第33話 引越準備、青と緑の禊と思い出
「ユノス、三段ベッドとかの大きい物はどうしろと言われた?」
「それは引越し業者に任せてって言われた」
合格発表から帰ってすぐ、満月家の六姉妹は引っ越しの準備をしていた。
母チヨが社長就任と同時に、一軒家に引っ越すためだ。
特に、サバキとユノスは、他の四人以上に頑張っていた。例の件を余計に難しくした主犯である故の罰だ。
「なら放置。その他の荷物を整理するか」
満月姉妹の部屋は六人で一つ。そこには六人が寝る用の三段ベッド二つがあり、六人の衣服を納めるクローゼットもある。
サバキはそのクローゼットに着手する。
服は既に個々人が片付けたが、その広さを利用し、物置場としても利用されているため、その他の物がいくつか残っている。
サバキはまず、そこからダンボール一つを取り出し、開ける。
「お、これは……いかにも子供らしい」
ダンボールには、プラスチックなり木なりで出来た、多種多様なままごとセットがであった。
「九年も間隔を空けてたから、家の物もあれから更新がなかったんだね」
「だろうなユノス。チヨ殿はこんな物まできちんと取っておいたのか……」
追憶に浸りつつ、サバキは適当にバナナや、魚や、フライパンを出していく……
「ん、どうしたの、サバキお姉ちゃん? 顔が青いよ」
「いや、何でもない」
*
九年前、六人でままごとをしている最中。
「ピコリぃ、きのうのテレビおもしろかったね」
と、サバキはわかりやすくニヤニヤして、両手を後ろに回して言う。
「うん、だからどうしたの、サバキねえさん」
「とくに、アツアツのおやさいをおしつけられるのが、さ」
サバキは背後に隠していた、プラスチックのブロッコリーを見せる。
そこから湯気が出てくる点と、サバキが布巾越しでそれを持ってる点を見るに、明らかに一仕掛けあるのは見え見えだ。
マジナはそれに怯えながら、サバキを注意する。
「やめようよサバキ……やけどしたらたいへんだよ」
「だいじょうぶだよ、ぬるまゆぬるまゆ……」
サバキはそのお湯詰めハンバーグを見当たり次第近くにいる姉妹へ押し付ける。
「ピコリぃ、かっこいいところみせてよ」
「やだやだ、こっちこないで!」
これを見かねたコーリンが、サバキに立ちはだかる。
「こら、パワハラはダメでしょ、めっ!」
そして、コーリンはサバキの持つ熱湯ブロッコリーを弾き飛ばした。
「あっ……」
「あっ、じゃないサバキ! わるいのはひとのことかんがえないでそんなこと……」
「うう……」
この時、ルシェヌは今にも泣き出しそうになっていた。彼女の側には、既にお湯がぶちまけられたハンバーグが転がっていた。
「あ、ごめん、ごめんってばー! ルシェヌー!」
「……」
*
「苦いな」
「苦いよ、プラスチックだもの。どうする、これ? 廃棄する?」
「近くの保育園にでも譲ってやろう。さ、次行くぞ」
二つ目に取り出したダンボールの中には、今じゃとても着れないぐらいの小ささの服がたんと出てきた。
「これまた懐かしい、こんなヒラヒラがついた服来てたのか、自分は」
と、フリルワンピースを手に取りサバキは驚く。
「何で着てるってわかるの?」
「忘れたかユノス、自分達は自分だけの服っていうのを持ってなかったんだ。だから、同じ服を六人で着回してた。
その中でもこれはかなりのいわく付きだ。 これは母さんが友達から譲って貰ったものだが、あからさまに目立つし、周りが周りだから、これを着た人はとことん周りから中傷された。
だからピコリはこれを『じごくのよろい』とか、『狂恋の華鎧』とか呼んでいて、皆で避けあって、これを必ず着なきゃいけなくなった時は皆で押し付けあった」
「そして最終的に私に押し付けられた」
その声の主は、マジナだった。
「姉御から、二人がきちんと反省してやっているか見てこいってね。そしたらこの通り、道草食ってたっていう」
「すまんな。だがこれくらい懐かしい物が出てくると、な」
サバキはマジナに、フリルワンピを押し付ける。
「不幸な再会だね。これのせいで、遠慮がち過ぎて惨めだった私を、さらに惨めにしたんだから」
「やはり覚えていたか、マジナ殿」
「ああ、ほんっと、もうこういう馬鹿げた可愛らしい格好は二度としたくないね」
「だからマジナお姉ちゃんはそういう地味な恰好なんだ」
ユノスは、黒地のシャツにパンツという飾り気のない格好に注目し、納得した。
「流石漫画家、発想が突飛してるね。あ、ひょっとして、怪盗といえばコストパフォーマンス悪そうなぴっちりレザースーツ着てるイメージかい?」
「うん」
「自分はそうは思わんな。自分の世界には怪盗なんて洒落た奴は創作物でしか存在しない。現実にいるのはただの強盗だったからな」
「私的には怪盗と言えば紳士服のイメージなんだよなぁ。
ほどほどに金持ってる雰囲気だせるかつ、表を出歩きやすいからね。
あと、燃えない? こういうガードの硬そうな女の子が、いざ本番ってなった時、全てをさらけ出して、気の向くままあえ……」
