第31話 満月姉妹が五人になる日④
中堅製菓会社、『満月コーポレーション』の本社ビルは、駅より歩いて六、七分にある。
二月の中旬。今日もその社員たちが、そこに続々と出勤していた。
その中に、場違いな雰囲気の四人の少女が混じっている。
「ちょっと君たち。ここは関係者以外立ち入り禁止だよ?」
出入口に居た警備員はその四人に声をかけた。
「あ、ウチら……えっとー、社員食堂食べに来たんです。ネットでここのパンケーキが美味しいって言ってたんで」
「ならどうぞ。ただし、念のため、私が食堂まで案内します。ついてきてください」
四人は警備員に連れられ食堂へ。
前述通り四人はパンケーキを注文し、テーブルに着く。
「ほら、やっぱり警備員いたじゃん、コーリン姉さん。ウチがどうにか誤魔化したからよかったけど、ガチで強行突破しようとしたら確実に終わってたよ! ……てか、何故にウチも連れてきたし!」
そしてすぐ、四人の内の橙髪の女の子――ピコリは文句を言った。
*
話はさかのぼること、早朝に至る。
「おーい、起きてー、ピ、コ、リ」
「うへー、このふとももたまんねぇー……イダッ!?」
頬をつねられ、ピコリは目を覚ます。
マジナはピコリの口を手で押さえ、
「行くよ。早く着替えて」
と、小声で命令する。
ピコリは言われるがまませっせと着替え、リビングへと連行させられる。
「おう、起きたか」
そこでは既に、コーリンとルシェヌが目を爛々とさせ、待機していた。
「んもー、何でこんな早くに起こすんだか……はっ、この物々しい雰囲気、まさか……」
「マジナ、ユノスの現在位置は」
「IrrynCrash、BASLCの位置を教えて」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
lrrynCrashとBASLCというのは、マジナが持つカードにより召喚できる、ドラゴン八体の内二匹である。
IrrynCrashは膨大な知識を持つドラゴン、BASLCは諜報能力に優れたドラゴンだ。
マジナはBASLCにユノスの位置を探らせ、lrrynCrashはBASLCの位置を感知させ、ユノスの位置を把握できるのだ。
「『満月コーポレーション本社ビル』じゃけん」
「よし、じゃあそこ行くぞ! ユノスの奪還と、あの傲慢社長にガツンと言いにな!」
「やっぱりー! ねぇやめようよそんな乱暴なこと、でないと余計状況がまずくなるから……」
「なら貴様はこのままあの社長に、母さん共々振り回されたままでいいっていうのか!」
「い、いや、そういう訳でもないけど」
「なら行くぞ!」
「え、ちょっ、待っ、心の準備が……」
*
さっきのピコリの質問に、コーリンはきっぱり答える。
「知らん。とりあえず人数は多い方が良いと思っただけだ!」
「雑っ! はぁ、何でウチまで面倒ごとに絡まなきゃいけないのかなぁ……」
「とりあえず侵入は出来たね。lrrynCrash、ユノスの現在の詳細な位置は」
lrrynCrashは答える。
「『満月コーポレーション本社……十二階』じゃけん」
「さっき警備員に着いて行った時見たぞ、ここは二階だって」
「それならあと九階上がらなきゃいけないのじゃ! エレベーターって奴に乗って行くのじゃ!」
はりきるルシェヌへ、マジナはチッチッチッ、と口にしつつ指を振る。
「それは無理だよ。私たちはこの会社においては部外者、エレベーターなんていう関係者の目がいきがちな物使って動けば、確実に捕まるからね」
「けど怪盗であるお前なら、どうにか出来るんだろ……さぁ、言ってみなマジナ」
「うん、あるけど」
数分後。
「い、今何階なのじゃ……!」
四人はビル内の階段を登っている。コーリンとマジナはどんどん先を行き、ピコリとルシェヌはダラダラ行き、姉との間隔を空ける。
「五階……まだまだあるよこれ……ねぇ、もっといい感じのルートなかったの」
「あるけど、私専用と言っても過言じゃないハードなルートしかない。だから階段を選んだんだ。
階段はいいよ階段は。こういうビルだと誰も階段を登りたがらないから、侵入者がいるとは誰も気づかないんだ」
「もっと早く登れ、さもなくば誰か来るぞ!」
元気に登るコーリンは、後ろで疲れ、失速しているピコリとルシェヌをせかす。が、相変わらず速度は遅い。
「もう五階くらいまで登ったから、人も二階よりは減ってそうだし、そろそろエレベーター乗ってもいいと思うのじゃが……」
