケーキです」


 マジナの前にチョコレートケーキが置かれたとき、反射的にチヨは話をする。


「九年前にここに来た時のこと、覚えてる?」


「さぁ? なんせ九年前の話だからね……」


「やっぱりか……九年前のあなたは、見ていて可愛そうになる子だった」


 という出だしで、チヨの思い出話は始まった。


 九年前のマジナは、コーリンと同じ姉妹思いで、コーリンとは逆に弱気で遠慮しがちな女の子だった。

 そのため、せっかく六等分にされた料理も、本人の意思で、マジナの分だけ少なくなり、六人が学校から帰ってきたとき、いつもマジナが一番傷ついていた。

 それを見て可愛そうだと思ったチヨは、他五人の目を盗み、マジナをこのカフェにこっそり連れて来て、チョコレートケーキを注文してあげた。

 しかしマジナは、それを食べず、それどころか嗚咽する始末であった。


「わたしはいいおもいしちゃいけない。わたしはやさしくならないといけない。さもないとおとうさんみたいなよくばりになっちゃうから」


 その子供のセリフとは思えない言葉は、チヨにとって、自分があの男と正しく付き合えなかったことの後悔で、古傷めいてチヨの記憶の片隅に刻まれている。


「ふぅん、それはさぞかし清らかな話だろうね」


 と、感想を述べ、マジナは遠慮なくケーキにフォークを突き立てていく。


「もはや他人事扱いね」


「で、勿論こんな思い出話をするためだけに呼んだじゃあないだろう?」


「うん、あなた達六人全員に言えるけどさ、九年も全く違う所で過ごしていたから、なんか、ギャップ……がすごいんだよね、前と今で。だから、今後の付き合い方を学ぶ上で、あっちで何をしていたのか聞きたいんだけど……大丈夫?」


「ははん、つまり私にも思い出話をしてくれと言う事だね? いいよ、そこまで言うなら聞かせてあげる……ただ、これはかなりビターな話だから、ね」



 異世界学名、『マサガクル』。そこは異世界間での座標故に、各地の伝承や伝説の欠片が流れ着き、そしてカードのような形となって人々の元に届く。


 そこの住民はそのカードを用いて尋常を超えた力を産み出し、高い文明力と繁栄をもたらした。


 しかし、現実における我々が、二百円を握りしめてコンビニなりにいけば五、六枚手に入るように、その世界でカードを手にできるのは一握りの人間。


 カードを持つか持っていないか――たったそれだけの違いで、その世界の住民は天と地ほどの貧富の差が生まれた。


 マジナは、その中の、貧の者として転生させられた。


 ただそれでも、マジナは持ち前の優しさをもってしてその世界を生き抜こうとしたが。が、現実は非情である。


「騙される方が悪い」


 その言葉は耳にたこが出来る程聞いた。そしてその度に何度も何度も、多種多様な、とても少女の身には合わないような乱暴を受けた。


 だから、マジナは気づいた。

 他人への優しさも気遣いも、善意も、生きるには必要ない、本当に必要なのは悪逆だと。


 もはやマジナの側に、己が源の血だまりも、むさ苦しい男の体もなくなった。

 代わりに出来たのは、血染めのナイフと、冷たい人型だ。


 月日が経つにつれ、マジナは綺麗に汚れていった。

 スラム街でコソドロと殺人を繰り返し、さらには一国の研究所を襲い、人造カード八枚を奪い、権力者すら手玉にとった。

 