「貴様は監視をしに来たのか、それとも猥談をしに来たのか?」
「じゃあお邪魔するよ」
マジナは話を打ち切りにして、部屋から出ていった。
「……道草食ってたのは正論だったよね。お姉ちゃん」
「だな。よし、これからはテンポよく処理していくぞ」
この後、サバキとユノスは、少女漫画雑誌の溜め置きや、さらなるおもちゃや子供服を引き出し、整理し、数十分後には、部屋はほぼほぼ片付いていた。
「よし、これだけやれば文句はないだろう。な」
「いや、ちょっと待って。まだ奥に何かあったよ」
ユノスはクローゼットから、平たいダンボールを取り出してきて、開ける。そこから、ビジネスフォルダが出てくる。
早速二人は一ページをめくると、幼稚園児の背丈と格好をした六人の集合写真が現れる。
「アルバムだね。これ」
「それをビジネスファイルで代用するか、経済的な苦労も伺える」
と、いいつつ二人は次へ次へとページをめくる。運動会の写真、遠足の写真、クレヨンで描かれたカラフルな丸の羅列……
「ん、何だこの落書き?」
よく見ると下に名札がついていた。そこには『わたしのすきなもの みつきこーりん』とついていた。
「ああ、そう言えば幼稚園でそんな物描かされたような気がする」
「黄、赤、青、橙、緑、紫、そしてピンク……これボクたちのつもりかな?」
「だろうな。いかにもコーリンらしい雑な絵だな」
「幼稚園児が描く絵ってだいたいこんなものだと思うよ。サバキお姉ちゃん」
次に現れたのは、マジナの描いたイラスト――トイレのイラストである。
「トイレ……あ、マジナお姉ちゃんのことだから、ここでやると後始末が楽チンって話かな?」
「この頃はマジナ殿はやらしく無かっただろうが! 多分これは、あれじゃないか? トイレなら自分一人になれて気持ちが楽っていうことじゃないか?」
「確かに……って思いたくないね」
「……だな」
しばしマジナの過去のせいでブルーに成った後、お次はサバキのイラストを見る。
鶏軟骨の焼き鳥と思しき、白い四角に黒い線を渡らせたものだ。
「わかりやすいね、サバキお姉ちゃん」
「当時は多分、描くのが面倒臭かったんだろうな。我ながら情けない……一体チヨ殿はこれをどんな気持ちで保管していたんだか……」
次はピコリ。幼稚園児特有の画力のせいか、耳と鼻が尖った悪魔っぽい何かのイラストである。
「うわぁ、狂気的だね、ピコリお姉ちゃん」
「ユノス殿、貴様はピコリを何だと思っていたんだ……で、これは何なんだ?」
「わかんない。多分V系バンドの人じゃないかな?」
「だろうな、ピコリのことだろうし」
正確には、とあるギャンブルアニメのキャラクターである。
その当時、ピコリはアニメのオープニングの曲はそのアニメのキャラが歌っていると思っていたため、それを描いたのだ。
それと、ピコリの好きなのはV系ではなく、ピコリーモ(エレクトロニカとスクリーモの複合)である。
「さて、次はユノス殿だな……これはお花、蝶々、タクシー、ハンバーガー……ごちゃごちゃだな」
「好きな物思いつかなかったんだ。だから皆が描いてる物を折衷して」
「しかし随分と繊細に描けているな。この頃から漫画家の片鱗は出てたのか」
「けど今の画風と全然違うよ。今のボクはこんな時間かかりそうな描き方しないよ。
漫画家はこんな手塩にかけた繊細な絵ばっか描いていると、むしろ読者に嫌われるから。『話の速度に力を使ってくれ』って」
「……すまん、返しに困る。じゃあ、次は、ルシェヌ殿か……うん」
サバキとユノスはルシェヌのイラストを見て、やはりルシェヌだ、と思って、即次のページへ。
今度はイラストでは無く写真、それも卒園式と入学式の写真と、無難なアルバムに戻った。
さらにページをめくる。と、そこには、もとい、それ以降は、何も無かった。
「なるほど。ここからは、あの九年間に突入するというわけか」
サバキはそのアルバムを閉じ、適切な場所に置いて、一つため息。
「ままごとセットにしろ、古着にしろ、落書きにしろ、母さんは、それすらも取っておくほど、余程我々のことが大事だったようだ。
ますます、先日の我々の迷惑行が申し訳なる。
ただでさえ少ない家族の思い出の積み上げを、なし崩しにしたようなものなのだから」
「けど、大丈夫だよお姉ちゃん。追記修正も、新しいページ作りも、新しい家でいっぱい出来ると思うよ。漫画だってそういうふうに何冊も出来てるよ」
「ユノス殿……ああ、そうだな。自分達は引っ越して、また一から始めるのだったな……すまんな、ユノス殿。湿っぽいこと言って。そして、ありがとう、自分を労ってくれて」
「当然でしょ、お姉ちゃんを支えるのが、妹の仕事だもん」
「そうだな。よくわかってるじゃないか、ユノス」
「ただいまー、あと合格おめでとうみんな、片付けはどう?」
と、ここでチヨが帰ってきた。
「さてと、顔出しに行くかユノス。自分たちがもう一度、娘になれるように」
「うん」
サバキとユノスは立ち上がり、部屋を出て、チヨへ笑って会いに行った。
【完】




