第27話 バレンタインデーからはじまる満月家騒動記
二月十三日の夜、ルシェヌは風呂待ちで、テレビを見ていた。
ただし、この時間帯はサバキのニュース閲覧の時間。
ルシェヌのようなそこまで賢くない人間にとっては、ボーっと見るのを強いられてしまう。
「おいサバキ、こんな難しい漢字と単語が流れてくるので楽しくなれるのかえ?」
「楽しいかどうかではなく、教養になるのだぞ。貴様ももう少し社会のあれこれに詳しくなったらどうだ? チヨは社会科の教師と言っていた気がするし」
「ふん、お母さんをダシにつかって頭ガチガチ人間に仕立てようとしても無駄なのじゃ!」
『では次のニュースです。明日はいよいよバレンタインデー、デパ地下のお菓子屋さんは大盛況となりました』
バレンタインデー……異世界暮らしのルシェヌには馴染みのない単語である。
「バレンタインデーって何なのじゃ?」
「知らん」
それはサバキも同じである。
「ほら、ここでニュースを見ればわかるんじゃないか?」
「上手いこと追及を逃れおって」
ルシェヌはサバキに乗せられる形で、ニュースを凝視して、
「どれどれ……うーん、このニュース、あたしたちがバレンタインを知ってること前提で話してるから、わからんのじゃ」
「ならこういう系の話題に詳しい人を呼ぼう。ピコリー!」
と、サバキは廊下の方に叫び、間もなくピコリが、イヤホンをしまいながらやってくる。
「ウチのことテレビのジョン的な感覚で呼ばないでくれる」
「わかった。以後気をつける。ピコリ、バレンタインデーとは何か説明しろ」
「わんわん、りょーかい。バレンタインデーってのはお正月とかクリスマスとかの行事の一つで、女の子が、好きな男の子にチョコを送る日だよ」
「何故にチョコを送るのじゃ?」
「所説あるけど、とりあえず外国で『その日に恋人に物を送る』って習慣が、日本の製菓会社に伝わって、販促のために『女の子は男の子にチョコを送ろう』って流れになったの。
ぶっちゃけそうするとああなるとか、特にこれといったご利益はないよ。
最近の日本だと、女の子がチョコ交換する日になったり、デートの口実にするぐらいの緩い扱いだし」
「ふーん、そうなのじゃ……好きな女の子に、チョコを送る……なのじゃ!?」
ここでルシェヌは閃いた。
「決めたのじゃ! 明日はお母さんとデートするのじゃ! バレンタインデーを利用して、ロマンチックに恋を実らすのじゃ!」
サバキとピコリは声を揃えて、
「「やっぱり」」
「そうと決まれば、早速、行動に移すのじゃー!」
まずルシェヌは、チヨの元ーー彼女は今、自室で書類の整理をしていたーーへ。
「お母さん! 明日暇はあるかえ?」
「えっ、何急に……暇というなら、明日午前は丸々空いてるけど……」
「じゃあそこであたしとデートするのじゃ! ありがたく受け取るのじゃ! では明日!」
要件を言い切り、ルシェヌはチヨからおさらばする。
(勝手にスケジュール押さえられた……)
その後、ルシェヌは台所に行く。勿論明日のチョコを作るためである。
「えっと、えっと、えっと……チョコってどうやってつくるのじゃ? ピコリー!」
「はいはい、やっぱりそう来ましたよ」
「教えよ、チョコってどうやって作るのじゃ!」
ピコリは臭い演技をして説明する。
「えー、まずカカオの生産地からカカオを合法的に輸入しまして……」
「難しいことはよくわからんから、筋だけを言うのじゃ!」
ピコリは意地汚く、わざとらしくとぼけて、
「えー、でも難しいことってなんかカッコいいしー、ためになるしー」
「サバキみたいに言うでない! ほら、早く言え!」
「わかったわかった。まず適当なチョコを用意して、鍋に入れて溶かして、型に流して、完成。はい、これだけでしょ、簡単でしょ?」
「おお、確かに簡単なのじゃ! よぅし」
ルシェヌはまず、袖をまくって細い腕を出し、棚下の鍋をブルブル震えながら持ち上げ、IHヒーターの上に置く。次に、いくつかボタンの前にし、目を回す。そして、ピコリの方を向いて、
「さっぱりわからんのじゃ!」
「何だこのポンコツ魔王は」
「どうしたのピコリお姉ちゃん、ルシェヌ」
時間帯的に台所に居るのが不自然だったのだろう。ユノスが二人の様子を伺いに来る。
「ルシェヌがチョコ作りたいんだけど、作り方がわからないんだと」
「ならボクが作るよ?」
「おお、それは助かるのじ……」
喉元あたりに小さい『や』が来たその時、ルシェヌは思った。
(危ない。嵌めおったなユノス! さては自分が作ってまた手柄を横取りして
「わー、ユノスー、これおいしいわー! ユノス大好きー」
とかアタシのお母さんに言わせる気なのじゃな!)
