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第22話 劇場ユノス-SUN-

 土曜日の夜、ユノスはリビングに掛けられたカレンダーを見つめていた。


 それがふと気になったチヨは事情を聞く。


「何してるの、ユノス?」


「どうしてこのカレンダーの一番左の数字は、みんな赤くなってるのかなぁって」


「ああ、これは休日っていうことだよ」


「休日ってなあに?」


 幾日経ったといえ、やはり異世界帰りは異世界帰り。こういう現実に馴染めてない部分もまだ残っていて当然だろう。

 チヨはユノスに合わせて、こう説明する。


「休日ってのは、えーっと、いつもしてることを放ったらかしにして、よっぽど悪いこと以外は何でもしていい日。

 朝から夜まで寝ててもいいし、何もしなくてもいいし」


「いつもしてることを放ったらかしにしてもいいの?」


「よっぽど悪いことじゃなければ」


「へー、わかった」


 この二つ返事にチヨは少々驚いた。

 あの過剰な働き者であるユノスのことだから、『どうせ働くんでしょ?』など、言い返しが来ると構えていたのだ。


「入浴完了したぞ、ユノス、入れ」


「はい、今行くよ」


 翌日、だいたい七時。


「ふぁ〜、よーくねた〜」


 ピコリはいつものような目覚めをして、リビングに向かう。


「おはよー、朝ごはんはもう出来てる?」


「ゴメン、棚にコーンフレークがあるから、今日はそれでお願い! じゃあね皆! 仕事行ってくる!」

 と、スーツ姿のチヨは、忙しそうにピコリの脇を横切りながら答えた。


「あ、こっちこそごめんなさい、そしていってらっしゃーい! ……って、あれ?」


 自分が起きていた時、サバキとルシェヌはベッドにいた。

 コーリンとマジナはただ今、コーンフレークを食べている。おまけにアザレアはベランダで洗濯物を干している。

 故に、ピコリは思った。


「ユノスはどこに行ったの? いつもならキッチンで何かしてるはずなのに」


「知らねぇな。そもそもオレは一番に起きてすぐランニング行ったし」


「マジナ姉さんはどう?」


「私も見てないよ。ああ、そういえば私が起きた時にはユノスのベッドは空になってたね」


「ええ、まさか今までの過労でとうとう堪忍袋の緒が切れて失踪したとか……」


「それこそまさかだと思うがな……」


 それを証明するかのように、玄関より、ガチャ、と、ドアの開閉音がする。


「ただいま」


 ユノスは片手に黒いバックを携えて、三人の前に普段の微笑みを帯びた面を見せる。


「おかえりユノス。朝から一体どこに行ってたの?」


 ユノスは片手をあげると共に、持つバッグ、特にそれに印字されたレンタルビデオショップのロゴを見せつけて、


「映画借りてきた」


「映画? ユノスって映画好きなのかい?」


「そうだよ。じゃあテレビ使うよ」


 ユノスは早速、テレビ下のレコーダーに、バッグから取り出したディスク一枚を入れ、ソファーに腰掛け、映画鑑賞を始めるのだった。


「おい、朝飯はいいのか?」


 そうコーリンがユノスに問う一方で、キッチンにはコーンフレークに牛乳を注ぐアザレアの姿がある。


「マスター、朝食です」


「うん、ありがとう」


 この後も、ユノスはいつもの家事をアザレアに押し付け、ソファから動じず、黙々と映画を見続ける。


「おはよう。ん、ユノス殿? 今日は映画鑑賞か?」


「うん」

 と、ユノスはサバキに答える。勿論映画に集目したままで。


「ピコリ、ピコリはいるか?」


「はいはーい、どったの」


「ユノス殿は朝からずっとこんな感じなのか?」


「うん、ウチが起きた時にはどっしりとして見てたね」


「いつもの家事三昧はどこに行った?」


「それが本当に謎なんだよねー。なんか急に休みたくなったのかな?」


「恐らくその線だろうが、急だな。

 とは言えども、本人がそうしたいからそうしているのだろうし、自然に見ておこう」


「おっけっけー」


 ピコリは部屋へに戻り、サバキはテーブルに座り、朝食のコーンフレークを口にする。最中に、ユノスの状況を伺う。彼女の謎を解きたくてしょうがないのだ。


「ユノス、これはどういう映画だ? 先ほどから銃声やら血しぶきが多いが」


「『虐殺ハーモニー帝国』。生物化学がテーマのSF映画だよ」


「聞いたこともない映画だな。ユノスは相当コアな映画マニアなのか?」


「何となく借りてきただけだよ」


 いかにもユノスらしい回答である。無節操な感じがにじみ出ている。

 そしてその目はぶれることなくテレビに向き続ける。表情も一切変化せず、いつもの微笑である。


「どうだその映画は、今のところ面白いか?」


「面白いよ。セリフの一言一言が緻密で、裏地がしっかり練りこまれてる感じがする」


(えらく真面目な評価だな……)


