第43話 SNS、ユノス、漫画投稿。
何気ないある日、マジナはいつものように漫画を読んでいた。
出版社が運営するアプリで流行りの漫画をタダ読みする。これがつい最近スマホを手に入れた、マジナの新しい趣味である。
「今日はこれでスタミナ切れか。続きが読みたいっていう衝動の前に、スタミナ回復の幸福をぶらさげ、課金を迫る。んー、やらしい商売だね」
「お仕事終了。漫画描こ」
仕事を終えたユノスは二階の部屋へ登っていく。
(そういえば、ユノスっていつも漫画描いてるけど。一体どんな漫画を描いてるんだろ?)
ふと疑問に思ったマジナは、ユノスを追って二階の六姉妹の部屋へ。
前言通り、ユノスは机に向き合い、タブレットにタッチペンを走らせ、漫画を描いていた。
あとどうでもいいが、ピコリがベッドで寝ながら動画鑑賞していた。
マジナは手始めに、お得意の覗き見をする。まだ下書きの段階のためだったか、それだけでは内容はさっぱりわからない。
なら百聞は一見にしからずということわざに従うまで――マジナは躊躇なく尋ねる。
「どんな漫画描いているのかい、ユノス」
「特撮制作会社に捨てられた怪人が、お金持ちのお嬢様に拾われて執事になる漫画だよ。アザレアの原作だよ」
「アザレアさんの原作……ああ、そういえばMEYとかいうのは漫画を元にした電子生命体うんたらって言ってたね。
じゃあもう一つ質問。どうしてユノスは漫画を描くんだい?」
「何となく。ボク、前の世界でずっと漫画描いてたから、逆に描いていないと落ち着かないんだ」
何となくで漫画を描く――そんなユノスの異常なクリエティブ精神に、マジナは言葉に出来ない感動を覚え、
「そっか、ありがと。じゃあ機会があったら後で私に読ませてね」
気軽に関わった自分を恥じて、この場を離れようとした。
「うん、もう送ったよ」
流石はユノス、えげつないのは発想力だけではなかった――漫画のデータがファイル転送アプリを利用し、マジナのスマホへ送られていた。
「わかった、ありがと」
その後、マジナはベッドに寝っ転がり、ユノスの漫画を読んだ。
(荒くも丁寧な画で面白い。アプリに掲載されててもおかしくないくらい出来のいい漫画だ。伊達で漫画やってるってことじゃないのか……)
「あのー、すいませーん。不法侵入ですよー、マジナ姉さん」
と、結果マジナと添い寝したこのベッドの主、ピコリは注意した。
「寝るなら自分のベッドで寝てくんない?」
「あ、ごめん。ユノスがこの世界でも漫画描きたくなるのと同様に、私も誰かと添い寝したくなっちゃう性癖だから」
「それを言うなら悪癖でしょ! もうほんと出てって……全体的に近いし……」
「わかったわかった。んじゃこの漫画読んでよ」
マジナは自分のスマホをピコリに渡し、ピコリはそれでユノスの漫画を斜め読みする。
「うん、シンプルに面白い。けど、勝手に話とっかえないで……」
「でしょ? で、私思うんだよね。ユノスは、描くだけで終わらせるのは勿体ないんじゃないかって」
「でしょじゃなくて……もうダメだ、この人てこでも動かなくなってる。
ああはい、確かに。ここまでよく描けるんだから、もうワンアクション起こしてもいいと思うなー。例えば、これとか」
今度はピコリがマジナにスマホを渡す。
「『ピコピコ漫画』? へぇ、こんな漫画アプリもあるんだ」
「この漫画アプリはちょっと特殊で、よくあるのは出版社が抱えてる漫画家が描いた漫画しか掲載されないんだけど、これは一般のユーザーが好きに漫画を掲載できるんだよ」
「なるほど、ユノスにそのペコペコ漫画に投稿させて、単なる趣味から一歩進ませるって算段だね」
「そうそう。じゃあ早速ユノスと交渉してみようよ。と、その前にお互いスマホを返して……」
マジナは相変わらずピコリの要求に耳を傾けず、スマホを持ったままでいる。
「へぇ、すごいいっぱい作品があるし、どれもスタミナ無しで読める。
