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ワルキューレの行方  作者: 川崎 春
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終章

 バジルと別れた日から、二十年の歳月が流れた。

 魔界に居た時間は短く、ワルキューレとなったリリムと共に地上に降り立ったのは、一年半後で、フレイ姉様を訪ねると、大泣きして私を抱きしめた。フレイ姉様が泣いているのを初めて見た私は驚いてしまった。

 リリムとは、八年旅をした。天真爛漫で思った事をそのまま言ってしまうリリムとの旅は、しばしばトラブルに見舞われたけれど、それはそれで楽しかった。

 そしてリリムは吟遊詩人となり、弟子を二人取った後、ローの見習いをしていたライトと結婚し、吟遊詩人を引退した。

 酒場の一角で、やせっぽちの少年だったライトが、まるで昔のローの様ないかつい姿で、デレデレとリリムの事を語るのは不思議な感じだ。

 ローがフレイ姉様の事を語っていた時の事を思い出す。

「リリムがもうすぐ子を産むんだが、娘だったらあんたの名前が欲しいらしい。かまわないか?」

「どうして私の名前なの?フレイ姉様の名前の方がよさそうだけど」

「とんでもない!男が怖がる様な戦士になって嫁に行けなくなる。勘弁してくれ」

 心底嫌そうにライトが言うので私が吹き出すと、ライトも笑って続けた。

「あいつは弟子を三人とれなかったから、最初の子は吟遊詩人にしたいらしい。それで、この大陸でもっとも高名な女吟遊詩人、シルバークレアの名前が良いんだとさ」

「大げさな事言わないで」

「大げさじゃあるまい。四十を超えてその若さと美貌、透き通る歌声、あんたが来たと言うだけで、村も町も、何年も自慢にするくらいなんだぞ」

 いつの間にか、そんな風になってしまった。

 神に愛され、永遠の若さを手に入れた奇跡の吟遊詩人などと言われ始めている。

 それもこれも、誰かさんが来ないからだ。

 二十年でこれだけ言われてしまうのだ。四十年、五十年、百年……先の事はあまり考えたくなくなってきている。それで、話題を変える。

「フレイ姉様はお元気?」

「相変わらずだよ。ギルドマスターになってからは、みんな女将さんなんて言って慕っているよ」

 フレイ姉様は、傭兵を引退し、傭兵ギルドの経営者の側にまわっている。……ローは三年前、疫病にかかって他界した。

 あのときにはフレイ姉様も一緒に逝ってしまうのでは無いかと心配したけれど、ローとの間に生まれた子供達が姉様を支え、立ち直らせた。

 ワルキューレとしての絆は、今もあるけれど、うんと薄いものになってしまったのだと実感した。

 アミイ姉様には、未だに会えていない。

 アミイ姉様の選んだ種族と言うのは、天使でも悪魔でも人でも無い……私達の知識の外にある種族だったらしい。フレイ姉様も、リリムの話を伝えに来た時に会ったきりだと言う。

 衰弱したアミイ姉様を看病している内に、アミイ姉様は一言、迎えが来てしまったわ。お別れよ。と言ったそうだ。

 死ぬのかと慌てたフレイ姉様の前で、空気に溶け込む様に消えて行ったと言う。一瞬、アミイ姉様を抱きかかえる男の姿が見えたそうだが、それも今では夢だった気がすると姉様は言っていた。

