材料購入
私は禁術を行うための材料を買いに市に出ていた。グスタフが亡くなってからは部屋に閉じこもってばかりいたのに、今日は外にでるというと皆驚いていた。
シスターには本当に大丈夫なのか再三確認された。よっぽど引きこもっている姿がひどかったのだろう。しかし、死霊術が書かれた禁書を体に入れた今では引きこもってばかりいられない。私が頑張れば、グスタフが生き返るかもしれないのだから。外に出て禁術に必要な材料を集めようともしよう。
ようやく元気になった私だが、「外に出ます」と言った所で簡単に「はい、そうですか」と皆出してはくれなかった。私は教会の司教の娘であり、癒やしの秘術を使える教会の聖女なのだから、万が一外に出た時に怪我を負ってしまうと一大事だからだ。当然のように護衛をつけられた。その護衛はギルベルトだった。白銀の鎧を身にまとい、私のそばに控えていた。ギルベルトは兜だけはかぶらないで視界を広くとっていた。
私はぶらぶらと市を歩いていた。私のほうはギルベルトに比べて大人しい格好だった。
黒いワンピースにベージュのストールを肩にかけていた。シンプルな格好だが、生地の仕立てはいい。他人からは、何処かいいところのお嬢様だと見える格好だろう。「気分転換に外にでるから出来るだけ聖女だということは秘密にしたい」と言ったらシスターが用意してくれた。
私の少し後ろをギルベルトがついてくる。「鎧を着た騎士をつれたお嬢様なんて注目をあびるのでもう少し離れてください」と頼んでも、「私は聖女様を守ることが使命です」という返事が帰ってきた。
「聖女さま、今日は何をお買い求めになさるのでしょうか」
ギルベルトが後ろから聞いてきた。
「久しぶりに外に出たくなったのです。いつまでも引きこもっていては亡くなってしまったグスタフに申し訳ないですもの」
私は無難に答えた。どうしてギルベルトに、禁術を行うための材料を買いに来たと言えるだろうか。私を心配して護衛をつけてくれたのは嬉しいのだが、正直いってギルベルトは邪魔だった。何処かでギルベルトからの監視を振り切る必要があった。
暫く歩くと市場についた。人々がたくさんいて、ひっきりなしに行き交っていた。高そうな衣をはおり、いかにもお金持ちそうな商人、農作物を売りに来たであろうよく日に焼けた農民、筋肉隆々で武器をたくさん身につけた戦士などがいた。
市にはたくさんの店が並んでいた。魚に肉にパン、毛織物に家畜、薬草、剣や盾と言った武器に、のこぎりやトンカチといった道具。私が必要とするものはこの市で手に入るだろうか。
市のそこかしこで、商人と思われる人々が集まって早口に言い合っていた。私には何をいっているのか全く聞き取る事ができない。私たちが普段離している言葉であるはずなのに、商人同士が話す言葉は聞き慣れない単語がたくさん混ざっていて暗号のようだった。
私はあえて早口で言い合っている商人の集団に突っ込んでいった。「ちょっと」と抗議の声があがるが、無視した。そしてそのまま歩く速度をあげた。後ろを振り返ってみるとギルベルトはさきほどの商人たちが壁となってしまい阻まれていた。そのまま私は細い路地に入った。ギルベルトから見えなくなったところで駆け出す。路地から路地へと2回、3回と曲がった。これでギルベルトは撒くことができただろう。
私は走ったせいで息切れしてしまっていた。久しぶりに走った気がする。教会の聖女は走ることなんてしない。全然聖女として優雅じゃないから。なにか用事があるときは優しく近くにいるものに頼めばよかった。聖女様のためならばと、教会関係者はもとより、騎士や民たちも喜んで私のために動いてくれた。
しかし、今回ばかりは私一人でやり遂げなければならない。なんといっても禁術に使うための材料集めなのだから。いつなんどき私のやろうとしていることがばれるかわからない。慎重に行動しないといけない。
私は息が整うまで暫く路地に隠れていた。やはり後ろからギルベルトが追いかけてこなかった。きっと今頃私を見失ってしまいおろおろと慌てているだろう。
私は顔を隠すためにストールをかぶると歩き出した。目的の店は近くにあることは既に調査していた。
