第21話 熱々肉饅、守れよサバキ
『勉強の合間に仲良く食べてね』
冷蔵庫の中の、肉まん六個が乗った大皿に、そのメッセージは添えられていた。
サバキは飲み物を取るために冷蔵庫を開けた時、それに気づく。
「ふむ、そうか、ならみんな均等に食べるよう見張るのが、自分の努めであろう」
サバキは、高校受験を通過するべく、今日も朝から一人リビングで勉強していた。
ユノスはいつものように皿洗いをし、他の姉妹は部屋にいた。
「サバキ、ウチ出かけるね!」
ピコリがサバキとユノスの居るリビングに顔を出して言う。
「行ってらっしゃい。って、ピコリ、勉強はどうした?」
ピコリは、勉強道具を入れているだろう平たいトートバックをちらつかせて、
「気分転換にどっかしらのお店でやるから! 大丈夫、サボったりしませんから! んじゃ!」
と、別れを告げて家を出た。
(特別気にすることでもなかろう。ピコリがそこまで悪どい奴でもあるまいし)
サバキは気を戻して、勉強を再開する。
この後まさか、ちょっとした事件が起こるとは、今は誰も想像できなかった。
時計の針は回り回って、九時半頃を示した。
この頃、二階で勉強中の姉妹の集中力は衰えていた。よって姉妹たちは、息抜きを求めだす。
「おっ、これは何物なのじゃ? モチモチしとるの、新種のスライムかえ?」
ルシェヌは冷蔵庫から肉まんの大皿を取り出し、不思議そうに見つめる。
サバキは一言添える。
「肉まんだ。そこの文面通り、チヨ殿が皆で仲良く食えと言っている」
「へぇ、お母さんが、なら、ありがたく頂くのじゃ!」
ルシェヌは皿にある肉まん六個の内一つを手に取り、口にする。
「うえー、何なのじゃこれ、内側がジャリジャリしてるのじゃ」
「温めて食う物だそれは」
「それ先に言って欲しかったのじゃー! 全く、これだから冷たいのは嫌いなのじゃ」
数分後、ルシェヌは電子レンジから肉まん皿を取り出し、改めて六個の内の一つを口にする。
「むー、ほかほかふかふかで美味しいのじゃ! やっぱりお母さんの料理は最高なのじゃ!」
(恐らく市販のものだろうがな。
……しかしこう見てみるとルシェヌ殿、純朴で可愛げもあるものだな)
ルシェヌにとって肉まんは新鮮な味で美味しかったようだ。なので、あっという間に一個を食べきってしまった。
「ごちそうさまなのじゃ。さ、勉強に戻るのじゃ」
「ならルシェヌ殿、折角温めたのだから、別室にいる者も呼んでくれないか? 何度も温め直すのは得策とは言えないからな……!?」
サバキは気づいた。皿の上に、一口かじられた肉まんが乗っている事を。
「ちょっと待て、ルシェヌ殿! 貴様、何故最初にかじった奴を残して、また別な肉まんに手を出した!? これでは後が困るではないか!」
「あ、そう言えばそうじゃな。忘れてたのじゃ」
「はぁ……わかった、それは自分がどうにかしておくから、以後気をつけるよう……」
「じゃあアタシが責任を持って片付けるのじゃ」
ルシェヌは自分がかじった肉まんを食べる。
これにて皿に残された肉まんは、あと四つ。
「あーっ! どうしてくれるルシェヌ! かえって問題を増やすんじゃなぁい!」
「ぷふー、何個食べても美味しいのじゃ。今度こそ勉強に戻るのじゃー!」
そしてルシェヌは疾風の如く部屋に戻った。
もちろん肉まんを二個も食べたことに悪気はない。
さらに、さっきのサバキのお願いも覚えていない。
「こ、この強欲め……!」
厳粛規律を重んじるサバキにとって、この事件は、開いた口が塞がらなくなる代物であった。
チヨは言った、『皆で仲良く食べなさい』と。だが現実はどうだ、ルシェヌが二個食べ、残りは四つ。
対して、まだ食べていない姉妹の数は五人。このままでは誰か一人が食べられなくなってしまうではないか。
(仕方ない、こうなれば自分が我慢するとしよう。それと、これ以上好き勝手食われないように、自分が側に置いて見ておくとしよう)
サバキは湯気漂う肉まんの側で勉強を行う。
その食欲そそらせる匂いがサバキを惑わすが、鋼の意志をもって動じなかった。
