第46話 暇 〜コーリンの孤独〜
何気ないある日の朝、満月家の七人は食事を取っていた。
最中、チヨはふと言う。
「今日さ、あたし、お仕事の都合で、あっちこっちに視察予定なんだ。『何人か娘さん連れてもいいわよ』ってロスイさんが言ってたんだけど……誰か来たい人いる?」
「はいはーい、アタシ行くのじゃー!」
案の定、ルシェヌが真っ先に名乗り出た。
きっとベタベタしてくるんだろうなぁ、と、チヨはこれに表情を曇らせ、
「サバキも来ない?」
ブレーキ役を誘った。
「何故自分にターゲットを絞る……ああ、そうか、そのためか……わかった、自分も行く」
「むー、二人きりになれると思ったのになのじゃ……」
数十分後、チヨはサバキとルシェヌと共に、家を出た。
「ルシェヌがいないと楽だなぁ。余計な喧嘩ふっかからなくなるからよ」
ユノスの皿洗いの音が、テレビからのアナウンサーの声がするだけの、比較的静かになった満月家のリビングにて、コーリンはソファに腰掛け、コップ一杯の麦茶を飲み干す。
「ユノス、洗い物増やしてすまないが、これも頼……」
ユノスは濡れ手をタオルで拭きながら、言う。
「ごめんね。今ボク急いでるんだ」
「急いでる?」
「映画観に行くから」
「そうか。わかった、楽しんでこいよ」
コーリンは自分でコップを洗っている時、ユノスは少しの荷物が入ったトートバッグを提げて家を出た。
「ってことはお昼はオレとマジナとピコリがどうにかするのか。味噌にするかな、醤油にするかな」
と、ここで、ピコリがコーリンに声を掛ける。
「コーリン姉さん、アタシ出かけて来るね」
「おう。で、どこへ?」
「遠めの所のショッピングモール。そこで髪切ったり、その他諸々してくる」
「あそこか。わざわざ遠くまで髪切りに行くんだな」
「そこの千円カットに腕がよくてお気に入りの人いるからね。んじゃ!」
続けてピコリも外出する。
「何だ何だ、みんな今日はやたらと外に行きたがるな。
そんでもって、この家にはマジナとオレだけか。よし、帰ってくるまで派手におっ始めよ」
コーリンはその気でマジナの元へ向かう。その前に、マジナがコーリンの元にやって来た。
「おう、マジナ。今日は二人っきりだぞ二人っきり! これだけ言えば後は、わかるよな?」
「ごめん。私今『行ってきます』言おうとしたんだよね」
「お前は、どこに行くんだ? またカフェでスマホか?」
「いやいや、普通に服とか見ようと思ってたんだけど。あと、ハンバーガーショップ」
「そうか、わかった。いってらっしゃい」
そしてマジナも出かけた。これにて、コーリンは一人家に残された。
「とうとうオレ一人か。ま、ならそれはそれで自由にするか」
コーリンは戸棚をゴソゴソあさり、柿の種一袋を取り出す。
テレビの録画リストを開き、そこから録り溜めしていた騎人バスターを再生した。
とは言えども、それら全ては既にリアルタイム視聴済みかつ再視聴済み。三度目の視聴に新鮮味は微塵にもない。
「Mutterの感想見ながら観るってのも出来ねえしよ……ふぁー」
しかしこれ以外の暇潰しがまるで思いつかない。コーリンは完全に惰性で、一話、二話と録画を消化していく。
「そういえば、この週は特番で潰れてたな……もういいか、なんか連続で観るの疲れたし」
コーリンはテレビを消し、食べきった柿の種の袋をゴミ箱に捨てる。そしてコーリンは暇になる。
「しっかし、本当にここ静かだな。一人になるとこうなっちまうのか。
そういや、今までは、あっちの世界も含めて行く所行く所に人がいたな……となるとオレって、縁がなければこの程度の人望しかないのかなぁ。
ええい、何湿っぽい事言ってるんだオレ! 一人だから何だ! 逆に考えろ! 一人だからこそ、楽しくなれることはいくらでもあるだろ! 例えば……」
一分後。
「スタミナ切れんの早いな……まだ五話しか読んでないのに」
コーリンはスマホのアプリで漫画を読んだ。
「ちっ、また暇になるじゃねぇか! よし、こうなったら次の奴を……」
また一分後。
「ピコリの奴、いっつもこんなの聞いてるのか? 何言ってるのかさっぱりわからねーわ、やたらとうるせーわ、ついでにこのPVもチカチカするわ……」
