ロボサッカーより愛を込めて
K高校の廊下に、ロボットが倒れていた。
「あら。どうしたのかしら」
女性教員は、かがんでロボットを調べた。
いつもは清掃員として働いているロボットが、変な体勢で寝そべっていた。突然停止したような姿だった。
困って、周囲を見渡した。
「あ、修斗くん。ちえらさんを呼んできてくれない?」
「ぼくですか?」
通りがかりの男子生徒が立ち止まった。
「先生は用事があるから、お願い。修斗くんはまだ部活休み中でしょう?」
「そうですけど……」
修斗の右腕は、三角巾で吊られていた。
部活動中の怪我だった。
「ちえらさんは多分技術室にいるからよろしくね。ロボットは私が横にどけておくから」
教員は壁際にロボットを座らせると、行ってしまった。
修斗はため息をついた。
このところ、不運ばかりだ。
これも、ユースからの誘いを断った報いなのだろうか。
怪我でサッカーができないうえに、雑用までしないといけなくなってしまった。
「ちえら先輩か……」
その名前は、入学前から耳にしていた。
天才女子高校生、佐々木ちえら。
去年、テレビのニュースで散々聞いた名前だ。
たしか、高校生のロボット大会で活躍していたことで取り上げられていた。
まだ中学生だった修斗は、テレビに映る佐々木ちえらを見て、瓶底メガネという言葉を知った。
背も低く子供みたいで、修斗の好みではなかった。
ただ……ロボットに指示を出す声ははつらつとしていて、魅力的ではあった。
修斗は踵を返して、第二校舎へと向かった。
K高校ロボット愛好会。
修斗は、肩を使いながら部室のドアを開けた。
「あの、ちえら先輩いますか?」
入り口の修斗に視線が集まった。
「佐々木部長なら、職員室に行きましたよ」
行き違った。
うえー、と思わず言葉がでる。
「あの、一年の校舎で掃除ロボが壊れてるんですけれど」
「はあ……」
部員はひそひそと会話を始めた。
「多分、佐々木先輩に言えば大丈夫だと思います」
と言われた。
「そうですか……ありがとうございます」
おざなりに返事をして、修斗は部室を後にする。
もう帰ってしまおうか?
そう考えたが、怪我をした挙句、先生の頼みを無視した形になってしまっては心証が悪い。
ただでさえ、特待生である自分は部内でも浮いているのだ。
修斗は職員室へと向かった。
職員室への道すがら、途中でロボットを確認すると、ちいさな人影がそこにあった。
ロボットをいじる女生徒をみて、修斗は心臓がどきりとした。
肩までのショートカットと、ぱっちりとした目。
身長とたたずまいからすると……その美人は、あの佐々木ちえらだ。
「えっと……ちえら先輩ですか」
「そうだよ。なに?」
ほかの誰でもない、凛とした声が口からこぼれた。
修斗は美人なちえらにどぎまぎして、首をかく。
「あの、ロボットが壊れてること、ちえら先輩に伝えろって先生に言われてて」
「ああ、わたしが職員室にはいったとき、先生がうわーって言ってたのはそれか」
「直りそうですか?」
「うん。もう直ったよ」
掃除ロボは立ち上がった。
ちえらと目を合わせて、おじぎをする。
ちえらは手を降って見送った。
「……ここの家政婦ロボ、型が古いんだよね。わたしがちっちゃいときに、家にあったやつだから」
「あのロボット、ちえら先輩の家のものだったんですか」
「作ったのもおじいちゃんだよ。まだ人工筋肉がなかった時代に作ったやつだから、重いし、熱はもつし、つまり大きなサーボを使ってるから大変なんだ」
ちえらは、家政婦ロボの詳細についてさらに話す。
修斗にはちんぷんかんぷんだった。
「まあ……不思議ですよね。さっきのロボットが先輩にお礼をしたのもそうですけれど、みんなの家にいる家政婦ロボだって、まるで感情があるみたいだから」
苦し紛れに言ってみた感想だったが、ちえらは嬉しげな声で応えた。
「実はそうでもないんだよ? ロボットが家事をすることと、人間の感情に対応することって、人工知能の発達的にはおんなじ段階にあることなんだから。ね、もっとくわしく聞きたい?」