 そして、転生してから八年ほど経った後、昼は自分を売り、それで得た金と情報を用い権力者から略奪をする――通称、『怪盗サスペンス』となったのだった。



「どう? 大分端折ったけどだいたいわかって貰えた? これでも足りないならいくつか武勇伝を語っても」


「ねぇ、マジナ……一つ聞きたいことがあるんだけどさ、あなたは、それでよかったの?」


「ああ、よかったさ。だってその世界の摂理の中で、上手いこと立ち回れたんだからさ。

 それに、どうせいくら道徳的でも腹は膨れないし、心は満たされないし、誰も手をさしのべてくれなからさ。

 正直もっと早く気づいておくべきだったよ、そうすれば自分だけひもじい思いしなくてよかったんだからさ」


「……ごめん、そろそろ店でよっか」


 そう言って、チヨは財布を取り出す。その時、チヨの目には、うっすら、無念がうるうるしていた。


「いいよ別に……悪かったね、暗い話し……」


「嫌なんだけど、ちょっ、あれ、え!?」


「やっぱり嫌だったんだ……悪かったね、暗い話して。けど『聞きたい』って言ったのはそちらだから、母さんの罪もいくらか……」


「……やばい、財布を家に忘れた! 家計簿つけてる最中に机に置きっぱにしてた! その前に、明日使う分厚い書類とか整理してて疲れたから、気が飛んじゃってたんだ!」


「何やってるの母さん……しょうがない、ここは私が一肌脱ぐか……」

 マジナは服に手をかけ、胸元をひけらかす。


「ちょっとマジナ、今の御時世、そんな方法で払えないから!」


「興奮しないでよ母さん。私はただこれを出すだけだから」

 マジナが谷間に指を入れ、取り出したのは八枚のカード。全て何らかの竜が描かれている。


「それって、さっき話してたすごい力が使えるカード? 一体何をするの?」


「それもさっき話した気がするんだけど……これは私の怪盗道具……いや」


 マジナは八枚のカードから一枚だけ引き、テーブルに置く。そのカードは変形し、やがて手乗りサイズほどの黒竜になる。


「ごめんごめん、怪盗『仲間』だった」


 黒竜『IrrynCrashイルルヤンカシュ』はうんうんとうなずいて、

「そうじゃけん」


「喋るし動くんだ、その怪盗仲間……え、『怪盗』……仲間!?」


「察しがいいねぇ、母さん。なら説明はいらないね。IrrynCrash、周囲の情報を調べてくれ!」


「OKじゃけん!」

 

 IrrynCrashが思考中の間、マジナは溢れんばかりの悪意を抑えて、笑みを浮かべる

(IrrynCrashにレジの位置と仕組みを調べてもらって、その後は『BASLCバジリスク』なり『Hellkit-Wヘルカイト』なりを使い、人目をかいくぐってレジからお金を盗めば……)


「お支払いはこちらでお願いします」


「はい。ではバーコードをお見せください」

 そしてチヨは、スマホの電子決済アプリでカフェの会計をしていた。


「さ、マジナ。早く店を出よ」


「へー、そんなのあるんだ……ズルいねぇ」


 カフェから退店した後、チヨはマジナに怒る。

「あなた、あそこでお金を盗もうとしたよね?」


「そうだよ。別にいいじゃないか、あのままだと母さん店から出れなくなっただろ……」


 チヨは声色を強めて言う。

「よくない! あなたの前いた世界では、好きなだけ盗みとか殺しとか悪いことをしてもよかったかもだけど、ここではそういう他人に迷惑をかけることしちゃいけないの!」


「いやー、でもそうしたら私のアイデンティティが無くなっちゃうし、私の仲間たちのメンツが立たない」


「そんなアイデンティティいらない! あとその仲間たちを無闇に使うのも、何かしら騒がれたら困るから禁止! いいね、マジナ!」


「……は、はい」


「わかればいいよ。それじゃ、あたしはこのまま仕事に行くから、マジナは家に帰っていいよ」


「いいのかい? 財布忘れてるけど?」


「今取りに戻ると時間ギリギリだから大丈夫。お金はアプリで、身分証明書は大学のでなんとかなるから」

 と、言ってチヨは大学へと歩いていった。


「……ひどいこと言うなぁ、母さん。私だって、享楽的に、刹那的に悪事を働くほど頭イってないっていうのにさぁ、ねぇ?」

 マジナは胸の谷間に挟んだカードに愚痴をこぼす。



 数分後、マジナは帰宅した。

「ただいまー、チョコレートケーキすっごくおいしかったよー」


 直後、サバキの怒号が聞こえる。


「それはデリカシーがないだろうが!」


「そんなに怒鳴らないでよサバキぃ。別に何食べたかぐらい好きにいっていいじゃないか。経験人数言うわけじゃあるましさぁ」

 

