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ふたつ、ください  作者: 笹木道耶
4/5

Scene 4 結婚式

Scene 1~5まで、五人の視点で物語を紡ぎます。

Scene 4、四人目は大学時代の同級生(女性)です。



 誰にも迷惑はかけたくない。

 それが私の原点。


 人は生きているだけで、誰かになにがしかの迷惑をかけているものだ。


 だからあたしは──、

 できるだけ、誰の迷惑にもならないよう、生きていくんだ──。


 そう思って、生きてきた。

 やっと、そうできるだけの力をつけることができた。


 そんなあたしだけれど──。

 

 あたしの力が、誰かの幸せに役立つなら──。

 あたしの力で、少しでも喜んでもらえるなら──。


 そして運命っていうものが、本当にあるのなら──。


 夢の効力が薄らいできてる──。

 あたしの夢は、まだかなっていないけれど──、

 それがなくても生きていける気がする。


 きっと──、

 これでいいんだ──。


 少しはあたし、大人に、なれたのかな──。



Scene 4 結婚式



 久しぶりに会った彼女は、学生の時と違って、ちょっとだけどお化粧をしていたせいかとても大人っぽく見え、幸せの絶頂にいるはずの私が思わず嫉妬してしまいそうになるほど、格好良くて素敵な女性になっていた。

 もともとが大人っぽい(少し童顔ではあるのだけれど)のだし、美人なのだから当然と言えば当然なのだが、それにしても、他の参加者が──特に女性がこぞってブランドものやドレスを身につけている中で、誰とも違う『ブランド』を身につけている彼女は、誰よりも気高く、一際輝いて見えた。どんなに着飾ろうとも、これだけ輝いている人はなかなかいるものではない。

 人間はやはり中身なんだなぁ、と真剣に思う。

「ゴメン美希ちゃん。なんかあたしだけ、浮いてるかなあ」

 確かに浮いている。いい意味で。

 外見の近寄りがたい(ややカジュアル気味なのに)綺麗さからは想像できないような内容のこの言葉は、しかしとても彼女らしく、私はすごくホッとすると同時に、嬉しかった。彼女はいい意味で変わっていて、そしていい意味で変わっていなかったから。

「あ、そうだ。肝心なこと忘れてた。おめでとう。うらやましいゾ、コノ~」

 彼女の笑顔は実に自然で、二年前に最後に会ったときと少しも変わっていなかった。彼女自身の心に特別、大きな波が押し寄せてはいないことがなんとなく判る。

 そこでまた、私はホッとした。

 本当はホッとしてはいけないことなのかもしれないけど──。

「でも、ほんとにあたしなんかが歌っちゃっていいの? 他にもっと、昔ながらの親友だとかなんかは──」

 いいの、というより悠日ちゃんだからお願いしたの──私は強くそう言った。

 もともとカラオケ嫌いだった私を虜にした歌声。

 たった二回、彼女と行ったカラオケは、大学時代の最も印象に残る思い出の一つである。

「あたし結婚式に出るの、初めてだから、緊張してボロボロになっちゃうかもよ?」

「ふふふっ、じゃあ、成功報酬として、ケーキをこれでもかというぐらい、食べさせてあげちゃう、っていうのはどう?」

「それ、冗談になってないかも。それ目当てで来たって言ったら、怒る?」

 笑顔でそう言う彼女は、冗談の通じる楽しい、それでいてすごく繊細で優しく誠実な人だ。

 そして強い人だ。

 自分のことならたいていのことは我慢してしまえる強さ。そしてその代わりに、他人のことになるとすごく温かくて、感情豊かで──。

「一応時間見つけて練習はしてきたんだけど、上手く歌えなかったらごめんね」

 いつでもどこでも幸せそうに笑うことができる彼女。

 今でこそ彼女の心の内面が少しは理解できるようになったと思うが、それでもまだまだだと思う。

 そしてそんな彼女に、ある意味酷とも言えることを私は頼んだ。

 人は私を「酷い女だ」と言うかもしれない。

 でも私は、彼女に頼みたかったのだ。

 祝福の歌を歌ってほしい──と。



 私はそのとき、大荒れに荒れていた。大学二年生の秋のことだ。

 ほぼまる一年間付き合っていた恋人に一方的にフラれた。

 しかもその理由は彼の浮気──つまり浮気された挙げ句に捨てられた、という悲惨なものだった。

 私はまるで世界中で一番不幸な人間であるかのように振る舞い、特に女の子の友人には自ら進んで涙を見せ、自らの不幸を必死にアピールしていた。

 いつもバイトで忙しく、なかなか一緒に遊びに行けない彼女、悠日に同情を買おうとしたのも、そんな一連の流れの中では自然の成り行きではあった。

 しかし、悠日を実際目の前にしてみると、私の心は妙な引っかかりを覚えた。

 彼女が健気にも自活し、学費さえ自分で稼いで払っていることを、そのとき私はすでに知っていた。しかし同時に、彼女にすでに五年目にもなる恋人がいて、そしていつも彼女が笑顔を絶やさないでいる、という事実も、「噂」ながら知っていた。彼女はそうしたことは自分から語ろうとはしなかったし、聞いても具体的に語ることは決してなかったが、その「噂」を否定されたことはなかったし、何より彼女の表情が、彼女自身の境遇を、そのまま示しているように思えたのだ。

