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バイバイまたね、クドリャフカ  作者: くろのあずさ
ガニュメデスの登場―みずがめ座―
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 勉強を教え合う中で、彼とは他愛ない話をたくさんした。そのどれもが取るに足らないものだった気がする。


『安曇くんはなんでもできるスーパーマンだと思ってたよ』


 問題集を一緒に解きながら、私はなにげなく彼の印象を口にした。嫌味でもなく本音だった。


『そんなわけないだろ。普通の高校生だよ』


 彼は怒る素振りもなく困惑気味に笑う。その表情がさらに私を突っつかせる。


『本当に普通の高校生が聞いたら怒るよ?』


 そんなルックスで、優しくて英語もペラペラ。おまけに頭もいい。なのに謙虚さも忘れず控えめな性格とくれば女子はもちろん、男子だって憧れている人間は数知れない。


 しかし私は、発言してからふと思い直した。


『ごめん』


『どうした?』


『安曇くんにとっては普通のつもりなのかもしれないのに、こっちの価値観を押し付けちゃったから』


 ペンを置いてしおらしく素直に謝った。私は昔からこんなふうに、つい物事をズバズバ言ってしまうところがある。


 それで友達とトラブルになって、離れていった友人もいる。悩みを相談されるときは親身なアドバイスより、うんうんと同調するのが一番だと学んだのは最近の話。


 なんとか意識して直そうと試みているけれど、なかなか難しい。もっと空気を読まなきゃ。


 彼にも悪いことをしてしまった。そう思っていると――。


『いいよ。俺、紺野さんのそういう素直で飾らないところ好きだから』


 安曇穂高は綺麗な歯列を見せて笑った。可愛いと思うのは失礼かもしれない。でも、やっぱり彼はできた人間だった。


 『好き』となにげなく口に出せてしまうのもきっと彼がアメリカ育ちで英語の方が得意だからだ。LoveじゃなくてLike。言葉のあや。


 意識するだけ無駄な気がして私は彼と向き合っている問題に集中した。



 放課後、西日が差し込む教室で机を挟んで前後に座り、世間話を入れつつ問題を解き合うのが定番になっていく。


 図書室や自習室がしっかりと整備されている学校なので、教室に残って勉強する生徒はある意味まれで、だいたいいつも貸し切り状態だった。


 ただの顔見知りのクラスメートから友人へ。彼と過ごす時間は心地よかった。変に気を使わなくてもいいというか、異性ということさえ意識せずに付き合えた。


 あれこれ考えなくても彼の前では私は私でいられて、それを彼はいつも穏やかな笑顔で受け入れてくれていたから。


 おかげで最初は現国や英語を教え合うだけだったのに、私と彼はいつの間にかそれ以外の教科もわからないところは聞き合うようになった。


 彼は毎日学校に来るわけじゃなかったから、いないときに進んだ授業内容を伝えるのも自然と私の役目になり、それが苦でもなくむしろ楽しみだった。


 教えるには自分が理解していないといけないから、授業にもいつも以上に力が入る。ふとした瞬間、彼のためというより自分のためだから!と、改めて自身に言い聞かせたりもして。


 そして夏休みも明けた頃、エアコンの効いた放課後の教室で彼が不意に切り出した。


『俺、宇宙に行きたいんだ』


『宇宙?』


 どうしてそんな話になったのか。ああ、たしか解いていた現代文の問題が天文台に関する内容だったからかも。


 私はさして気にもせず選択肢に目を通していると、彼は珍しく意気揚々と語りだした。


『物心ついたときから天文学や宇宙に興味があってさ。たぶん父親の影響が一番大きいんだけれど、それで子どもの頃にNASAのサマーキャンプに参加したんだ。そこで改めて決意して変わらずにずっと希望してるよ』


『へー。宇宙飛行士ってこと?』


『まぁ、手っ取り早く言えばそうかな。とにかく宇宙に関わる仕事がしたくて。そして人類のために大きな偉業を成し遂げるんだ』


 屈託ない笑顔はうそぶいている感じでもなく純粋だった。立派だな、と私は素直に感心する。彼なら本当にやり遂げてしまいそう。


『紺野さんはなにを目指しているの?』


『私?』


 急に話を振られ目をぱちくりとさせると、穏やかな顔をしている安曇穂高がこちらを見つめていた。大きくて形のいい目が細められる。


『そう。なにかなりたいものがあって勉強を頑張ってるんだろ』


 当然のように、そして曇りのない笑顔に私の胸はちくりと痛む。私はぎこちなく彼から視線をはずした。


『そう、でもないよ。まだ私、夢とかないし。安曇くんみたいに立派な目標とか、なにも……』


 なんとも言えない気まずさを感じ、しどろもどろになる。勉強は好き。知識も増やせるし、頑張れば結果もついてくる。


 でもその先というものが私にはなくて、なにかに向かって頑張る彼の姿が眩しくなり、勝手にうしろめたくなる。


『なら、これから見つけたらいいだろ』


 彼からの返事はあっけらかんとしたものだった。


『大丈夫。夢は無限大。これだけ頑張っている紺野さんなら、なんにだってなれるよ』


『宇宙にも行ける?』


『そう。近い未来、人類は火星に移住するし』


 どこまで本気か、冗談か。私は思わず吹き出した。彼も笑っている。


 なりたいもの、か。 


『……私、誰かに必要とされる人間になりたいな』


 夢と呼ぶには漠然としていて、彼みたいに人類のために大きな偉業を成し遂げるとか、大それたことは言えないけれど。


 いつかたくさん勉強した分、選択肢や知識を広げて誰かの役に立って、必要としてもらえる人間になりたい。


 口にして声にしたからか、自分の中にストンと落ちてくる。


『なら、もう叶ってるね』


『え?』


 かけられた予想外の言葉に、私は素直に反応した。彼は眉をハの字にして笑っている。


『俺には紺野さんが必要なんだけど?』


 続けられた彼の言葉に私は大きく目を見開いて、続いて火照り出す頬を隠すように両手で押さえた。


『……問題、早く解いちゃおうよ』


 あからさまに話題を替えたけれど、彼は変に突っこんでこなかった。


 ホッとしたような、寂しいような。


 本当にストレートすぎるのも考えものだ。私じゃなかったら、勘違いする女子もたくさんいるに決まっている。そこで悶々と煮詰まっていく心の中でチクリと刺さるガラス破片を見つけた。


 彼が必要としているのは、私自身ではなく、現国が得意で自分と対等かそれ以上の成績優秀者を指しているんだ。もしも条件に合う存在が他にいたとしたら……。


 ひねくれた自分の考えに嫌気がさす。可愛くない自覚はあるけれど、これは重傷だ。


 彼と一緒にいると、クラスの女子たちと会話しているとき以上に心が揺れ動く。どうしてだろう。異性だから?


 ズキズキと痛む胸を押さえつつ、私は答えを追求せずに問題を解くのに専念した。

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