「おっ、こっからだな。謎のいい匂いは」
一方で、コーリンはわかりやすく匂いにつられ、リビングにやってきた。
「おいサバキ、随分と美味そうなもん側に置いて勉強してるじゃねえか」
「肉まんだ。チヨ殿が仲良く食えと言っている」
「ああ、だからお前が見張ってるのか。過酷なお務めご苦労さん」
と、軽い皮肉を言ってコーリンは肉まん一つを掴む。
「うまいなこれ、思いのほか肉肉しい。だろ、サバキ」
「だろ、と言われても、自分はまだ食べていない」
「何で?」
「……勉強が一段落ついたら、食べようと思っていたのだ」
「へぇ、辛抱強いなぁ」
コーリンは最後の一口を飲み込み、自然な流れでもう一個の肉まんを口にする。
「って、貴様! 二個目を食うな、仲良く食えの意味を理解しているのか!?」
「うん、一人一個食えってことだろ。けどよ、ちょっと考えてみろよ。
出かけてるピコリと、勉強よりも家事を優先するほどの謙虚なユノスが、一個食うと思うか? 思わないだろ、じゃあ二個余っちまうじゃねえか」
「そう言われればそうだな……かといって、貴様が断りなしに余分を食うのは如何なものかと……」
「さーて、勉強勉強」
コーリンは聞く耳を持たず部屋に戻る。
サバキはその身勝手様に腹を立てるが、自分の監視が足りてなかったのもまた事実。
サバキは自分の不明を戒め、勉強に取り掛かる。
(皆で仲良く食べるためだ、この二個はマジナ殿とピコリが来るまで完全に守り切らねばならん……
ユノス殿、わかってくれるだろう、お前は自分と共に肉まんを堪えるべきだと……
だが、『こちら』は堪えず素直に行くべきだろうな、健康によろしくない)
その途中、サバキは立ち上がり、トイレへに向かう。
「これか、姉御が言ってた肉まんは」
直後、マジナがリビングにやってくる。
マジナはサバキの勉強用具の付近にある、皿に盛られた二つの肉まんを目にし、即、内一つに食らいつく。
「うん、ふかふかして美味しいね。もう一個食べたくなるくらいに……」
マジナは怪盗らしく、いやらしくて貪欲な横目で残り一個の肉まんを捉え、そして悪知恵を働かせる。
(ルシェヌが一個、サバキが一個、姉御は食欲旺盛だから二個食べてるはず。
母さんの性格的に、恐らく元の数は人数分の六。ピコリとユノスは食べなさそうだからゼロ。つまり、私の分は二個だな)
そして最後の肉まんは、大皿から、マジナの口へと移っていった。
スッキリした表情でサバキがトイレから戻ってくる。
刹那、空虚な皿と、私腹を満たすマジナを目撃する。
「マジナァァ! 貴様まで二個も食うなァァァ!」
「うわっ、肉まん二つ提げたワンコが来た」
サバキは両腕のマシンをバチバチ言わしつつマジナに飛びつく。当人は軽やかで鮮やかなステップでひらりとかわし、
「残念だったね、サバキ~。今日以上に最低な日が来ないことを、こちらも願ってるよー。怪盗サスペンスとしてね!」
床に顔面を打ち付けたサバキを尻目に、部屋へと逃走するのだった。
「いたた……否、自分の顔面の痛みなど、この惨状からすれば塵芥に等しい——ピコリの分の肉まんが無いのだ、もしこのままピコリが帰ってくれば、
『え、ウチの肉まんだけ無いの!? うそーん、もうやだー! ウチ完全ハブられキャラじゃーん! テラ袖をぞ濡らしけるー!』
と、ジェネレーションにマッチしてない自分にはわからない叫びとともに、悲愴に暮れるに違いない。
まずいと思えば、即行動。それが断退警察の流儀!」
サバキは財布を持ち、外へと出かける。
「えっと、この近くにあるコンビニは……」
腕のマシンでコンビニの位置情報を探知し、そちらに向かった。
「いらっしゃいませー」
サバキは肉まんを求めて、店内をウロチョロする。
(ここは本売り場で、ここは衛生用品、飲み物、菓子、カップ麺、惣菜、パン……肉まんはどこだ? 店員に聞くか)
サバキはレジ前に立ち、店員に尋ねる。
「すみません、肉まんはどこにありますか」
「こちらです」
と、店員は苦笑いしつつすぐ脇のボックスを示した。
