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ワルキューレの行方  作者: 川崎 春
4/6

遭遇

 スライを出て二ヶ月、アミイ姉様の買ってくれたマントを羽織って移動する季節になっていた。

 青々と生い茂っていた森の木々も枝ばかりになり、村々の屋根は雪落としの為に傾斜の付いた石造りの物ばかりになっていた。

「北に来過ぎたみたい。そろそろ南に戻ろうかしら」

 私は病気をしないが、バジルはそうもいかない。彼が最近くしゃみをして鼻をすすっているので、気になっていた。

「気にしないで。傭兵はこれでも丈夫だからさ」

 そういう声も鼻声だ。説得力が無かったのは、バジルにも自覚があったらしい。

「暫く、次の村で養生しましょう」

「ごめん」

 そう言う訳で、次の村には長居しなくてはならない。この雪では食料にもさぞや困っているだろうに、どうしようと思っていたが、次の村は想像以上に大きく、完全に街だった。

 豪雪地帯の巨大都市、違和感はあったものの、これはしめた、と、思ったのだが、

「あ、やべ」

 小声でバジルが呟いた。

「何が?」

 バジルは、暫く口をつぐんでからこう言った。

「ここ、以前傭兵仕事で来た事あるんだけど、すごく攻撃的な聖獣が居るんだよ。それも天使付きで」

「え……」

「引き返そう。ここはだめだ。ごめん、俺がうっかりしてた」

 バジルの様な抜け目の無い人が、こんなうっかりなど、あり得ない。

 私は歩み寄って、彼の額に手を当てた。

「すごい熱。……ずっと隠していたのね」

「大した事無いと思っていたんだけど、とんでもない事になってしまったな。とにかく街へは入らず野宿して引き返そう」

「今晩は吹雪くわ。あなた死にたいの?」

「もっと酷い状態の事もあったさ。病気になったのは俺の体調管理不足が原因だ。気にしないでくれ」

「逆の立場でそう言われて、はい、そうですかって言える?」

「君、病気しないじゃないか」

「屁理屈はいいの。何とかなるから、街へ行くわよ。今必要なのは、逃げる事よりも暖かい部屋とベッドよ」

 バジルはあまり抵抗しなかった。立っているのもやっとだったのだ。

「護衛失格だな。俺も人間やめるか」

 彼がぼそりと呟いた。

「天使や悪魔になりたいの?それとも、私みたいな、よく分からない生き物になるつもり?」

「……」

 返事は無い。考えるのも喋るのも億劫なのだろう。

 自分を化け物と言ってはいけないので、私は自分の事を、よく分からない生き物という様になった。

 バジルはもの言いたげな表情をしたが、特に何も言わなかった。

 とにかく、これほど弱っている彼を見た事が無い。とにかく休ませたかったので、私は彼の手を引いて街に入った。


 街では、吟遊詩人だと言うと手厚い歓待を受けた。

 すぐさま町長の屋敷に招かれ、バジルは風呂に入れられ、客間で寝かされた。

 一方、私は食事に招待されて町長と食事をする事になった。

「この街は、天使様の加護を受けているので、毎年豊作で、冬の貯蔵も余裕があるのです」

「天使様って、話たりするのですか?」

「ええ、街に降りてこられて、我々に知恵を授けて下さいます。聖獣様は火山を操り、温泉の恩恵を与えてくださいます。温泉の効能は高く、万病に効くと多くの湯治客も参ります。そういう方々には商人もいらっしゃって、交易も盛んです」

