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第3話 魔王ルシェヌはお母さんを捕まえたい

 時計の針が三時を指す頃。満月家のチヨの部屋にて。


「ははは、どうだ、参ったか……あたしが社長だ……!?」


 チヨは寝ている最中に何やら違和感を察知し、突然と布団をめくる。


「い、いつの間に……」


 隣に、小さな身を屈めてすやすや眠る紫髪の少女――六女、ルシェヌがいた。


(うわ思いっきり寝てる……懐かしいなぁ、ルシェヌったらいつもあたしにベットリで、寝るときもこんな感じだったっけ)


 無理に起こすのも可愛そうなので、チヨはめくった布団をルシェヌが寝やすいように掛け、自分はリビングのソファで寝ようとする。


「ほう、それは僥倖なのじゃ」


「わっ!?」

 だが、突如としてオフィスチェアが動き、チヨをベッドの方向へ勢いよく弾く。

 このままでは壁に激突する――チヨが身構えた直後、壁がゴムのようにやわらかく凹み、ポヨンとチヨをベッドに戻す。


 直後、チヨはしてやったりと言わんばかりのルシェヌと顔を合わせる。


「……何この謎装置」


「魔法じゃよ。布団をめくった時点でちゃちゃっと仕組んであげたぞい。それより、何故お母さんはアタシの方を見て寝ているのかえ?」


「え……偶然か、あなたがこれまで仕組んだか……」


「正解なのじゃ!」

 刹那、ルシェヌはチヨに急接近し、唇をくっつける。


「おごぉっ、もごっ……いきなり何するの!?」


「いってらっしゃいのキスがあるなら、こっちもあって当然じゃろ? ……遅くなったが、ただいまなのじゃお母さんっ」


「……はぁ、おかえり」

 正直もっと言うタイミング考えて欲しかった。と、ルシェヌのヘンテコな愛の形に困惑した。



「じゃあ、行ってくるから……お留守番よろしく」


 あれからルシェヌにべったりされたチヨは、微妙に睡眠時間の足りてない故の眠気を堪えて、家をスタスタ出ていった。


「はい、いってら……ありゃ、先を行かれたか」


 勿論このスタスタの理由は、ルシェヌの『べったり』を十分に味わったためだ。


「あー、暇なのじゃ。そうだ、あの低層な次元のお姉さんたちを全員アタシの力で服従させるとするのじゃ」


 ルシェヌがリビングに戻った時、コーリンは外へランニングに行き、サバキは新聞のクロスワードに向き合い、マジナはソファに横になりテレビ鑑賞し、ピコリはタブレットにヘッドホンで音楽を聞き、ユノスは別室で掃除機をかけていた。


