温子ちゃんとわたし
「おはよ、千紗。」
「あ、おはよう、温子ちゃん。」
顔を上げると、朝練が終わって、教室に来ていたらしい温子ちゃんが、わたしのノートを覗き込んでいた。
温子ちゃんの髪の毛はぼさぼさで、それがなんだか可笑しくて、くすっと笑うと、温子ちゃんは「なぁにー?」って不満そうな顔をした。
「温子ちゃん、髪の毛ぼさぼさだよ。」
「……別に気にすることないでしょ、髪くらい。」
「もう、またそんなこと言って。」
バスケ部に所属する、運動神経抜群の温子ちゃんは、さばさばしてて飾り気もなくて、みんなから好かれてる。
もちろん、温子ちゃんのことが好きな男の子だっているのに、温子ちゃんったらいつもこんな感じで、可愛いのにもったいないなぁ、ってたまに思う。
でも、それも含めて全部が温子ちゃんで、そんな温子ちゃんだから好きなんだけど、ね。
「貸して? わたし、梳いてあげるから。」
「え、いいよそんなの。気にしてないし。」
「遠慮なんてしなくていいよ。わたしがやりたくてやるんだから。」
わたしが言うと、温子ちゃんは諦めたように笑って、椅子を持って来てわたしの隣に座った。
「……今日は化学なのね。」
「うん? なにが?」
わたしはポーチから櫛を取り出しながら、答えた。
「いや、いっつも数学してたでしょ?」
温子ちゃんが言うから、広げてある化学の問題集とノートを見た。
「あ……うん、いつもは数学をしてたんだけど、篤人くんが、化学も分からないって言うから、教えてあげられるようにって思って。」
温子ちゃんのショートヘアーを整えながら、わたしは答えた。
昨日の帰り道、もうすぐ10月考査だから、部活が出来なくなってつまんない、って篤人くんが言うから、ちゃんと勉強しなくちゃって言ったの。そうしたら、わからないからやりたくないっていう返事が返ってきた。だったら、一緒に勉強しよっかって話になって。
「あー、相変わらず千紗の世界は渡辺中心に回ってるわけかー。」
「え、そ、そんなことっ……」
「ま、そんな一途な千紗だから可愛いんだし、仲が良いのは悪いことじゃないんだけどね。」
「え、えっと……あっ、髪の毛! 梳かし終わったよ!」
恥ずかしくなって話題をそらそうとしたけど、温子ちゃんはありがとうって言った後、また話を戻した。
「は〜〜、あたしの可愛い千紗とっちゃって、ホント憎たらしいわ、渡辺。」
「あ、あの、温子ちゃん、篤人くんはそんな、温子ちゃんからわたしをとっただなんて思ってないと思う……」
「……うん、分かってる。千紗が幸せそうだから、いいんだけどさ。………でも、」
そう言って、温子ちゃんは、教室に入って来た篤人くんと、周りの女の子を見た。
「可愛い可愛いあたしの千紗を差し置いて他の女といるなんて、やっぱ納得いかない。」
篤人くんが席に座ると、当然のように女の子たちは篤人くんの周りに集まる。みんな笑顔で、篤人くんも笑顔で、とっても、楽しそうで……
「そりゃあ言い寄ってるのは女のほうだけどさ、千紗はいいの?」
「え……」
いいわけ、ない。
全然よくない。
いくら目立たなくても、可愛くなくても、わたし一応、彼女なんだよ? 篤人くんの笑顔は、わたしにだけ向けていてほしい。
他の女の子と、仲良くしないで……
そう思うんだけど、我が儘なんて言えない。きっと、篤人くんを苦しめちゃうから。……ううん、本当はそうじゃないの。我が儘言って篤人くんに嫌われちゃうのが、怖いの。
「……篤人くんが笑顔だから、わたしはそれでいい。……うん、いいの。」
自分に言い聞かせるように言って、温子ちゃんに笑って見せた。
嫌われるくらいなら、我が儘を飲み込んでる方がいい。……それに、付き合う前は、篤人くんの笑顔が見られたら、それだけで幸せだったんだもん。我慢できるよ、我慢しなきゃ。
「……千紗。あたしじゃ頼りないかもしれないけど、何かあったら言ってよ?」
「頼りないなんてそんなこと!」
「あたし、いつだって千紗の味方だから。」
嬉しくて、わたしのほうを向いて言ってくれる温子ちゃんに抱き着いた。
「温子ちゃん、大好きっ」
「あたしも、千紗大好きだよ。」
心配かけてごめんね、温子ちゃん。
わたしは温子ちゃんに抱き着く力を少しだけ強めた。