暫く歩いて、私は一軒の店に入った。薄暗い店だった。窓には厚手のカーテンがひかれ外の光が入ってこないようになっていた。壁際にかけられた燭台の明かりだけが店内をほのかに照らしていた。
「これはこれは聖女様。私のようなものが営む店に来て頂けるなんてとても光栄でございます」
店の奥のカウンターに座っていた店員が声をかけてきた。黒いローブを身にまとった男だった。ギョロッとした目に、額に張り付くわかめのような黒い髪の毛、いかにも日にあたってなさそうな青白い肌。
「私のことをご存知なのかしら」
「それは勿論でございます。私どもを教え導いてくださる教会の聖女様。聖女様のお姿をご存じない者たちなどこの街ではいませんよ。私はこの店の店主のヘンドリックと申します。どうぞお見知りおきを」
男はそこで一呼吸つき、考えこむ。
「はて、それにしても私のような店に何の御用でございましょうか。ここは魔法、特に呪術を扱うために必要な材料を取り扱っている店にございます。聖女様が必要となるような物はないかと存じますが」
「最近私も魔術をに興味を持ちだしたんです。教会の祈りと魔術はよく似ているようですから」
私はにこやかに答えた。わざわざ死霊術の材料を買いに来たなどと伝える気は全く無かった。ヘンドリックに気づかれないように死霊術の材料を買い求める必要があった。
「さようでございましたか。聖女様が魔術に興味をお持ちとは。私共にとってはありがたいお話です」
私は懐から死霊術に必要な材料が書かれた紙を取り出した。何の材料をに使うかバレないように不必要な材料をたくさん書きくわえたメモだった。
「こちらのメモに書いてある材料を用意できますか?」
私はヘンドリックにメモを渡した。ヘンドリックはメモを一瞥すると店のあちこちから材料をかき集め始めた。
「えーと……ネズミのしっぽに、ヘビの牙、牛の心臓、処女の血、ローズマリー、カエルの脳みそ、マンドレイク、豚の鼻、コウモリの羽……なかなかにたくさんの物を必要となさるのですね。これは集めるのが大変だ。しばらくお待ちください」
ヘンドレックは店の奥に入ってゴソゴソと材料を集めてくれた。
「色々と魔術の練習をしようと思っているので、予め多くの材料を確保しておきたいのです。ごゆっくり探してください。私は急いではおりません」
私は材料を探しているヘンドリックに声をかけた。
私は待っているあいだに店を見渡すことにした。店の中は棚がたくさん並んでおり商品で満たされてた。本当に変なお店。並んでいるものがごちゃまぜなのだ。クリスタルの瓶に入った赤色や青色の液体、牛やブタの脚や頭、動物の目玉がたくさん入った瓶、ルビーやサファイヤといった宝石、ミントやローズマリーと言ったハーブ、蝋燭、チョーク……魔法は色んな物を材料として使うのだなという思いとともに、これほどまでに様々な商品を取り扱う腕前に感心した。
私が店の中を観察していると、ヘンドリックが両手に魔術で扱う材料をたくさん抱えて戻ってきた。
「たいへんおまたせいたしました。聖女様。メモに書かれた商品がご用意できました。こちらに来てもらえますか」
ヘンドリックは私を店のおくのカウンターまで案内した。ヘンドリックは商品を店の奥のカウンターに載せた。
「聖女様、商品のご説明をいたしましょうか」
ヘンドリックが尋ねてきた。
「いいえ、結構です。ありがとうございます」
禁断の書を見れば、禁術に必要な情報は書いてある。ヘンドリックに聞くこともない。他の材料についても教会の資料に説明が書いてある。すでにどのような効能があるかは把握していた。
「聖女さま、一つだけ気になる材料を書かれていらっしゃったのでご注意だけ」
ヘンドリックは人の形をしたような植物の根っこを取り出した。
「こちらのマンドレイクの根っこですが、こちらには非常に強力な毒が含まれております。これを口に含んだものは解毒剤をすぐに飲まなければ、ほぼ確実に命を落としてしまいます。誤って口にすることがないように、くれぐれも取り扱いにはご注意くださいませ」
ヘンドリックは真剣な表情で注意事項を述べた。
「わざわざありがとうございます。支払いはこれでお願いします」
私はヘンドリックに金貨をわたし、魔術の材料を受け取った。