「……や、やっぱりやめるのじゃ。このチョコはアタシからのお母さんの贈り物、ならアタシが作るのが当然なのじゃ!」
「おお、ルシェヌにしてはすごいカッコいい台詞だ」
「ただし、やるならおいしく作りたいから、手伝うのはお願いするのじゃ」
「うん、わかった」
ユノスは二つ返事で応答し、
「……ま、ぐだりにぐだってゲテモノが生まれるよりはマシか」
ピコリはコミカルに冷蔵庫に寄りかかった。
「じゃあ火はボクが使うから。ピコリお姉ちゃんとルシェヌはチョコを探して」
「あ、ウチもですか。はいはい……あー、情けない、これでも二人の姉なのに」
ルシェヌとピコリは戸棚という戸棚をあさる。
「おっ、見つけたのじゃ」
ルシェヌは、戸棚の奥に隠された、小皿に盛られた、銀紙包みの一口サイズのチョコを引っ張り出す。
ピコリはそのチョコの山を見て、既視感を覚える。
「これどっかで見たような見てないような……」
「けどこんな奥に入ってたのじゃ、きっと皆どうでもいいと思ってたチョコなのじゃ。ありがたく使わせて貰うのじゃー」
ルシェヌはそれをユノスに渡し、ユノスはそれを溶かす。
後はこの前のクリスマスに用意していたハート形の型に流し込み、冷やし、そしてプレゼント用の包みに入れ、完成する。
「やったー、完成したのじゃ! わーい、お母さんも絶対大喜びなのじゃ!」
「チョコ作りはほとんどユノスに任せ、その上ウチに包みを買いにいかせる……やることなすことマジ魔王ですわ、これ……」
この時、時刻は丁度、九時になった。
「さぁ、寝る時間だ!」
「ふふふ、明日が待ち遠しくてたまらないのじゃ……」
かくてルシェヌとユノスは、寝室へ。
一方サバキとピコリはリビングに残って、少々会話する
「……ルシェヌの奴、はりきっていたな、ピコリ」
「だね、やっぱお母さんをダシに使ったルシェヌは張り切るよ」
「だがおっちょこちょいなルシェヌのことだか。果たしてオチまでうまくいくだろうか?」
「心配し過ぎだって、サバキ姉さ……いや、マジでどうなんだろうね? ワンチャンチョコが爆発したりして」
「ルシェヌならありそうだな……」
*
翌日。
「遅いわね、ルシェヌ……」
チヨは、カバンを側に置き、いつものスーツを着て、ソファに腰掛けている――いつでも出かけられる状態で、ルシェヌを待っていた。
「起きろ! ルシェヌ!」
「むー、あと五分……」
一方のルシェヌは、すっかり睡魔にやられ、布団にへばりついていた。
「それは今日でもう十二回も聞いた! そして今は九時だぞ! チヨとのデートはどうした! 当人は待ちくたびれてるぞ!」
「だいじょぶだいじょぶ、あと五分なのじゃ……すー、すー」
ルシェヌは変化無く寝続ける。サバキはこの様に、すこぶる大きなため息をつく。
たまたま居合わせたピコリは、サバキにこうささやく。
「もうさ、ほっといていいんじゃない? このまま無理に起こしても機嫌悪くされるだけだもの……」
(あとルシェヌには散々迷惑かけられたから、ちょっと仕返しに……)
「とは言えども、そんな小言で中止を食らったらチヨ殿もやるせないし、それはそれでルシェヌの機嫌が悪くなる。そうしたらますます面倒だと自分は思う。
あ、そうだ、ピコリ。お前のタブレットを貸せ」
「え、何で」
「いいから早く!」
「はいっ! かしこまりました!」
サバキはピコリから借りたタブレットで、ピコリの好きなポスト・ハードコアの音楽を大音量で鳴らし、それをルシェヌの耳元にあてがう。
「ああああ! うるさいのじゃあ! 誰じゃ、この魔王ルシェヌの睡眠を妨げたのは!」
「自分だ! ルシェヌ、それよりも大切な事があるだろうが! 今日は、えと……ブラックフライデーだ!」
