001-③ ニューヨーカー(入浴家)
初対面についての短編集。
『私』は、引っ越してきたばかりの町で
初めての銭湯への向かいます。
番頭をくぐって、脱衣場へ。
『私』の『初体験』を、
あなたと半分こ。
脱衣所に進むと、
高い天井と茣蓙仕様のフローリング、
大きな鏡、マッサージチェア、
そして座ったまま頭部に半ドーム状洗脳機械を取り付けて温風がでる、
そう、昭和初期型美容室ドライヤーが置いてあった。
幼いころ母と行った銭湯にかなり似ていて、懐かしくなった。
あのころはいつもとちがう場所で服を脱ぐのに抵抗があって、
でもその感覚をどう伝えればいいのかわからなくて、
とりあえず靴下だけ脱いで、からだを固めて母をみつめた。
てきぱきと脱いだ服をたたんでロッカーに仕舞う母。
母をみつめていた『私』といまの『私』は、時間軸の延長線上でつながっているはずなのに、
全く別の映画を思い出すみたいに懐かしくなった。
近所のあの銭湯はまだあるのかな。
平和島より更にスラムな私の地元で、
入れ墨のおじさんとか紫色の髪の女の人とか、
銭湯の前に無作法に停められた錆びた自転車群とか。
そういう町のトーンは変わらないものなのかな。
どんどん廃れていくのかな。
私はなんで引っ越してきたんだっけ、
どうして知らない町の知らない銭湯で、
ひとりで髪をとかし、服を脱ぎ、
小さなジップロックのビニール袋に詰められた、
小さなシャンプーやらボディソープやらを小脇に抱えて、
だらしなく口を開けて壁面鏡に裸体をうつしているんだっけか。
鏡に映った裸の体を(まだ大丈夫、なはずだ)と
根拠も尺度もなしに言い聞かせながら確認し終えると、
鏡越しに『入浴するお客様への諸注意』の看板が目に入った。
振り向いて、背後の看板を読む。
『、、、以上の点のほかにも、他の方にご迷惑をお掛けする方の入場をかたく禁じます』
トウキョウの下町が、プライドを持ちつづけるためのマナーコードに思えた。
感心する。
トウキョウ下町に張り合うわけじゃないけど、
来週は筋トレの回数を増やすかと、
決意の合図みたいに引き戸に手をかけて、
浴場のドアを開けた。
分厚い水蒸気の部屋、
シャワーのハーモニー。
白髪を丁寧に洗う裸体の女性たち。
熱い水蒸気以外の、現実じゃないみたいな世界が拡がっていた。
呼吸がしやすい。
地上じゃないみたいに。
日本なのに、日本じゃない。
ニホンだけど、ジャパンじゃない。
記号としてのニホンだけがそこにあって、
天国と地獄の境目かもしれない、
ニュートラルでフラットな空間が私を飲み込んだ。
あれ、浴槽につからないな。
次回は必ず。