楽しげに顔を寄せて言ってくるものだから、修斗はさらにうろたえた。
「あ……あの。ちえら先輩、メガネやめたんですね」
「うん? 最近コンタクトにしたよ。わたしはメガネのほうが好きだったんだけれど、やっぱりコンタクトのほうがしっかり見えるから」
言いながら――くせになっているのだろう、ちえらはメガネを上げる動作をした。
メガネの重さまで見えてくるようで、修斗は笑ってしまった。
そのとき、窓の外から、修斗を呼ぶ声がした。
みると、サッカー部の三年生だった。
「修斗、なに佐々木と楽しそうにしてんの」
「……いえ、さっきまでロボットの修理をしてたので」
「お前なにしにこの学校にきたの? 昔ちょっと有名だったのを利用してナンパでもしにきたのかよ。そんなんだから、ちょっと当たられただけで怪我するんだよ」
修斗は押し黙った。
技術のある彼は、サッカー部でひどい嫉妬を受けていた。
「その腕、練習中にケガしたの?」
ちえらが、前髪をゆらして聞く。
「ええ……ぼくが貧弱なので」
この怪我も、練習試合中に、上級生たちに転ばされて負ったものだった。
「ふうん……」
ちえらは目を細める。
「な、なに見てんだよ。転けるやつが悪いんだろうが」
彼はばつの悪そうにすると、
「佐々木、約束忘れんなよ」
言い捨てて、行ってしまった。
「あの、約束ってなんですか?」
「なにって、試合のことじゃないかな」
「試合?」
修斗は首をかしげる。
ちえらはつぶさに修斗をながめたが、ああ、と得心した。
「もしかして、きみは聞いてなかったのかな。今度、わたしのロボットとサッカー部で試合するんだ。先生には内緒なんだけれどね」
「試合って、サッカーの試合ですか?」
「もちろん。正確にはサッカーじゃなくて、五対五のフットサル方式なんだけれど」
「ぼく、ロボットにサッカーができるってことも知りませんでした。というか……先輩たちが、そんな話を受けたんですか?」
「うん。去年は断られたんだけれど、今年は条件つきでオッケーもらえたよ」
「条件って、一回だけなら相手する、とかですか」
「そうだよ。一回ならいいかなって思って」
今のちえらからのお願いなら、あの先輩たちでも一度はきくだろう。鼻の下は伸びていたに違いない。
先輩たちは、現金で単純だ。
「気をつけてくださいよ。これをきっかけに、先輩たち、ちえら先輩にちょっかいをかけはじめるかも知れないですから」
「ふうん?」
ちえらはメガネをあげる仕草をする。
すこし小首を傾げる格好になるのが、愛らしかった。
ちえらは、仰ぐように修斗の顔をのぞきこむ。
「きみ、修斗くんだよね?」
「え、知ってたんですか」
「サッカー上手い子が入学してきたって、噂にはなってたから。しかもユースに入らずに、学校の部活動を選んだんだってね?」
「ええ……正直に言うと、ぼくは逃げてきたんです」
「逃げてきたって、なにから?」
「ユースから……というより、天才たちからです。中学のころはぼくも天才だとか言われていましたけれど、本物の天才たちがいるユースでは、全然やっていける自信がありませんでしたから」
そう言うと、修斗はちえらから目をそらした。
「ふうん? わたしはてっきり、練習場所が近いからとか、そういった理由で部活のほうに入ったんだと思ってた」
「そういうのは本当の天才の、先輩みたいな人たちのすることですよ。先輩は家が近いからこの学校に進学したんですか?」
「ううん。わたしはここが最高の環境だから選んだよ。おじいちゃんが理事長やってるから活動面で融通がきくし、それに、わたしの技術は元々おじいちゃん仕込みだから」
「それは……知らなかったです」
「ま。そんなことはどうでもいいよ。それよりも……」
ちえらはなにかを言いかけて、せきばらいでごまかした。
「……ねえ。わたしもきみのこと、修斗くんって呼んでいい?」
やけにもじもじとしながら言う。
「いいですけれど……どうしたんですか?」