 サバキはユノスの言動に、相変わらずの不可解さを感じながら、皿に残ったミルクを一気飲みし、流しへ片づけに行く。

 同時に、映画はエンドロールを迎える。


「サバキ様、片づけは私にお任せください」

 

 サバキの動きに答える様に、いつの間にかアザレアは流しにいた。


「ああ、すまない、アザレア殿」


 サバキはアザレアに食器を預け、歯磨き……の、前にユノスへ。

 彼女は今、DVDの入れ替えをしている。

 サバキはユノスの側にあるレンタルビデオ店のバッグを手にして、


「五枚か。かなり借りたな。これ全部、今日中に観る気か?」


「そうだよ」


 ユノスはレコーダーに新たなDVDを入れ、ソファに戻る。


「今度は何の映画だ?」


「『KLKL.ニチジョーケイ・イン・アカデミア』。消防士がテーマのメカ満載のアクション映画だよ」


「さっきのハードさから一転したな。ラーメン食った後にケーキ食わされるような……」



 数十分後、サバキは部屋で勉強しに戻り、


「ひっどいのじゃサバキ、この魔王ルシェヌの華麗なる睡眠を、無理矢理叩き起こしてくれるなんて……」


 代わるようにに寝起きのルシェヌがやってきた。


「あれ、お母さんは、どこに行ったのじゃ?」


「もうお仕事に行ったよ」


 ルシェヌはただならぬ悪寒を感じ、壁に掛けられた時計を見る……それは九時四十三分を、無情に示していた。


「うそっ、こんな遅い時間なのじゃ!? ここここ、これじゃあアタシとお母様の日課である、毎朝のいってきますのキスは、無いのかえ!?」


「そうだよ」


「がっくし……サバキめ、どうせ起こすならもっと早く起こして欲しかったのじゃー、ぷんすか。あー、お腹空いたのじゃー」


 アザレアが用意してくれたコーンフレークを前にし、ルシェヌはちょこんと椅子に座る。


「ユノス、今日は小間使いはしないのかえ?」


「うん、だって今日は休日だもん」


 変な物覚えをしたな。と、ルシェヌはユノスを心の中で軽蔑しつつ、コーンフレークを口に運ぶ。

 ついでに、映画もながら観する。


(気に食わんのじゃ、あのユノスがこのようにダラダラとソファにふんぞり返って映画鑑賞などと……貴様はただアタシとお母さんの愛の巣を整備し続けるだけでいいのじゃ。

 よし、ならば一つ、奴を揺さぶってみるとしよう)