ピコリのタブレットを拝借(もちろん許可はない)して、彼女がよくしている様に音楽鑑賞をした。
「ダメだ。ピコリにはピコリなりに好きな理由があるんだろうけど、オレにはわからん! 他のことしよう! えーっと、次の次は……」
さらに一分後。コーリンは浴室にいた。
「うっし、ピカピカにしてやるぞ!」
ユノスが今日、家事を最低限だけしかやってなかったのを思い出し。やってない部分――浴室掃除をする事にしたのだ。
「ここを徹底的に洗えば、いくらか暇は紛れるだろうからな! うっし、頑張るぞ!」
コーリンは健気に浴室を掃除し、三十分後に、それを終えた。
「……意外とあっさり終わるもんだな。いや、ユノスが今までそんぐらいで済むように綺麗にしてたってことか。ユノス様々だぜ」
そして、コーリンはここで気づいてしまった。
「今までの暇つぶし、全部妹たちの猿真似だったな。はぁ、やっぱオレって、周りに恵まれてたんだな」
*
時刻はおおむね正午、昼食にするには丁度いい時間帯だ。
「さてと、それじゃあインスタントラーメンをゆでるか……」
コーリンは戸棚より、インスタントラーメンの袋に手をつける。そしてそこで思う。
「一人でラーメンすするのも何か悲しくなるし、せっかく何だから持っと贅沢な物食いたい。
あ、そう言えばマジナの奴、ハンバーガーショップ行くとか言ってたよな? 服見るとも言ってたから、多分あの商店街にある店だろ。ひょっとしたら今行けばいるかもな。よし、行こう」
コーリンは家を出て、近くの商店街の、ハンバーガーショップへ行く。そして辺りを見渡すも、マジナの姿はどこにもない。
「まっ、そういるわけ無いか。ははは、何やってんだろオレ、どんだけ人が欲しいんだよ」
コーリンは適当にバーガーセットを注文し、適当な席に座り、テンポよくそれを食べる。
「次の地区大会どうなるかなぁ、あの先輩、今度こそいなくなっちゃったし」
「一回戦落ちじゃね? 次の新一年がこっちの部に入ってこない限りさ」
「無理無理、どうせアタシらみたいなだらしない奴っしょ」
「あーあ、なら来年も、毎度毎度顧問がキレんのかなー。あはは」
隣の席では、部活帰りと思しき女子高生四人が話していた。
(いいなぁ。女の子であんなに集まって、キャッキャ楽しそうにして。
あ、いっけない忘れてた。オレももうじきあんな風になるんだ。
しっかし、どいつもこいつもいい面してんな。女子高生ってのは皆こうなのか? なら余計高校に期待できるぞ)
コーリンは豪快にドリンクを飲みきった後、
「……誰か帰ってきたら、これで楽しくお喋りしよ」
ナゲット十五個をテイクアウトして、まっすぐ帰宅した。
*
「そんでそんで、また暇になるって訳か……」
コーリンは、ソファにどっしり座り、意味も無く、午後のワイドショー番組を見ていた。
『最近発売されたアルバムに収録される六曲の内、五曲がボーカルのRyuto氏と、ギター兼サブボーカルのSinsuke氏が揃って歌うパートがどこにも存在しないんですよ。
過去の作品では必ずと言ってもあったはずなのに。ですからこれは、解散の前触れと言っても過言ではないのでしょうか?』
「だからどうしたってんだ」
と、コーリンはテレビ内のジャーナリストに言った。
「本当に暇だ。どうせなら誰か抱きたくなる。マジナじゃ無くても、ユノスでも、サバキでも、ルシェヌでも、最悪ピコリでもいい。
やっぱ一人っていいことねぇな。こうもしょうもないこと思いついちまう。
もういい、昼寝しよう。今から昼寝すれば、誰か帰ってくるぐらいの時間帯になるだろうし」
コーリンは二階の、六姉妹の部屋に行き、二つの三段ベッドの、片方の一番上のベッドに寝る。
そこがコーリンのベッドであり、下二つのベッドはマジナとサバキの、もう片方のベッドはピコリ、ユノス、ルシェヌの物である。
「……ダメだ。ぜんっぜん眠れない。まるで眠気が沸いて来ない」
そしてコーリンに再び暇が襲いかかる。
「くっそー、どうして寝るってのは楽だったり、不意に来たり、こう難しかったりするんだ!? ますます暇になるじゃねえかよ!
