__、キメます!! (前)
いろいろありまして、精神的にやっと前向きになりました。
前向きついでに方向性を間違っているかもしれませんが、いきなり頭に沸いてきたので書きました。
書いて、付け加えて、書いて……で、リハビリ作なのですが前後で投稿します。
わたしは王城のとある特殊部隊の隊員です。
現在、二年という長期にわたって、とある名門侯爵家にメイドとして潜入捜査の任務に就いております。
ですが、とくに余罪、疑惑はございません。
むしろ当主のメイデン侯爵様は協調性豊かな外交担当のスペシャリストですし、奥様も他国に文通相手が多数いらっしゃる社交バチコイな才女。ちなみに王妃様は元王族です。
ご長男様ローデオ様は、現在宰相様付のお仕事をなさっていらっしゃいます。
弟様のリオナール様は、奥様似の優しく整ったお顔立ちながら、すばやく繰り出される剣技は国の五本指に入ると言われる騎士様です。
もちろん、王城勤めの近衛隊……ではなく、鷲の紋章をつけた王都警備隊第二部隊の副隊長です。実践なんて日常茶飯事、の王都もめごと処理部隊です。
王都なので貴族街でもいろいろありますから、名門貴族の子息が治安にあたるとある程度『やんわり』収まるのですよ。いろいろありますね。
お二人の間にお嬢様がおいでですが、こちらはまあ、奥様うり二つ。にこにこしながらバリバリ人脈を築きつつ、第二王子様が拝み倒して結婚したと言う女傑。
『あとはお願いね』と、微笑みながら手を握っていただきましたが……背中に悪寒がはしりました。
気のせいでしょうか。きっと風邪ですね。ひきませんでしたけど。
まあ、こんな優秀なメイデン侯爵家になぜわたしが潜入捜査などしているかと言えば……。
「……どうしようか。このままでは」
朝軽くクシを通しただけの髪ですが、この方の髪はムカつくほどサラサラですので夜になっても問題ありません。
そんな髪に無造作に両手を突っ込む形で机に肘をついて、頭を垂れてうなだれている男性――リオナール様。
そしてわたし、エルはそっとドアの隙間から様子を伺っております。
「いや! 手を緩めてはいかんのだ!!」
ダン! と頭に突っ込んでいた両手を握りしめ、肘をついていた机に叩きつけると、リオナール様は決意した強い目でどこかを睨みました。
「おれは、今度こそ奴の菓子に下剤を混ぜる!!」
……お聞きになりましたでしょうか。
銀髪短髪美男子が大真面目に『下剤』と言いました。夢じゃありません。現実です。
ええ、これがわたしの潜入任務の理由その一です。
つまり『ローデオ様の仕事の邪魔をしないように見張る』こと、なのです。
一戦交えた後のように戦意に満ちた目で決意したあとは、おそらく計画書と思わるものを黙々と書き始めました。
はい、あとから見ますからね。いつもの本にはさんであると思いますので。
わたしはため息をつきながらそっと音を立てずにドアから離れると、何度か深呼吸してドアをノックした。
「入れ」
「失礼いたします。お茶とお食事をお持ちしました」
夕食はいらない、と言って今日は出かけられましたが、思ったより早く仕事が終わったらしく、ローデオ様からの言づけを持参してお戻りになられました。
部屋に入ると、リオナール様は何事もなかったかのように書いていた物を本にはさみ、ペンを置いて顔を上げていました。
ワゴンを押して机の近くまで行こうとしましたが、さっさリオナール様が立ち上がって外套を手にとりました。
「茶はいい。夜食はできたのか?」
「はい、こちらに」
ふた付きバスケット二つを見せると、リオナール様は満足そうにうなずきます。
「よし、すぐに出る」
「お疲れではありませんか?」
「何を言う。兄に届ける食事だ。温かいうちに届けねば」
従者が届けると言っても、馬車は遅いとか、馬で届けるにもおれが一番速いとかいろいろ言って、結局自分で届けに行く理由にするのです。
仕事で疲れているはずなのに、お城にいるお兄様にまた会えるからと別の元気が出るなんて。さすがブラコンのリオナール様。ちょっと引きます。
背筋をピンと伸ばした執事様と一緒に「お気をつけて」とリオナール様を送り出し、わたしは何食わぬ顔でさきほどの『計画書』を探し出します。
えーっと、ああ、これはお兄様の部下のA様とB様をターゲットとした『下剤で仕事ができなくしてやろう』作戦の変更版ですね。
前回同じようなことをしようとしたので、王城勤務の仲間(超美人)に伝えてドジッ娘風に倒れ込んでお菓子をダメにしてあげたのでした。
もちろんお詫びとしてその仲間(超美人)が、手作り風のパウンドケーキを二人に差し入れました。ちなみにそのパウンドケーキを作ったのは別の仲間(男・四十代・趣味がお菓子作りな乙女)です。
超美人は家事ができなくても生きていけますので(仲間以外から貢がれるので)。
おっと、話が脱線しましたが、なぜリオナール様がこの二人をターゲットにしているかと言うと、Bは最近私情問題があったとかで、ローデオ様に多大な迷惑をかける失敗をしました。
そのせいでローデオ様は今も一週間王城に泊まり込みです。
Aはそんなローデオ様に付き添って泊まり込んでいる。ええ、ただそれだけです。
嫉妬か!!