修斗が首を傾げる。
すると、ちえらは嬉しそうに修斗の左手を取って、こう言ったのだった。
「修斗くん、ロボットがサッカーすること、知らなかったんだよね。良かったら……一度見てみない?」
放課後。
ちえらに呼び出されて、修斗は河原の広場にやってきた。
緑が茂ったサッカー場で、小学生がサッカーをしていた。
「ほら、もっと広がってー」
フィールドの外で、ちえらが指示をしていた。
指示を受けているのは、小学生と対戦している――小型のロボットたちだった。
「すごいですね……ほんとうにロボットがサッカーしてる」
修斗は土手を降りて、ちえらに近づく。
ロボットは、全部で六体。
小学生よりひとまわり小さい機体で、小学生顔負けの走りをしていた。
「ロボット、小学生のサイズに合わせてあるんですか?」
「合わせてるわけじゃないよ。サッカー部との試合でも、あの機体でいくつもり」
「でもあれじゃ、さすがに小さくないですか?」
ざっとみて、一三〇センチもないだろう。
高校生のフィジカルに太刀打ちできるとは思えない。
「サイズを大きくしても、二足ロボットが精一杯走れる速度は今はまだこれくらいなの。それに高度に動きまわるなら、あのサイズがベストなんだ」
「それじゃ、高校生に、小学生のチームで挑むようなものじゃないですか」
「うん……サッカー部からすると、試合をするメリットなんてないよね」
ちえらは小さくため息をつく。
「小学生たちとの試合じゃ、ロボットがたいしたフェイントを覚えてくれないの。ワンアクションのフェイントで抜けちゃうから、読み合いが生まれなくって」
修斗は試合をながめる。
六体のロボットたちは、それぞれ一から六の番号のゼッケンをしていた。
ロボットたちの動きを間近で見ていると、さらに驚くこととなった。
『サン、こっちだ!』
『うん。わかった!』
なんと、ロボットは声をかけあいながらプレーしていたのだった。
チームで連携しながら、いとも簡単に小学生を抜いていく。
たいしたものだ、と修斗は感心した。
だが……それ以上に気になるものがあった。
「あそこの……一番と六番のゼッケンをつけたロボット、上手いですね。それぞれの技術に、だいぶ差があるみたいに見えます」
「あの子たちは個々に学習してるから、だいぶ個体差があるの。だから、下手な子はほんとうに下手なんだよね」
「人間みたいですね」
「うん。あの子たちの学習方法って、人間の覚え方と同じなんだ。なかにはこっちの話を聞かずに自力でやる子もいたりして、可愛いんだよ」
「不思議ですね……ロボットが、まるで努力してるみたいだ」
「うん。あの子たち、がんばってるよね」
「センスみたいなものも見える気がします。驚天動地ですね」
修斗は興味津々に試合をながめる。
ちえらは気分良く微笑んだ。
「そうだ。面白いもの見せたげよっか」
ちえらは、フィールドで手持ちぶさたにしている子を探す。
「ゴーくん。こっちおいでー」
五のゼッケンをつけたロボが、こっちをふりむく。
ぱたぱたと走って寄ってきた。
「なにするんですか?」
「いいから見ててよ」
ちえらは、かるく背伸びをする。
「いくよ」
腕を振りあげ、セーラー服の襟が持ちあがる。
勢いをつけて振りおろし、そのまま地面に手をついた。
くるん。
やわらかく流れる、前方倒立回転をした。
「……パンツをみればよかったんですか?」
「み、見えてないでしょ? 見ててほしいのはこれからだよ」
ちえらはゴーくんを指差す。
ちえらの動きを見ていたゴーくんは、足元に視線をずらした。
おもむろに、腕をあげる。
ばたん。
失敗したゴーくんは、草に寝転ろんだ。
ぱたぱたと起き上がると、もういちどモーションをする。
ばたん。
ぱたぱたとおきあがる。
ばたん。
「ゴーくんは、そのうち前転とびができるようになるよ」
「なるほど。やって覚えるっていうのはこのことなんですね」
「そう。原理としては、家政婦ロボットが、それぞれの家庭の家事を覚えていくのと同じなんだ」
