第24話 魔王ルシェヌの隠遁トイレ
話のきっかけは、昨晩の夕食。
「ピコリ、この黄色い麺は何だ?」
「パスタ、特にカルボナーラって言うの」
満月一家は夕食に、カルボナーラを食べていた。
「うー、美味しいのじゃー! やっぱりお母さんの料理は最高なのじゃー!」
ルシェヌの食いっぷりが良いのも、またいつものことである。
(ただパスタ麺茹でて、市販のソースかけただけだけどね。
ま、ルシェヌらしくていい喜びっぷりだなぁ)
「へへへ、もっと頂くのじゃ」
ルシェヌは隣のユノスのパスタにフォークを刺し、大量に巻き上げ、自らの口に入れる。
「ルシェヌ殿、それは世間一般では窃盗と言うのだぞ!」
「へへん、隙を作った方が悪いのじゃ! それに、ユノスは別に良いのじゃろ、じゃろー?」
「うん」
「おいおい、それで良いのかユノス殿……」
(ここは……大目にみてあげよう。ユノスが大人に丸めてくれたんだし)
と、チヨは思いつつ、六人姉妹の様子を眺めつつ、カルボナーラを食べる。
翌日。あるいは事件当日。
「それじゃあ、今日も勉強頑張ってね」
「うーい」
「わかったよ、母さん」
早朝、コーリンとマジナは玄関でチヨの出勤を見送り、踵を返しリビングへ、最中、顔を青くして、スタスタと歩くルシェヌが。
「どうしたんだい、ルシェヌ」
「今日は早起きだな。けど生憎母さんは今出かけたぞ」
「お、お腹痛いのじゃ……」
と、だけ言って、ルシェヌはトイレに入る。
「どうしたんだ? ルシェヌの奴? 具合でも悪いのか?」
「さては昨日のカルボナーラがあたったとか、かな?」
だが、直後にはユノスが平然と二人の側を横切ったので、その疑念は杞憂で終わる。
「単純に脂っこいのが腹に合わなかったんだろ。別に気にしなくてもいいだろ」
「そうだね。スッキリすればケロッとするだろうしね」
数十分後。ピコリは目覚め、トイレへ行く。しかし、そこには鍵が掛かっていた。
「すみませーん、誰ですかー」
「あ、アタシなのじゃ……」
「早く済ませて出てきてくださーい、こっちもわりとヤバいです―」
「こっちは思ってる以上にヤバいのじゃ! ドアが壊れて出られないのじゃ! 早くこっから助けて欲しいのじゃ!」
「え、ええ……」
ピコリはすぐにリビングにいたコーリン、マジナ、ユノスを召集、状況を説明する。
「本当だ、いつもと手触りが違ってやがる。マジで動かねえ」
「でしょでしょ。どうするこれ」
「手っ取り早く魔法で、ぶっ壊すのじゃ!」
「それはやめろルシェヌ。今度はぶっ壊れたドアを片付ける面倒が増えるだろうが。
マジナ、お前は怪盗ってのだろ、こういうのをチャチャっと開ける技とかないのか?」
「申し訳ないけど、私も壊す派なんだよね。 しかも元いた世界の鍵って単純な機構の物だったけど、この無駄のない外見に反して緻密な構造をしたドアノブ、どうすればいいかわからないってのも本音かな。
あ、ひょっとしたらドアノブだけを壊せばいけるかも……」
「そうすると今度は回せなくなって余計に開かなくなるって聞いたことあるよ、ウチ」
「んじゃ、どうすっかなぁ……」
「業者を呼ぼうよ」
ユノスは近場の鍵屋の情報を映したタブレットを、黄赤橙の三人へ見せる。
「だな、これが無難だ。よし、じゃあユノス、電話しろ」
ピコリはある事を思い出し、ユノスを引き止め、こう言う。
「ここはトイレ屋さんじゃない? このドア鍵穴が無いから、そっちの方が適任だと思うんだけど」
「ああなる程、じゃあユノス、そっちを調べて電話しろ」
「わかった」
「いや、待て、勝手に自分をハブるな」
と、言いつつ、サバキはユノスの行く手を阻む。
「何だよサバキ、寝起き早々励むじゃねぇか」
「ここは消防士を呼ぶべきだ」
「え、消防士? どこか燃えてるのかい?」
「知らぬかマジナ、いや必然か。この世界の消防士は火消しだけではなく、肉体的な人命救助も請け負っている。故にここは国の抱えるレスキューのプロフェッショナルに……」
ピコリはサバキの解説に割って入る。