「いいのじゃー? 勉強しないでー? 時間がもったいないぞー?」


「あ、そうだ」


 ユノスはアザレアに言いつけ、部屋から自分のタブレットを持ってこさせる。

 ユノスはそれを持ちつつ、何かを書きつつ、映画鑑賞を続けた。


「同時……なのじゃ? いやいや、まさか」


 ルシェヌは食べ終わったコーンフレークの器を流しに置き、ユノスの背後よりタブレットの画面を覗く。

 そこにあったのは、一見文字のように見えて文字のように見えない線であった。


「おいおい、それはズルいのじゃ! 適当なこと書いてそれっぽくするんじゃないのじゃ!」


 アザレアはムッとして、言い返しがてらルシェヌに説明する。


「失敬な、これはマスターが用いる速記術です。

 これにより、マスターは見て聞いて感じて、作品に使えそうな物事があれば即、記録に残せるのですよ」


「いやいや、どう見たってただの芋虫なのだ、じゃあ一番上のこれはどういう意味なのじゃ?」


「『ハイライトに他色』です」


「ああもう訳わからんのじゃ! 大人しく勉強した方がマシなのじゃ! 貴様ら二人は勝手に芋虫と遊んでおれい!」


 ルシェヌは大層な呆れを覚えて、部屋に戻っていく。


「全く、これだから素人は困りますよね、マスター」


「うんうん。あ、映画終わった。勢いのある映画だったなぁ。アザレア、次の映画お願い」


「どれにいたしましょうか」


「『デスソード 人生流浪ゲーム』で」


「了解です」



 さらに三時間後。ユノスは変わらずメモを取りつつ、アザレアが作ったパスタを食べつつ、映画鑑賞を続けた。


「ユノスの奴、よくあんなにじっとしてられるよな。よっぽど映画が好きなのか?」


 等々、同じく昼食のパスタを食す他五人は、ユノスの様子に関心していた。


「わからん。ただ異様に幅が広いのは確かだ、先程はハードなSFと、ポップなアクション映画を観てたが、今度は打って変わって美男子が歌って踊ってるようわからん映画だ。

 ピコリ、これはどんな映画だ? 貴様こういうの好きだろう」


「あー、こういうキラキラしたのはノーマークだね。けどタイトルは何となく知ってる。確か、『うたの……」


「『劇場版うたの神々さまっ! マジリユニオン恋伽♡』だよ」


「それそれ、ホントそのシリーズタイトル長いからね、端から見たらわかりづらいのなんの」


 マジナは言う。

「まるで雰囲気だけ一丁前な二流のシェフがつける、無駄に凝った品名のようだね。

 で、ユノス、君そういう乙女チックなのも好きなのかい?」


「うん」


「いっぱいイケメンがいるけど、どれが一番好みなのかい?」


「特にないよ」


「へー、恐ろしく淡白だね。ピコリみたいなだいたいの女の子はこういうのすこぶる食いついて……何だっけ、キャンキャン?」


「キュンキュンだよ。マジナ姉さん」


「キュンキュンするはずなのに……正直じゃないね。あ、でもひょっとしたら……」


 マジナは流しで洗い物をするアザレアに、食べ終わった皿を渡し、ユノスの元へ。


「でもさ、よく言うんだよね、私の界隈では……」


 マジナはユノスの背後から手を回し、当人の胸をがっちり掴む。


「身体は正直だって。うわ、見かけ以上についてるといえばついてるね、小振りで柔らかい」


「……マジナ殿。今までの茶番はそれの為だけか?」


「そうだね。けど有意義といえば有意義だろう? 常時ニコニコのユノスがまた別の反応を見せるのは」


「……確かに」


「お前は納得しちゃダメだろ、サバキ」と、コーリンは突っ込む。


 流石はその方面に関して精通しているマジナである、ユノスの胸を匠な手付きで弄んでいく。


「あれあれユノス、徐々に顔が赤くなってきてるよ、やっぱり君も人間だね、ちゃんと感じてるんだから……」


「マジナ、姉……」

 ユノスは溶けたような目をして、マジナへ振り向く。


「ほら、君は映画を観なさい。私の事は気にしなくていいから」


 ユノスは実直に従い、映画を観続ける。無論マジナはその手をやめない。


「やばっ、このままいったら……とりま気持ち悪い! サバキ、あとアザレアさん! これ止めなくていいんですか!? 思いっきりセクハラ案件ですけど」


「焦るなピコリ。安心しろ、余程の緊急事態になれば止める。ただそれまでは、ユノスを観察させろ……!」


「私も、非常時宣言がマスターより発されて無いので……」


「え、じゃあコーリン姉さん、ルシェヌ!」


「いや別に、オレは関係ないし……」

「以下同文なのじゃ」


「ああ、はい……わかりました……これでいいの?」


 マジナはユノスの耳元でこう囁く。


「あそこに映ってるイケメンに触られてると思ってみな、そうしたらもっと興奮するよ」


「はぁ、はぁ……」


「もう完全にその気になってるじゃん……いいんだよ、そのまましちゃって……」


 その時、テレビの画面が急に黒くなり、文字の羅列が流れてくる。


「あ、映画終わった。うんしょ」


 ユノスはマジナの手を振り払い、ソファから立つ。


「さ、次の映画」


「ユノス、君、切り替え早いね」


 ピコリは思う。

(あっぶねー、危うくユノスのイメージに合わないシーンを読者の方々に見られる所だった)


 サバキは思う。

(中々に心惜しい……ユノスの人間性を間近で拝見できる機会だったのだが)


 そしてコーリンは思う。

(何だこの二人、メチャクチャ動揺してんぞ)



 さらにさらに二時間後。


「ただいまー」

 チヨが仕事より帰ってきて、


「おかえりなのじゃー! じゃあ恒例の……」


 飛びつくルシェヌをかわして、リビングに顔を出す。

 そこでは、ユノスがソファに座って映画を観ていた。


「あれ、今日は映画鑑賞? お手伝いも漫画もしないで」


「うん、今日は休日だもの」


「ああ、あの話を聞いてか……ところで、この映画は何?」


「『呉の評価が低すぎるーーNPC都督達のVRMMO東奔西走記ーー』。美少女化した孫呉の四都督がVRMMOゲームの中で頑張る話だよ。ネットで四十八話が無料で公開されてるよ」


「それ書籍化どころか新人賞一次審査すら通ってないとか聞いてるけど……あ、エンドロール入ったわね」


 ユノスはすぐさまDVDをレンタルビデオのバッグにしまい、


「お風呂そろそろ沸かした方がいいよね、お母さん?」と、チヨに尋ねる。


「うん、そうだね……えっ、もう休みはいいの?」


「だってやりたいことはやったから、残った時間は仕事にしなきゃ」


 と、言ってユノスは風呂場に向かっていった。


 その後ろ姿を見つつ、チヨは思う。

(切り替えが早い……本当に謎な子ね、ユノスは)


 さらに、TVデッキに置かれたレンタルビデオのバッグの中身を覗いて、


(映画選びのセンスも独特だしさぁ……)とも思った。


【完】

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