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悲しい戦闘

「走れ!」


 馬車で移動しはじめて1時間ばかりたったころ、馬車が突然走りだした。先ほどまで穏やかに馬車は進んでいたのに、今は全速力で駆けていた。ガタガタと車内が激しく揺れる。


 窓の外を見ると騎士達も必死に馬を蹴ってついてくる。時たま騎士達はチラチラと後ろを振り返っている。私も馬車の窓から、後ろを覗き込んで、息を飲んだ。


 ドラゴンだ。


 1軒の家の大きさもあるようなドラゴンが羽を広げ、空を飛んでいた。コウモリのように皮膜が張られた大きな翼。鋭い鉤爪に、鋭い牙。


 ドラゴンの顔はじっとこちらに向けられており、まっすぐにこちらに向かって飛んできている。


 じっとドラゴンを見つめていると、一瞬、ドラゴンと目が合った気がした。私は慌てて馬車の窓から顔を離した。


 御者はひっきりなしに鞭をうち、馬たちを急き立てる。


「走れ走れ!! 喰われたくなければとっとと走れ!!」


 御者が叫ぶ。


 馬たちは口から泡を吹きながらも走っていた。ドラゴンから逃げるために。


 しかし、相手は空飛ぶ怪物。馬車とドラゴンの距離は少しずつ縮んでいった。


 そして、ついにドラゴンは私達の馬車の真上にまで来た。馬車の天井で私からはドラゴンの姿が見えなくなってしまった。


「降ってくるぞ!」


 そばを走る騎士が警告の声をあげた。


 ドラゴンは私達の馬車の前に降り立った。


 馬たちは目の前に現れた怪物から逃げようと進行右方向に曲がった。馬車も引っ張られてしまう。


 急に曲がったために馬車はバランスを崩してしまった。少しずつ左に傾いていき、横転してしまった。


「イタタタ」


 横転した馬車の中で私はお付きのシスターともみくちゃになってしまった。


「聖女様、大丈夫ですか」


 シスターが私の容体を確認した。体を馬車の壁に打ちつけてしまったが、なんとか動く。


 馬車の外を伺うと御者がドラゴンの目の前に投げ出されているのが見えた。何処か怪我してしまったのか御者は立ち上がることができないようだった。


 ドラゴンは御者に近づいていった。御者は恐怖に顔を引きつらせて、這いずりながらドラゴンから逃げる。しかし、ドラゴンの速度のほうが速い。


「助けて」御者が必死に助けを求める。


 御者の体にドラゴンの前足がのしかかった。そしてドラゴンの鉤爪が御者の腹部に突き刺さった。御者が悲鳴を上げる。御者はドラゴンの足をどけようとするがびくともしない。ドラゴンの頭が少しずつ御者に近づき、口が開かれる。


「やだやだやだ、やめて」


 御者の頭がドラゴンの口の中に消えた。悲鳴も消えた。だくだくと御者の体からは血が流れでた。シスターがその様を見て、ヒッと息を飲む。


「聖女さまをお守りしろ」


 ギルベルトの掛け声に騎士達は私達の馬車を取り囲むように配置につく。グスタフが馬車にとりつき、ドアを開けてくれた。


「クリスティーナ無事ですか」


 私はグスタフによって馬車から引っ張りだされた。続いてシスターも引っ張りだされた。ドラゴンの死角になるように、私達は馬車の陰に隠された。


「あいつを倒すまでここに隠れていてください」


 グスタフが私達に言い聞かせる。グスタフは剣を引き抜くとドラゴンに向かっていった。私はそっと馬車の影から彼らの勇姿を見守った。


 騎士達がドラゴンを取り囲むように構えていた。ドラゴンも警戒しているのか呻り声を上げる。


 騎士の二人が気合いの雄叫びを叫びながらドラゴンに飛びかかる。一人はドラゴンの前足に吹き飛ばされた。もう一人は前足をくぐり抜け、ドラゴンに一太刀浴びせた。


 他の騎士達も二人に続いた。剣がきらめき、ドラゴンに傷をつけていく。しかし硬いウロコに弾かれてもいるようだった。


 騎士達は勇猛果敢にドラゴンに剣を突き立てていった。ドラゴンもおとなしくしていない。前足で騎士達を吹き飛ばし、鉤爪を騎士達に突きたて、強力は顎で噛み付いた。騎士達は鎧を着ていたが、そんなもの関係ないというようにやすやすと爪や牙は突き抜けた。


 ドラゴンの鉤爪に胸を貫かれた騎士は、大きな風穴が胸に開いた。仲間の騎士たちが、怪我した騎士をドラゴンから引き離す。ドラゴンは逃すまいというように、怪我した騎士を追いかけた。


