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いちごみるく  作者:
1/6

篤人くんとわたし

 時計の針が、あと10秒で6時をさす。


 わたしは開いていた数学の問題集とノートを閉じて、かばんにしまった。飲み終わった「いちごみるく」の紙パックをごみ箱に捨てて、かばんを机の上に置いた後。いつものように、窓からグラウンドを見る。


――いた、篤人くん。


 練習を終えて、友達と談笑してる篤人くんを見て、自然と頬が緩んでた。わたし、相当篤人くんのことが好きなんだなぁ、なんて思いながら。



 1ヶ月半くらい前に、わたし、徳良(とくら) 千紗(ちさ)は、サッカー部の渡辺(わたなべ) 篤人(あつと)くんと付き合うことになった。

 その日から、部活に入っていないわたしは、毎日こうして食堂の前の自動販売機で「いちごみるく」のジュースを買ってきて、放課後教室に残って勉強をしながら、篤人くんを待ってるの。


 6時に窓から篤人くんを見たら、かばんを持って教室を出る。靴を履きかえて、待ち合わせ場所の正門へ。


 しばらくすると、後ろから話し声と足音が聞こえてくる。


「千紗ちゃんっ」


 聞こえてきたのは、わたしを笑顔にしてくれる、大好きな篤人くんの声。名前を呼ばれるだけでも、胸がきゅんってなる。すごくすごく、篤人くんが愛おしい。


「篤人くん、お疲れ様。」


「ありがと。」


 そう言ってはにかむ篤人くん。好きだなぁって、実感する。わたし、この瞬間がすごく好き。


「じゃあ、帰ろっか。」


「うん。」


 篤人くんが手をぎゅって握ってくれる。

 篤人くんの隣に居られる。

 それが、すごく嬉しくて。


 わたしは今日もまた、こうして幸せをかみしめながら、篤人くんと2人、帰路につくのです。


* * *


 4月。

 期待と不安で胸をいっぱいにして、わたしは高校に入学した。



 わたしは新しいクラスに馴染むまで時間がかかるから、知らない人がいっぱいで不安だったけど、思いの外友達はたくさんできた。ちなみに、この時前の席だった塚田(つかだ) 温子(あつこ)ちゃんとよく話すようになって、今では何でも話せる仲に。



 そうやって、みんながクラスに馴染もうとしていた頃、自己紹介をすることになった。

 わたしが篤人くんに惹かれはじめたのは、この自己紹介がきっかけだったの。



 背はあんまり高くないんだけど、それが気にならないくらい端正な顔をしていて、性格が可愛い男の子として、もともと篤人くんは人気だった。



「渡辺 篤人です。中学の時はサッカー部でした。高校でも続けるつもりです。好きな教科は英語と体育で、国語は苦手です。」



 わたしの頭の中は、ちゃんと喋れるだろうか、っていう心配ばっかりで、男の子の中では少し高めの篤人くんの声を、半分聞き流していた。かっこいい人だって噂されてるのは知ってたけど、あんまり噂に興味がなくて、篤人くんの顔もちゃんと見たことがなかった。……だけど。



「えっと、好きな食べ物は苺です。」



 篤人くんのこの一言がとても意外で、思わず顔を上げて篤人くんのほうを見た。


――可愛い…


 胸がきゅんとして、体が熱をもったみたいだった。

 ……今思うと、この時にはもう、篤人くんに惚れてたのかもしれない。



「自動販売機にいちごみるくがあったので嬉しかったです。」



 いちごみるくって、あの紙パックのジュースのことかって分かってから、あんまり甘いものは得意じゃなかったけど、わたしは少しずつ、いちごみるくを飲むようになった。


 わたしが篤人くんと話せるようになったのは、夏休みの補習で、席が隣になってからだった。わたしは、その頃もう篤人くんのことが好きだったから、すごく緊張してたのを覚えてる。



「あ、すごい。」


 チャイムが鳴る数分前に席に戻ってきた篤人くんが、わたしのノートを見て言った。


「前から気になってたんだけど、『とくら』って、そういう字なんだ。良い漢字が2つ並んでる。なんか、徳良さんらしいね。」


 そう言って、ふふって笑う篤人くんを、ますます好きになったのは言うまでもありません。




 それから、わたしは毎日篤人くんにおはようって挨拶をするようになった。時々、お話もしたり。

 わたしはそれだけですごく嬉しかったし、満足してた。

 かっこよさと可愛らしさが学校中に広まって、篤人くんの人気は入学当初よりすごいものになってた。だから、わたしみたいな平凡な女の子が、高望みしちゃ駄目だって、自分に言い聞かせてた。おはようって言えるだけでも、すごく幸せなことだから。


 そうやって毎日が過ぎていく中で、突然変化が訪れた。



「僕、徳良さんが好きです。いつもにこにこしてて、優しくて、可愛くて、徳良さんのことが、どんどん好きになりました。……えっと、その、もしよかったら、付き合って下さい。」



 篤人くんが、わたしを好きだって、言ってくれた。付き合ってほしいって。


 心臓がとまるかと思うくらい驚いたけど、それより嬉しさのほうが大きくて。



「――ほ、ホントに…?」


「ほんとに!」


「本当に?」


「もう、本当だってば。僕、こんなに緊張してるのに。冗談で告白なんてしないよ。」


 そう言いながらも、篤人くんがふわって笑うから。わたしもつられて、笑顔になる。


「あ……あの、うん、そうだよね、はい、えっと。……こちらこそ、よろしくお願いします。」


 びっくりして、ふわふわして、ドキドキして、よく分からない気持ちのまま、よく分からないことを言った後、わたしはぺこりとお辞儀をした。


「うん、よろしくお願いします。」


 顔を上げると篤人くんと目が合って、わたしたちは自然と笑い合った。

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