 そういう事だったのか、と改めて思う。バジルは屋敷に入った途端、問答無用で湯殿に連れて行かれた。

 こんな寒い場所で高熱を出している彼を何故湯に入れるのか、理解不能だったのだ。入浴は体力を奪われるし、湯冷めの心配もある。

 バジルが抵抗しなかったので私も黙って見送ったのだが、更に詳しく聞くと、湯に入る事で、病状の回復は飛躍的に良くなるのだそうだ。

 町長は、いかにこの町が天使の恩恵で栄えているかを自慢気に話し続けた。

 何だか、違和感を覚える。しかし巧く表現できない。

 表情が冴えなかった事を、町長は勘違いしてくれて幸いだった。

「護衛の方がご心配なのですね。明日には良くなりますよ。ここの温泉に入ったのですから」

 食事が終わり、部屋に戻ると、バジルは静かに眠っていた。

 額を冷やしていた布が落ちていたので拾って水で絞り直して額にのせると、うっすらと目を覚ます。

「ごめんなさい。起こしてしまった?」

 バジルは首を左右に振って、薄く笑んだ。

「調子はどう?」

「うん。温泉に入って眠ったら、一気に楽になったよ」

「そう、本当に温泉って効くのね」

「ここだけだよ。聖獣の恩恵が湯にあるからね」

 ここの聖獣は、巨大なフクロウの様な姿をしていて、近くにある火山をコントロールして、温泉に恩恵をもたらしているのだとか。

 火山の噴火も抑え、温泉に恩恵を与えているのだから、この聖獣が居なければ、ここは多分、火山の噴火に豪雪の吹き荒れるただの荒地だ。

「もう少し眠った方がいいわ」

 彼は私の顔をじっと見ていた。

「どうかしたのか?」

「え?」

「何だか、元気が無い」

「そんな事、ない」

「だったらそういう事にしておくよ。でも、話してくれよ。町長と何を話していたんだ?眠るまででいいからさ」

 私は釈然としない事は伏せて客観的に話していた事を語った。

 聞き終えても眠らなかったバジルが、静かに話し始めた。

「傭兵が呼ばれる場所の多くは、天使が支配する街だ」

「支配じゃなくて援助、でしょ?」

「こんなの支配以外の何者でも無い。君の表情が冴えなかったのはそのせいだろう?」

 全く言い返せなかった。

 そう。天使が援助して人を助けているというよりも、天使が人心を骨抜きにして支配している街。そういう感覚が違和感の原因だった。

 ぶどうの育たない街で、法外な値の高級ワインが出てくる。ふくよかに太った町長は近隣の村の様子を一切気にせず、話そうとも、話させようともしなかった。

 土地が痩せ、豪雪地帯にあるこの最果ての街は、天使と聖獣抜きでは成り立たない。

「天使が支配している街に、どうして人間の傭兵が呼ばれると思う?」

 改めてバジルは聞いた。

「天使は、何も殺せないから?」

「それだけじゃない。あいつらの過剰な介入が悪魔や魔獣を呼ぶんだよ」

「そんな」

「まだある。周囲の貧しい村を見ただろう?そういう村の反感も買う。当然、盗賊や山賊も豊かな街は狙うからな」

 つまり、天使の過剰介入は、悪意を集めるのだ。それなのに、天使は悪意に対して街を守る術を持たない。

「天使は介入するだけしておいて、不利だと知ると、聖獣共々元居た世界に帰っちまう」

「聖獣を置いていかないの?」

「置いていっても死なせるだけなら連れて行くだろう?悪魔の魔獣の方が強いのは、人でも知っている」

 異界であれ地上であれ、あらゆる物を壊す為に作られ、攻撃に特化した魔獣と違い、地上の聖獣はあらゆる恩恵を与える能力を持つ為、どうしても攻撃力も防御力も低い。

 そんな事は、子供でも知っている。

 以前、ロー達と話していたときに聞いたのだが、聖獣の遺骸には、恩恵が残るので、魔獣に襲われて死んだ聖獣の遺骸を捜し、それを各部位に分けて高値で売り裁くトレジャーハンターを兼業している傭兵が居るのだとか。

 ローやバジルは、その手の副業をするには商人にコネが無かったそうだ。

 第一、聖獣の遺骸の傍には、まだ魔獣が居る可能性が高い。幼いライトも連れて居たので、リスクも考えて副業は諦めたそうだ。

 そんな事を思い出している私の前で、彼は続けた。

「人間同士の諍いなら、傭兵の出番もある。何とかなる。しかし、悪魔の登場となれば、話は別だ。俺達も全力で逃げる。当たり前だ。報酬をくれる筈だった奴らは皆死ぬんだからな。後には廃墟しか残らない」