「おい、こっちだ」


 グスタフがナイフをドラゴンに投げつけた。ナイフはドラゴンの目の近くにあたり、ドラゴンの注意がグスタフに向いた。


 グスタフがドラゴンに来いよというふうに手振りをする。その間に怪我をした騎士はドラゴンから離されていった。


 私はその様子をみて嫌な予感がした。


 ドラゴンが大きな口を開けてグスタフに噛み付いてきた。グスタフは左に飛びさすって避けた。グスタフは避けたあとに、伸びきったドラゴンの首に剣を振り下ろした。しかし態勢が悪かったせいか、剣がウロコで弾かれた。


 ドラゴンの右前足がグスタフに襲いかかる。グスタフは避けることができず、したたかに殴りつけられ吹き飛んでしまった。グスタフは地面に転がってしまう。


 地面に転がったグスタフにドラゴンが噛みついた。グスタフの下半身にドラゴンの牙が突きたてられる。グスタフの体はドラゴンの顎によって持ち上げられた。


「いやっ」


 私はその様子をみて悲鳴を上げてしまう。


 グスタフはうめき声を上げながらも剣は手放さなかった。下半身ががっちりとドラゴンの口の中にありながらも不敵な笑みを浮かべていた。


 グスタフは両手で剣を逆手に持った。腕を高くあげ、剣の切っ先をドラゴンに向けた。そして勢い良く振りおろし、ドラゴンの脳天に剣を突き立てた。


 グスタフの剣は深々とドラゴンに突き刺さった。


 だが剣が突き刺さった瞬間、ドラゴンの顎が閉じられた。グスタフの足と胴体は二つに分かれ、上半身がボトリと地面に落ちた。


 グスタフの内臓が地面に撒き散らされた。


 脳天に剣が突き刺さり力のなくなったドラゴンが崩れ落ちた。騎士達は最後の止めとばかりにドラゴンに群がり、何度も何度も剣を突き立てた。


「グスタフッ!」


 私は馬車の影から飛び出してグスタフに駆け寄ろうとした。


「聖女様危険です。お下がりください」


 騎士の一人が私を引き止めた。


「離して。グスタフが!! グスタフが死んじゃう!!」


 私は騎士の手を振り払おうと必死に暴れた。こうしている間にもグスタフの体からはどくどくと生気が流れ出ていってしまう。早く、早く助けなければ。


 騎士の手から離されると、私はグスタフのそばにしゃがみこんだ。


「ばかっ! なんで食べられちゃっているの!」


 私の目からは涙がぽたぽたと流れ落ちた。


 グスタフは弱々しく私に笑いかけた。


「失敗したみたい」


「このまま死んだりしたら許さないから!」


 私はそういいながらグスタフの体に手をかざした。私は癒やしを施そうと精神を集中させた。彼の腹から下はもうない。彼の体を癒やしでくっつけることができるだろうか。


「ドラゴンからグスタフの体を持ってきて!」


 近くにいた騎士に私は頼んだ。騎士は頷いた。ドラゴンの口が騎士達によって、こじあけられようとした。しかし、固く閉ざされているのか開かない。


「急いでよ!」


 私は騎士達に叫ぶ。グスタフの顔色がだんだん悪くなっていった。


「クリスティーナ」


 弱々しい息でグスタフは私を呼んだ。私はグスタフの顔に近づいた。


「最後に一言だけ」


 最後の一言なんて言わないで。私がなんとかするから。


「君を愛している」


 ずるい。今そんなことを言うなんて。


 彼の体からは血が止めどめなく流れていく。こんな傷……私に癒やせるだろうか。


 騎士達は未だにグスタフの下半身をドラゴンの口から取り出すことができていない。


 急いで治療しないとグスタフが死んでしまう。もう待たずに私は癒やすことにした。


「癒やしの女神よ、この者を苦しみから解放したまえ、この者の傷を癒やし、病を追い出したまえ――」


 治って。生きて。


 私は一心不乱に祈った。今までで一番必死に祈った。


 しかし傷が大きすぎるせいか、グスタフの傷は治らない。


 グスタフは私を安心させるようにニコリと笑った。


 なんで笑っていられるの。死んじゃうんだよ。あなたは私に愛していると言い残して行ってしまうの。私はいや。


 目から涙がだくだくと流れていく。でも、私の祈りの言葉は途切れない。


 ――グスタフを助けてください。


 どれだけ祈ったのだろう。


 騎士の一人が私の肩に手をおいた。振り返ってみると、ギルベルトだった。彼が頭を左右に振る。


 えっ。


 私はグスタフに視線を落とす。彼は穏やかな表情で目を閉じていた。


 もう彼は動かない。


「グスタフ」


 私が呼びかけても彼は反応しない。


 私は穏やかな表情の彼にキスをした。


「私もあなたを愛しています」


 私は彼にそっと囁いた。彼にはもう届かない思い。

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