ピコリ、君ひどいじゃないか。こんないいアプリ隠して使ってるなんて。このいやしんぼ」
「それウチに言われてもすっごい困るんだけど」
「じゃあ罰は、ハグでいいね?」
是非を問わず、マジナはピコリに向き合って抱きついた。
「わー、やだ離れてー! ウチにはそういう趣味ないからー! そしてその胸こすりつけるのやめてー!」
「ごめんね、また私大きくなっちゃったからさ。『盛り』ってこういうことなのかな?」
「そしてその報告やめて! かなり屈辱的だから!」
数分後。
「あーやっとスケベがいなくなった。これでゆったり動画見れる……」
マジナはユノスにピコピコ漫画について教えた。
「でさ、こういうアプリがあるんだけど、どう? ちょっとやってみない?」
「うん、わかった」
二つ返事で応えてくれたユノスは、早速投稿しようとタブレットを動かす。
「パソコンからじゃないと投稿出来ないみたいだよ」
ここで一つピコリが解説する……誰も頼んでいないが。
「うわでた、こういうタイプのサービスによくあるスマホ・タブレッド軽視だ。困ったなぁ、ウチらパソコン持ってないよ? マジナ姉さん、どうする?」
「母さんから借りるってのはどう?」
マジナは電話で、チヨに事情を説明した上で、パソコンの使用許可を求めてみる。
『企業秘密とかいっぱいやり取りしてるから、ちょっと無理かなぁ』
「わかった、ありがとう、じゃあね……だってよ、ユノス」
「ダメだったかぁ。もうどうしよう、あと出来ることと言えば同人出版ぐらいしかないけど……ユノスはそこまでしたい?」
「ううん、別に。世の中に出すことが全部じゃないから、描くことにも充分意味があるんだから。ありがとう、お姉ちゃんズ」
「「どういたしまして」」
ユノスが漫画を投稿できなかったことが腑に落ちないまま、マジナは下に降り、コーヒータイムを送る。
(やりきれないなぁ。あんなに腕が立つんだから、それ相当のお立ち台がないと、聞いててすっごい違和感がする。
私の得意な盗みは、ここじゃ闇雲に出来ないからしなくて当然だけど、ユノスの得意な絵描きは、ここでも出来るんだから、やるべきだろうしね……この前にも漫画は仕事って言ってたし)
「ふむ、『あの人気バンド、不仲で解散間近!?』か……」
と、知らぬ内に隣にいたサバキが、スマホ片手につぶやく。
「サバキ、ゴシップ見てるのかい? なかなかやらしい趣味してるじゃないか」
「正確には、『Mutter』のモーメントだ。話題のニュースやら些細な出来事まで扱ってくれる。今のはたまたま目に入ったそれが多少気になっただけだ」
「『Mutter』ってあれでしょ、沢山の人が使ってるって噂の、つぶやきアプリでしょ? へー、そんな機能もあるんだ」
「書き込みを利用して動画、漫画、ニュースなど、大多数の人があれこれ添付できるからな。
無論、人が多いだけあって情報の散乱と優劣はあるが」
「ん? 君、今漫画って言ったね?」
サバキは適当な漫画のモーメントをかいつまみ、マジナに見せる。
「こんな風に、一つぶやきに四枚の画像を貼れるから、それを利用してな。
自分も時々拝見するが、日常的でなかなか面白い物が多いぞ」
「あ、これだ!」
「どれだ?」
「サバキ、君には関係ない話だよ! けど、これだけは言い残しておく、ありがとう!」
マジナは二階に戻り、
「Mutterだよ、Mutter! Mutterで漫画をつぶやけば皆に見て貰えると思うよ!」
と、ユノスに助言する。
「なるほど、わかった」
Mutterはスマホでもパソコンでも、つぶやきできる物は変わらない――そのためユノスは、今まで描き溜めたアザレアの原作漫画をバンバンつぶやきに添付し、ネットにばら撒いた。
数時間後。
ピコリはユノスのアカウントを見て、一言。
「全くバズらないね」
Mutterには閲覧数の他に、『Good』などの、付けられれば付けられれば注目されているという、一種の指標がある。