「前は、悪魔が来なかったの?」

「ああ、幸いと言うべきだろうな。でも、このままだと長くはもたないだろうな。前よりでかく目立つ街に成長している。悪魔に目を付けてくれと言わんばかりだ」

 極寒の土地で、甘美に熟れた果実をたわわに実らせた一本の木の様な街。繁栄は確実な滅びへと向かっている。

 バジルが私の考えを見透かした様に、鋭く言った。

「町長の説得も、天使と会うのも禁止だ。俺が回復したらすぐ街を出るんだ」

「でも」

「見なかった事にするんだ。いいかい、これは周囲の貧困にあえて目を向けず、私利私欲に走ったこの街の住人の総意だ。警告したって聞く耳は持たない」

 バジルの言葉には、実感があった。きっとロー達と共に、豊か過ぎる暮らしを捨て、天使との関係を改善するように説得した時期もあったのだろう。

 その都度拒絶され、結果滅びる街を何度も見たのだろう。

「天使は、何故こんなむごい事をするのかしら」

「むごい?」

 バジルは忌々しそうに言った。

「天使にとって、一時であれ、過酷な環境で人を生かし増やせた事は功績でしかない。普通の人間よりも手厚い加護を受けて幸せに過ごしたのだから、死に方がどうであれ関係ないのさ」

「そんな、無茶苦茶よ」

 私が強い口調で言うと、バジルは更に強い口調になった。

「それが現実なんだ。人もいけないんだよ。困ったら頼れる何でも屋に天使を祭り上げてしまうのだから。天使や聖獣は、悪魔や魔獣に比べて戦闘力に乏しい。そんな事は当然知っている。それなのに、繁栄の恩恵を受けている内に忘れてしまうんだ」

「どうにも、出来ないって言いたいの?」

「これが……神の仕組んだ摂理なんだとすればな。天使と悪魔に争うなって言って、何になる?それに喜んで巻き込まれている人間に逃げろと叫んだって、ぎりぎりにならなきゃ分からない。笑われるだけさ」

 吐き捨てる様な口調に、神への憎悪が滲んでいる気がした。

「俺は君を探す間、魔獣とも何度かやりあった。君もそれは知っているだろう」

 バジルは自分の眼帯で覆われた片目に触れた。

「やり合うと言っても、死なない程度に戦って、人をより多く逃がしてやる程度の事だよ。人は余りに無力だ。理不尽な程に」

 バジルの目が窓に向けられ、遠くなる。

「俺達と一緒に居たライトは、そうやって故郷を失った子供の一人だ。親が目の前で魔獣に引き裂かれるのを見てしまった。ローはライトの親を救えなかった事に酷く責任を感じて、あいつを引き取ったんだよ。俺は新米傭兵で、ただの足手まといだった。俺が居なければ、ライトの親は助かったかも知れない」

 思わずバジルの手に触れていた。はっとしてバジルが私の方を見た。しかし、私は手を離さなかった。……離せなかった。

 どうしてか分からない。ただ、彼の心を、過去の苦痛から今の場所に引き戻すには、こうするしかないと思ったのだ。

 彼はこんな苦痛を背負いながらも、私を探す為、傭兵になったのだ。そう思うと、胸が一杯で、切なくなった。

「ごめん。病気のせいだな。つまらない事を聞かせた。眠るよ。……眠るまで、手を握っていてくれないか?」

 少し照れた様子で彼はそう言った。こんな風に甘えてくるなんて初めての事だ。

 私は答える代わりに手を強く握った。

 私の力は、彼に心地よく伝わったのだろう。やがて静かに寝息を立て始めた。

 リュートが傍にあると、何故かスライの街と同じで力が人並みに抑えられる事に気づいたのは、スライを出て暫く後の事だった。

 街道に出る山賊や夜盗に出会う都度、バジルに手を引かれる、抱き寄せられて庇われるなど、抵抗する様な場面があったのだが、バジルの力に全く敵わなかったのだ。

 しかし、それはリュートが傍にある場合に限っての事で、リュートから離れるととたんに片手で木や巨石を投げ飛ばす事も可能になった。スライの神獣がくれた弦が、私の力に作用しているのだ。

 私が人より強い事を話しても信じていなかったバジルは、私がリュートから距離を置くと、力を取り戻す事にショックが大きかったらしく、少しの間、口を利いてくれなかった。

 しかし、口を利く様になって以来、天使や悪魔の噂に敏感になり、避けるルートを提案してくるようになった。

 私に天使や悪魔の追っ手が、かかっている事実を認めたのだろう。そしてリュートを決して手放さない様に強く言われた。

「そんなにも気になる?」

「君がリュートを持っていない時、力を使うとある種の気配がある」

「気配?」

「人じゃない者の気配と言うしかないな。それ、天使や悪魔に感じ取られたら、まずいんだろう?リュート持っているときには感じないんだが」

 天使や悪魔なら、力を使わなくても、近づけば感知するワルキューレの神力。しかし、もしリュートの弦が、それを抑えているのだとすれば、天使も悪魔も気づかない。それは十分可能性があった。