「あ、でも、消防士さんは壊して助けるだけで、壊したドアは他所でどうにかして。ってことにするって聞いたよウチ。
そしたらまた修理の業者呼ぶようだから二度手間じゃない?」
「じゃあダメだな。ユノス、近場へのトイレ屋へ電話を」
「はい」
「おいちょっと待て、もしトイレ屋がお門違いだといっ……」
ユノスはサバキをすり抜け、受話器を取り電話掛け始める。
サバキは、無念のあまり片膝を突く。
マジナは彼女の肩を叩いて、こう慰めの言葉を送る。
「まぁまぁ、そう深く考えないでサバキ。次は消防士呼ぶように姉御に働きかけるからさ」
「うう、貴様に言われるのも癪だが、体裁上感謝する……」
「何その、もっかいルシェヌが閉じ込められるの前提な台詞……」
『はい、では今から……三時間後に行きますので、すみませんがしばらくお待ちください』
電話を終え、ユノスはその内容を姉妹に言う。
「聞いたかルシェヌ、あと三時間後で来るってよ。それまで頑張れよ」
「三時間! うう……嫌じゃ嫌じゃ! 一刻も早く出たいのじゃ!」
ルシェヌはわかりやすく駄々をこねる。が、密室にいるため、当の姉妹五人にはイマイチその切迫具合が伝わらない。
そもそもこんな無茶苦茶な要求、五人は真面目に聞いたってどうもならない。
「とにかく待て。今はそれ以外どうしようもない、わかったかルシェヌ殿」
「うう……」
という訳でルシェヌは、トイレの中でじっとして、業者が来るのを待った。
「……暇なのじゃ」
当たり前だが、トイレに娯楽があるはずがない。
さらに間取りの都合上、物資を補給する窓もない。
そのため、ルシェヌはとんでもなく暇な時間を過ごす羽目になっている。
「おーい、誰か! 誰か、来るのじゃー!」
「うるさいなぁ」と、ボヤキつつマジナはやって来る。
「暇なのじゃ! どうにかせい!」
「どうにかせいと言われても、何をすればいいの、話し相手でもすればいいの? 君と?」
「そうじゃ、それでいい! さ、何か面白い話をせい!」
「面白い話と言われても、私の持ちネタのほとんどは、君みたいなおこちゃまには向かない、エッチな話しかないよ」
「こら、子供扱いするでない! アタシは魔王なのじゃ、遠慮なく話をせい!」
「はいはい、わかりました」
マジナはカードを用い手乗りサイズの黒竜、『IrrynCrash』を召喚、トイレ前に置いて自分は去る。
「これは二年前、マジナが出会った出来事けん……」
「おいこらマジナ! 眷属に丸投げするとか、雑な対応をするでないのじゃ!」
「注文が多いねぇ、君。わかったよ、すぐ替えを用意する」
マジナはIrrynCrashを回収し、ユノスの許可を得てアザレアの手を引く。
「それじゃあアザレアさん、ルシェヌの暇潰し、任せたよ」
「はっ、かしこまりました」
「結果眷属じゃろうが! 面倒くさがらずに応対せいマジナ!」
「はいはい、注文の多い妹ですこと。んじゃ、何を話そうかな……」
話を練るマジナの元へ、コーリンが訪れる。
「ルシェヌのおもりか、マジナ」
「うん、つくづく思うよ、大人しくしてくれ、とね」
コーリンはマジナに被さり、
「やっぱお前は上品な性分だから、大人しい方が好きか?」
「それは激しい方が好き。鬱憤が溜まってる時は特にね」
「了解」
コーリンはマジナに唇と身体を密着させ、思うがままに触り、入れ、絡ませる。
「お、おい、汚らしい音が聞こえてるぞ! トイレのドアで閉ざされてるとはいえ、魔王の御前で、そ、そんなやらしいことするでない!」
「んはっ……ほら、言う通り、騒がしいだろう?」
「折角その気になってたのに。じゃあ続きは他所でするか」
「そうだね」
コーリンとマジナはトイレ付近より去る。
「おい、誰かー、誰かー、アタシの暇を、潰せー!」
そうして、ルシェヌは再び暇になる。
「よく騒ぐねー、本当」
「その声はピコリじゃな。さ、何か話してくれなのじゃ!」
「間に合ってますんで、じゃ」
「容易く去るな! 一人にするな! 悲しくのなるのじゃ!」
「悲しくなるって……若干死に設定になりかけてた気がしなくもないけど、あなた魔王でしょ?
