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第2話 コーリンが来る

昔の設定がぽつぽつ残っていたので修正しました

 チヨは今日も出勤日。けれども、今日は用事があるので、午前の授業を終えれば帰れるようにしていた。

 

 ファストフード店なり何なりに、気楽そうに行く大学生を脇目に入れながら、チヨは重い足取りで帰路についていた。


「あれ、満月先生。今日は早い日でしたか?」


 道中、後輩が声をかけてくる。


「はい、授業が午前にしか入ってなかったので……あと用事」


「にしても、ひどく疲れてませんか? そんなに今日は大変な授業だったのですか?」


 後輩なれど講師は講師、人の些細な変化は見逃さないのがこの生業の性分。

 ならば仕方ない、と、チヨは、大きくため息を吐く。


「*$ΩΓ……」


「へ?」


「……何でもないです」


 自分の悪い癖を悪用して、チヨは後輩から逃げる。

 九年前に失踪していたはずの娘達が、実は異世界に転生していて、昨日豹変して帰ってきた――そう説明しても、到底理解して貰えないのは承知だから。


(さて、まずは警察署へ失踪届けの取り消しを。次にあの子達のお昼ご飯を用意、と)


「おっ、母さんじゃんか!」


 署に向かう最中、チヨに声をかけたのは、背丈と肉付きに合わないジャージをパツパツにして着る金髪の少女――コーリンだ。


「何してるの?」


「ランニングだろどう見ても! ずっと家にいると妹たちがギスギスかヨソヨソしすぎて息苦いし、動きたくてしょうがないし、早めにこの街に慣れときたいし……悪かったか?」


「別にいいけど……そのジャージ、どうしたの? それ、あたしがいつか運動しようって思って買ったけど結局時間とやる気無くてクローゼットの隅にやってた奴なんだけど……」


