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第29話 満月姉妹が五人になる日②

 チヨは、脇にあるメニューの『季節のメニュー』の『季』の字をわけもわからず凝視していた。


 娘をよこせ。と言われ、頭がオーバーヒート状態なのだ。

 こうなるのも無理はない、異世界に行って、つい最近帰ってきてくれた、娘たちをよこせと言われたのだから。


「……$@Σ#」


「ああ、ごめんごめん、驚かせて。もう少し丁寧な言い方するべきだったわ。

 よこしてちょうだいって言うのは、養子にさせろとかそういうのじゃなくて、単純にこちらに預けて、面倒見させてもらうだけ。

 居候よ居候、当人が一旦帰りたいと行ったら一旦帰らせるし、勿論本人に危害を加える気は一切ないわよ」


「何だ、そう、ですか……でも何で?」


「条件って言うのも言い過ぎだったわね。正しくはこちらの気づかいって所かしら。

 ほら、社長と六児のお母さんの両立はつらいだろうから。多少はこちらもかばってあげないとな、って」


「なるほど、そうですか……」


 と、チヨは納得した。だが、その表情は、あまり喜んでいるとは言えない。


「……ごめんなさい。ありがたい話ですけど、断らせてください」


「どうして?」


「そういう外見上、娘を売るようなことはあまり良くないと思いますから。

 血の繋がりは無くても、あたしたち七人は家族です。一人でも欠けるなんて、絶対嫌です」


 ロスイはドリンクを一口し、改めてチヨと向き合う。その時の目は、先程のなごやかなムードと比べると、明らかに険しい。


「ところで、あの日からどのくらい経ったかしら?」


「えっと、だいたい十五年前、ですよね……お父さんに土下座して、あの人との絶縁を報告した日……」


「そして、あなたが先代社長と会った最後の日よね。あれ以降、あなたは何をしていたのかしら?」


「講師として、学生に授業を……」


 遅れて、チヨはこの質問の意図に気付き、そして黙った。


「そうよね。あなたは、先代社長の期待に添えなかったのよね……今のあなたの現状を見たら、先代社長は何を思うでしょうね」


「……」


「挽回する気があるのなら、その機はきっと今じゃないかしら?」


 チヨは視線をロスイの顔から、テーブルに落とす。


 これまで父親の想いに応えられなかった罪悪感。

 ロスイに強いられた社長へ向けての責任感。

 そしてこの話を家族にしなければいけない不安。

 それらが一気に頭の重しになっている……そんな気がした。


 かといって、ここで『いいえ』と言える勇気は、今のチヨにはない。なので、

「はい……いいですよ……」

 と、チヨは答えてしまった。


「困るな、そんなしょんぼりした感じで言われても……それ抜きにしても、別に悪い話じゃないでしょ、今のよりもいい暮らしも出来て、娘さん六人も喜んでくれますから」


「は、はい、ですよね……」


「それじゃあ、期限は特に設けないけど、返答はなるべく早くお願いね」



 チヨが帰ってきたのは夜七時であった。結局、通常だいたいの帰宅時間になってしまった。

 その時六人は普段通り、寝る前の自由時間をしていた。


「お帰り、お母さん」


「ただいま、ピコリ。そしてみんな……」


「ん、どうした母さん。さっき帰ってきた以上に疲れてるぞ……」


「そりゃそうでしょコーリン、急用だったもの」


「お風呂沸いてるよ、お母さん」


「うん、ありがとユノス……」


 入浴中、チヨは特にこれと言った面白みのない天井を見つめた。

 同時に、リビングから、いつも通りの暇を過ごし、程々にはしゃいでいる六人の声が聞こえてくる。


「本当に、誰か一人をロスイさんに渡して、お父さんを喜ばせなければいけないのかな……」


 一方その頃、ロスイは、部下に運転を任せ夜の道路を走っていた。


「社長、本日は、あの話をするためにチヨ様を呼んだのでしょうか……」

 最中、部下がそう尋ねた。


「ええ、そうね……先代社長が遺した宿題に、やっと手をつけたの。

 本当はもっと早くやりたかったけど、娘さんたちが失踪したって言ってたから、それどころじゃなかっただろうし、それに……」


「それに?」


「酷い言い方をすれば、アタシは簒奪者だから、そんな上から目線なこと出来るのかなと迷ってたの。

 あたしだって、急に社長の席をわたされて申し訳なかった。

 チヨさんにあのマンションの一室を買い与えたのも、その償いになればなって思って……けど、あたしも、『解かなきゃない』っていう使命感は忘れていない。

 本当スッキリしてるわ、ようやくこう出来て……後は、チヨさんがどう答えてくれるか、それが気がかりね」


 満月家にて。


「お風呂上がったわ。後は、誰か入る人いる?」


「うん、ボクが最後だよ」


「そ、行ってらっしゃい」


 チヨはユノスを目だけで見送って、ソファに腰掛け、テレビを観る。

 ベタなバラエティ番組が映っていた。娘たちのノリを見る限り、今日はチャンネル争奪戦は起こらなかったようだ。

 