 私は、そんな彼女に嫉妬した。

 私は居酒屋でお酒を飲みながら彼女を責め立てた。

 どんなに努力しても、好かれようとしてもダメだった。

 私はあなたみたいに美人じゃないから。

 あなたみたいにデートの時間も満足にとれないような生活をしながら、カレと上手くやってけるなんてうらやましい。

 神様は不公平だわ、だって美人を幸せにしてそうでない人を谷底に突き落とすんですもの。

 あなたみたいにハッピーな人に私の気持ちなんて解るはずがない。

 ──嫌み一〇〇パーセントの言葉の羅列にも彼女は怒ることなく、じっと私の話を聞いてくれた。しかしそのことが私には腹立たしくさえ感じ、そして、私は遂に、飲んでいた水割りを彼女の顔めがけてぶちまけてしまった。

 もちろんそこまでやるつもりはなかった。

 彼女のいつもと変わらぬ余裕の態度に、自分がより一層惨めに感じた──そんな私の巨大なエゴが生み出した、最低の行為だった。

 そして彼女は──、

 また笑った。

 その「笑い」が気に入らないのよ──。

 私はお腹の底から金切り声を上げていた。


 居酒屋を追い出され、少し頭の冷えた私に、彼女は言った。

「ごめんね。笑ったつもりはなかったんだ」

 いつも、そしてあの直前の修羅場でさえ落ち着いていた彼女の声が微かに震えていたのを、私は聞き逃さなかった。

 徐々に膨れ上がっていく罪悪感とともに、私は全身の神経を集中し、彼女の一挙手一投足を追った。

 彼女は言った。

「ちょっぴり、羨ましかった──こんな風に言ったら、怒るよね」

 私は一瞬、頭の中が真っ白になった。

 カレにふられたときと同じような──いやそれ以上かもしれない、本当に思ってもみない言葉だった。

「あたしは泣けなかったから──。

 あたしにも、昔、『彼氏』って呼んでもいい、そう呼べる人がいた。五年くらい前の、ことだけど」

 …………え?

 なに? それ──。

 自分の卑小さに押し潰されそうになった、そんな瞬間だった。

 彼女は強引に私の手を取り、そして私をほんの少しの間、抱きしめてくれた。

「美希ちゃんみたいにストレートに感情を表現できることって、すごく大切なことだと思う」

 彼女は相変わらずの素敵な笑顔で、私にこう言った。

「『お前といると疲れる』って、言われちゃった。どちらかと言えばたぶんおとなしい方の、まだ一六歳の少女がよ? 笑っちゃうよね。『重すぎる』んだって」

 信じられない。

 そう思った。

 まさか、そんな──。

 私は一瞬呆然としながらも、彼女に事の真相を問い糾した。

 彼女の口は重かったが、しつこく粘ると、諦めたように話してくれた。

「気がついたら、いろいろ結構、尽くしたりとか、してたんだ。

 あたしの方から告白したとか、あたしの方が惚れてつき合い出したとかではなかったんだけど、なんとなく──ね。それしかできなかったから、っていうか。

 そしたら、つき合ってるときは特に何も考えてなかったんだけど、今思うと、結構その代償を彼氏に求めてたかなって、そんなふうに思えて。ほんと情けないけど、それが現実だった。確かにあたしは、『重い』女だった。呆れられても仕方ない。

 でも、あたしがそれを、彼にそういうのを求めていたのはきっと本音だったし、そういうふうに考えたら、まあ、なるべくしてなったというか、しょうがないんだろうな、って、そう思えるようになって──。

 あはっ、普段のあたしから見ると、やっぱヘンだよね?

