篤人くんとお弁当
「お弁当?」
「うん、お弁当。千紗ちゃんと食べたいなって思って。」
テストも終わって、いつも通りの生活が戻ってきた。部活も再開したから、篤人くんと過ごせる時間が減っちゃうのは、ちょっと残念だけど。
そんな時に、篤人くんから嬉しいお誘いが。
「少しでも長い間一緒に居れたらなぁって。……駄目?」
「う、ううん、全然!」
わたしも、篤人くんと少しでも長く一緒に居たいと思う。
「……だけど……」
「だけど?」
「わたし、今まで温子ちゃんと2人で食べてたから……」
わたしが篤人くんとお昼を食べることになると、温子ちゃんが1人になっちゃう。
「あ……」
篤人くんが困った顔をしてしまったから、悲しくなった。そんな顔、して欲しくないのに。お誘いは、ホントのホントに、嬉しい。でも、どうしていいか分からなくて。
「……呆れた。2人してそんな悲しい顔してないであたしに直接言えばいいでしょ。あたし別に1人で食べるよ。千紗が笑顔でいられるなら、それでいいから。」
隣のクラスの人に古文の教科書を借りに行ってた温子ちゃん。いつの間に帰ってきてたのか、わたしたちの話が聞こえてたみたい。
「え、でも温子ちゃん…っ」
「もう、千紗は気にしないでー。」
なんて言っていいかわからないのは、篤人くんも同じみたいで。わたしも篤人くんもあたふたしてると、急に前の席の篠崎くんが振り返った。
「じゃーさ、塚田、俺と食う?」
「……は?」
温子ちゃんは、意味がわからない、といった表情になった。
確か、篠崎くんもサッカー部。うちのクラスはサッカー部は2人しかいなくて、仲良しだったはず。篠崎くん、篤人くんと一緒にお弁当食べてたし。
「いやー、俺も、昨日まで篤人と食ってたからさ、今日から一人なわけ。部活の食堂組に入れて貰おうかと思ってたんだけど、調度いいや。独り身同士、仲良くし「ごめん渡辺。やっぱあたし千紗と食べたい。」
* * *
「……で、何でこうなるの。」
「え? 自然の摂理?」
「ごめん意味わかんないしあたし篠崎には一切話し掛けてないよ。」
その日のお昼休み。
篤人くん、温子ちゃん、篠崎くんとわたしの4人で、食堂に来ていた。
「ごめんね温子ちゃん。わたし、篤人くんも温子ちゃんも大事だから……」
「……千紗がそう言うなら、いいけど。」
温子ちゃんは玉子焼きをつついた。
「でもあたし、それなら3人で食べればいいと思うな。篠崎関係ないじゃん。」
「酷っ、塚田超酷い!」
「……事実だし。千紗からすりゃあんたなんて所詮彼氏の友達に過ぎないし。」
「え、なに? なにかな温子ちゃん? ツンデレさんなのかな温子ちゃん? 俺今ものすごく傷付いたんだけどな! 心ずたずたなんだけどな!」
「うるさい。あと温子ちゃん言うな。」
なんだかんだ言って仲良く見える2人に、思わず笑ってしまった。
「こうして4人で食べるのも楽しいね。」
「うん。千紗ちゃんとも居られるし。2人のやりとり、結構おもしろいもんね。」
こそこそ言い合って、わたしと篤人くんは笑った。
このまま、楽しい時間が過ぎていくと思っていたら。
「渡辺くん、今日1時に中庭って約束だったんだけど……忘れちゃった?」
とっても可愛い女の子が突然やってきて、言い放った。
「え……、あっ、ごめん!」
篤人くんがガタッと立ち上がった。
「ううん、いいよ。今からでも大丈夫だから。」
にっこり笑った女の子。
「……あ、えっと、でも僕今……」
篤人くん、約束ってなに?
そう思っても、口から出てくる言葉は正反対のことで。
「いいよ、篤人くん。」
「……え?」
首を傾げてわたしを見る篤人くんに、笑って見せた。
「お弁当箱、教室までわたしが持って上がるから。」
本当は、こんなことが言いたいんじゃない。
「え……、千紗ちゃん、いいの?」
「うん。」
よくないよ、嫌だよ。約束って何なの。他の女の子と2人きりになんてならないで。
そう思っても、それを口にする勇気はなくて。……結局、わたしは無理に笑顔を作って、食堂から出ていく篤人くんと女の子を見送った。
「随分非常識な女ね、彼女が隣にいるのに。……千紗、大丈夫?」
「う、うん、ありがとう、温子ちゃん。大丈夫だよ。」
「……千紗、無理しちゃ駄目だからね?」
「うん……でも、我が儘言って篤人くんを困らせるのも嫌だし……」
わたしなんかが篤人くんの彼女でいいのかなって思ってしまう。……あの子より、可愛い自信もないし。
「あー、気にすることないよ徳良。篤人、ああいうのいつも断ってるから。」
「そういう問題じゃないの篠崎は黙ってて。」
「え、なんで。俺今変な事言った?!」
「う、ううん、そんなことないよ篠崎くん。」
「でも千紗、嫌なんでしょ?」
「……。」
……嫌。ものすごく、嫌。そう思ってしまうわたしも、嫌。そんなことを考えてたら温子ちゃんと目が合って、しばらく視線を彷徨わせた後、わたしはこくりと頷いた。
「……嫌なら嫌って言わなきゃ。ちゃんと言葉にしないと、千紗の気持ちは伝わらないよ?」
温子ちゃんの言葉を聞いて、わたしは視線を上げた。
「……ね?」
「……うん。ありがとう温子ちゃん。」
わたしが笑うと、温子ちゃんも笑ってくれた。
「篠崎くんも、ありがとう。」
「え? あ……、お、おう!」
「……え、千紗何で篠崎にありがとうなんて言ってんのこいつなにもしてないよ。」
「いや、だから温子ちゃん? 俺の心がぼろぼろだよ?」
「え? だから?」
「S! 温子ちゃんS!!」
温子ちゃんと篠崎くんのやりとりに、思わず笑ってしまった。
今度は、自分の気持ちをちゃんと伝えてみよう。
温子ちゃんと篠崎くんのお陰で、そう思えた。