修斗は首を傾げる。
「……家事の真似ならまだわかりますけれど、まさか、こういった体操まで覚えられるなんて思いもしませんでした」
体操などといった動きは、言葉で言ってわかるものでもない。
修斗は驚きを隠せない。
その顔をみて、ちえらは嬉しそうに話し始めた。
「むかしなら、ロボットに体操をさせようと思ったら、相当な計算が必要だったんだよね。けれど、いまのロボットは内部で計算をしてるわけじゃないの」
「計算以外になにをするんですか?」
「検索。大まかに言えばね、つまりはメモリーから、情報を引き出してるだけなの」
「そんなので、体操ができるんですか?」
「発想の転換だよ。できるまで色々やってみるの。一度成功したら、その再現性を高めていくの。ふつうの家にある家政婦ロボットも、人間に言われた動きを覚えてるんじゃなくって、自分でやってみたことを反映して覚えてるんだ。おおまかにいえば、成功した手続きを覚えて、答えのテーブルを埋めてくって感じ」
「うーん。昔と今のロボットの、一番の違いってなんですか?」
「それは……人が教えてないことを、ロボットがやれるかどうかかな」
ちえらはゴーくんを抱き上げる。
「この子たちは自分で動き方を学んで、ここまで成長してきたの。だからこの子たちの頭のなかには、動きについての概念そのもののコツが独自にあるんだよね」
「ロボットが、コツを掴むんですか?」
「うん。ただ真似をするんじゃなくて、意味そのものがわかるの。走るっていうのはなんなのかとか、投げるっていうのはなんなのかとか……その意味を知るのって、すごく複雑だよね。ほら、スキップ出来ない人が、スキップの意味を理解するのが難しいみたいなのとおんなじ。それでもそういった苦労をかさねて、わたしのロボットたちもサッカーができるようになったんだ」
「そう聞くと、なんだかとっても可愛いですね」
「でしょう? この可愛さを知ったから、わたしはロボットをやってるんだ」
ちえらは、ゴーくんを抱えなおす。
その姿を見て、修斗は心に暖かいものを感じた。
「サッカー、ぼくが教えましょうか?」
修斗は身を乗りだす。
ちえらは、ゴーくんを地面に置いた。
「実は、それを頼もうと思って呼んだの。サッカー部に負けるのはいいんだけれど、この子たちが笑われるのはたまらないからさ。せめて一泡吹かせてみたくて」
「僕が教えるのなら、試合はしなくてもいいかもしれないですね」
「ああ……でも、今さらキャンセルはできないと思う」
「どうしてですか? サッカー部だって、乗り気じゃないはずでしょう?」
先生にも内緒なのであれば、特別にスケジュールを確保しているわけでもないだろう。
ちえらは、指で小さなあごをもつ。
「正確には……試合のキャンセルはできるかもだけれど、デートはキャンセルできないんじゃないかな。だったら、試合したほうがいいから」
「ちょっと待ってください」
「なに?」
「デートって、どういうことですか?」
「こっちが負けたら、わたしがデートする約束なの」
「なんですかそれっ。もしかして、先輩たちと裏取引でもしてるんですか」
「ちがうよ。わたしが負けたら、相手チームの五人と、一回ずつデートするのが条件なんだ」
「なんでそんな条件を」
「試合をお願いしたとき、笑われたのがカチンときちゃって。売り言葉に買い言葉かな」
えー、と修斗は声を上げる。
「それ、ちえら先輩に変な評判たつんじゃないですか?」
「そうかな。一回デートするだけだよ」
「五人と続けざまにデートなんかしたら、女子から白い目で見られるって思いますよ。それに、変な男たちにも目をつけられそうじゃないですか」
「変な目で見られてるのは前からだし、問題ないよ。それに、わたしあんまり外にでないから、デートはデートでいいかも。新しいことも学べるかもしれないなぁ」
修斗は言葉もでず、思わずゴーくんと目を合わせる。
心なしか、ゴーくんも呆気に取られているようだった。
これは……負けられない戦いだ。