 女として人間として、結構ロクなヤツじゃないのよ、あたし。

 なーんか、ギャップがあるらしくて、それがいけなかったんだろうとは思うんだけど、こればっかりはなかなか、自分ではどうにもならんことで」

 私は──、

「だから泣けなかった。泣いたら、自分が壊れてしまいそうで。

 壊れてしまうわけにはいかない。だから泣くわけにもいかない。絶対笑ってやるんだ、って。何があっても、必ず笑顔になれるように、って。

 ……バカだよね。でも、当時はそれだけを実行するのに一生懸命だった。それでもなかなか思うようにはいかなかったけど」

 なんて人に──、

「あたしはダメ。人に頼っちゃうところがすごくあることが、あのとき解っちゃったから。求めてしまうことがきっと多すぎる。相手に対しても、自分に対しても。

 思うようになること、思い通りにいくことって、実際にはほとんどないじゃない? あたしの場合も普段はまさにそうだった。だけど、恋人との関係って、その他のことより一つ一つのイベントが叶えられやすいところがない? 誕生日を祝ってほしいとか、クリスマスプレゼントが欲しいとかって。

 そういうあたしにとっては憧れだった願望が、割とあっさりと叶えられてさ。それできっと、青天井式にあたし、ゼータクになっていったんだと思う。って、それはあたしの場合だけかなぁ?」

 なんてことを言ってしまったのだろう──。

「でも、美希ちゃん見てて──あたしも泣いてもよかったのかなって、思っちゃった。悲しいんなら、泣いてもいいんだよね、って。

 だからあたし、今日は美希ちゃんに、ありがと、って言いたい」

 出禁喰らったのはちょっとアレだけどねー、と苦笑する彼女の笑顔は、いつものそれより、複雑な感情を秘めているように私には思えた。

 私は神様とやらに深く懺悔するとともに、彼女という友人と巡り合わせてくれたことを、深く感謝した。


「ねえ、このアルバム聴いてみて。すごくいいから」

 私は同じ『仲間』として、彼女に一枚のCDを渡した。榊未来さんという女性シンガーソングライターの作品だ。

 若くしてデビューした割には、ストレートでリアルタイムな感じの恋愛作品は書かず、とっても穏やかなミディアムテンポの作品が多い、恋愛を描くとしたら、かなり淡い感じの歌が多いのが特徴のミュージシャンである。

 榊さんという人はおよそ芸能人っぽくない人で、もうデビューして七年以上経つのに、いまだに自分がメインのFMラジオの番組のゲストとかに「謙虚な人ですねえ」とか「礼儀正しい方ですね」と言われる、ほのぼのとした大人しそうな女性である。

 名前の読みが一応同じなので、そのこともあと押ししてか、私は彼女の歌と彼女の番組がとても好きだ。

「ちょっと長く借りちゃうかもしれないけど、いい?」

 彼女はそう言って、榊さんのCDを持っていった。

 彼女は忙しい。

 だから暇な時間を見つけて聴いてもらえればそれでいい。

「じゃ、私んとこに返ってくる頃に、カラオケでも行こ。二人でこの人の曲を歌うのだ!」

「その頃には、美希ちゃんまた、新しいカレが出来てたりして」

「……だったらいいけど」

 あなたの方がどう考えたってモテるじゃない──そんな言葉が口から出そうになる。

 ルックス良しの性格良し。

 しかしその身が置かれている状況が、そして呪縛が、それをそう簡単には許してくれない。

(がんばれっ!)

 私は心の中で、彼女にこう言った。

 誰かのために心からこんなふうに思ったのなんて、ひょっとしたらこのときが、私にとって、生まれて初めてだったのかもしれなかった。



(♪ 榊未来『ランチタイム・パレード』より)


  ♪  並んで歩く二人は偶然 雨が降るのもまたまた偶然

     目と目が合って 力のない笑顔で 言葉が出ないから


  ♪  陽気に少しおしゃべりしたいの 傘の下には私とあなたと

     聞きたいことたくさんあったのに どうして一つも聞けないの?


  ♪  「ふ~っ」と一息ため息ついた 

     私少し勇気が足りない

     「どうしたの?」なんていう言葉 

     答えがまた見つからないから ため息一つ


 柔らかい言葉なのに、突き刺さってくる言葉──。


  ♪  少しは慣れたあなたとの会話 信じられない言葉をくれたね

     気持ち抑えるのに大変なの 素直じゃなくてごめんなさい


  ♪  今日は二人でパレードしよう 

     私の心はwarningとまらない

     もう私はコントロール不能

     二人で小さなパレードしよう 手をつないで


 ささやかなことを、すごく嬉しいと思える気持ち──。


  ♪  「ふ~っ」と一息ため息ついて 

     腕を伸ばしたらそこには

     「どうしたの?」なんていう言葉

     答えはこの笑顔でいいよね!?


 すぐそこにある、『幸せ』という言葉の意味──。


  ♪  ランチタイムにパレードしよう

     いつもよりはしゃいでもいいでしょ?

     二人でいることがすべて変えるわ 

     雨も 紙吹雪のように優しく


 そして初めて見た、涙ぐむ、あのときの悠日の顔。

 そして、今日の笑顔──。


 披露宴の会場に流れる、爽やかな歌声。

 

 私は改めて、悠日と友達であることを、誇りに思った。


Scene 5、五人目は大学時代の同級生(男性)です。

※作中の「さかき 未来みき」は笹木道耶の作品内登場人物です。

※次で最終話、明日か明後日に更新予定です。

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