魔王って、明らかに生活するのに困りそうなレイアウトのお城の奥で、独り健気にふんぞりかえってるイメージなんだけど、そちらはそうじゃないの?」
「馬鹿者! それはただの引きこもりなのじゃ! 最近の魔王はわりとアクティブなのじゃ!」
「あー、言われてみればそうかも。田舎の村焼くだけでもわざわざ現場監督しにいくし、城自体も意味不明に空に浮いてるの多いし」
「という訳で、次はお前がアタシの暇潰しをするのじゃ。そうだ、ピコリ、お前は音楽家じゃったな、何か聴かせよ」
ピコリは手持ちのタブレット内のプレイリストから、適当な一曲を流す。ピコリのことであるから、流れる曲は勿論スクリーモである。
「うーん、ようわからんのじゃ。もっとアタシ好みのをよこせい」
「は? ルシェヌ好みのって何よ」
「アタシの賛美歌なのじゃ。明明白白じゃろう? ほら、音楽家のセンスの見せ所なのじゃ。即興せい!」
ピコリはドアの向こうのルシェヌを軽蔑しながらも、己のゴミみたいなプライドにかけて即興する。
「るーしぇーぬーはーすーごーいー、めーちゃーくちゃーかわいいー、あーとーべりべりつーよーい」
「まるでやる気が感じられないのじゃ! 出直してこい!」
「無茶振りしといてその態度!? んもー、まったく! 覚えてろよー!」
ピコリはぷりぷり怒ってルシェヌの元から離れた。
またまたルシェヌは暇になる。
(……とうとう誰も来なくなったのじゃ。あれから何分経ったのじゃ……くぅぅ、早く来るのじゃ業者よ……)
ここでルシェヌに異変が起こる。
(いたた、またお腹が痛くなったのじゃ……)
その時、サバキがトイレの側を通りかかり、立ち止まる。先程まで暇だ暇だと叫んでいたルシェヌが急に静かになり、不審に思ったのだ。
「おいルシェヌ、大丈夫か」
呼び掛けても返事がない。サバキはルシェヌの状態を心配し、それを察知するため、ドアに耳を当て、室内の音を聞く。
「……ルシェヌ、一大事ならその旨を予め伝えろ。自分はこんなの聞きたくなかった」
「んなこた言われたって、どうしようもないのじゃー!」
*
ルシェヌが閉じ込められてから三時間後。狭い密室に閉じ込められ、疲労困憊としていたルシェヌは、ノックの音を耳にする。
「はい、どちら様なのじゃ」
「ボクだよ、ユノスだよ」
「何用じゃ、暇潰しか、それとも……」
「業者さんが行くルートの中で事故が起こったから、到着が遅れるって。もうちょっとだけ頑張って」
と、ユノスが行った後、足跡がして、徐々に遠ざかっていった。
「……ぐすん」
悲愴極まれり。今のルシェヌはその一節に尽きる。
ルシェヌは、便座に屈まって、十分、二十分、三十分……延々と悲愴に暮れ続けていった。
(一体いつまでここに閉じ込められるのじゃ……ひょっとしたら永遠……いやじゃ、絶対いやじゃ……またお母さんと一緒に寝たい、またお母さんのご飯食べたい、またお母さんに会いたい……)
「はっ!」
ルシェヌが起きると、ガチャガチャとドアノブが音を立てて回っていた……どれだけ経ったかわからないが、どうやらトイレで寝ていたらしい。
『本当だ、よかったぁ』
(この声は、お母さん……来てくれたんだ)
「はいこちら料金の内容です」
『まぁ、ありがとうございます』
僥倖極まれり。今のルシェヌはその一節に尽きる。故にルシェヌは立所にドアを開けて飛び出し、
「お母さん、大好きなのじゃー!」
「やっぱいきなり来たかっ」
コーリンに抱きつき、キスをした。
「ぶっ……え?」
「これは滑稽だね、まんまとはまってさぁ」
実の所、トイレ業者はとっくの前に来て、鍵を直して、ルシェヌを出れる体勢にしていた。
しかし当人はグッスリと寝ていたので、あえてそのままにして、コーリン達からお金を頂いて帰っていた。
それをしめたと思ったのが、彼女のワガママに振り回された他の姉妹、特にマジナとピコリである。
ピコリが電話に録音されていたチヨの声を一部抜粋して鳴らし、あたかもルシェヌの大好きなチヨがいる様に見せかけて、反応を見る――それが二人の考えた策である。
「おいおい、危ねぇだろ、いきなり飛び出して来たらよ。オレがどうにか受け止めたから」
「これは予測不可避だったな、てっきり壁か床に激突してくれると思ったんだけど、ウチ」
「でもこれはこれで面白かったね。コーリンが見事にセーブするし、ルシェヌはシちゃうしね」
「サバキお姉ちゃん、これは怒らないの」
「昨日の横取りしかり、ルシェヌにも非は無くもないからな……ここは看過する。って、ルシェヌ、どうした?」
ルシェヌはヨロヨロとトイレに戻る。その後、そこからえげつないえずき声が。
「……で、どうだったんだい、ルシェヌの唇は」
「とにかくびっくりした。思ったより気持ちいいな」
「色んな意味でよく冷静にレビューできるよね、コーリン姉さん」
【完】