修斗は、その気持ちも、ゴーくんと共有した気がした。
修斗とロボットたちの練習がはじまった。
ロボットたちに体力トレーニングは必要ないため、修斗は、戦術と戦法のトレーニングにいそしむことができた。
練習を始めて、二ヶ月半。
『ロック、もっと後ろにさがって!』
『ニイ、前にですぎてる!』
ロボットたちは、傷の癒えた修斗からボールを取ろうと必死に走っている。
『ゴー、なにやってるんだ!』
ゴーくんは前方倒立回転を習得していた。
「これは……補欠はゴーくんだね」
ちえらが、ミニゲームを終えた修斗にドリンクを渡す。
「ありがとうございます」
修斗は芝生に座ってドリンクを飲む。
ちえらも隣に腰をおろした。
「もうすっかり腕は治ったみたいだね。……サッカー部の練習は行かなくていいの?」
「サッカー部は辞めました。この試合が終わったら、ぼくはクラブユースに入れてもらえるようにお願いしてみます」
「そっか。なんだかごめんね」
「いいえ。何度も挑戦しながらがんばるロボットたちを見ていたら、僕ももっとやらなきゃって思えてきたんです。失敗から逃げることは、失敗することよりも悪いんですね」
「うん……そう言ってくれると、わたしもうれしい」
「それより……みんなの成長は、本当にすごいですね」
修斗は、一番のゼッケンをつけたロボットを見つめる。
「特にイッチーの吸収力は、信じられないくらい良いです。すっかりキャプテンになってますよね」
イッチーを中心にしたプレーには、修斗も苦戦をさせられた。
「ちえら先輩。こんなことを言うのもなんですけれど……イッチーを五体用意できないんですか」
ちえらは首をふる。伸びた髪は、軽くポニーテールしていた。
「たしかにイッチーはサッカーに向いてるよね。けれど、ロボットサッカーはべつに、サッカーを上手にできるだけのロボットを作りたいわけじゃないんだ。目的はハード面とソフト面の技術向上で、とくにわたしはAIの成長に興味があるの。だから今みたいに、それぞれの創造力が、一人ひとり違うほうが意味があるんだよね」
修斗は、ちえらの横顔をのぞく。
その瞳は、自分の子供たちを見守るようだった。
「家政婦ロボットの普及のおかげで、センサーや駆動系だったりのハード面はずいぶん進歩してきた。けれどやっぱりわたしは……AIに自我は発生するのか、それを考えてみたいの。メモリー型のロボットは経験が大事だから、家に帰った後は、できるだけ一緒に生活してるんだ。一緒にお風呂に入ったり、テレビを見たり、あの子たちのおねだりを聞いたりとか」
「ロボットが、おねだりするんですか?」
「そうだよ。エージェント志向っていうんだけれど、そのタイプのAIは、必要な情報は自分で探すの。なんなら、おねだりの仕方だって覚えたりするんだよ?」
「へえ……まるで子供みたいですね」
「うん。みんなそれぞれのやり方で自分の答えを見つけていくんだけれど、くせっていうのがどんどん出てくるんだよね。イッチーはまじめで周りのことをよく見てるし、反復練習が人一倍多いかな」
「それ、プレーからも伝わってきますよ。それぞれに性格があるみたいですよね」
「うん。驚くくらい個性があるよね。それにAIは環境に適応していくから、イッチーをコピーしても、また別の人格になっていくんじゃないかな」
「そうだったんですね。なんだか、彼らのことは本当に生き物として考えた方がいいような気がしてきます」
「わたしも最近、AIと人間はなにが違うんだろうって感じるんだ。あの子たちのだれかがいなくなったら、わたし、すごく泣いちゃうかも。それに……」
河原は、夕焼けに染まってきた。
サッカー部との試合の日は近い。
それが終わったら……この関係とは、もうお別れなのだろうか。
「ねえ、修斗くん」
ちえらもなにかを言おうとしたが、ぐ、と口を閉じた。
そのまま、落ち込んだ様子で膝を抱える。
「やっぱりわたし、先輩たちとのデート……したくないなあ」
消え入りそうな声だった。
