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第1話 娘たちがズレて帰ってくる

 満月チヨ(三十七)は大学講師であり、バツイチでもある。


 離婚の理由はズバリ『夫の浮気』。


 最悪だったのはそれから先の段階。


 元夫が自分の他に六人もの女と、それぞれに子供を作っていたこと。


 結果、彼女は浮気相手たちから子供を押し付けられ、独りで六人の娘を育てさせられる母親になってしまった。


 チヨは屈辱と憎悪にまみれた。


 けれども、楽しさとやりがいを見いだそうとし、親としての役目を努めた。


 ――娘たちが、五歳の頃までは。


「すみません。明日、持ち授業があるのは午前のみですから、午後は早退してもよろしいでしょうか? 理由は……」


「……警察署、ですよね?」


「はい、今の捜索状況を確認しにいきます」


 娘たちが五歳の頃、その異色の出生を理由にいじめられていた。


 娘たちは、それに耐えかね、あてもなく衝動的に家出し、そのまま消息不明になってしまったのだ。


 今日の話は、それからだいたい九年後のこと。


「ああ、今日は格段と疲れた……」


 いつも通り、チヨは一人しかいないエレベーターの隅に寄りかかり、そしてため息。


 何もわかりませんし見つかりません、お役に立てず申し訳ございません――お巡りさんのやるせない報告を聞いて、また今年も罪悪感を覚えなきゃいけないのか。


 そんな明日への不安で、チヨの胸中は、エレベーターを降りた先で浴びた秋風よりも、冷え込んでいた。


 チヨは見慣れに見慣れた自室のドアを目前にする。


 すると、玄関の前に見知らぬ背広の男が待っていた。


「満月チヨさん……でしょうか?」


「はい、そうですが……?」


「でしたか。なら、私はこういう者です……冗談ではなく」


 男はチヨに名刺を差し出す。


 異世界転生管理局――名刺内に書かれたその肩書を見て、チヨは一歩下がる。


 頭に『一一〇』の三文字を浮かべながら、ポケットのスマホに手を伸ばす。


「あ、いえいえ! 信じられないでしょうが! 私は怪しい者ではありません!」


「ふぅん、そうですか……では、なぜあなたはここに?」


「それなりに長い話になりますよ……」


 と、男は前置きして、説明する。


 今からおよそ九年前、チヨと同じ名字の女の子六人が、こちらへ異世界転生を希望したため、意をのんで彼女たちをそれぞれ別の異世界へ転生させた。


 が、この度、彼女たちをまとめて元の世界に帰すことにした。 


 管理局の位置づけとして、本来、異世界転生とは、別世界の者を派遣し、その世界の発展を目論む『圧倒的上位存在』の政策である。


 彼女たちはそれの原則に従い、契約終了として、この世界に帰したのだ。


「……¥$%&?」


 ときどき、特に混乱したとき、口がおかしくなるのが――三十七歳となればさすがに改善はしているが――チヨの悪い癖だ。


「何と言ったかわかりませんが、とにかく、我々は本日、あなた様を彼女たちの母親と断定し、帰しました。それでは、私も忙しいので、後々何かお困りであれば名刺の連絡先へ」


 男は、玄関のドアの前に、また別のドアを作り出し、そこへ消えていった。


「疲れすぎなのかなぁ、あたし……」

 チヨは、今自分が玄関の前に意味不明に立っていた気づき、ドアノブを掴む。


(鍵が開いてる……しかも、リビングの電気が既についてる)