 サバキをなだめるマジナだったが、生憎さっきの怒号の相手は、彼女ではない。


「チヨ殿はマジナだけを呼び出していったんだから」

「じゃあ母さんは忘れ物をしたままでも良いって事かよ!」


 リビングを覗くと、コーリンとサバキがいつものように言い争っていた。


「ピコリ、ピコリはいるかい?」


「おかえり、どうしたのマジナ姉さん? ああ、二人が何で揉めてるかって? あれでだよ」


 ピコリはテーブルに置かれた、分厚いバインダーを指差す。


「チラッと覗いた感じ、すごい重要そうな書類で、ひょっとしたら今日お母さんが使うものなんじゃないかって思って……今二人は、あれを届けるべきか、届けないべきかって言うので揉めてるの」


「もしあれが家に置き去りにして当然の物だったらどうする? チヨ殿が神妙な顔をするばかりじゃないか。これこその余計なお世話ではないか」


「オレは寝る前にチラ見してたんだぞ、母さんががっつり机に向き合っていたのを、ありゃあ絶対何かの作業だ!」


「されど仮にもチヨ殿は教師、あんな大胆な忘れ物、絶対にあり得ないと思うがな」


 コーリンとピコリがいがみ合う間、マジナは、そのバインダーを手に取る。


「じゃあいいよ。私が責任を頂くから」


「おっ、流石はマジナ! お前ならわかってくれると思ったぜ!」


「こら、マジナ殿! そのような悪事となりうる行動は慎むべきと……」


「悪事となりうるならむしろ飛び込むべきだね。なんせ私は、怪盗だからさ」


 融通が利かないサバキへ事情説明する代わりに、マジナは決め台詞を言い、バインダーを抱え、ベランダから跳び出す。


「さぁ、出番だ、『Hellkite-Wヘルカイト』!」


 最中、マジナは胸元からカードを一枚引き抜き、空にかざす。直後、カードは折り紙めいて展開し、赤い翼竜を形作る。


 マジナはそれに掴まり滑空し、大学の前で家計簿を抱えて、オロオロと電話するチヨの前に降り立った。


「だから、何とか早く持ってきてくれると嬉……わ、びっくりした! え、マジナ、それ届けに来てくれたの……」

 と、チヨは意外そうな目をして言った。


「うん、だってさっきいってたじゃん……『その前に、明日使う分厚い書類とか整理してて疲れたから、気が飛んじゃってたんだ!』って。だから書類も忘れてるんじゃないかって思ってさ」


「よくそんなどうでもいい台詞覚えてたね……ありがとう、マジナ」


「それじゃあ、以後気をつけてね、母さんっ」

 一仕事を終えて、マジナはチヨの元を離れる。

 と、その前にチヨはマジナに尋ねる。


「あのさ、何で今、あたしのこと気づかってくれたの? さっきあんなに怒ったのに、さっき『善意なんていらない』ってキッパリ言ってたのに……」


「……さぁ? 気まぐれじゃないかな。もしくは、こうやって家族愛を出して、母さんを困らせるための『悪意』かもね? どうだい、いい迷惑だろ?」


「……私はそうは思わないよ。それは悪意じゃない、文字通り『良い』迷わ……」


 チヨが言いたいことを言い切る前に、マジナは彼女の期待を裏切り、だいぶ離れたところへ言ってしまった。

 ……そして、数秒経って戻ってきた。


「ごめん! 帰り道教えてくれないかい!? IrrynCrashに聞いてもわからないっていうからさ……」


「やっぱり迷惑かけちゃったかぁ」


【完】

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