「こんなデカいビル建てて会社やってんだ、どこいたって人はいるだろうが、もっと本気出せ! 特にルシェヌ! このまま弱音を吐いたままくたばったら、母さんはどう笑う!?」
「母さんの名前を安易に餌にするでないのじゃ!」
「ちっ、そう簡単には釣れないか……とにかく、行くぞ!」
*
一方その頃、満月家のマンションにて。
チヨは、崩れたスーツ姿のまま、開始時刻はわからないが、ベッドに横たわったまま、ずっとボーっとして、ただ天井を眺めていた。
昨日のコーリンから食らった言葉のボディーブローがまだ響いていた。
故にチヨは、どうやってコーリンたちに言い訳しようか悩んでいた。だがそれはこのだらしない体が表すように、雲のようにもやもやしたままだった。
(とりあえず、今日も仕事だし、起きなきゃ……)
チヨはようやく起き上がり、バッタリ誰かに合わないよう、慎重にリビングへ足を踏み入れる。が、そこには誰もいない。というより、家からまるで人気がしない。
まさかと思いチヨは、浴室、洗面所、トイレ、そして姉妹六人の部屋等行く。そのまさか、姉妹たちの姿はどこにもなかった。
「ごめん、ダメなお母さんで。あなたたちも、こたえてたのね……」
チヨはますます自分の弱さを嘆いた……その時、彼女は気づく。
「いや、待って。逃げ出したにしては物の持ち出しが少ないし、少なからず同調していたサバキやピコリまでいないのはおかしい……まさかみんな、『そっち』に行ったの!?」
コーリンたちの真意を薄々察したチヨは、受話器を手に取り、勤め先の大学へ電話する。
「おはようございます、満月です。すみません、本日は子供が大変なことになってますので、少々遅れます……」
*
「おい、お前ら、ようやく階段が途切れたぞ!」
「うっし、やっと社長さんに会える……」
そしてコーリン達は、ようやく十二階についた。
「『社長室』……わかりやすく書いてあって助かるぜぇ! 頼もうッ!」
コーリンはぶっきらぼうにその豪華な扉を突き開け、三人の妹と共に社長室に踏み入る。
突然の侵入に、作業中のロスイと、勉強中のユノスは目をパチクリさせる。
「あ、お姉ちゃんだ」
「こらこら、君たち。あたしは社長よ。ここに入るにはちゃんと正規の手続きを踏んでもらって……」
「満月チヨの娘、満月コーリン! そして上から順にマジナ、ピコリ、ルシェヌだ! お前が社長か!」
「ああ、あなたたちがチヨさんの娘……まぁ威勢がいいこと。して要件は?」
「お前がオレたちの母さんに良からぬ圧力をかけたらしいじゃねえか! どういうつもりだ!? 教えやがれ!」
「それはチヨさんの問題であって、あなた達は関係ないじゃないでしょ。
あなたたちが本当にすべきなのは、チヨさんが決めたことを、受け止めるだけ、でしょ?」
「確かに、それも親子の形かもしれねぇ……だが、一方通行で幸せを押し付けるのと、第三者が口を挟むのは違うだろうがッ!」
「だってよ、ユノスちゃん。どうする?」
「お姉ちゃん、ボクは今仕事してるの、お母さんを幸せにする仕事をね」
「あのさぁ、君、仕事以外に使う頭はないの?」
「だって仕事はする物でしょ、わかってないのはお姉ちゃん達だよ? ……ならいいよ、ボクの仕事邪魔するなら、こうする」
ユノスはベレー帽よりアザレアを呼び出し、
「アザレア、お姉ちゃんたちをしつけて」
「イエス、マスター……ハァッッ!」
アザレアは怪人体と化し、四人に飛びかかる。
「へぇ、最近の女の子もこういう超能力使えるのね……危ない危ない、隠れなきゃ」
その裏で、ロスイは現場の荒れ様を予測し、物陰へ隠れる。
「正気かいユノス!? ……恐ろしいね、私よりやる事なす事に躊躇がないなんて!」
「とにかく、抵抗するのじゃ、そしてお母さんの元に、六人で帰るのじ……」
ルシェヌは突如として、青緑色のゲル状の物質に巻かれ、一気に弱る。
「『ルマ』は魔法を使う者に絶大な衰弱効果を及ぼす……前にも言ったな」
と、サバキは四人の背後より言った。
「サバキ、姉さん……どうしてここに!?」
「どうせ今日、貴様らがここに押しかけると予測し、貴様らが出発した後、即、ユノスを介して社長と連携し、先回りしていたのだ。
すまんな貴様ら、自分はまだ、チヨ殿に反省したりないのだ……! 故に、昨日の貴様らの横暴な決意、撤回させてくれる!」
「愚直だねぇ、サバキ」
「それもそうだけど……どういう手段でここまで登ってきたの、サバキ姉さん!? ウチら、なるべく気づかれないように家を出たはずなんだけど……」
