Fujieチャンネル
-ここからの時間は将棋に関連のないゲストにコンピュータ将棋と対戦していただくといった趣向の番組をお送りいたします。
本日、お招きしましたのは丁寧で上品な関西弁でお馴染みの高名な料理講師です。-
「先生、はじめまして。私、本日のアシスタントを務めさせていただきます、富士江と申します。」
「・・あぁ、よろしく。」
冗談酒場のお笑い担当ばりの女装で無理やり女子アナのキャラクターになりきる富士江に『なんですか?このきっしょい生物は!』と先生は思ったが、寛大な彼はそれをおくびにも出さず、平然と挨拶を返す。
「先生、今日はハム料理なんですよね?」
「そうなんですよ。慣れてない方なんかは“苦手やぁ”て仰るんですけど、ちょっとコツを掴めば誰でも比較的簡単に美味しく料理できますから安心してくださいネ。」
「私の友人も苦手にしてるんですよ~。」
「ほぉ、だったら今日のコレ、丁度いいですよ。ぜひ教えてあげてください。」
「では先生、材料からお願いします。」
「まずね、パソコンとマウス。実はね、スマホではコレ、できないんですよ。意外でしょ?あとね、余裕があったら将棋盤と駒と駒台使うといいですね。実際に指しながらのほうが身になりますし、臨場感出るでしょ?まぁ、こんなん言わんでもええことですけどね、道具は大事ですわ。‥それと棋力が12級、なかったら‥13級でもなんとか代用できるでしょう。」
~☆激指10パソコン版を基準にしています~
「ほなやりましょうか‥」
先生は言い終わるやGoogleからハム将棋のリンクへと素早くパソコンの画面を切り替えた。
「先生、画面移動早いです~!」
「アンタ何言うてますの。これくらいフツーですよ‥ 」
満更でもない様子の笑みを浮かべながら先生は平手から様々な駒落ちのハンディキャップのメニューが並ぶ画面の“平手”を矢印で示し、マウスを操ってそれをぐるぐると回す。
「・・これネ、見てください。平手ですよ。“え!?いきなりハンデなしで!?”
て思うかもしれませんけどいいんです。」
「え~!?ハードル高くないですか!?」
「こんなもんね、平手で勝てなあかんのですヨ。“勝ち”を味わうんやったら美味しいほうがええでしょ?」
「確かに美味しいほうがいいですね」
「そしたらまずは・・」
そこをクリックすると開戦のゴングが鳴る。
「先生、今日はどんな感じのお料理なんですか?」
「今日はネ、“焼き料理”です。じっくりハムの陣地を焼いていくのがいいんですけど展開によっては一気に強火でいきます。その段取りなんですが初心者でも覚えやすい“棒銀”という方法を使っていきます。どうですか?棒鱈みたいな名前でしょ?」
「‥あぁ、はぃ‥」
「…まぁ‥名前のとおり簡単ですけど破壊力ありますしね‥私も将棋は門外漢なんでホンマはそない強ないんですヨ。それでも上手いことコレ使たらハム料理はキレイに仕上がります。」
「先生、私、楽しみです~!」
先生は「ははっ」と軽く笑い、画面に目を移した。
「ほしたらまず、“お歩”からいきます。」
「“お歩”を‥上げました。」
「こっちが先手なってますでしょ?まぁ初手は角道開ける7六歩でも飛車先伸ばす2六歩でもいいんですけど、角道開けるとハムが角取りにきて乱戦になる場合がありますからお薦めしません。そうなってから“うわぁ~どうしよ!?”ってなるの嫌やないですか。そやから初手は2六歩・・という訳なんですよ。」
「なるほど!先生、勉強になります~。」
ハムは3二金を指した。
“パシッ、パシッ”と駒の乾いたようにプログラムされた音が小気味良く響く。
「先生、ハムが“角砂糖”の横に“金時さん”を持ってきましたよ!」
『上手いこと言うやないですか!』
そう言いたげに先生はアシスタントを値踏みするような視線でちらと見る。
「これはね、“角煮”を守ってるんですヨ。」
『どうです?僕のほうが一枚上でしょ?』
それを飲み込んだ先生の横顔は自信に溢れていた。
「‥先生、おもしろいです~!」
「そうでしょう。ネ、こういうふうに進めると覚えやすいし楽しいでしょ?
