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第23話 マジナの列車Go!

「じゃあ、行ってくるね」


「はーい、行ってらっしゃいマジナ姉さん」


 というやり取りを数分前に交わしたマジナは、駅前に着いていた。

 たまには気分を変えて勉強したいので、チヨから『図書館』という存在を聞かされ、行くことを決め、今はそこへ行くために必要な電車へ乗ろうとしている次第である。


「えっと母さん曰く、これを使って乗るんだっけ」


 マジナはシャツの第一ボタンを開け、胸元に手を突っ込み、チヨによってご丁寧に赤いケースに入れられたICパスを引き出す。

 さらにご丁寧に、異世界暮らしが長く、まだこの世界の常識に疎いーー電車による遠出も経験浅いマジナのために、チヨからのメモが同封されていた。


「『一、これは周りのつっかえにならないよう、すぐ出せる所にしまっておく(ただし胸元は公序良俗に反するからダメ)』。早速破っちゃったね、まぁいいや。

 『二、改札という四角い機械に当てて、駅に入る』これだね、今の私に必要なのは。」


 マジナはもう数歩進み、改札の手前に来る。


「で、これを押し当てる」


 そしてICパスを切符挿入口に押し込み、阻まれる。


「『三、当てると緑のガードが開くから、速やかに抜ける』。おかしいな、この緑のガードが開くはずなんだけど。あ、もっと奥までガンガン突けって事か」


 マジナはさらに力を加えて切符口にICカードを押し込むが、切符口は変わらずICカードを拒絶する。


「キツキツだなぁ、未経験でももっとゆるいのに、私の界隈に来たら君失格だよ、ねぇ……」


 この奇行を見かねた脇の駅員は、マジナへ一言。

「あのー、白い所にタッチするんですよ、それ」


 マジナは白い薄っすらと輝く所へICカードをタッチ、緑のガードはすんなりと開く。


「ありがとうございます、お兄さん。何だ、触る程度でいいのか、なら先に言って欲しかったよ」


 マジナはホームへ、電車へと立ち位置を変える。

 満月家の最寄り駅では、乗車人数は少なかったが、既に電車内は通勤通学者で満員となっており、マジナはその中で窮屈な思いをする。


(『四、電車内では静かに大人しくする』。皆よく平然とした顔してられるよね、こんなに沢山の人と密着して、私の幼い頃とよく似てるって言うのに……)


 タブレットは元の世界から持ち込んだピコリやユノスが持っているが、スマホは今、誰にも渡されていない。

 だからマジナ――暇つぶしのド定番アイテムを持っていない彼女は、どうして皆が大人しくいられるのかをイマイチ理解出来ていないのだ。


(あと六駅ぐらいか。遠いし暇だなぁ……)と、思い、マジナは退屈しのぎに、不審がられない程度で周囲に目をやる。まず目に止まったのは、上吊り広告。


(何かこれ、同一の物が何枚も吊るされてないかい? 余程アピールしたいんだねぇ……)


 次に、入口付近で集うチャラチャラした学生達。


「ほら、これ俺の彼女」


「うわっ、デッカ! マジやべー!」


 公衆に放つのは下品オブ下品。あんな学生にはなりたくない。

 と、マジナは軽蔑しつつ、斜め前に立つ男性のスマホに目を止める。

 光の反射であまり良く見えないが、そのスマホには、パンケーキの画像が次々と移り変わって映されていた。


(そんなにパンケーキが好きなのかい……? ま、私もアブノーマルと言えばそうかもしれないから、深くは言及しないけど)

 と、マジナは胸の内で感想を述べる。そしてまた暇になる。


(本当に暇だな、どことなく悪臭もするし……この世界の乗り物はこんな低俗で肉薄なのか)


 マジナは心底、この満員電車に呆れ果てる。

 マジナの元いた異世界は貧富の差が激しい。

 馬車などの乗り物に乗り、足腰を傷めず、ささやかなもてなしと共に遠路を征く。それこそがそこでは贅沢の極みまった。

 だがこの満員電車はどうだ。ただ乗客を乗せて走る……それだけだ。

 

(せめて何か少しばかりの配慮ってのをして欲しいよ……!?)


 マジナは、自分の尻に何かが触れている事を感じる。最初は偶然かと思っていたが、それは明らかに撫で回しをしていた。


(へえ、そういう系のマッサージしてくれるんだ。手付きは微妙だけど、無いよりましか)


 と、マジナは良くも悪くも自己流の解釈をし、後方の痴漢犯を泳がせ、自分は満悦に浸る。

 余裕と思われたか、マジナの尻を触る手はより大胆になり、位置も腰から胸へと移っていく。


(アハッ、いいねいいね、エグい程いやらしい……ほら、もっと来なよ、公序良俗の天井スレスレを行くぐらいにさ)


 ここで、マジナの目的駅に着く旨のアナウンスが鳴る。


(よし、ここだね。さ、降りよ)


