馴染んできました
日本人は「神」という言葉にとても慣れ親しんでいますが
慣れていることと、実際に直面することとは大きく異なります。
「いらっしゃい。待ってたよ」
喧嘩別れして今頃は実家に帰る電車に乗ってると思ってた彼女が、ふらりと入った喫茶店の中に立っている。しかもなんかこっち向いて微笑んでいる。
「小町?」
思わず疑問形で名前を呼ぶ。彼女は八雲小町。付き合い始めてかれこれ4年くらい経つ。身長は145cmと低いが闊達な・・・いや結構大雑把で豪快な女性である。黙っていればそこそこ美人さんなんだけど・・・
「ちょっと、真弘人なにボーっとしてるのよ」
「い、いや。小町は家に帰るって言ったからてっきり実家に・・・」
「ここもあたしの家よ」
「ふぁっ?」
ちょっと何言ってるのか解らない。
「あー、そりゃ色々びっくりするわよね。やっと馴染んできたとこだから、そろそろ大丈夫だと思って試したから」
「俺にも分かるように説明してくれ。」
「真弘人は神様ってどれだけ信じてる?」
「またいきなり神様かよ?お前は新興宗教にでも入ったのか?」
「まじめに答えて」
ちょっと小町が真面目な顔をした。久しぶりに見た気がする。
「ああ、ウチは普通の仏教徒で先祖代々のお墓もあって、新年は神社にも行くし日本神話は歴史学で専攻したから信仰としてはアリだな。ただ、存在してるかどうかまでは解らん。」
「そうだよね。あ、でもあたしは神さまのお使いみたいなものだから存在と言うか、居るよ。」
「ふぁっ?」
小町はどうしちゃったのだろうか?
普段は結構なリアリストで、たまに邪悪な笑みすら浮かべて漫画や小説を読み漁っている彼女が神さまのお使いだと?お使いしてるのは邪神の類いなのか?
「天表春命っても解らないわよね」
「あー、そんな名前が日本神話に出てきたことあるかな」
「まあその上の八意思兼神の意志で動いてはいるんだけど、ことばをいただいているのは天表春命さまね」
「なんか社長と上司と部下みたいだな」
「上をみたらまだまだキリがないわよ。」
ん〜まだよく解らない。なんで俺はこの店に足を運んで、喧嘩して出ていった小町と話をしているのか?
「そもそもなんで俺がこの店に入ったら小町が待ってるんだ?ここへは最初から決めて来たわけじゃないぞ」
「でもなんとなく足がこっちに向いたでしょ?」
確かに、なんとなく普段は歩かない道をふらふらと歩いてきた。
「それはある程度あたしが連れて来た部分もあるのよ」
怖っ!
本当なら怖い話だ。操られたってことなのか?宿主を洗脳してマインドコントロールする生き物でも埋め込まれたのか?怖すぎる。
「なに真っ青になってるのよ?あたしたちもう5年も付き合ってるのよ」
「あれ?まだ4年くらいじゃなかったっけ?」
「大雑把ね・・・正確には4年と11ヶ月と20日よ」
細かい・・・いや、交際や結婚の記念日は覚えてる人も多いから普通なのか?
「でね、正確には言えないんだけど、感覚や波長が馴染んできたからどこまで合わせられるか試してみたの」
・・・何言ってるんだこの娘は