‥さて、大体の場合はね、この素材は“角煮”を守ってくるか“棒鱈”で攻めてくるかどっちかです。‥ハムは今、大人しく寝てます。」
「かわいいですね!」
「ほんなら料理を進めますよ。テンポよく調理しますけど今日はあくまで基本なところだけで美味しくハムを仕上げていきますから見た目は気にしない!いいですね?」
「“飛騨牛”の先の“お歩”を取られて・・取り返しました。」
『まだ仕掛けますか?』
空気の読めないアシスタントに苦笑を浮かべて先生は首を左右に振った。
「意外とね、これ大事なんです。覚えといてください。-飛車先の“お歩”はできる時に交換しておく- いいですね?」
「ハムがまたそこに“お歩”を打ってきました。」
「隣の“お歩”を取ってと・・また元の筋に“飛魚”を戻します。これネ、横歩取りいうんですョ。できるときに駒得しときます。」
『どうです?“飛騨牛”より“飛魚”のほうがセンス上でしょ?』
その思いを隠し、さらりと訂正した単語への自信は先生の頬を上げ、自然に彼の目は細くなる。
「牛肉がお魚になりました~!!」
先生は駄洒落にも妥協を許さず、また負けず嫌いだったがアシスタントは物事の機微の分からないアホだった。
「ははっ。“飛魚”にしといたほうが活発な感じするでしょ?」
「・・この間にハムは八段目に“金時さん”と“銀杏”を集めてきました。」
どスルーするアシスタントに動じることなく先生は再び画面に目を移した。
「ほんならこっちも“銀杏”を上げていきましょか・・」
マイペースなアシスタントに余裕のある大人の対応をした後、先生の右銀は3八からどんどん敵陣へ近づいていく。
「先生!ハムがこっちの“角煮”を狙ってます!」
「慌てんでええですよ。もうひとつ来てから守っても大丈夫。」
先生の銀がジグザグに敵陣へと上がっていく間にハムも飛車先を伸ばし、歩を交換した。そして先生の銀が四段目までいくとハムは歩を打ち、追い返しを図る。
「ここでネ・・」
その斜めに銀が突っ込み、角頭でそれは成った。
「先生!お見事です~!」
逃げる角の頭の金を取ると王手になっていて、9筋方面に金銀の壁を作っていたハム側の陣営はそれを玉で取る他ない。そのコビン(※斜め前のマスのことです)に先生は歩を打った。ハムは飛車を狙って銀を打つが先生はその腹に飛車を潜らせる。
「先生、ハムが王様の逃げ道を作りました!」
「いいですか、ココですよ!このタイミングで“角煮”の道を開けるんです。」
これで2二の地点は3対2で利き駒の数は先生が勝っている。
逃げたいがその道は先生の角が利いている。他へ動くにも自陣の駒に阻まれ、それが叶わないハムの玉は移動の許される隣のマスへとしか動けない。
「さぁこっからはスピードです。強火で手早く!これがコツです。」
「“飛魚”捨てちゃうんですか!?」
「そう!言うたでしょ。キメるときは大駒も思いきって捨てる!思い切りが必要なんですヨ。」
「先生、すごくいい色にハムの陣地が焼けてきました。美味しそうです~!」
「そうでしょう!?ここまでくると素材がようけ合駒打ってくる、“粘り”が出てくるんですヨ。こうなると仕上がりが近い合図です。
この料理はネ、いっぺん上手いこと出来たらクセになりますヨ。」
「そして“角煮”も捨てて‥“銀杏”、“金時さん”も投入しました!先生、贅沢なお料理ですけど、なんかもったいないですね・・てアレ??」
先生は詰めが甘く、知らぬ間に駒を多く献上したうえに受けられている。
さらに攻め重視だったために自陣は守備を固めていなかった。
「先生、これ‥」
その後、攻勢に転じたハムは強く、見る見るうちに先生は追い込まれ、負けてしまった。
「先生!?‥先生!!」
呆然と立ち尽くし、虚ろになった先生の肩をアシスタントは必死に揺する。
「‥私ね、こんな屈辱初めてですワ‥」
「先生、‥ダジャレで遊んでる場合じゃなかったですね。」
『オノレが膨らましたんちゃうんかい!?』
そう思いながらも先生は弱々しい笑顔を浮かべたが、口元からは悔しさで口内を噛み締めた故の血が滲んでいた。
「さぁ、先生‥気を取り直して‥もう一局!ドンマイですよ!」
「‥君ね、知ってますか?実はハム陣営はランダムでたまにコンピュータから有段者と入れ替わるときがあるんですよ。さっきのは正にそれですヨ。」
「え、そうなんですか!?‥それじゃお料理の失敗も納得できちゃいますね。」
都市伝説にすらならないようなデマをアシスタントは完全に信じ込んでいる。
「でしょ!?そら強いはずですわ。」
先生は念を押すように呟き、再び闘志を燃やす。
【カンカンカン】
-敗北-
「次っ!」
【カンカンカン】
-敗北-
「まだ有段者帰りませんか!?次ッ!」
【カンカンカン】
-敗北-
「くぉんぬぉ~!有段者めぇ~!!次ィィ!!」
【カンカンカン】
5戦目してやっと終了のゴングとともに勝利!の文字が浮かぶとファンファーレがそれを祝福する。
「っしゃあ!!ィェス!イエス!!」
固く目を瞑り、先生は右拳を脇腹辺りで前後させている。
「先生、おめでとうございます!やっと‥見事に完成で~す!
勝利の余韻に浸るのはちょっと後にして、最後に料理名をお願いします」
「あぁ、ネ!?きれいに仕上がったでしょ?これはネ、どんなお酒も合いますヨ。ハムの“玉”の料理したんでこれがホンマの“ハムエッグ”ですワ!」
「お後がよろしいようで。」
ー了ー