 マジナは自分の胸を掴む手を優しく振り払い、駅のホームに降り立つ。


「ああ、暑かった、おまけにあんなサービスされたんだから、ちょっとムラっとするしさぁ。

 さて、この後どうするんだっけ? えーっと、メモには『五、誰かに露骨に触られたらすぐ警察に言う』

 これは終わったからよしとして、『六、降りる時は乗る時と逆の順番で』」


 駅を出てすぐに図書館はある。マジナはやっとこさ、その中の一つの椅子に腰掛け、周りにいる学生達に混じって、勉強を始める。


(『七、図書館ではお静かに』……って、思いっきりあちこちに同文が貼られてるじゃないか。母さんも世話焼きだね。

 それにしても皆徹底して静かにしてる……私は全く身に合わないな、ここまで静かにされたら嬌声の一つや二つ上げたくなってくるよ)


 けれども、そうすればトラブルは不可避で、自分に不利益なのはわかってる。だから彼女は忍耐強く黙々と、勉強に励む。

 だが、他方の忍耐は、そこまでではなかった。


(……お腹空いたな。)


 どうせそんな所まではカバーしてないだろうと思いつつも、マジナは惰性で、メモが入ったICパスを見る。

 怪盗のカン故か、マジナはそのパスケースに、メモとカードと、もう一枚何か挟まってるのに気づき、取り出す。



 数分後、マジナは近場のハンバーガーショップのレジにいる。


「ここで食べます、あと、このクーポン使えます?」


「はい、ではお会計五五〇円です」


 マジナは受け渡されたトレーを持ち、店内を歩き回る。

 今は丁度ランチタイム、沢山の客で数十の席は埋め尽くされている。


 その中でマジナは一つ、開いてる席を見つける。


「ごめん、一瞬失礼するよ」


「あ、どうぞ」


 四人用テーブルのソファ側に座っていた二人の男子学生を前にし、マジナは椅子に着く。


(これがハンバーガーって奴か、パンにチーズと、なんかの肉を挟む……これとフライドポテトと飲み物で五五〇とは、贅沢極まれりだね)


 マジナはハンバーガーを初実食。


(こりゃ美味しくない訳ないよね。

 ポテト共々、塩味が強いから長期持続して食えないだろうけど。

 ジュースは、普通にジュースかな)


 マジナが初めてのハンバーガーに舌鼓を打つ中、向かいの学生二人はヒソヒソと会話をする。


「おい、あの人、メチャクチャ可愛くね」


「わかる、飾り気ないのに雰囲気がもうエロい」


「何初対面の人にエロいとか言ってんだよ。気持ちはわかるけどさ」


「ああゴメンって……人間離れしたスタイルと顔面偏差値してるけど、ひょっとして外国人?

 いやそれにしてはハンバーガーの食い方がぎこちない……」


「ん? さっきから私のこと見てるけど、ひょっとして邪魔?」


「「いえいえ、どうぞごゆっくり」」


「そ、じゃあ遠慮なく」


「……やっば、メチャクチャ可愛い。おいお前、お詫びにSNS交換しとけ」


「それは突飛すぎない!? てか、お前もその気になってんじゃん」


「るせー、さっさとほら、今そうするとクーポン貰えるからとか、それっぽい理由つけて、ほら」


「わかったわかった、あのー、すいません」


「はい」


「今この店でSNS交換するとクーポン貰えるってのやってるんで、もしよろしければ僕と……」


「SNS交換? 何それ?」


「ええっ、SNS交換を知らない……おい、この人相当なお嬢様みたいだぞ、どう説明する?」


「ええと、とりあえずスマホ出して貰えます」


「ああゴメン。私スマホ持ってないんだよね」


 学生二人がポカーンとしてる間、マジナはジュースを吸い上げ、トレーとゴミ類を片付け、


「ごちそうさま。じゃあね」


 スタスタと店を出ていった。


「くっそ……まさかスマホすら持ってない清廉潔白なご令嬢だったとは……」


「それは流石にないだろ。まんまとかわされたんだよ、お前」


「他人事みたいに言うな、お前も狙ってたくせに」



 数時間後、マジナはまた図書館に戻り、勉強をしていた。

 最中、音のしないよう器用にあくびをする、


(もうこれだけやれば十分だろう。眠くなってきたし、集中力も切れてきたし、今朝のムラムラも十二分に焦らされたし、家帰って発散しよう)


 駅近というのは素晴らしい。マジナは勉強を切り上げてすぐに駅に行き、たまたま同時刻に来た、帰りの電車に乗った。


「あ、マジナお姉ちゃんだ」


「その緑髪は、ユノスか」


 そこで偶然にも、席に座った、お使い帰りのユノスに出会う。


「ここ空いてるよ」


「ありがとう」と、礼を述べ、マジナはユノスの隣へ。


(今日はなかなかに充実した日だったな。本格的に電車にも乗ったし、図書館にも行ったし、ハンバーガーも食べたしさ。特に新鮮だったのは……)


 マジナは何度も何度も振り向き、何かを待つ。


「マジナお姉ちゃん、どうしたの?」


「いや、マッサージが来ないなって。ああ、そうか、今は座れるくらい空いてるから来ないのか」


「?」


【完】

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