(灯台下暗しとはまさにこのことだ……)
「ではそれを一つください」
「どれです?」
「へ?」
肉まんが欲しいと言ったのだから、肉まんを寄こすのが道理だろうが。
と、一突っ込み入れる前に、サバキは気づく。
そのボックスの中には、『うま生地~』や『国産○○牛仕様』など、差別化された三種の肉まんが存在していたのだ。
(他の者にとやかく言われないよう、元あった物とクオリティが似通ったのを選ばねば。
六人に買い与えるとすれば、無難に冠詞のない普通の安い『肉まん』だろうが、ルシェヌ殿曰く『ふかふかほかほか』だから、生地が云々かもしれない、けどコーリン殿が『肉肉しい』とも言っていたらな……)
「すみません、早くご注文をしてくれませんか?」
店員がうっすらと苛立ちを表して催促して来たので、
「一番安いの一つ」
サバキはとりあえずで品を選んだ。
余談だが、元よりあったあの六つの肉まんは、チヨがスーパーで買った安い冷凍食品の肉まん(三個入り二袋)である。
ルシェヌが温める前に食べた時、『じゃりじゃりしている』と言っていたのは、これの伏線だったのだ。
閑話休題。
サバキは買ってきた肉まんを、あたかも元よりあったように置き、また勉強を再開する。
(貴重な一個だ、今度の今度は何としても守り切らねば。
それにしても、あのボックスの中身を見るに、肉まんはあんなにも種類があるのだな。 あんまん、ピザまん、カレーまん、更に新発売の『もんじゃまん』……普通に、元の料理を食えばいいのではないか?
何故何もかもまんにされているのだろうか。特にもんじゃは元と食感も似ているだろうに。一体誰がこんなもの買おうと思うんだろうか?)
サバキは自分の顔の横を通る気配を感じ、即、そちらを睨みつける。
「貴様ァ! 一体何個食う気だ!」
「一個だけだよ。サバキお姉ちゃん」
と、肉まんへ手を伸ばしているユノスは釈明する。
「何だユノスか……ユノス? お前、肉まん食うのか?」
「だってボク、仲良く食べてってお母さんに仕事頼まれたもん。ダメ?」
「あー、そう来たか……いや、それだと……そうか。いや、何でもない、お好きにどうぞ」
「じゃあ、いただきます。はむっ」
ユノスは相変わらずの笑みを浮かべ、サバキがピコリのために苦労して買ってあげた肉まんに舌鼓を打つ。
その側に、サバキは無表情でいる。自分の詰めの甘さが招いた失態を、しっかりと受け止めているために。
(愚かなりサバキ! 何故ユノスが肉まんを食べないと断定できたのだ……また買いに戻るか、だがあの店員に悪い意味で顔を覚えられている……)
「ごちそうさまでした。さあて、勉強しよう」
それから時は経ち、午後五時になった……
「ただいまー! って、サバキ!?」
その時、サバキはソファに座っていた。この世の全てに絶望しきったような顔をして。
「ど、どうしたの……燃え尽きたの、真っ白に?」
「すまぬピコリ……お前の分の肉まんを、守れなかった……」
「マモレナカッタ……?」
ピコリは頭を対サバキ用にフル回転させ、答えを閃く。そしてサバキの隣に座り、
「お疲れさま。サバキ」
白くて丸々とした、湯気を放つものを差し出した。
「これは、肉まん……!?」
「あそこの皿にあった六個の肉まんを、皆に均等に食べさせようとしたけど、駄目だったんでしょ?
気にしすぎだって、肉まんぐらいそのあたりのコンビニで買えるんだから。さ、これでも食べて、元気出して」
「……すまない、そして、ありがとうッ!」
肉まん防衛に励んで約半日過ぎて、サバキは、目に熱いものを滲ませ、それにかぶりつくのだった。
「……何だこれ、饅頭の中に麺が入ってるぞ」
「あ、それ『もんじゃまん』っていう新発売の奴、SNSでバズりまくって売り切れ多発なの。
近くのコンビニで見つけた時はマジビクッたよ〜、灯台下暗しってあるもんだね、うん」
「……本当にすまない……」
「いやだから気にし過ぎだってサバキ姉さん」
「すまない、もんじゃまん……」
「え、そっち?」
【完】