「それは気づいた途端に全速力で馳せ参じたからだ! ここまで登ってくるのにも、正道に受付で素性と理由を説明し、エレベーターを使用させていただいた!」
「またしても愚直だねぇ、サバキ」
マジナは紫の蛇竜『O』を手に取り、それを振るい、巧みにルシェヌに付いたルマを除く。
だがルマの効果は既に彼女の体に染み入り、ルシェヌはまだ立ち上がれない。
「……ピコリ! ルシェヌと一緒にどっか安全な所へ! じゃあ私は……」
「マジナ、お前はサバキと当たれ! オレは……」
コーリンは間一髪でアザレアの回し蹴りを避けて、
「ユノスをどうにかする!」
マジナとサバキ、コーリンとユノス……これより社長室にて、姉妹間での派手な喧騒が始まった。
「えーっと、安全な所、安全な所」
姉妹達が戦闘する最中、ピコリは、ルマにより衰弱し動けないルシェヌを引きずって、安全地帯を探した。
「おーい、こっちおいでー、ピコリちゃん」
「あ、ありがとうございます」
ピコリはバリケード代わりにソファーの後ろに隠れる――そこに既に居るロスイの誘いに乗って。
「って、社長さんじゃないですか!?」
「ええ、そうよ。それがどうしたの?」
「それはどうでもいいんですけど……あ! 何で、ウチのお母さんにあんなこと言ったんですか! 教えて下さいよ! おかげさまでただでさえ危なっかしい雰囲気のウチの家庭が二倍くらい(※ピコリ比)に殺伐としちゃってるんですから!」
「ごめんなさいね。同じ話は何度もしたくない主義だから……もうちょっと待ってて」
はぐらかされたピコリはムッとして、姉妹の戦いを眺める。
マジナは、騎士のような青竜『PORTRON』と、屈強な肉体を持つ橙竜『Bhmthon』を召喚し、『O』を携えた己とのトリオでサバキに襲いかかる。
サバキは前の異世界での経験上、他対一かつ、パワーの歩がある相手との真っ向勝負を行った際の危険さをよく理解している。
緻密にも拙速なステップで、適切な間合いを綿密に取り、ルマを弾丸めいて細かく射出し、サバキはマジナの消耗を狙う。
アザレアは『様々な昆虫の能力を持つ』という己の特性を惜しみなく発揮し、そのパワーとスピードでコーリンに攻撃を食らわす。
腕には自信のあるコーリンではあるが、基礎的な能力は、おおざっぱに言って『怪人』であるアザレアの方が一枚上手。
震撼剣を防御用にしか使えないままにされ、コーリンは歯がゆい思いをする。
双方共に劣勢のコーリンとマジナ、だがこのまま終わって納得出来ないのも、コーリンとマジナである。
「『SGL』、君も働け!」
「『青龍の刹那』ァ!」
マジナは黄色の鳥めいた竜に電撃を放たせ、コーリンは凄まじい乱れ突きを繰り出す。
サバキは板状にルマを張り、電撃の威力を軽減する。
一方、アザレアはさほど特異な防御をせずに受ける、だが、かといってアザレアが痛手を追ったかと言えば、それは違う。
「フッ!」
それは防御をする必要すら無いほど、アザレアが頑健である証拠だ――コーリンの乱れ突きの最中に、何事もなかったように、アザレアは鋭い蹴りをお見舞いする。
「だはっ!」
これはかなり重かったようだ。コーリンは床を転がり、地に伏せる。
「あっ、コーリン姉さん!」
「姉御!」
コーリンを心配し、マジナとピコリは注意を彼女の方にやる。
「目を背ければ、相応の報復が来ると知っているか!?」
その間にサバキは、マジナと彼女の竜達にありったけのルマを浴びせ、行動不能にする。
「ははっ、容赦ねえなぁ、断退警察も、漫画家の召使いも、なぁ……!」
コーリンは震撼剣を杖に、あまり疲弊を感じさせず立ち上がる。
サバキはコーリンに右手のひらを向け――ルマの発射体勢になり――ながら、コーリンへ言う。
「謝れば苦しまずに済む話だぞ。コーリン殿」
「謝った所でどうにかなるか! 母さんは、本当は社長なんて座、端っから要らねえんだ……」
「貴様に母さんの何がわかる。ただ母さんは、自分達姉妹の幸せを願い、自らを信じて動いたまでだ」
「逆にだ。お前は、母さんが『本当に』何がしたいかわかっているのか!?」
「先のが『本当に』だと、自分は思うが」
「はっ、好きにほざいてな……どっちみちオレはやらせて貰うぜ。
家族七人の幸せを願って、オレ自らを信じて武働いてくれるッ!」
コーリンは震撼剣を構え直し、『貴様などどうでもいい』と言わんばかりにサバキに背を向け、アザレアを剣先で指す。
「まだオレはへばらねぇぞ……解せよ、アザレアッ!」
「……はい、コーリン様」
コーリンとアザレアは再び構え、面向き合って対峙する。
【完】




