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第30話 満月姉妹が五人になる日③

「ゴメン、アタシ、いらないから……じゃあね」


「おかあさん! アタシをおいてけぼりに……」


 ルシェヌは嗚咽混じりに呼ぶ、だがその懇願はまるで届かず聞かず、その後ろ姿は小さくなる。



「……」


 少々早く、チヨは目覚めた。何か違和感がしたからだ。

 その正体は呆気なく予測でき、実際正解した――ルシェヌが自分に向き合う形で抱きついていた。


「ねぇルシェヌ、あなたは何回言えばわかってくれ……」


 この時のルシェヌの抱きつきは、いつもの愛情によるものではなく、何かに怯えているためのようだった。


「どうしたの、ルシェヌ?」


「怖い夢を見たのじゃ……お母さんが、アタシをいらないからって捨てる夢なのじゃ……」


「ルシェヌは意外と怖がりなんだね、それはただの夢でしょ?」


「でもお母さん、昨日アタシたちをどっか他にやろうとしてたのじゃ……! お願い、アタシを捨てないで、そんなの絶対嫌なのじゃ……」


「……大丈夫、あなたは、ルシェヌは、と言うより皆は、絶対に見捨てないから」


「絶対に?」


「うん、絶対に……」


「すー……」


 余程怖がっていたのだろう、今までの不眠時間を取り戻すように、ルシェヌは眠りに落ちた。


「……おやすみ、ルシェヌ」


 チヨは、ルシェヌに自分の布団をかけてやり、起こさないように着替え、静かに寝室を出る。


「支度は出来た、ユノス?」


「うん」


 リビングで、自分の荷物をまとめたユノスは待っていた。


「あっ、みんなの分の朝ごはん作らなきゃ」


「いいのユノス。これからは基本、自分たちで用意させるようにするから」


「そっか。じゃあ行こう、お母さん」


 他の五人にバレない様、速やかに二人は出立していった。


 その五人が、ユノスの不在に気づいたのは数時間後。ルシェヌが二度目のお目覚めをした頃。


「む、どうしたのかえ。みんななかなかに慌てておるが」


「どういうことか、今朝からユノスがいないのさ」


「今日は日曜日じゃないからレンタルビデオ屋にいる訳でもない。くそっ、おかげで黒焦げトースト食う羽目になっちまったじゃねえか」


 ここでピコリが昨日のチヨの異変を踏まえて閃く、

「はっ、まさか、あの社長の座の交換に行ったとか! ユノスって狂おしいほど献身的だから何か一人で行っちゃいそう……」


「ピコリ、確かにそうかもしれねえな……ユノスの奴、水臭いことしやがって……」


 ここで、サバキは他全員に呆れ、言う。

「そんな訳ないだろうが」


「はっ、何だよサバキ、そんな冷えた様に言いやがって!」


「コーリン殿、貴様は状況が読めてないぞ。ユノス殿は母さんに何も言わず、気ままに独断行動するような無鉄砲でもなければ、アザレアを侍わせている故に、万が一を起こす無防備でもない」


「……けど、急に妹一人が消えておちおち出来るかってんだ!

 おいピコリ、お前タブレット持ってるよな、それでどうにかこうにかしてユノスに連絡をし……」


「落ち着け、コーリン殿! そうあれやこれや余計なお世話をやらかし、事態を面倒にする方がユノス殿にも母さんにも迷惑だろうが! ここは静観するより他に無し! いいな!」