 チヨは心躍り、軽やかな動きで玄関からリビングのドア一歩手前へいく。


 ひどく胡散臭い話でもある。だが、娘たちが久々に帰ってくるとなれば、こうなるのも無理はないだろう。


「九年も経ったんだから、すごい成長しているんだろうな……懐かしいし怖いなぁ、時の流れって!」


 九年ぶりにどういう佇まいをしようか、何と言って迎えようか……その他諸々の心の準備をしてチヨは、

「やっぱり……ただいま!」


 九年前のように明るく挨拶し、思いきりリビングへのドアを開ける。すると……


「ちょっとうるさいぞ、お前。これくらいいいだろうが」


「笑止! 非道理に大も小も無ければ、貴様に自分の指図を受ける道理もない!」


 リビングで、偉丈夫なボサボサ金髪の少女と、生真面目な青髪の犬耳付き少女が、一触即発の状況を作っていた。


「ったく、単に腹が減ったから、オレん家の戸棚にあった菓子の一袋を開けて食っただけじゃねえかっ。こう、ガーってな」


 金髪の少女は手に持っていた柿の種の小袋をひっくり返し、中身を頬張る。


 それと同時に、青髪の少女は両腕から文字通り火花を散らす。


「確かにここは自分の家でもあり、貴様の家でもある! だが、その付属物全てが貴様の物だなどといい切れる道理はない!