 要するに、だいたい暇してた。


「やあやあ雑魚ども、そんな風に暇して、思ったより早く家に慣れたようじゃな」


 ピコリはヘッドホンを外して、

「悪い? てか、今のところ一番暇なのはルシェヌっぽいけど」


「ご名答。故にここは一つ、親睦の意を兼ねてアタシの武勇伝を語ってやるとしよう」


 ルシェヌはちっこい身体でサバキ、マジナ、ピコリの視線を集め、自慢する。


「アタシは行った異世界――神様達の中では、『ブレイヴァード』という学名で呼ばれる――において、悪魔として生を受けた。

 そして持ち前の魔力を生かし、着実に力をつけ、ついには六属性の魔法を極めるに至り、やがて魔王として君臨したのじゃ!」


 サバキは言う。

「魔法……だと。貴様、その話の続きを」


「つまり、アタシは貴様らの思っているようなちっこくて可愛い妹だけではないという事じゃ!」


「いや、普通にちっこくて可愛い妹に見えるんだけど……」


「ピコリ! やはり軽蔑しておるな! よし、ならばここは一つ、腕の程を見せてやるとしよう」


 ルシェヌはテーブルに右肘を置く。


「腕のほどって文字通りなんだね」


「あんまり本気でやると、お母さんに怒られるからな。腕相撲じゃ、腕相撲で平和的にやろう」


「魔王の癖にそういうコンプライアンスは守るんだ。意外」


「なぁーにゴチャゴチャボヤいておるのじゃピコリ! やはり貴様、アタシを軽蔑しておるな! 許さん、かくなる上はアタシの魔法で……!」


「ひぃ! わーわかった、やる、やればいいんでしょ、やれば!」


 ピコリは至急テーブルに右肘を置く。ルシェヌはピコリの手を掴む。


「そうじゃ。それでこそピコリじゃ」


「指とか色々傷つけないでよね……サバキ姉さん、審判お願い!」


「任せろ。いいか、恨みっこ無しだぞ……では、よーい、始め!」


 この合図で二人は同時に右手に力を込める。


「食らえ、『重き地のガバナンス』ッッ!」


 だが、ルシェヌの力の込め方はジャンルが違う――魔法によりピコリの手にとてつもない重力を掛け、強引に手の甲をテーブルに叩きつけた。


「あだだ! ちょまてよルシェヌ! それはセコくない!? 魔法使うとかナクない!?」


「ふっふふ……! 貴様のような下層と同等の条件で戦ったところでどうにもならんからな! 最初っから魔法を使うと気づけなかった貴様の負けじゃ!」


(要は『魔法使わないと勝敗が怪しい』ってことじゃん……この魔王マジ小物じゃん)


「おい、ピコリ。今アタシのことを恨んだな? 顔にそういうのが出ているぞ!」


 ルシェヌに睨まれ、一昔前のカートゥーンアニメの、キャラがペラペラに潰されるシーンを思い出したピコリは、本能的に姉のサバキの背に隠れて、

「ひぃぃ! 思ってません思ってません!」


「それでよい。さ、次はお前じゃサバキ。貴様もアタシの魔法で絶望させてやるぞい」


「魔法か。しからば、自分が出るしかあるまい」


 サバキはピコリと席を入れ換え、ルシェヌと向き合う。


「どうしたのじゃサバキ、何でもかんでも丸く収めたがる貴様らしかぬ闘争心を感じるが」


「悪いが、自分は元いた世界で貴様のような奴らを相手にして来たからな。貴様の善悪、この手で確かめさせろ」


「よろしい、けど、どうなっても知らないのじゃ」


「どうにもこうにも……させん!」


 サバキは肘ついた右腕から火花を散らし、そしてルシェヌと手を組む。


「あちっ、中々の気迫じゃな」


「じゃあ、流れ的にウチが審判やります……ゴー!」


「『重き地のガバナンス』ッッ!」


 当然の如く、ルシェヌはサバキの手に、自分にとって都合がよくなる魔法をかける。

 だがサバキは微動だにしない、組まれた手は、中間にあり続ける。


「何度も言わせるな、自分はコードネーム『ケルベロス』の名の下、異世界で貴様のような奴らを相手にしてきた。

 故に! 魔法なんざ恐れるに足ら……」


「『迅き雷のアライアンス』ッッ!」


 ルシェヌは雷魔法により、サバキの手に強烈な電気を流す。


「ううっ、バカな、抗電機構を越えっ……」


 微かに痺れた故の隙をつき、ルシェヌはサバキの手の甲をテーブルに叩きつけた。


「フッ、貴様がどんなインチキをしようとしたのか知らないが、アタシの魔法は天地万物を凌駕するのじゃ! 何せアタシは、魔王なのじゃ! フハハハハ!」


「インチキって……あなたも大インチキしてるくせに。で、次は何するのルシェヌ」


「決まってるのじゃ! ピコリ、サバキと順々に来たのだから、マジナ! 貴様が次の相手じゃ!」


「え、私?」


 マジナは、急にテレビ鑑賞中に話を振られたために、シンプルに戸惑いを見せる。


「そうじゃ、このまま貴様ら五人をぶっ飛ばし、お母様に誰が一番凄い人かを教えるのじゃ!」


「ふぅん。じゃあいいよ、腕相撲くらいならやってあげる」


 マジナは気だるそうに、ルシェヌの前で右膝をテーブルに置いて見せる。

 この時、ルシェヌは思う。


(こんなモデルみたいな華奢な野郎、魔法の力で即ケチョンなのじゃ。

 何かインチキを持っている可能性は大じゃが……まぁ魔法でなんとかなるじゃろ。そうじゃろ)