「ちっ、わかったわかった……ただ、黙ったせいで面倒が起こったら、お前が責任とれよ!」


「ああ、是非無く!」


 コーリンは憤慨し、当分サバキと一緒に居たくないし頭を冷やしたいと言って、部屋へ引っ込む。最中、どこからか書類を持ってきたマジナとすれ違う。


「うわー、流石怪盗、いつの間にか何か持ち出してくる……」


「今の聞いてたよ。相っ変わらず頑固だね、サバキ。姉であるコーリンにもよくこんな強気でいられるよね?」


「貴様もなマジナ殿、意地汚さをちらつかせるのが上手い」


「……あと、昨日も、皆が早めに、八時半に布団に入るのに、君は九時ジャストに寝たし」


「……何が言いたい」


「単刀直入に言うよ、昨日、その三十分で母さんと何を話していたの?」


「世間話だろ。単純に」


「あっ、そう。じゃあ次の質問。君は今まで頑なに母さんのことを『チヨ殿』と呼んでいたのに、今日は何故、『母さん』と呼んでいるのかい?」


「ずっと堅苦しい呼び方するのもアレだからだ。今度はこちらに質問させろ、何故貴様は自分を疑う?」


「絶対重大な話を、具体的に言うと、んー、『ユノスと社長の座に関する話』をしていただろうからかな?」


 いじらしくにんまりするマジナに対し、サバキは眉一つ動じさせない。

 これには、昨日の話に所以がある。



「やはりその決断を取るか」


「あたしはやる。お父さんにきちんと孝行しなきゃいけないから。ユノス、早起きは得意だよね」


「うん」


「じゃああたしが起きるまでに、最低限の必要な物だけはまとめて置いて。明日の朝、あたしの出勤前に、その友達の所に送るから」


「実行は明日早朝……!? それは愚策ではないか、母さん。先にコーリンたちへの説得をしなければ、後々の反発は免れないぞ」


「その反発が一番怖いのよ。コーリンのことだから、『力づく』でユノスを逃さないはず。だから先に結果を作ってしまう」


「しかし今度はそれに加え、隠し事をしたお陰で、さらなる反発を招きそうだが」


「それは、後々の結果を踏まえて説得すればどうにかなる。というより、どうにかする」


「なるほど……それなら異論は無い。成功を信じよう」


「ありがとう。じゃあ二人とも、あたしが今話したこと絶対他に言わないでね。他のみんなの印象が悪くなるから。

 それとサバキ、あたしが仕事から帰って来て説明するまでに、もしコーリンとかルシェヌとかが怪しんだら、どうにかごまかして」


「了解!」



「話のこじつけは程々にしろ」


「こじつけ? やだなぁ、それを臭わせる証拠は色々あるんだよ。昨日の三十分の空白とか、突然の母さん呼びとか、あと……」


 マジナは持ち出した書類を手に取り、


「ごめんピコリ、これ今日の出勤時間ってどういう風に読み取ればいいのかな?」


「えっと、これは大学の時間テーブルだね……お母さんの科目なら、十時ぐらいかな?」


「ならおかしいな。朝ごはんを用意する前にとっとと家を出てしまうなんて?」


「……」


 マジナは胸元から八枚のカードを引き抜き、扇状に開き吟味しながら、


「隠し事は良くないよ。一応、私はそういうインタビューも嗜んでいるからね」


「……自分は断退警察だぞ。そのような卑劣な手に屈すると思ったか?」


 マジナは不敵な笑みを浮かべて、

「だからなぁに?」



 その夜。チヨは重い足取りで玄関の前に着く。


(どうやって、説明しよう……いや、きっと大丈夫。皆そこまで聞き分けの悪い子じゃないはず)


 大きく息をすって吐き、自分と、娘達を信じて、帰宅する。


「お、おかえり……」


 と、ピコリは気まずそうに、チヨに言う。その場の空気があまりにも悪すぎるから、少しでも和ませようと思ったから。


「み、みんなどうしたの……」


 コーリンは、押し殺すような声で言う。

「何で、ユノスを行かせた」


「!? まさか、サバキ……!」


「すまない、白状させられた……」


「じゃ、そういうことで、帰宅早々申し訳ないけど、話して貰おうか」


 こうなるのは計画当初から予測していた、なのでチヨは仕事用のカバンを側に置いて――『逃げない』という意思表示をして、

「……黙って、隠して、本当にゴメン。けど、そうでもしなきゃ、あたしは……」


「昨日は話が余計にどんよりしそうだから、深いところにいかないようにしてたがな……オレは今から、本気で真剣に言うぞ。母さんは、『死んだ父親』と『オレたち六人』、どっちが大事だ?」


「もちろんあなたたちよ……だから、あまり警戒しないで。ロスイさん……友達の社長さんはとってもいい人だし、ユノスがその気になったらいつでも返してくれるって言っていたし……」


 チヨは必死は、コーリンへ弁解する。対してコーリンは、目でルシェヌに『行け』と命令し、ルシェヌは話す。


「アタシ、本当に怖かったのじゃ、お母さんに捨てられたあの夢が。だから、今日の朝に、お母さんと約束したのじゃ、『また』アタシがお母さんに捨てられないようにって……!」


