秘密の隠れ家
私達を載せた馬車は別荘地にやって来た。お父様が用意した秘密の避暑地。周りは森に囲まれていて、静かな場所だった。司祭の仕事につかれた時にお父様はこの別荘地で休息を取っていた。別荘地の存在を知っている人はごくわずか。私達の他に知っているものとしては、お父様に仕える執事やメイドたちくらいだろう。
ほとんど知られていない別荘は、蘇生したグスタフと一緒に暮らすのにはとても都合が良かった。
お父様の別荘は木造の家だった。別荘には、複数の部屋があり、いつでも暮らせるようにそれぞれの部屋にテーブルにイス、ベッドといった家具が用意されていた。
お父様とベンノさんが協力して、グスタフを馬車から降ろして、別荘の中に運んでくれた。私は入り口のドアを支えるなどして、グスタフを運び入れるのを手伝った。
グスタフを別荘の一室に備え付けられたベッドに横たえると私は口を開いた。
「お父様、ベンノさん、グスタフをここまで運んでくださってありがとうございます。とくにベンノさんは長いあいだ御者をしていただいて、お疲れでしょう。少し休んでください」
「お言葉に甘えて少し休ませてもらいます」
「お父様も休んでください。私はお父様たちのためにお食事を用意しましょう。できたら起こしますね」
「ああ、ありがとう」
お父様とベンノさんは空いている部屋にそれぞれ休みに行った。
私はキッチンに入って食事の準備をする。普段の料理は料理人がやってくれていたから、私は複雑な料理はできない。今は簡単なスープを用意しよう。暖かくて疲れの取れる料理。お父様やベンノさんは少し物足りないかも知れないけど、目的は十分果たせる。
私は馬車から食べ物を持ってきた。街にでかけた時に、魔術の材料を買うついでに買っていたものだ。人参に玉ねぎ、じゃがいも、豚肉、手頃な大きさに切り分けて鍋に入れる。そしてほんの少しの隠し味。気に入ってくれるだろうか。
私は鍋に火にかけてスープをかき混ぜながら、今後の生活に思いを巡らせる。
これから私は禁術に手を染める。死者を冒涜する魔法として禁忌にされている死霊術を使い、グスタフを蘇らせるのだ。グスタフは蘇った時に私に感謝してくれるだろうか。私を憎むだろうか。わからない。だけど、まだ離れたくない。
ただの私のわがままなのかもしれない。そっと眠りにつかせてあげたほうが良いのかもしれない。だけど、彼のいない生活なんて、私にとっては死んでいるのとかわらない。
蘇ったグスタフはもう二度と普通の生活には戻れないだろう。世間ではもう死んだ人間なのだから。もし知りあいに出会ったら、死霊術の利用が発覚してしまい、私はまずい状況になる。グスタフも殺されるだろう。
だから、この別荘地でひっそりとふたりで暮らすのだ。いつも護ってくれたグスタフ。今度は私がグスタフの世話をして守るのだ。誰にも知られることもなく、お互いを支えあって。
世間からは死んだ生活。これからはそうなるだろう。だけど、私はグスタフがそばにいてくれたらそれでいい。
「愛している」
グスタフは私にまた囁いてくれるだろうか。以前は教会の聖女と教会に仕える騎士。身分違いが私達の恋路の邪魔をしていた。これからは世捨て人としてこっそりと生きる。身分の違いなんて関係ない。
私が物思いにふけっていると、いつの間にか鍋の中は煮立ち、スープができあがっていた。
「お父様、ベンノさん、スープができました。体が温まりますよ」
私はお父様とベンノさんが寝ている部屋のドアをノックした。
お父様とベンノさんにスープをよそって渡す。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
お父様とベンノさんはうれしそうにスープを飲んでくれた。ほおっとため息をついて、熱々の湯気がたつスープを少しずつ口に入れていく。
「おいしいよ、お前も料理ができたんだな」
「私だって簡単なお料理くらいはできますよ」
お父様の茶化しに私は反論する。
「ちょっとピリリとするんだが、これは何を入れたのかな」
「秘密です。でも味のアクセントになっていいでしょ」
「そうだな」
「美味しいですよ、お嬢様」
ベンノさんもほめてくれた。
「そうだ、これを渡しておこう。これからの生活で色々と必要になるだろう」
お父様は懐から巾着袋を取り出して、私に渡した。巾着袋は中身が詰まっているようでずっしりと重い。受け取った時に金属がちゃりんとこすれる音がした。袋の中をちらりと覗いてみると金貨が輝いていた。
「お父様……こんなに受け取れません」
「いいから受け取りなさい。これから大変だろう。お前の父親として、君の生活を応援させて欲しい」
お父様はきっぱりとした口調で言い聞かせた。私のことを応援してくれることはとてもありがたかった。
「さてと、少し休憩したしスープももらって元気が出た。私達は戻ろうと思う。グスタフが目を覚めた時に私達がいても邪魔だろう。おい、ベンノ行くぞ」
お父様は空になったスープの食器をおくと立ち上がった。
「わかりました。お嬢様もお元気で」
ゆっくりとスープを飲んでいたベンノさんも慌ててスープを書き込むと立ち上がった。
「おっと」
一瞬お父様の足がふらつく。
「やっぱり年を取ったな。体が重い」
お父様は玄関に向かいながらそうぼやいた。
「ついに私に司教の座を譲って下さいますか」
「バカを言うな。……まだまだ頑張るさ。……しかし帰りの道は任せたぞ」
お父様とベンノさんがふざけ合う。お父様は呼吸しにくそうだった。
「任せてください。私はまだまだ若いですしね」
そういうベンノさんの足もふらついていた。
おぼつかない足取りの二人。私はその様子を眺めていた。しっかりと効果が出てきたようだ。
玄関にたどり着く前にお父様が、足をもつれさせて倒れてしまった。
「大丈夫ですか!」
ベンノさんがお父様に駆け寄った。しかし、そう心配するベンノさんの顔も脂汗が浮かび、呼吸が荒い。
「……水」
お父様がかすれた声で言った。目を見開き、苦痛に呻いている。
「お嬢さん……水を……このままだと死んでしまう」
ベンノさんは必死にお父様を介抱する。
だけど私は動かない。苦しそうにしている二人を眺めるだけ。助けるわけがない。
「お父様もベンノさんも好き。ただ私とグスタフのことを知る人が生きていると困るの」
「お嬢さん……?」
ベンノさんは呆けたように私を見つめる。ベンノさんも苦しくなったのか床に倒れ伏した。
「スープにマンドレイクの根をきざんで入れておいたの。人が摂取したら毒になるみたい」
「なにを言っているのですか……?」
ベンノさんがかすかに問いかける。もうお父様の方は虫の息。
「私とグスタフはこれから幸せになります。ただお父様とベンノさんが帰った後に、都でうっかりと私達のことを漏らしてもらっても困るの。だから、ここで死んでくれない」
しばらくするとお父様もベンノさんも息をしなくなった。口から泡を吹いて、白目を向いて、体はピクピクと痙攣して床に転がっている。
「死んだかな」
私はお父様とベンノさんの首筋に手を当てて脈を測った。脈を感じることことはなかった。
――グスタフを起こす前に片付けなくちゃ。