ちなみにBは家族の具合が悪く、ローデオ様の命令で泊まり込み禁止です。彼も自分の責任は感じているらしく、朝は誰より早く出仕しております。
「次は偶然を装って執務室に行き、置いてある菓子を一つ食べるふりをして袖口から直接下剤の粉を振りかける、ですか。こりませんねぇ」
思わずため息が出ました。
ローデオ様には別の菓子を持参するようですが、万が一にもお口にされたらどうするのでしょうか。
それに作戦成功となっても、二人がいなければローデオ様のご帰宅はまた遠のくだけです。
本っ当にお兄様のことに関しては、感情的で無鉄砲で短絡的な作戦しか考えられないのですね。いつもの部隊作戦会議の手腕はどこへ置いてきたのでしょう。
その夜、不機嫌そうにリオナール様が戻られました。
お部屋まで付いてお世話をしていると、たまらずと言った感じでリオナール様が愚痴り出しました。
「あのAめ! おれが兄へはおれが茶を入れると言っているのに、なにが『とんでもございません。どうぞお任せください』だ! 兄へのポイント稼ぎにしか見えん!!」
気持ち悪いくらい似てない口調まで再現しながら、苦々しげに喚くリオナール様。
いえ、普通上司の弟様に(しかも侯爵家次男で王城での役職持ち)お茶を入れさせたりしませんよ。
しかもリオナール様のお茶は薄いか苦いか、です。
ローデオ様もお優しいので口では言いませんが、水を所望されたりしますのでお気持ちお察しいたします。
A様グッジョブです。部下の立場を存分に発揮され、これからも負けないでください。
そうこう聞き流している間も、リオナール様の愚痴は続きます。
「Aの奴、今夜も兄と泊まるのだ!」
「お仕事でございますので」
誤解を招くような言い方はしない方がいいですよ、リオナール様。
「Aの母君の手作りが差し入れてあった」
ああ、A様は独身でいらっしゃいますからね。
ぶつぶつ言いながらもおいしかったそうです。よかったですね。
で、何が気に入らないのでしょうか? と、そう思っていると、
「素材は我が家の方がいいと思ったが、なんだかおれは負けた気がした」
急に落ち込みました。
きっとローデオ様が、A様の母君のお弁当を(とても)褒めたのでしょうね。
いえ、それって普通です。当然です。
部下との円滑な関係を築くためのコミュニケーションです。
きっとA様もメイデン家のお弁当を喜んでくださったはずですが、なんとなくですが、リオナール様的に言うなら『愛情不足』とでも受け取ったのでしょうね。
母の子に対する愛情は偉大です。
メイデン家の料理人も主家族様に誠心誠意お仕えしておりますが、やはりそこは超えられない壁というものでしょう。
だからといって、リオナール様には作らせませんよ!!
一刀両断、串刺ししかできませんからね!
味付けは塩。素材の味を存分にいかし過ぎてしまいますから。
と、結局愚痴を言うだけ言って、最後には「兄上からおやすみ、と送り出された」と嬉しそうに言ってお休みになられました。
声真似がわたしにできましたら、ローデオ様の肖像画の後ろで毎日「おはよう」と「おやすみ」を言ってさしあげますのに――無芸。残念です!