「あれ、どうしたんだい、母さん? 面持ちがやたらと重いけど」

 と、その通りのチヨを心配し、マジナは声をかけた。


「いや、何でもない」


「何でもないにしても、深刻に見えるぞ」


 さらにサバキが言う。


「忘れたか、自分は断退警察に所属していた。故に、人が何を考えているのかは顔を見ればわかる。ま、そもそも入浴後に、入浴前以上にくたびれてるのは異常だがな」


「じゃあ再度、一体、何があったんだい?」


 チヨは黙り込む。ロスイに言われたことをどう、被害者になるであろう人物に言おうかと、考える。 


「えっ、どうしたのかえお母さん?」


「何々、もしかして、パワハラくらってたの?」


 だがそれがまずかった。噂を聞きつけ、入浴中のユノスを除く五人の娘が、チヨの元に集う。


 意図せず代表して、コーリンは尋ねる。

「そこまで辛いことがあったのか?」


 チヨはまだ黙る。


「正直に言ってくれよ。オレたちじゃあどうにもならないかもしれないけど、かと言って、母さんが隠し続けて苦しくなってるのを見るのは辛いんだよ」


 娘にそう懇願されたら、母親としてはたまらないし、このまま黙っておくのも確かに悪い。チヨは、ようやく口を開く。


「今日会いに行った、かなり大きい会社をやってる友達が、あたしを子会社の社長にしてくれるって言われたんだ……」


「本当かそれ! 社長ってあれだろ、すごいんだろ、なら、ツいてるじゃねえか母さん!」


「姉御、そういううまい話には裏ってものがあるんだよ。でしょ、母さん」


「正解だよ、マジナ。友達は言ったの、『あなたたち六人の中から一人を、こちらに預けて欲しい』って。

 誤解しないでね、あくまで預けるだけ、養子にするとかとは違うから……」


 この時、ピコリは考えた。


(その一人がウチになれば、尖りに尖った姉妹に振り回されず、その社長さんの下で平穏に暮らせて、しかもお母さんは社長になる……乗るしか無いじゃんこれ!)


「はい! じゃあウチが行き……」


「それは、いけ好かねぇな」


 コーリンは、チヨへ毅然とした態度で言う。

「確かに、この家はオレたち七人で暮らすのには窮屈で、オレたち六人が面倒くさい奴らかもしれない。

 けどオレたちは家族だろ、なら、どんな理由があっても、もうこれ以上離れ離れになるのは絶対ダメだろ?」


「私も姉御に賛成、うさんくさい話はとことん納得出来ないし。異議は無いかい?」


 誰も、異議を唱えなかった(正確にはピコリが言おうとしたが、コーリンに睨まれ黙った)。


「という訳で母さん、その社長の話は断っておけ。ふぁ〜ねみ〜、八時半か、三十分早いけどもう寝るか」


 かくて娘たち四人は寝室へと戻っていった。

 ――そう、四人である。


「あれ、サバキ。あなたは寝ないの?」


「もう一度言う、自分は断退警察に所属していた。故に人が何を考えているのかは顔を見ればわかる。そしてさっきの顔は、娘と社長の座との葛藤にしては、深刻過ぎる。

 まだ、隠してることがあるのだろう。チヨ殿」


「……わかった、白状する。実はその友達の社長さんの会社、元々はあたしのお父さんの会社だったの。

 だから次期社長は私だと思って、お父さんの期待に応えられるよう、大学でいっぱい勉強した。けど、それはあの時にダメになった」


「元父親に、浮気された時からか」


「うん。それを聞くや否、父さんはあたしには何も言わず、その友達に社長の座を譲ることだけを言った。

 そして私は、それ以降お父さんに会うことはなかった、永遠に。仕事もその大学の講師にスライドした。

 その友達は、今日、あたしにチャンスをくれたんだ。失敗した不出来な娘に、もう一度親に好かれるための、名誉挽回のチャンスをね」


「親不孝から、親孝行に変わる為にか……すまなかった、母さん!」


 突然に頭を下げたサバキに、ようやく自分の事を『母さん』と呼んだ、チヨは戸惑う。


「自分は今まで、母さんはあの男に浮気され、今の悲惨な現状を作った根源と邪険に見ていた。

 だが、今わかった、母さんも深々と反省していた、と。本当にすまなかった!」


「……やっぱり、そういう風にも見られていたのかぁ。

 いいよ、頭上げて。どちらも今になったら、気にしなくていいことだから」


 サバキが頭を上げると同時に、偶然にもユノスが風呂から上がってきた。


「あ、そうだ、ユノスにも話しなきゃ」


 チヨは、遅れてきたユノスに、親の件も含めて、全てを話した。

 それを聞き終えると、ユノスは返した。


「なら、ボクが行くよ」


「いや、いいよ。この話はやめた方がいいってコーリンにキツく言われたから……」


「だが、いいのか。このままでは名誉挽回は成らないぞ」


「えっ、サバキ……?」


「コーリン殿も、みんなも、きちんと訳を話せばわかってくれるだろう。肯定はしないが、同情はする。犯罪ではない故に看過もする」


「ボクは大丈夫だよ、万が一があればアザレアが守ってくれるもん。

 これでお母さんが報われるなら、いい仕事だよ」


 不出来な自分を、ここまで押してくれる――この娘たちの熱意に、チヨは目頭が熱くなる。


 そしてチヨは決断する。

「うん、ありがとう。じゃあ……」


【完】

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