「バレンタインデーだよ」
「バレンタインデーだ! チヨ殿を待たせているぞ!」
「はっ、しまったのじゃ!」
ルシェヌはせっせと寝間着から着替え、
「おはようルシェヌ。ごはんはそこにあるから……」
「その前に、行くのじゃお母さん!」
チヨの手を引いて家の外へ出る。
そして二人は、マンション付近にある、最低限の遊具が置かれた何気ない公園へつく。
「ここ、お母さんは覚えているのじゃ?」
「覚えてるも何も、暇さえあればここに来て遊ばせてたから……」
「そう、ここはあたしとお母さんの思い出の場所……だから、ここでならきっぱり言えるのじゃ」
ルシェヌは自分の服のポケットというポケットを探り、
「……ごめん、一回家に肝心な物を取りに行くのじゃ」
一旦公園からダッシュで抜ける。
「ふふっ、ルシェヌらしいおっちょこちょいなミス……」
五分後。
「気を取り直して、だから、ここでならきっぱり言えるのじゃ。お母さん」
ルシェヌはさっき持ってきたチョコの小包を渡しつつ、
「あたしはお母さんが、大好きなのじゃ! これはあたしの気持ちなのじゃ!」
と、叫んだ。
「うん、わかった。ありがとう、ルシェヌ」
「わーい、やったのじゃー! よし、じゃあ早速式会場を選びに行……」
「あ、ごめん、それは時間的に無理。というか、今から駅行かないと結構危ない」
と、チヨは真っ当な理由を以てして、ルシェヌの新魔法『スケジュール押させ』を防ぐ。
「えー、そんなー」
「またいつかね、またいつか」
「ぶー、わかったのじゃ」
ルシェヌは頬を膨らませて、本日二回目の帰路を歩く。
「……大好きだって気持ちはありがたいけどな。どう説明しよっかなぁ、母娘は付き合えないってこと」
チヨはルシェヌの小包を開ける。中にあったのは、シンプルなハートに型どられた、ツヤツヤのチョコである。
「これ、絶対ユノスに作らせたでしょ。ま、いっか、肝心なのは気持ちだし」
そう自分に言い聞かせ、チヨは、ありがたくそのチョコを口にする。
一方その頃。
「あれー、どこに片付けたっけ」
マジナが戸棚を捜索していた。
「どうしたマジナ、もう腹が減ったのか」
「違うよ姉御。あれ、いつも気晴らしに食べてたカカオ九十七パーセントのチョコが見当たらないんだよ。あれミルキーで苦くて好きなんだよね」
「ミルキーで苦いって……マジナ殿、ミルキーの用法間違ってないか」
と、サバキが一ツッコミする。
「知ってるよ、『乳のような』って意味合いでしょ。じゃああってるよね」
「ん、乳って牛乳の事だろ? 牛乳って苦くねえよな? むしろ甘いか旨いかだろ?」
「そうだコーリン殿。それがミルキーの正しい意味合いだ、苦いという意味合いはないぞ」
「へぇー、そうなんだ。私てっきりあのミルクかと思ってた、私が小さい頃散々飲まされた……」
「貴様のやらしさから察するに何が言いたいのかわかった。故に、止めろ」
*
満月コーポレーション本社、会議室にて。
「とのように、我社は新たな顧客開拓のため、店で作ったパンとコーヒーが味わえる市民の安らぎの場、ベーカリー・カフェの開店を計画しております。
同時に、本店舗の運営のため、新たに子会社を設立しようと考えております」
「飯島社長、質問があります」
「どうぞ」
「時期尚早かと思いますが、その子会社の人事はどのようになるのでしょうか?」
「おっしゃる通り、まだ計画段階故に具体的には決まっておりません。ただ……これは本当に個人的な希望なのですが、社長に関しては、もう目処が立っております」
と、満月コーポレーション社長、飯島ロスイは、とある大学講師、兼、六児の母の顔を脳裏に浮かべながら言った。
【完】