だが、ユノスの漫画のつぶやきには、それらがまるでついていなかった。
マジナは不思議に思った。
「おっかしいな。人が多いからそれだけ見られる機会もあると思ったんだけど……」
ここで一つピコリが解説を入れる。まーた誰も頼んでいないが。
「マジナ姉さん、逆だよ逆。Mutterは漫画を見る人だけじゃなくて描く人も多いから、供給過量で見られる機会からハブれてるんだよ。
けど大丈夫、コンスタントにやればいつかはきっと誰かに見て貰えると思うよ。『数撃ちゃ当たる』だよ」
「うん、そうだね」
ユノスはピコリに同意しつつ、いつもの微笑みのまま、淡々と投稿作業を続ける。
「……可愛そうだなぁ、こんなに頑張ってるのに誰からも構って貰えないなんてねぇ。 昔の私はとことん拒否したのにめちゃくちゃ野郎どもに絡まれたっていうのに」
「今のユノスと昔のマジナのそれとは、事情が絶対違うと思う。
けど、可愛そうなのは同感。何とかしてバズって貰わないと……」
「おい、マジナ、ピコリ、さっきからボソボソとうるさいのじゃ」
と、お昼寝しようとベッドで横になっていたルシェヌは二人へ怒る。
「いたんだルシェヌ。ごめんごめん、もうちょい声のボリューム低くするね……」
「違うなのじゃ。そもそも貴様が話してることがしょうもないのじゃ」
「流石ですねー、孤高の魔王ルシェヌ。ユノスの漫画すらもお気に召さなかったようで」
「違う違うなのじゃ。さっきからこんすたんととか、ばずるとか、まるでワケのわからんこと話してるのがワケわからなくて気に入らんのじゃ。とにかく、アタシの尊い眠りを邪魔するでないのじゃー」
「ウチ側からすればそっちの言い分もワケわからないんですけど……」
「ピコリ、ここはそっとしておこう。ルシェヌにはルシェヌにあったようにしないと面倒くさいから」
「だねー、じゃあ残りの話は下でしよっか」
ルシェヌはスヤスヤ夢の中へ、マジナとピコリはスタスタ一階へと行く。
「ワケわからなくて気に入らない……ワケわかると気に入る……はっ!」
そしてユノスはゾーンへと入る。
タブレットにペンを走らせ、今までの荒くも丁寧な画のタッチから一変、デフォルメチックの画を描く。
また、話も、ベース自体は怪人とお嬢様の触れ合いだが、全体的にコメディー路線に仕上げていく。
仕上がった漫画を、ユノスは投稿する。相変わらずGood等の評価は付かないが、閲覧数はちょっと増えた気がした。
「やっぱりだ。さっきMutterを覗いてわかった。ここのユーザーは重くてゴチャゴチャしたのよりも、ササッと軽く見聞きできるのを好む……よし、決めた」
ユノスはベレー帽より、アザレアを呼び出し、こう命令する。
「今からアザレアの原作を、Mutterユーザーのために、ブラッシュアップした物を描くよ。
そしてボクの『漫画を描く』っていう仕事を全うするよ。だから、アシスタントお願いね」
「イエス、マスター」
かくて二人は次々と漫画を描き上げ、投稿し、ジワジワと注目度を高めていった。
「おっ、ユノスがようやくコツを掴んだみたい」
「さっすがだね、ユノス。漫画家としての機転が凄まじいね」
「いっぱい描く、いっぱい上げる、そしていっぱい人気にになる。そしてボクは仕事をする。頑張るよ、アザレア」
「イエス、マスター!」
ユノスとアザレアは休息すらも休んで漫画にのめり込んだ。そして二人の知らぬ間に、夕暮れ時になっていた。
「コーリン殿、そういえば今日、母さんはユノスに、夕飯の準備を任せていたよな」
「ああ、そうだったな。けど……ユノス、ずっと上にいるな」
「これはいかんな。自分が一つ物申さないと……」
「いや、やめとけ。きっとユノスだってわかってる。アイツは真面目だから。けどそれでも動かないってことは……他にもっと大事なことがあるんだよ。
ここは見逃してやれ、ユノスにだって自由の一つ二つは欲しがらせてやれ」
「……しかし、これでは母さんとの約束は」