 それが神から私へ与えられた恩恵であるとすれば、活用するべきだろう。

 私はバジルの提案に素直に従い、神がワルキューレであった自分を、そしてサキュバスと呼ばれる存在に墜ちても、見捨てていないのだと自覚した。

 ワルキューレが絶望して死ぬのは、神の意思ではないのだ。フレイ姉様もアミイ姉様も健在で、私も含め、見えない力に守られている気がする。

 しかし、それは生き残ってみなくては分からない。そして、それを次の世代のワルキューレ達に教える術も今のところ、無い。

 さっき語ったバジルの、神の仕組んだ摂理という言葉が、残酷で無慈悲なものだと言う言い分は分かる。しかし、それによって同時に守られている私は、複雑な気持ちになる。

 悪魔だったアミイ姉様なら、あれだけ働いたのだからこの程度当然だと言うだろう。

 天使だったフレイ姉様なら、神の慈悲は、信じ諦めない者に与えられるのだから、あきらめなかった我々には与えられるべくして与えられたと言うだろう。

 でも、人間だった私には、そんな割り切り方は出来ない。

 大勢の天使や悪魔を殺めたと言うのに優遇され過ぎている気がするのだ。そして、もしこんな加護があると分かっていれば、他の姉様達が死なずに済んだのではないかと言う不満がある。