 チヨは、ここに来てハッとなった、ルシェヌの夢に出てきたお母さんが、自分では無く、前のお母さんであることを。

 さらにチヨは、前のお母さんというキーワードで、自分が今回、何をしたか――彼女たちをどんな思いにさせたかに、遅くも気づいてしまった。


「これでわかったか、母さん。自分が、オレ達を裏切ったことを。一度親に捨てられたオレたちに、子を捨てる様を再度行ってなぁ! どういうことか説明しろ、親として!」


 コーリンからの叱責を受け、チヨは、俯いた。両手を握り、震わせた。自分がただ恥ずかしくて、憎らしくて、情けなくてしょうがなかった。


 そして、チヨははけ口を求めるように、

「あたしは、立派な娘と、立派な親になりたかった……」

 

 その後、チヨは何重もの圧力に耐えきれず、自分の部屋に走り去り、閉じこもってしまった。

 もちろん荷物は、ドア付近に置かれたまま。


「……ねぇ、コーリン姉さん。これはちょっと、言い過ぎなんじゃない……?」


「そんなことより腹減ったなぁ」

 と、先程の真剣なムードから一変して、コーリンはそうぼやいた。


「切り替わり早っ!」


「切り替わり早っ、も何も、端っからオレはイライラはしてたが、そこまで母さんを恨んでねぇよ。

 実際オレは前の世界で、別の家に行かされてたんだから、親が他所に子を行かせることにはそこまで抵抗はねえよ。みんなはどう思ってるか知らねぇが」


「私も別に何とも、ユノスならどうにかなるでしょって思ってたし。ただ隠し事が気になっただけ」


「ウチは……事情が事情だから、同感かなーって感じ。

 ん? じゃあさっきの言い方は余計まずかったんじゃない? お母さん、すっごくこたえてたよ……」


「だってそうでもしねぇと、母さん本音を言わねえんだもの。お前みたいに、悪いことはだいたい自分の中に抱え込む悪癖があるからよ」


「だからあえて強く当たって強引に気持ちを動かして、あれこれ吐かせてみたんだよ。どうだい姉御、私の考えた作戦は?」


「ああ、効いたみたいだ。最後のつぶやきからして、相当効いてるはずだぜ」


「ほんと気に食わないのじゃ。人様の夢をダシに使われるなんて」


「で、コーリン姉さん。母さんの本音を探ってでどうする気なの? 今の所、どえらいムードになっちゃったけど……」


「しらん。けどとりあえず確信した。どれだけ母さんが『友達の社長に追い詰められてる』のかがよ」


「そうじゃ! ユノスを行かせたお母さんにもちょっぴり傷ついたが、何よりも裏で糸引いてるその社長が、何より許せんのじゃ!」

 と、ルシェヌは気炎を吐く。


 コーリンは、ここまでの一部始終を傍観していたサバキへ目をやる。 

「おいサバキ、さっきから黙りこくらないで言えよ、お前だって、それにいくらか気づいてただろ」


「無論、わかっている。だがな、それを知ったところで出来ることは何も無い。

 ならここでの選択はユノスを『送る』か『送らない』、それだけだ。

 コーリン殿、腹が減ったのだろう? なら今日は自分が支度をする、それまでに母さんにどう謝るか考えておけ」


「……わかったよ、なるべく上手いもん作れよな」


 コーリンは乱暴にソファに腰掛け、キッチンにいるサバキと真逆の方向を睨んだ。


「あ、お風呂の方は沸かしたっけ?」


「ウチが前もって沸かして置きましたー!」


「じゃあ次は、私が行くね」


 一方、マジナは入浴する。そして、辺りに気配が無い事を察知し、窓を開ける。

 すると数秒後に、そこから赤い翼竜が入ってくる。


「若干タイミングが遅れてるよ。『Hellkite-Wヘルカイト』。ちょっと冷えちゃったじゃないか。さて、『BASLCバジリスク』はちゃんと、ユノスの元に飛ばせたのかい」


 マジナは浴槽の縁に黒竜『IrrynCrashイルルヤンカシュ』を召喚し、BASLCの位置を尋ねる。


「……ふむ、如何にも金持ちが住んでいそうな建物だね。けどその情報はいらないかな。必要なのは、姉御の決行時にユノスが居る場所だからね」


【完】

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