 アミイ姉様の神獣の研究が、何者かにたどり着いたのだろう。そして、確信する。生きていると。あの神獣の与えてくれた弦をつまびく瞬間、そう感じるのだ。

 リリムは悪魔で、物事をストレートに言い過ぎるから、最初は同じ悪魔出身であるアミイ姉様の助言が欲しくて、とても会いたかった。

 しかし、そんな時期も過ぎてしまえば、姉様の選んだ道が幸せである事を祈る気持ちだけが残った。

 賢い姉様が選んだ道だから、きっと幸せに違いない。

 今も届いている事を信じて、満月の夜には一人、アミイ姉様に向けてリュートを奏でて歌う様にしている。そうすれば届くような気がしたのだ。

 神獣の弦は、未だに私を普通の人間へと見えるように偽装を施してくれている様だ。それは不自然に長いこの不老の状況にまで薄い膜をかけてくれている。

 普通これだけの歳月、年を取らない人間が居れば不審に思われて当然なのに、誰もその事を指摘しないのだ。神獣は、私の未来を知っていてこの弦を与えたのかも知れない。

 そして弦の力を借り、力を抑えながら苦労して育てた……手のかかる妹だったリリムも自分の幸せを手に入れた。

 人の世界で生きる事に抵抗した数年、理解し合い、楽しく過ごせた数年。

 今では、すべてが宝物の様な思い出になっている。バジルの居ない穴をあの子が埋めてくれた。

「あんた、このままでいいのか?」

 物思いに沈んでいると、ライトが唐突に訊いてきた。

「いきなり、どうしたの?」

「いや、あんたの望みは、生き神みたいに扱われる事じゃなくて、バジルと平凡な家庭を作る事だったんじゃないかと思って」

 家庭を持ってライトにも思うところがあるのだろう。珍しく切り込んできたので、こちらも正直に返してやる事にした。

「そうよ。そして、その望みは今も捨ててないわ」

「けど……バジルは」

 バジルの事は行方不明と言う事にしてある。当然皆、死んでいると思っている。

「戻ってくるわ。絶対に」

 何か言おうとして、ライトは不憫そうな表情になって口をつぐんだ。

 予想通りの反応に苦笑が漏れる。この話を信じてくれるのは、地上ではフレイ姉様とリリムだけだ。

 しかし、バジルの昔なじみで、リリムの夫になったライトには、信じて欲しい気持ちもあったので、ちょっと悪戯する気分でこう言ってやった。

「私が年を取らないのは、バジルを待つという強い意志のせいなのよ。バジルが戻ってくれば、普通に年を取るようになるわ」

 半分嘘で、半分本当。

 ワルキューレは妙齢の乙女と言う事になっている。だから、子供は娘になるけれど、娘はおばさんにならないのだ。

 リリムも二十歳くらいで成長が止まった。そしてライトと結婚し、普通に年を取り始めた。今では、私よりも少し年上に見える。

 人と同じに年を取って死んでいくのは嫌だと泣いて、魔界に帰りたがったリリムが、満ち足りた笑顔で、地上に連れてきてくれてありがとう、姉様。と告げた時には、感慨と同時に強い羨望を覚えた。

 望む人に身を委ねると言う事の本質を、私は未だに知らない。

 リリムは知っているのだと思うと、それは焼け付く様な感情となって心にくすぶり続けた。

 それでも、他の誰かを考える事は出来ない。だから、

「私の時間を動かせるのはバジルだけ。……永遠にこの地上をさまようとしても、彼を待てずに絶望し、命を絶つ事があろうとも」

 思わず口にしてしまった言葉にはっとして見ると、ライトは涙目になっていた。

「こんな良い女放り出して……バジルの馬鹿野郎」

 場が湿っぽくなってしまった。

 気分を変えたくて、まだつまみはあったけれど、追加を頼もうと顔をあげると、ライトの斜め後ろに人が立っていた。

 手入れの行き届いたレザーメイルを着た少年が、腰に手を当てて。十一、二歳だろうか?

 肩にかかる漆黒の髪と、夜空の様な瞳。筋肉質な肉体を見ていなければ、少女の様にたおやかで美しい顔立ちだった。

 瞬間的に、遠い、遠い昔、戦場で出会った悪魔の少年を連想する。違いがあるとすれば、片目が白く濁っている事。

 そして私を見る視線は、心まで見透かすような気のする……懐かしいものだった。

 視線を外せないままお互いを見つめる。とっくに誰かわかっているのに、動けなかった。唐突な再会と言うのは、こういうものなのかも知れない。

「クレア?」

 ライトの不審そうな声にようやく我に返る。

 少年が、少し照れた様に笑った。

「お待たせ」

 訳がわからないと言う様子のライトを尻目に、私は立ち上がると、少年に駆け寄って抱きしめていた。私より背が低いのでそうなってしまったのだ。

「遅いよ」

 私の言葉に、少年は困ったように応じた。

「心外だなぁ。これだけ早いのは、奇跡、ミラクルなんだぜ。赤ん坊じゃ迎えに来られないし、それに元に近いこの姿。どれだけすごい事か……もうちょっと評価してくれても良いんじゃないか?」

「え?あの?」

 戸惑うライトに、少年はにっと笑った。

「ようライト、久しぶりだな。俺だよ。バジルだよ」

 私に抱きしめられたまま、バジルがのん気に手をあげた。

 顔は見えないが、ライトが息を呑む音が聞こえた。

「信じないだろうが、地獄から蘇ってきたんだ。嘘だと思うなら何でも質問してみな」

 夜遅くまで、少年、バジルは質問に答え、ライトはとうとうバジルだと認め、フレイ姉様に知らせると言って、翌朝早くから宿を飛び出して行った。

 そして、朝からバジルは不機嫌だった。食堂で顔を合わすと開口一番こう言った。

「ライトと話していたせいでロクに話せなかった上に、何で別室なんだよ!」

「当たり前でしょ。ガキはお断り」

「ガキって……君も俗な言葉を使う様になったなぁ」

「俗で悪かったわね。お上品なお姫様が良いのなら、どこかの城にでも行ってくれば?」

「そこまで言ってないし……」

「とにかく、前みたいに一方的に言いくるめられると思ったら大間違いよ。訳の分からない場所でおびえて逃げまどっている訳じゃないんだから。もう、大陸を二回、横断しているのよ。今はコツがつかめているから、知らない場所でも天使と悪魔も巧く避けられる」

 語気を強めて言うと、バジルはがっかりした様子で肩を落とした。

「たくましくなった訳ね」

「当たり前よ。私は、二十年待ったのよ。とにかく私より背が伸びて、誰が見ても大人になるまで、あなたは私の弟って事にするからね」

「弟かよ……。こんな事ならもっと育ってから会いに来れば良かった」

 頭を抱えているバジルを見て、思わず吹き出してしまった。

 そして実感する。目の前にバジルが居ると。姿は違っても確かにバジルだ。胸がじわじわと満たされて、思わず言っていた。

「おかえりなさい」

 私がそう言うと、バジルは一瞬ぽかんとした表情になった後、笑顔になった。

「ただいま」

 こうして私とバジルの旅は再び始まった。死が訪れるまで終わらない旅が。


 伝説の吟遊詩人シルバークレア。

 百年を生き、八人の弟子を育て、隻眼の護衛人を従え、歌を伝え続ける為に大陸を六度横断したと伝えられている。

 また、その卓越した美しさ故に、歴史上に残る美女としても有名だ。

 彼女の時代から、幾度も聖戦を経た今も、彼女の名前は色あせる事無く、人々の心に刻まれている。

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