 神は意地悪だ。生きる道を残しておきながら教えないなんて。

 ぐだぐだと考えてみたが、自分の考えが馬鹿らしくなって止めた。こんなものに論理的な落とし所などないのだ。神のやる事なんて、分からないのだから。

 そういうものだと受け入れ、その状況でどう生きていくか考える方が余程建設的だ。

 バジルは、私らしく生きろと言った。

 さて、この街を見なかった事にするのは、私らしいだろうか?バジルの心配は分かっているが、それは出来ない。

 心の中で謝りつつ、私は部屋を出た。バジルのベッドの上にリュートを残し、代わりに彼の、私には少し長すぎる剣を鞘ごと片手に持って。


 屋敷は眠りの中にあり、静かだった。そっと出ると、外は吹雪いていた。

 吹雪く風の中、私は神経を研ぎ澄ます。すると、すぐに聖獣の気配と天使の気配が私の元に向かってくるのが分かった。

 リュートを手放し、外へ出た事で、あちらも気配に気づいたのだ。さぞや驚いた事だろう。異質な気配が唐突に町長の家の傍に出現したのだから。

 私は、人には出せない速度で走り、街を駆け抜けた。

 吹雪の音が全てをかき消し、眠る街の中を事も無く抜ける。そして張り巡らされた壁を飛び越え、その勢いで警護小屋も飛び越える。

 ごおっと風が巻き起こった。

 しかし、警護兵は吹雪く風とでも思ったのか、特に気にした様子も見せず、ちらりと振り向くと、座っている姿が見えた。

 街を離れて少し行った所で、聖獣と天使が出現した。

 聖獣に抱きつく若い女。彼女が天使だ。聖獣は完全に地上用で、明らかに弱い。バジルを傷つけた魔獣に比べたら、戦闘力は半分にも満たないだろう。

「あなたは、何者?天使でも悪魔でもない」

 以外な質問に、面食らった。その程度の事は知っていると思っていたのだ。

「何だと思う?」

 女は答えない。ただ、聖獣にまわした腕に力を入れているのが感じられた。吹雪いていても相手の行動はすぐに分かった。

「異界で戦った事はある?」

 質問を変えてみると即答があった。

「無いわ。生まれてまだ百年にも満たない私は、天使と言っても、名さえ無いもの。あなたは、聖戦を知っているの?生き残り?」

 幼く何も知らないのであろう、その天使に自分の正体を明かすかどうか考える。

「あ、悪魔なの?それにしては邪気が無いけれど」

 怯えているのは明らかで、どうしたものかと思案する。

「神の使い、とでも言っておくわ」

「その神様の使いが、この街に何の用?」

 明らかに信じていない様子で言う天使に、私は言った。

「聖獣を置いて、天界に帰りなさい。これ以上、ここに介入すれば、悪魔を呼び寄せるわよ」

 すると、天使はぽかんとしてから笑った。

「何を言っているのかと思えば、何が神の使いよ。何も知らないのね」

 得体は知れないが、無知だと判断したらしく、誇らしげに天使は語った。

「悪魔に目を付けられるだけの街を作り上げれば、天界で評価が上がる。これが神の僕の生き方よ」

「え?そうなの?私の知り合いの天使は、生まれながらのパワーズだったけど」

 思わず驚いて口にする。とんでもないシステムだ。人を増やし繁栄させる事で昇進する。その見極めに悪魔が使われている。

 フレイ姉様は生まれながらにして強い力を持っていて、すぐにパワーズの位の内の一つを得て天界と魔界の戦争に加わっていたと聞いている。

「そんな高位と知り合いの癖に何も知らないのね」

 呆れた様子で天使は続けた。

「私みたいなのは死ぬまでエンジェル。天界に戻るのは、聖獣を育て調教するときと、報告するときだけよ。天使だから皆同じだと思ったら大間違い。ここが滅びたら報告して次へ、そして滅びたら次へ。私達エンジェルはそうやってエンジェルズという位の内部で上位を目指すしかないの。うまくいけば天界での報告取りまとめになれるわ。そうでなければ死ぬまでほぼ地上暮らしよ」

 何というか、ため息しか出なかった。知らなければ良かったと思う。

「天界暮らしは半ば諦めているけれど、他にする事が無いのよ、私達には。第一、他の事なんてやりたいとも思わないし」

 確かに人を産み増やす為の種族だから、他の生き方など出来ないのだ。

 バジルの言う通り、天使が育て、悪魔が滅ぼすというプロセスは、本当に神の摂理だったらしい。

「パワーズなんて、天界で戦うのが仕事でしょ?そんなお方に私達エンジェルの気持ちなど理解できる訳が無いわ。でも、あなたは、パワーズとも違う。隠したって、私達天使には天使の翼が見えるもの。あなたにはそれが無い。何者なの?」