サバキとコーリンの間に、マジナが割って入る。
「それは私達がどうにかしようよ。別にご飯の準備は、ユノスじゃなくてもできるんだからさ」
*
「……やった」
自分のつぶやきについたたった一つの『Good』。それはあまり感情の起伏のない、微笑みばかりユノスを、小笑いにした。
「ついにやりましたね、マスター」
「うん、この勢いで行けば、もっと人気が出るは……」
「ユーノースー! ご飯よー!」
「あ、お母さんだ。もうこんな時間になっちゃった。急がないと」
ユノスは急いで一階へ降り、チヨと他五人の姉妹が待っていた食卓を目に……
「あ……!」
いや違う、彼女の目は食卓ではなく、やたらと散らかった台所に向いていた。
「ほらユノス、早く座れ。オレ達腹減ってるんだよ」
「うん」
全員が席についた所で、満月家の本日の夕食が始まった。本日の献立は焼きそばだった。
しかしソースの付き具合にムラがあったり、キャベツが千切りになっていたりと、どことなく出来がおかしかった。
この異常な焼きそばを前に、チヨは疑問でいっぱいになる。
「今日の焼きそば……具がグチャグチャで、焦げた麺が多くない?」
「母さん、そこは気にしないで……いてて」
マジナは、ブ厚めの黒手袋をはめた手を擦って、痛みを和らげる。
「いてて? ってかマジナ、あなたいつからそんな手袋着けてたっけ?」
「母さん、そこも気にしないで。さ、食べて食べて」
マジナの様子のおかしさに引っかかりつつも、チヨは焼きそばを食べ始める。
一方、細かいことを気にしないタイプのコーリンは、この不思議な焼きそばを半分くらい食べていた。
「千切りキャベツを具にするのも悪くねぇな、サバキ。
ってことはお前が頑なに『キャベツは千切り以外にどうできるものか』って言ってたのは、当たってたってことか」
「しっ、ユノスに聞こえるぞコーリン殿……」
「ごちそうさまなのじゃ! さーて、お風呂入るのじゃ! あ、そういえばまだ沸いてなかっ……」
「ちょいまちルシェヌー、あなたお母さんと入るって約束してなかったっけー、あははー」
ここでユノスは気づいた。そして、表面上はいつもの微笑みのままで、心の中で決めた。
翌日。
ユノスは起きて即、洗濯からトイレ掃除までの大小様々な家事を行った。ただし今日は普段より頑張っていた。
「ユノス……今日は私よりも早い」
それは、日光浴のために起きたマジナよりも早くに行われていた。
「ちょっとマジナ、あなたいつまで上脱ぎっぱなしにしてるの?」
「あ、ごめん母さん。それはそれとして、見てよ、ユノスの頑張りっぷり」
二人は、ユノスの勤労っぷりを確認する。
朝早くから仕事をすること自体はこれまで通り。だが、今日のユノスはちょっとだけ、動きがキビキビしていた。
「本当だ。昨日の約束すっぽかした罰かなぁ……別にいいのに、ユノスはユノス自身の仕事を、漫画描きをして欲しかったから」
「さぁ、どうだろうね? ひょっとしたらまた前みたいな仕事中毒が恋しくなったとか?」
「違うよ」
二人の会話を盗み聞きしていたユノスは、浴槽に風呂場用洗剤を撒きながら、重ねて言う。
「漫画描くこともボクの仕事だけど、それは二番。
一番は、ボクが満月家の一人としていることだと思うんだ。
だからこれからは、漫画は程々に描いて、家族を大事にするよ」
「ユノス……あなた……いや、朝からしんみりした話はしたくないから、とりあえずありがとうだけ言っておくね」
「うん、ありがとう。お母さん」
そうユノスは返した後、いつもの微笑みをしたまま、浴槽にスポンジをこすりつける。
「けどいいのかい? あの漫画、あのゆるかわ路線でガンガン更新していけば、相当人気は出てきただろうけど……」
「あと、あれだと元のコンセプトから脱線してるから個人的に嫌だ。
人気になったバトル漫画の、デフォルメキャラによる学園もののヘッタクソなギャグか身内ネタばっかやってる外伝みたいだもん」
【完】