あ、ちなみにローデオ様が用意した下剤ですが、小麦を練ったものと交換しておきました。
回収した下剤は必要な方にお配りしておきます。
☆☆☆
ローデオ様がお屋敷に戻られると、一日目は我慢してすぐに部屋で休むよう勧めたリオナール様ですが、二日目からは大人ぶって(というか成人済みですが)、お酒と軽食を前に夜にバルコニーに設けた席で語らっていらっしゃいました。
ちなみにローデオ様はザルです。
リオナール様もそこそこ強いですが、わたしのほうが強いです(自慢です)。
「エル、リオが寝てしまったよ」
苦笑するローデオ様に、わたしは「失礼します」と近寄る。
「手を貸そうか?」
「いえ、大丈夫でございます」
ええ、ええ、巨漢でなければどうにか担げます。
「エルは本当に、その細い体のどこにそんな力があるんだろうねぇ」
いえ、全然細くないです。
いわゆる鍛えられた健康的な体です。
仲間のストイックなオネーサマ(女性と両性)に鍛えられ、無駄に足腰がキュッとしまって鍛えられたのです。胸が若干固めで型崩れしませんが、そういうことです。お尻は大きめですが、美尻ですよ。キュッと引き締まっています。
お見せするのは旦那様(現在予定としてはリオナール様です)だけと決めています。
リオナール様はまだ少しは意識があるようで、肩を貸して大部分を支えていれば歩けるようでした。
「ではリオナール様、お部屋へ戻りますよ」
「ああ、あ……兄上は?」
「リオ、おやすみ」
「! 兄上、お先に失礼します」
一瞬だけピンと背筋を伸ばして挨拶をすると、やはり力尽きるリオナール様でした。
やれやれ、と心で笑いながら歩き出すと、ふいに後ろからローデオ様から呼び止められました。
「ねえ、エル。君は本当にリオが好きなのかい?」
リオナール様を支えた状態で半分振り返り、わたしはしっかりうなずきます。
「はい。お慕いしております」
「ずいぶん変わった性格だし、ブラコンだよ?」
「わたしはリオナール様の一番になるつもりはございません。リオナール様の一番はローデオ様、と理解した上でお慕いしております」
「君もずいぶん変わっているよ。まあ、だからこそ、リオは君を傍に置くのだろうね。わたしも君がリオの傍にいることに反対はしないよ。頑張りなさい」
「! ありがとうございます」
なんと! お墨付きをいただきました!!
わたしはリオナール様の重さを感じつつも、心は浮足立っておりました。
これは……もしかして――今夜キメちゃう!?
表情には出しませんでしたが、脳内はもはや人様にはいえない大人の世界が広がっておりました。もう、着替えの時に盗み見ていたリオナール様の上半身の再現はバッチリです。傷が三カ所あったはずですが、全部なめ……。
「エル」
ハッと現実に引き戻される声がして、わたしは立ち止まってようやく周りの状況を確認しました。
目の前にいつの間にか現れていたのは、こちらのお屋敷の執事様。取締責任者様です。
白髪が多めの茶髪のオールバックで、ビシッとスーツを着こなし、いつもは孝行爺よろしく穏やかな雰囲気を醸し出していますが、実はわたしの所属部隊のOBという隠れた過去を持っていたりします。
だからこそ、この方は油断ならないお方なのです。
ほら、今は素なので、眼光が鋭くなっています。
「執事様」
わたしがそう呼ぶと、スッと、咎めるように執事様の目が細くなりました。
「リオナール様をお部屋に運ぶだけですよ」
「はい」
絞り出す声で苦渋の返事をする、わたし。
なぜわかった、この執事様ぁあああ!!
ああ、せめてこのままリオナール様の温もりを感じながら、その間だけでも妄想に浸らせて頂こう!!
が、しかし。
「不謹慎なオーラを消し、職務に忠実であるように、と契約しているはずだが?」
「もちろんです、執事様」
泣きそうです!!
泣く泣く私情を押さえ込んで、わたしは平常心でリオナール様をお部屋へ連れて行きました。
追伸。
途中までしっかり執事様の視線を感じておりました。明日から信用回復に努めたいと思います。
エルにはライバルがいますので、執事様に失格と言われたらお屋敷をやめないといけません。
エルは自分以外のライバルは「ヒドイ肉食女子」と信じていますから、リオナール様の貞操を守るためにも自分が頑張って(我慢)任務にあたらなければと思っています。
でも、自分の部屋に戻れば妄想三昧の変態デス。
ご無沙汰しております。
後編は金曜日投稿予定です。只今追加訂正しております。
今後は連載のほうを再開させていきます。
どうぞよろしくお願いいたします。