 とりあえず、どうするか方針を考え、一つに決める。この街を滅ぼしたくなかったから。

「ふぅん。そんな天使のシステム、初めて聞いたわ」

 厳しい表情の天使に、少し凄む。

「確かにあなた、能力が低いみたいね。私の力がどの程度なのか分からないのだから」

 途端、天使の表情に戸惑いが生まれる。

 一瞬で天使の背後に回りこみ、その首に剣の刃を当てる。見えていない。ああ、やはり弱いと思う。

 天使や悪魔に遭遇しても恐れるべきはそれを報告される事だけで、実際に対峙する分には、何も心配は無い様だ。

 巨大なフクロウに似た聖獣が慌てて主を守ろうと、首をひねってクチバシで攻撃しようとして来たが、睨み付けると、主を救うよりも命の危機に反応してその場から離れる。

 抱きついていた聖獣が主の手を振り切って離れ、その主がひるんでいる隙に、首に刃物を当てる。

 天使は青ざめ、ひっと息を呑んだまま硬直する。

「今回は帰ってくれないかしら。聖獣を置いて」

「な、何故?」

 ここまで発展させたのだ、止めたくはないだろうが、それでは街に未来は無い。

「あなたに聞く権利は無いわ。あなたは弱者。私は強者。だから何者なのかも、何故この街から手を引けと言うのかも聞く権利が無いの。上への報告も無しよ」

「ほ、報告するわ」

「だったら、その首をはねるまでの事」

 天使は嘘をつけない。嘘をつけば惰天使に墜ちる。つまり悪魔になってしまう。言質を取れれば、私の存在はまず広まる事は無い。

「嫌、絶対に嫌。私を殺せるものですか!」

「じゃあ、試してみる?生憎、あなたが死んでも私は死なない」

 天使や悪魔なら、相手の首をはねればその断末魔の精神波を食らって死ぬ。

 しかし死なない。そこで初めて、天使は私の正体に思い至った様だった。青ざめた顔が更に蒼白になった。

「サ、キュ……ひっ」

 言葉を全て言わせない為に、軽く手に力を込めると、首から一筋血が滴り墜ちる。

 人と変わらない赤い血だ。

 驚いた事に、生気を吸おうとは微塵も思わなかった。もうこんな事をしなくて済むと思っていただけに、最悪な気分になっただけだった。

「おしゃべりは長生きできないわよ」

 萎えた気持ちを奮い立たせ、幼子を諭すように耳元で囁いた。

「あなたは何も見てもいない。聞いてもいない。この土地でこれ以上街を発展させるのは無理だと判断して去るの。無能な聖獣を置いてね。そして違う場所でもう一度街を育てるの。いいわね?無理だった理由は、寒さが厳しすぎたから。聞かれたらそう言うの。たとえ、相手が無能だとあなたを馬鹿にしてもね。それがあなたに与えられた試練だと思う事。いいわね。聖獣を育てなおしている間は天界に居られるわよ?」

 掠れた了承の返事が、短く、すぐに戻ってきた。

 私は剣を首から放すと軽く振って血を落とし、鞘に収めた。

「もう、二度とあなたの前に私は現れない。万一、現れても、もう邪魔はしない。だから安心して」

 腰を抜かして座り込んだ天使に背を向けて、私は街へと戻った。

 とにかく剣をこのままにしておけない。手入れをしなくてはバジルにばれてしまう。それだけはやっておこうと思った。


 戻るとバジルは眠っていたけれど、剣の手入れをしようと鞘から抜いた途端、物凄い勢いで跳ね起きた。内心、ばれる事を残念に思う。

「さすが傭兵」

 思わず賞賛の思いでそう言うと、バジルは私の方をじっと見て、やがて静かに言った。

「俺の剣で何を切った?」

「切ってない。ちょっとだけ汚したから手入れしようと思っただけ」

「……血の匂いがする」

「風邪なのに鼻が利くのね」

「もう治ったよ」

 自分のやってきた事を語りたくなかったので、それ以上言わずに黙っていると、バジルが驚いた様子で言った。

「君、剣の手入れできるの?」

「当たり前じゃない。私は……」

 そこでワルキューレともサキュバスとも言えない自分に苦笑してから言った。

「よく分からない生き物だから」

 そもそもワルキューレ時代に使っていたのはロングソードだった。だから、剣の手入れは体に染み付いている。

 砥石もあるというので研いで見せると、バジルは目を見張った。

「すごいな。研ぎは、武器屋に頼むんだ。普通は」

 ワルキューレの園には武器屋が無い。だから全部自分でやらなくてはならない。

「武器だけじゃなくて防具の手入れや補修もできるよ。今度からやってあげる」

「君、武器屋になれそうだな」

「吟遊詩人がだめだったら考えるわ」

 剣の手入れも終えて、眠る必要の無い私と、眠ってだいぶ回復したバジルは無言で部屋に居た。

 重苦しい雰囲気が部屋に満ちている。

 バジルは聞かないけれど、おおよその見当はつけているのだろう。気づけば、不愉快そうな表情で私をにらんでいる。

 私は自分にあてがわれた部屋へ退散しようとした。しかし、それがバジルに話すきっかけを与えてしまった。

 立ち上がった途端、声を掛けられた。有無を言わせない口調。

「ちょっとこっちに来て」

 バジルの言葉に私は従うしかなく、おずおずとベッドの脇にある椅子に腰掛けた。

 すると彼は真剣な表情で言った。

「君はもう戦うな。戦わなくていいんだ」

「バジル……」

「誰も傷つけたく無いんだろう?」

 バジルは再度言った。

「もう戦うな。君は吟遊詩人なんだから。武器を持ってはいけない」

「でも……私はここを見て見ぬ振りはできなかったの」

「クレア、あのね」

 私はバジルの言葉を遮った。

「ええ、あなたの言う通りだった。私の力でこの街は守れても、根本からの解決策は何も無いって事が、さっき天使と話してよく分かったの」

「天使と話しただって?」

「大丈夫よ」

 私はバジルにさっきのやりとりを語って聞かせた。

「私は異世界の戦争に借り出されて天使や悪魔と戦っていたけれど、知っているのはその部分だけで、地上で天使が何をしているのかなんて、何も知らなかった」

「君が悪い訳じゃない」

 私は首を横に振った。無知は悪だ。もっと色々、姉様達に聞いて、世界の理を理解しておくべきだったのだ。

「私は、特別な力に酔いしれ、恐怖し、持て余し、そして何も学ばずにここまで来てしまった。姉様達に聞けばきっと教えてくれたのに。いつも自分の事で手一杯。どうしてこんなに小さい器なのに、ワルキューレになんか……」