「マジナが『外で走ってくるならこれ着たほうが無難じゃない?』って出してくれた」


「何でそれを疑いなしに着てるのコーリン。あと勝手に人の部屋物色しないでよマジナ」


 せっかくなので、コーリンはチヨに追従することにした。


「そう言えば、あなたは九年間、あっちで何していたの?」


 コーリンはニコニコして、一言。

「戦争」


「戦、争……?」


「そう、あっちには別の父親がいてな」


 コーリンはその父親を斬り口に、異世界での話をする。



 あっち――異世界名『センランド』は刀と妖が散見される、戦国時代と似て非なるような和風の異世界。

 彼女が来た時は既に群雄割拠の世となっていた。


 彼女はそこに来て早々、毛利の姓と宍戸の姓を持った。前者は父母の姓、後者は婚姻相手の姓だ。


 戦乱の世にはありふれた、非常にわかりやすい政略結婚だった。

 しかし、その時に生まれ、その時に生き、その時に慣れているだろう父母は彼女を送り出す直前、ひどく悲しんで泣いていた。

 どうしたと尋ねると、父母は長女の話をしてくれた。


 長女はコーリンが(設定上)生まれた年に、年若くして死んだという。

 和解のためある氏族に人質として送り出し、後に結果、その氏と争ってしまった際、そちら側で是非を問わず処刑されたのだ。


 だから、コーリンも同様にならないか、と不安でしょうがないのだという。


 ここで、コーリンは確信し、決意し、そして述べた。


「大丈夫、私は絶対負けるわけにはいかない。何もかも噛みついてやる。そうすれば、絶対皆を、家族を泣かせたりはしない」


 かくて、コーリンは家に一抹の不安『だけ』を残して、宍戸氏に組み入られた。

 ただし、ただ姫様気取りするのではなく、生き抜くための力を得るべく、文武両道を学んだ――夫に舌を巻かせる程に。




「そんで厳島の時はさ、元春っていう弟と一緒に首級をポンポン作ってさぁ……」


 コーリンの武勇伝を聞きながら、チヨは、九年前の記憶を追想する。


 ある日、怒り心頭の先生とともにアザだらけのコーリンが帰ってきた。他五人の包帯なり絆創膏なりをつけた妹たちは、それを申し訳なく隠れて見ていた。


 先生が言うには、幼稚園で妹たちをいじめてきた子たちを、片っ端から積み木やスコップで叩いて、怪我を追わせたのだ。


 やっていいことと悪いことがあるでしょう――そう、先生が叱った刹那、コーリンは堂々言い返した。


「やり返して何が悪いの! このままじゃあたしたち家族は、いじめられっぱなしになるもん! 家族を守ったって、何も悪くないもん!」


「おーい、聞いてるのかー、母さん?」


「やはり、何も変わっていないみたいね……」


「オレが? どうかしたか?」


「ううん、なんでもない。安心しただけ……あなたたちがガッツリ別人になって帰ってきていなくてね。

 本当によかった。こうしてまた、自分の娘に『おかえり』が言えるようになって」


「そうか、そりゃ帰ってきた甲斐があってうれしいよ、母さん。

 けど、やっぱあっちの世界も捨てがたいな……バンバン戦できたし、父親がしょっちゅう宴やってくれたし、女の子といっぱい遊べたし……」


「思ってたより戦乱の世の中満喫してるわね……」


 この後、チヨとコーリンは警察署に行き、失踪届を取り下げてもらう。


「娘さんたちが帰ってきて本当に良かったですね。満月さん」


「ええ……はい……はい」

 チヨはイマイチ喜び切れてない返事をする。

 異世界育ちで個性が奇抜になった娘とともに暮らす不安が、脳内を四割ぐらい占拠しているために。


「薄っぺらいにめちゃくちゃ書き込んでるなぁ、この本」

 元凶の一人、コーリンは詐欺防止のパンフレットを読んで退屈していた。


 数分後、用事を終えたチヨは、コーリンとともに昼食を買いにスーパーへ行った。


「? おっ、あれだっけ? 目的のスーパーって?」


「うん、あれあれ」


 目的地を見つけた二人は、気持ち小走りで入口へ。その途中……


「うぉらぁ! 今だ!」


「ぶべばっ!?」


 どこからともなく現れた中年男性がタックルをかまし、チヨを路地脇へと突き飛ばす。


 その先には、グルであろうダウンジャケットの男達が釘バットなり、鉄パイプなり構えて待っていた。さしずめカツアゲだ。


「わ、わ、わぁぁぁ!?」


「わりーなぁ、ねーちゃん。俺達はパチンコがやりたくてしょうがねーんだよ!」

「勝てば十倍にして返してやっからよー、今は歯ァ食いしばんな!」


 男たちの不条理かつ無慈悲な暴力が降り下ろされる瞬間、


「おい待てぇ!」


 と、コーリンが一喝し、堂々と路地脇へ参る。


「誰だこのデカい女?」

「ただのこいつの娘だろ? 適当にぶっ飛ばしちまうぞ!」


 男達はターゲットをコーリンへと変更し、各々の武器を向ける。


 対して、コーリンは右手――に持つお札を突きだし、

「来い、オレの真剣の親友!」

 お札を、刀の柄が銃のグリップのようになった武器に変える。


 即刻、その峰を一人の男の胴に打つ、


「うごぉ、いてぇ……ってなるものか! こちとら犯罪やっとるんじゃあ! 防具の一つや二つ着ないでくると……重おっ!?」


 男は文字通り遅れてきた衝撃を受け、防弾チョッキを着込んだ体を倒した。


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 コーリンは異世界『センランド』――それの宍戸氏の下にいた中で、兵器や呪術の研究も嗜んでいた。

 その中で彼女は『物を小さく纏められる呪術がある事』、『火薬というものがある事』に着目し、様々な兵器を貪欲に取材。

 その末、柄内の火薬を炸裂させ、一時的に切れ味と重撃性を高める刀『震撼剣』を完成させたのだ。


 そしてこの彼女専用の刀は、専らコーリンの力に対する貪欲さと、

「ぐえっ!」

「だぼっ!」

「ばだぁ!」

 今、男たちを次々と峰打ちで伏せているように、彼女の武勇の凄絶さを意味する代名詞となっている。


「す、すごい……いや、感心してる場合じゃない! 早く一一〇番を……!?」


 慌てながらもスマホを手に取るチヨに対し、コーリンはひどく冷酷な目をして、男達に右手を突きつける。


「ほわっ! ちょっ、コーリン! あなた一体何をする気!」


「止めを刺す以外あるもんか! 戦場において安心できる時は完勝後――それだけだ! こいつの場合には殺って完勝とするに限る! 人様の母親から強盗しようとしたなら、尚更だっ……!?」


 チヨはコーリンの右手の前に立ち、小刻みに震えながらコーリンの目を見上げる。


「おいおい、邪魔するんじゃねえよ……」


「あなた、その気持ちはわからなくもないけどさ。けど、ここで人を殺したら大変なことになるよ!」


「ならそれ全てをぶっとばすだけだから、さっさとどけろ! さもなくば……」


 チヨはコーリンの気迫に負けず、さらに言葉をひりだし、付け加える。


「しかもここは戦場じゃなくて、スーパーの近くでしょうが!」


「あ、そういえばそうだな」


 と、あっさり腑に落ちたコーリンは刀をしまい、踵を返した。


 同時に、チヨは一気に気抜けし、ヨロヨロと近くの壁にもたれ掛かる。

「こんな屁理屈でよかったの……?」


「ん、どうした母さん? どこか痛めたのか?」


「別になんともないよ……『あたしはあたしの娘にこれ以上悪いことをさせて苦労させたくないの』って、この後かっこよく反論しようと思ったのに早期決着するなんて……ゲフンゲフン、えらくさっぱりした性格なのね、コーリン……」


「えへへ、どんなもんだい!」


 *


 一連の騒動を警察にまとめてもらった後、二人はスーパーへ行き、人数分のカップ麺を買って帰宅した。


「面倒にあったせいで、だいぶ遅れてしまったな。アイツらきっと腹空かしているだろうなぁ」


「……あるいは、また刀振る羽目になるか」


 コーリンとチヨは、それぞれ違う心配をしながら家の中に。


「ああ、やっと来た! お母さん! 大変、早く早く!」


 するとピコリが大慌てで、チヨの手を引いて、現場に連れて行く。


「私は別にいいと思うんだけど……二つ使ってお湯沸かしたほうが早いしさぁ」

「ITヒーターを使っていいという道理はない! ここは上の指示を仰ぐのが先決だ!」


 ITヒーターを使ってお湯を沸かすべきか否か……そんな些細な争点で、マジナとサバキの二人が喧嘩していた。


「この通り、あの二人、ロクでもない訳で喧嘩してるんだけど……」


 この時、チヨがわかりやすく頭を抱えているのは、言うまでもない。


「七人もいるから、どっちでも沸かしていいよ……」


「そうだぞマジナ、サバキ! じゃあほら、さっさとポットとやらを使え!」


「ほらー、やっぱり私の言うとおりじゃーん、サバキぃ」


「了解……奴め、まるで上の立場にいるように自分に命令するとは……」


「実際コーリンは姉御だから、サバキよりは多少上の立場だけどね。あと、私も」


 マジナとサバキの二人は、ぶつくさと文句を言いながらお湯沸かしにかかる。


「そうだ、それでいいぞ二人とも! ……オレは別に喧嘩してもよかったがな!」


「冗談にしてよコーリン……」


【完】

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