死臭
「今日ね、マルグリットおばさんに二人は駆け落ちしてきたのか? って聞かれちゃった」
家に帰ると今日あったことをグスタフに報告する。グスタフは椅子に座って体を休めていた。蘇ってからグスタフは座っていることが多い。
「……か、駆け落ちですか!?」
「あのおばさんも鋭いわね。一度は駆け落ちしましょうって誘ったんだもの」
ふふっと私は笑う。あのときは馬鹿だったと思う。お父様は私たちの恋愛を許してくれるつもりだったのだから。
「……ああ、あのときの。あのときはすみませんでした」
「何を謝るの。グスタフは正しかったの。あのときに駆け落ちしていたら……」
はたっと口をつぐむ。
……あのとき二人で村を抜け出していたらドラゴンに襲われることもなかったのかもしれない。グスタフが命を落とさなかったのかもしれない。死霊術で生きるにアンデットになることもなかったのかもしれない。
やめよう。今更深く考えても意味はないのだ。
私は椅子に座っているグスタフに近づき、彼の頭を抱いた。
「どうしたんです」
グスタフが戸惑ったように声を上げる。
一度グスタフは死んでしまったが、今はここに私といるのだから。私とグスタフの二人だけ。グスタフのぬくもりを感じる。
私に抱かれたグスタフは困ったようにわたわたと両手を動かすのだが、私を振り払うことはない。しばらく抱きしめていると、グスタフは観念したようにおとなしくなった。よろしい。
「大丈夫ですよ。クリスティーナ」
「うん」
彼は優しくしてくれる。いつだって。
私の腕に包まれているグスタフの体からはわずかに死臭がした。
○
その日の夜、私はグスタフの寝室の扉をたたいた。
「はい、どうぞ」
私はドアを開けて、部屋の中に入った。
「一緒に寝に来ちゃった」
「……」
パクパクとグスタフは口を開け閉めする。ふふん、突然の恋人の登場に驚きを隠せないようだ。
「だめ?」
無言で首を横に振るグスタフ。いい子ね。
「ねえ、体の調子は良くなった?」
グスタフの体調の変化は把握しておきたかった。今のグスタフは死霊術で蘇っている状態なのだ。
「それがあんまり良くないんです。体を動かそうと思っても、見えない何かに引っかかっているように重たい。どこか自分の体のように思えない」
「……そう。ゆっくり様子を見ましょう。体を動かしにくい他に何か気になることはある?」
「そうですね。なんだか以前より体が黒くなった気がします。くすんだというかなんというか。手足のように体の端にいくほどに黒くくすんでしまっています。皮膚も少しただれてきました」
「見せて」
グスタフの手を取って、観察する。
やはり死霊術の副作用が出ているようだった。グスタフがいうように皮膚は黒ずんでいて、皮膚にハリがない。グスタフの手に触れてみると、若干ぬめっているように感じた。
……腐ってきている?
グスタフの体からは酸味がかった汗のような匂いが漂っていた。死臭というものだろうか。グスタフの嗅覚がすでに狂ってしまっているのか、グスタフ自身は気がついていないようだ。
「癒やしの女神よ、この者を苦しみから解放したまえ、この者の傷を癒やし、病を追い出したまえ――」
グスタフが治るように、癒やしの女神に祈りを捧げた。グスタフの皮膚はハリをすこしだけ取り戻し、肌の色も血色を取り戻した。
「ありがとうございます」
「看病は任せてって言ったでしょ」
○
「グスタフ寝た?」
一緒のベッドに眠るグスタフに声をかけた。
グスタフは反応しない。
「あなたは何も心配しなくていいからね。私があなたの世話をしてあげるから」