 そこではっとする。ワルキューレであった事実は、決して言わないつもりだったのに思わず口走ってしまった。

「そんなのとうに知っていたよ。異世界の戦いに行くなんて、ワルキューレしか居ないじゃないか」

「人間は滅多にワルキューレにならないのよ。どちらかといえば、魔獣に改造された人間だって考える方が自然じゃない?」

 そう言うとバジルは苦笑した。

「俺も見た事あるけれど、君をあんな醜い者と一緒に考えられる訳ないじゃないか」

 鬼と呼ばれるタイプの魔獣は、人型なのだが、腕が多かったり、角や牙が生えていたり、肌の色が異常など、明らかに異質な容姿ではあるが、まさか、バジルが見た事があるとは思ってもいなかったのだ。

 あれが地上に居たら、街どころか国一つ壊滅させかねない。

 人型だけあって、知能が高いので、戦闘効率が恐ろしく良いのだ。あれは、悪魔がワルキューレ攻略の一端として生み出した魔獣で、育成にも時間がかかるし、数も少ないと聞いていたが……聖戦の後、ワルキューレが居なくなって使い道が無くなってしまったのだろうか?

「よく生き残れたね。あれはてっきり聖戦用の魔獣だと思ってた。地上用に調整されてるにしても強かったんじゃない?」

 そう言うと、バジルはあせった様子で言った。

「ま、まぁ、逃げ足だけは速いから、何とか、ね。ははは……」

 何か、聞いてはいけない事を聞いたのかも知れない。また嫌な思い出を思い出されてもいけないので慌てて言った。

「とにかく、生きていてくれて、本当に良かったわ。そうでなかったら、こうして出会って旅も出来なかったんだから」

 するとバジルがまた微妙な表情をした。

「あまり可愛い事を言わないでくれ。襲いたくなる」

「あなたが襲える程、私は弱くないわ」

「リュートがここにあるのに?」

 そう言って、腕を掴まれる。抵抗しようにも、力で押し負ける。リュートとバジルの組み合わせは、危険なのだと初めて思い至った。

「何なら、今ここで……」

 私が全身全霊で暴れて逃げたのは言うまでもない。


「あんな勢いで逃げなくてもいいじゃないか。冗談だよ」

「信じられるものですか!」

「傷つくなぁ」

 翌朝、すっかり回復したバジルからリュートを受け取りながらこんな会話をしていると、町長が慌しく走り回っているのが、階下に見えた。

 使用人に何やら一生懸命確認している様子だった。

「天使様が居なくなったというのは本当なのか?」

「はい、朝の掃除をしていると天使様が現れて、私はここを去る、聖獣は置いていくから恩恵は受けられるから安心せよと」

「何て事だ、天使様に見捨てられるとは」

 町長はその場にがっくりと膝を付いていた。

 並んで手すりから階下を見下ろしているとバジルが呆れた様子で言った。

「救われたとも知らずに、あれだよ?君は満足かい?」

「ええ。満足」

 ここが残って、周囲の村々と友好的になれば、この町は人間の力で栄える人の町として生きていける筈だ。聖獣が居る限り。

「悪魔は目を付けるかしら」

「どうだろうね。悪魔は天使の活動を妨害するのが仕事、なんて話もあるから、天使が居ない街には興味無いかも知れない」

 そうだといいと、心底思う。

「天使の思い通りに生きるって歪みは、無くなるんですもの。これからはここの人達は自分で考えて交易を行い、賊とも戦うの。人は楽をし過ぎるとダメになるから、これでいいのよ。今より衰退するかも知れないけれど、苦労していれば、周りの村々とも友好的に付き合えるようになるでしょう」