 ルシェヌも右膝をテーブルに置いて、

「負ける覚悟は出来てるのかえ?」


「出来てるさ」


「ねぇ、サバキ姉さん。審判どっちがやる?」


「自分がやる。それでは、始め!」


 刹那、ルシェヌは例の如く魔法を詠唱する。


「食らえっ、『迅き雷の……」


 だがその前に、ルシェヌの手の甲はテーブルについていた。


「な、魔王ルシェヌの魔法が……破られるじゃとォォォォ!?」

 ルシェヌはただただ驚愕した。


「え、ええええマジナ姉さんすっごォォッ!」

 ついでにピコリも驚愕した。


 まさか自分ではなくマジナが勝ってしまうとは――サバキは悔しさと意外さを覚えつつ、

「マジナ殿。貴様いかなる小細工を使った?」


「単純な話だよ。ルシェヌが魔法を使う前に、こちらが一気に手を押せば、勝てるのさ」


「た、確かに……」

 と、ピコリはマジナの理屈に納得した。


「い、いやでも、それはそれでおかしい……」

 数秒後、ピコリはマジナの理屈に首を傾げた。


「い、いやじゃ、今のはまぐれじゃ! もっかい、もっかいやらせるのじゃ!」 


 という訳で二人はまた手を組み、即刻ルシェヌの手の甲がテーブルに付く。


 二人の腕相撲に右手をかざしたサバキは一言。

「……〇、〇八秒」


「サバキ姉さん、それなんの数値!?」


「マジナ殿が自分が『始め』と言ってから動くまでの間隔時間。なるほど、通りであんな単純な策で勝てる訳だ。反射神経の冴えが類を抜いている……一体あっちの異世界で何をやっていたのか」


「で、ワンモアあるのかい?」


「無論! このアタシが、こう易々と引き下がるものか、なのじゃ!」



 夕暮れ時。チヨとコーリンが一緒に帰ってきた。


「悪いね、コーリン。またあなたに荷物持ち任せちゃって」


「何の、たまたまランニング帰りにはち会ったんだからしょうがないって」


 チヨはコーリンに書類を自室に置くように言った後、自分はリビングへ、すると……


「『迅……」


「遅い!」


 ルシェヌが血眼になって、マジナとエンドレスに腕相撲をしているのが見えた。


「おかえりお母さん。お米も炊いておいたし、お湯も沸かしておいたよ」


「ねぇ、ユノス……あの二人、いつからああやってたの」


「さぁ、ボクずっとお手伝いしてるか、部屋で漫画描いてたからわかんない。多分百回くらいやってるんじゃない?」


 サバキは付け足す。

「朝から一〇二八回やっている。そしてそれ全てがマジナの勝ちだ」


「ええ……」


「違うよ、一〇二九回だ。たった今変わったんだ」


 と、マジナはルシェヌの手の甲をテーブルにつけながら言う。


「うう……うう……」


「どうしんだい、魔王だのかんだの、あんな大口叩いといてこの体たらくなんて、もう萎え萎えだよ私」


「助けて、お母さーん!」


 そしてとうとう、ルシェヌな涙目になり、チヨに抱きついた。


「マジナが、マジナがアタシのこといじめたのじゃー! 何かいってやるのじゃー!」


「ははは! ひょっとしたら魔王をここまでする私がとてつもなく凄いのか……まさに簒奪者って感じかなっ! 最ッ高ににキモチイイね、これ!」


「それはそれとして今日のご飯は何? ボク早くお手伝いがしたい」


「……はぁ、あたしは一体どれへ、どう、どんな順番でコメントしたらいいのやら」


【完】

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