 これ以上口を開くならば、さもなくばこの、断退警察エージェント、コードネーム、『ケルベロス』が断罪する!」


 金髪の少女は柿の種すべてを飲み込みつつ、御札を一枚ひらひらさせるーー刹那、御札は刀に変化する。


「おっ、やるのか? ならオレも、ちと暴れてやろうか……」


「ねぇ君、その食べ物どこにあっ……いや、今聞くと面倒になるからやめとこう」


 邪な雰囲気を放つ容姿端麗な赤髪の少女は、二人の喧嘩を、キッチンの棚を物色しながら、ニタニタしながら見ている。


「……」


 ベレー帽を被った緑色の髪の華奢な少女は、部屋の隅でタブレットにペンを走らせている。つゆ知らずとしている。


 そんな赤緑の二人と、危うい黄青の二人へ視線を行ったり来たりさせている――わかりやすく慌てているオレンジ色の髪の少女は、おそるおそる後者たちに近づく。


「お、おいこら、二人とも帰省アンド再会してまもなく喧嘩しちゃまずい……」


「お前は関係ないからあっちいけ!」


「貴様には関係ない! 大人しく待機だ!」


「は、はい……」


 オレンジ髪の少女は、すこずこと窓際に撤退した。


 約九年間異世界暮らしして、久々に再会して、そして柿の種なんかで常識外れな武器を構えて言い争っている。


 この状況の脳内整理が大変すぎて、チヨはただただ立ち尽くした。


「謝罪の猶予は十二分に与えたが……まだ該当する言葉を聞いていないぞ?」


「オレにはもう、石頭に話すことはねぇよ! あ、負け犬には話すことあるかも」


「反省の色なしか! かくなれば処罰を強行するッ!」


「やれるもんならやってみろってんだ!」


 チヨは母親の意地にかけて、臨戦状態になりかけた二人の間に度胸を持って割って入る。


「あぐっ、ストーブ! いや、ストーップ! ここで喧嘩はやめて! コーリン、サバキ!」


「コーリン……なぜオレの名を?」


「サバキ……よく自分の本名を知っているな」


「当たり前だよ、だってあたしは、あなたたちの母親だもの。例え九年も離れてたとしても、その名前と顔は忘れられるものですか。

 とにかく、一旦危なっかしいアレコレはしまってください!」


「……はっ、これは失敬としておこう」


「ああ、そうだ、思い出した! お前、オレの母さんだったな! ……これもっと食っていい?」


「はぁ、やはり異世界とやらでの九年は長かったようね……ちょっと待って、今一つ一つ片付けていく。

 まず二人とも、そんな些細なことで喧嘩しない。

 次に他四人、人が危険なことしてるのはキチンと止める」


「え、ウチ止めようとしたのに……」


「そして……ルシェヌ。あなたベッタリくっつき過ぎだと思うんだけど……」


 チヨが帰ってきてからずっと彼女に、手足フル稼働で抱きつく、尖り耳の小柄な紫髪の少女は照れくさく微笑む。


 とりあえずこのままでは好き放題個性爆発されて埒が明かない。


 そう考えたチヨは六人の娘たちに満月家の基礎知識を叩き込むことにした。


「みんな同じ年度に生まれてるから多分感覚が薄いと思うけど……まず、姉妹順に自己紹介してもらいます。はい、まずコーリンから」


「うっす。オレがお前ら全員の姉のコーリンだ。前の世界では『五もじ』とか呼ばれてた。よろしくな、みんな」


 と、背丈の大きい金髪の少女――長女、コーリンは気さくに言う。


「やあ、どうも、私が次女のマジナさ。それ以上は……今は語らないでおこう」


 と、赤髪の、モデル体型を紳士服で着飾った少女――次女、マジナは言う。


「……サバキ。断退警察に居た時は『ケルベロス』というコードネームを持っていた」

 と、青髪の犬の耳と尾が付いた少女――三女、サバキは、先ほどの結果を引きずり、不服そうに言う。


「おいっす~☆ ウチ、満月ピコリっていいまーす! 前の世界ではミュージシャンやってました! イゴ、よろしくー!」


「ボクがユノスだよ。漫画家やってたよ。これでいいよ、ね?」

 と、アホ毛にベレー帽をひっかけた緑髪の少女は――五女、ユノスは自前のタブレットに目をやりながら言う。


「そして最後に、ルシェヌ」


「そう、アタシがルシェヌである! そしてアタシは魔王なのじゃ! ハハハ、これ以上はまだ言わんぞい! お楽しみは取っておきたいからのう!」

 と、他の姉妹と比べて明確に背の小さな紫髪の少女は、臭い高笑いを交えて言う。

(みんなえげつない変人になってる……異世界に行った末だから、やっぱこうなるのかな)


「自分たちは自己紹介は済ませたぞ。なら次はチヨ殿、あなたが言う番なのが道理ではないか?」


「チヨ殿……相変わらず口調が堅いな……まあいいや。で、あたしが皆のお母さんのチヨです。大学講師やってます。はい以上です」


 六人の娘たちはチヨへ、乾いた拍手を送る。これをチヨは、

(何なんだろう、この娘との時間)

 と、違和感を感じつつも、自然を装い、照れ臭そうに目線をそらす。


 その先にある時計の針は十時後半を指している。


「はっ、こんなことしてる場合じゃない! さっさとご飯食べて、お風呂入って、早く寝なきゃ! 明日も忙しいっていうのに……」


「ボクもやりたい。ボク、料理も家事も得意だもん」


「ありがとうユノス、じゃああたしと一緒に晩ご飯を……あ、あなたたちはご飯いる?」


「当たり前だろ。そうじゃなければ戸棚あけないだろうに」


「ウチもー、テラ腹ペコ何ですけどぉ」


「はぁ、わかった。じゃあもう少し辛抱して。あと、誰かお風呂の支度を!」


「それは自分がする。不衛生なのは御免だからな」


「へぇ、ここお風呂入れるんだ。贅沢だね。じゃあ私も喜んで協力させて頂くよ、サバキ」


「……マジナ、貴様に呼び捨てられる筋合いはない。特に何やら悪臭のする貴様からは……」


「え、おっかしいなぁ? 生業柄、見た目とかには人一倍気を使ってるんだけど……」


「ふん、今回はそういうことにしておこう」


「じゃあ残りの三人は、寝床の準備して! あなたたちの部屋はちゃんと取っておいてあるから!」


「合点承知っと。おらこいお前ら」


「は、はい! 今行きますコーリン姉さん!」


「やれやれ。こんな小事につかされるとは、アタシにしては偉く滑稽なのじゃ」


 かくて、六人は各々の家庭的な配置につかされるのであった。


 顔と動作に出た疲れをチヨから感じて、ユノスは尋ねる。


「あれ、どうしたのお母さん? まさかこの程度で疲れるなんてわけないよ?」


「まさかだよユノス……疲れてたらお母さんなんて出来ないから……なんかこう、数年前に戻ったみたいな気持ちでいっぱいになっただけ」


「そうなの。じゃあ早く九年前の感覚に戻ってね、お母さん」


「は、はい……」


(九年前……っていうより、十四年前もこんな慌ただしい感じだったなあ。


 はぁ、本当に懐かしくて怖いわ、時の流れってこんなことも忘れさせちゃうなんて。


 そして、何だかあたし、今からとんでもないことに出くわさせられるような気がする)


 そう、この日がチヨの――いや、満月家の、とても騒がしく、有り得ないほどおかしな日々の初日なのである。


【完】

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