 バジルは私の方をちらっと見てから、笑って言った。

「そうだな。また様子を見に来よう」

 そして耳元に口を寄せると小声で言った。

「そのときは、一緒に温泉入ろうね」

「お断りよ」

「ちぇっ、即答でがっつり否定するなよ」

 うなだれるバジルに私は、上機嫌でにっこり笑って見せた。

 この後、町長が護衛も良くなったのであれば、すぐに街を出て欲しいと頼んできた。

 多忙で、吟遊詩人にかまけている暇は無いと言いたげなその様子は、昨晩とは別人の様だった。

 私達は、素直にその意向に従って、街を出る事にした。

「体調はどうなの?」

「ばっちり」

「じゃあ、南へ戻りましょう。ここは寒いし、当分近づきたくないわ」

「同感。じゃあ行こう」

 吹雪で雪がすっかり深くなっていた。

 さりげなく、バジルが片手を差し出した。

「雪道には慣れていないだろう?」

 一瞬、バジルの顔と手を交互に見る。

「やましい気持ちなんて無いよ!」

 ぷっと吹き出して私は彼の手に自分の手を載せた。

「あなたにしては紳士的だと思って、関心していただけなのに……」

「うお、俺もしかして高評価だったの?手ならいくらでも繋ぐよ。もう眠れない夜なんて夜通しでも」

「一気に評価が下がったわ」

 くだらないやり取りが、気分を軽くしてくれた。

 一人じゃなくて本当に良かったと思った。バジルが居てくれなければ、エンジェルの実態に心悩ませ、無力な自分に苦しんでいただろう。

 バジルのお陰で、無力でも良いのだ。変えられない摂理に無理に関わらなくても良いのだと思える。私がどれだけがんばろうが、真実を人間に語って広めようが、この在りようは変わらない。

 私の力が神から与えられた強大なものであったとしても、だ。

 雪の中、手を引かれて歩きながら、そう考えていた。

「誓うよ」

 バジルが唐突に言った。私の手を引き、前を見ているので表情は分からない。

「何を?」

「もう天使や悪魔の出る場所に君を行かせない。絶対にね」

「どうして?私、平気よ」

 今回みたいにしのげる筈だ。

「俺が嫌なんだ。君が人の立場に立って、天使や悪魔の事に首を突っ込むのが」

「せめて交渉と言ってよ」

「違うだろう?君のは一方的な恐喝、脅し」

 反論できない。

「君の力は、そんな事の為に与えられたものじゃない。聖戦の為だろう?それなのに君はそれを人の為に使おうとする」

 沈黙の後、バジルははっきりと言った。

「もう、使ってはいけないんだと思う」

「私の力の事?」

「そう。君は、心の何処かでその力を活用できるならしようと思っている。けれど、君はその力を捨てるのが目標なんだから、忘れていかないといけない。でも、天使や悪魔は否応無く君を昔の姿に戻してしまう。だから俺はそれを止めたい」

 バジルの言葉は私にとって衝撃だった。

 そうだ、私は何処かでこの力をずっと持ったまま人間になるような錯覚を起こしていた。しかし、実際に人間になるという事はこの力の一切を失うのだ。

 私はそんな先まで考えていなかった。

 自分が漠然とした考えしか持っていない事が恥ずかしく、バジルが本気で私を人にしようとしている事を改めて思い知る。

「私、人間になれるのかな……」

 バジルが立ち止まって振り向いた。逆光と雪の反射で顔がよく見えない。

 しかしかなり複雑な、何かを堪える様な表情をしているのは分かった。

「頼むから、そんな事言わないでくれよ。俺……困る」

「そうよね。信じなきゃ始まらないものね。ごめんなさい」

 バジルは再び、ふいっと前を向いて、歩き出した。

 それっきり私達は話をしなかったけれど、バジルの握る手の力が強くなったのだけは確かだった。

 天使も悪魔も手を繋いだりしない。彼らは感応力ゆえに、他者と接触するとどうしても相手の感情を知る事になってしまうのだ。編み上げた精神防壁も直接的な接触にはこうかが無く、破られてしまう。だから、子供を作る時を除けば、彼らは他者との接触を極力避ける。自分の醜い感情を他者に知られる事、他者の心の闇を知る事を何よりも恐れるのだ。

 しかし地上世界に住む生物にはその心配が全く無い。

 このぬくもりは、翻弄されて生きる運命を背負った人間に対する神からのごほうびなのかも知れない。

 ふとそんな事を考えていた。

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