ん、待てよ……暇な状態で寝ようとすると、眠くならなくなる。なら逆に、暇じゃない状態で寝ようとすれば、眠くなるんじゃねえか?」
と、コーリンは、突飛気味な閃きを起こす。
「けど暇じゃない状態で寝るとかどうすればいいんだ? あちらこちら走り回りながら寝ればいいのか? いやいや、それは路上迷惑だろ……んー、そもそも暇な状態って何だ?
よく考えろ、コーリン……そうか、何かしら『変化』がないから暇になるんだ! 騎人バスターのある一話を何度も観る感じで! なら変化を起こそう! よし、なら、そうだ!」
コーリンは起き上がり、三段ベッドのはしごを降りる。そして、一つ下のマジナのベッドで横になる。
「これは充分な変化だろ……いや、そうでもない。マジナのベッドはしょっちゅう入ってるからか……なら次だ!」
コーリンはまた一段降りて、サバキのベッドに入る。
「これはオレ一人の状況しか起こせない、類い稀な変化だな! うっし、これでようやく寝れる」
しかし、ある異常が、コーリンの眠気を払う。
「ダメだ。寝れない。何となくうっすら犬みたいな臭いがする。ああ、そう言えばアイツ犬人間だったな……じゃあ、次だな」
サバキのベッドを出て、もう片方の三段ベッドの上段――ピコリのベッドで横になる。
「今度はいい匂いがする。枕からだ! アイツ自分用のシャンプー買って使ってるからな! くんくん、うわー、贅沢な臭いだぁ……」
コーリンはピコリの枕を抱きしめ、恍惚に満ちた表情をしたまま、うとうとした。
*
「ただいまー!」
しばらくして、髪に微小な調整が入ったピコリが帰ってきた。
「あれ、返事がない。けど鍵は開いてたから、二階かな?」
そう思い、ピコリは即二階へ。
「あ、やっぱいた。寝てたんだコーリン姉さん……って、そこウチのベッドじゃん! しかも謎に枕抱きしめてるし! カバーにエロいイラスト印刷されてるわけでもないのに!」
ピコリはそれを咎めるため、自分のベッドに乗り込む。
「すいませーん! 起きてくださーい! 起きろ、デトロイト市警だ! ……なんて言っても起きるわけないか。でもとりあえず、枕抱くのやめて!」
ピコリは自分の最高出力を持ってして、コーリンから枕を引っ張り、奪還する。
「うっし」
「うぁー……何だ、帰ってきたのかー……ピコリー……」
「そうだよ! 全く、寝起きからいきなり質問するのもよくないと思うけどさー、何故にウチのベッ……」
「おかえりー」
うたた寝状態のコーリンはピコリを引き寄せ、枕の代わりに抱きつく。
流石は前いた世界で武士をやっていた人。このような状態でも凄まじい力で彼女を拘束している。
「いーやーぁぁぁああ! 離してー! ウチはその気はないんですけどぉぉぉ!」
「くんくん、やっぱいい匂いする……」
「あ、ありがと。千円カットだから髪洗って貰えないんだけど……
って違あうっ!? ねぇ真面目に離してくんない! こやし玉投げていい!? ……まぁ、そんなの持ってないですけど」
「もっと嗅がせてくれよ……」
「いやぁぁぁぁ! 顔近ぁぁぁ! こぉなぁいぃぃぃでぇぇぇっ!」
この後、コーリンは滅茶苦茶ピコリに謝った。
「けど、やっぱり妹がいるっていいよな……あ、ナゲット食うか?」
「この流れで言われてもそんな気分になれない。はぁ、一回一人になりたいなぁ」
「さぁ、果たしてそれでお前は満足するのか?」
「するわ。コーリン姉さんじゃあるまいし」
【完】