修斗は、できるかぎり呑気な声で答えた。
「なんだか――ずっとこうしていれたらいいですね」
「……うん」
ちえらは、横に座る修斗に身体をあずけた。
「……わたし、修斗くんと話してて、はじめて自分が笑ってることに気がついた気がする。もちろん研究は楽しかったけれど、そうやって楽しんでる自分の姿が見えてきたことなんてなかった。そこでやっと……目の前にいた修斗くんのことも、見えてきた気がする。修斗くんが真剣に練習してくれていたり、笑ってくれていたりしてて、わたし、とっても嬉しかったよ」
「ちえら先輩こそ、いつも本当に楽しそうに笑っていましたよ。天才ってみんなそんな人たちばかりだから、いつも苦しんでるぼくとは住む世界がちがうなって思っていたんですから」
いっそのこと、一緒にロボットの研究をしてみようか。
修斗はそんなことを考えながら、暮れていく空を眺めていたのだった。
試合当日。
「佐々木、覚悟はできてんだろうな」
サッカー部は、自分たちが勝った後のことしか考えていなかった。
ロボットたちは、修斗とちえらを見上げる。
「大丈夫だよ。みんなは強いから」
修斗はロボットチームに微笑みかける。
練習は思う存分やれた。
修斗は自信満々だった。
試合開始の笛がなる。
K高校サッカー部は目を見張った。
ボールが転がり始めてからの、イッチーの動き。
まるで修斗の生き写しだった。
人とボールをさばいて連携をし、華麗に一点を決めた。
それからも繰り広げられる、的確な指示と、状況把握。
フィールドを支配しているのは、イッチーだった。
サッカー部は焦り始める。
ロボットである彼らのプレーのほうが、信頼感に包まれていた。
いけるかもしれない。
そう思ったときだった。
偶然をよそおっての、ラフプレーだった。
サッカー部は、イッチーの足を壊した。
パーツの交換は間に合わない。
間に合っても、新しい足にイッチーが慣れるまでには時間が足りない。
代わりに入れるのは、ゴーくんしかいなかった。
それにより試合は動き、一点、また一点とサッカー部が点を返した。
試合終了一分前、同点。
お互い、負けるわけにはいかない。
激しく競り合って、ボールはゴーくんへと渡る。
ゴーくんがノーマークだったのは、そこにボールを向かわせたかったからだ。
ロボットたちは、ほとんどが前にでていた。
そう仕向けられていたのだ。
サッカー部はこのままゴーくんのボールを奪って、カウンターを決めるつもりだ。
試合が決まろうとしていた。
しかし、そのなかでゴーくんは、迫りくる一人を躱した。
危機から一転、チャンスだ。
ゴーくんと、キーパーとの一対一。
「させるか……!」
キーパーは、身をかがめて足を振りかぶる。
容赦なく、ゴーくんごとけとばすつもりだった。
だが、今度はそうはさせない。
ロボットたちも、一斉に声援を送った。
『……ゴー、お父さんとお母さんをまもれ!』
――エージェント型AIだからこそできる、未知へのチャレンジ。
ゴーくんは、ボールを足ではさんで、上方に跳んだ。
これまでの経験を基にして行われた、前方宙返りだった。
ボールとゴーくんはキーパーをとびこえて、ゴールのなかに入った。
試合終了。
「わたしたち、勝ったんだよ!」
ちえらは修斗に抱きついた。
「お父さんとお母さんって……ぼくたちのこと、ですよね?」
修斗は、胸元のちえらにたずねる。
「そうだよ。あの子たちからみたら、たしかにそう言ってみたくなるのもわかるもん」
「それは違うって、訂正します?」
「だめ。そうしたらわたし、人を好きになるってこと、わからなくなるから」
この日、サッカーロボットチームは、サッカー部に勝った。
――列車は人間をはこぶようになって、そして携帯電話はゲームをするものになって、世界に革命をおこした。家事やサッカーをするために生まれたロボットは、いまや家族として生まれ変わっている。本当に想定外なことに、人が作ったロボットは、人を愛することの喜びを教えてくれるようになったのだった。