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1章-05-

「むぅ・・・やはり使えんか、なぜだ?人間ですら魔術を使う者がおるというのに。この体は人間以下とでもいうのか?」



 時刻はそろそろ太陽が頂上に差し掛かろうかという頃合、魔王は謁見の間にある玉座に腰かけて一人唸っていた。

だだっ広い空間で魔王の声だけが響くこと数時間。

魔王は魔術を使えないか何度も試していたのだが一度も成功していなかった。

ハァと一息ついて白魚のような自身の手を見やる。



「術式の展開までは上手くいくのだが・・・なぜ発現しない。理由わけがわからん」



 そう、スペルを唱えることによってかざした手の先に現れる幾何学模様、術式だ。

本来ならば次の瞬間にはその術式に対応した事象が現実となり、そこで初めて魔術を使ったと言える。

だが魔王はまだ一度も魔術を使えていなかった。


ちなみに術式の展開の視覚的な部分は手の内をさらすことにつながるので杖や水晶などの媒体を使うことで視認できないようにする者が多い。


 真剣な顔つきで魔術が使えないという現状に陥った理由を推察する魔王。

容姿こそ年端もいかぬ少女であったが、醸し出すその雰囲気は圧倒的。

やはり魔王、力こそ失ったものの、幼気な少女に成り下がったものの、その貫禄こそが魔王たる証。



(精神は記憶、経験などという積み重ねによるところが大きい、故にこの精神は私が私である限り私だという事は揺るがない。ならば精神力を源とする魔力も変わらないというのが私の理論だったのだが、たしかあ奴は私から魔力を感じぬと言っていたな。私が間違っていたのか?それともやはり、この体のせいなのか?)



 いつの間にか右手を形の良い顎へ、左手を右肘へとやり考えにふける魔王。

フリル尽きの女従者のような衣装でありながらもその姿が彷彿とさせるのは深窓の令嬢。

やはり魔王、品格が違う、姿が変わろうと、衣を変えようと、その玉座に座りし姿から漂うその気品こそが魔王たる証。


 戦闘で傷つき年月で風化した部屋が、色あせ覇気を失ったこの部屋が、まるでかつての彩りを、まるでかつての荘厳さを取り戻していくかのようだった。

そんな中、太陽が頂上を超え、葉の茂った窓から差し込み、光の筋となった陽光がこの部屋に降り注ぎ始めたその時。



 グゥ~ 



 おなかが鳴る音が聞こえた。

犯人は捜すまでもない、魔王だ。

もはや幻想性すら醸し出していたこの空間、謁見の間は即座に現実に引き戻された。


 しかし魔王に変化は見られない。

相変わらず考えに耽っているようだった。


 やはり魔王。

違いといえば少しうつむき加減になり、肌が紅潮しているところだけだ。



「あ、ああ~。もう昼時ではないか!ま、魔族の体ならなんとでもなるのだがな、こここういう体になってしまった以上食わないと言うわけにはいかないのだろう、うむ」



 体が違うと空腹感もやはり違うのだろう。

よほど腹が減ったと感じたのか、魔王はこれから食事をとると誰がいるわけでもないのに宣言していた。


 幸か不幸かユーシェの捜索をやめ直接ここに向かうより前に魔王は食堂も調べていた。

浴場とは違い、そこには使われている形跡などは一切なく、家具すら朽ち果て食材があるなどとは考えられなかった。

再び不安な場所に行く必要はなくなったが、このままでは飢えてしまう。


 その時ふと、ユーシェを探すことばかりに気を取られ、一番先に行くべき場所にまだいっていないことを思い出した。

そこには謁見の間同様硬質化と固定化の魔術が使われており、勇者との激しい戦闘の舞台にもなっていない。

故に数千年は朽ちない計算になる。



(安全な場所、で真っ先に私室を思い浮かべないなど・・・。私はそうとうに参っていたようだな。食材が無事とは思えんが調度品として集めていた中の武器ならば使えるものがあるだろう。それを使って調達しに行くしかあるまい・・・・)



 魔王は立ち上がると謁見の間奥にある玉座のさらに奥、すなわち玉座の背後の壁へと向かう。

十数メートル先のその壁には扉があり、その先が以前の魔王のプライベート空間があるというわけだ。


 そこには文化的な生活を送るうえで必要なものがすべてそろっている。

充実した衣食住のことである。

魔族は魔力さえあればその強靭な肉体でたとえどのような環境でも生きていける。

食事もその気になれば何も口にしないまま本来の寿命を全うまっとうできる。


 だが魔王はこの城に食堂を作り、浴場を作った。

この文化的な、言い換えれば生きることに効率的でない振る舞いはこの魔王の特徴とも言えた。

他にも書物楽曲なども魔王は嗜んでいたのだがここでは割愛しよう。


 以前は気にも留めなかった扉の重量。

魔王は今扉に背を当て全力で踏ん張っていた。



(景観と強度を踏まえここだけ特殊な鉱石を使ったことがこのような形で仇になるとは、思ってもみなかったぞ。くっ、なんという重さだ・・・)



 体の向きを変え、両手で取っ手を持ちタメを作って右肩で扉を押す。

すると次第に扉が動き始めた。

そして一度動いた扉は魔王が押すままに開いていく。



「おぉぉおおぉおおおっ!!」



 最終決戦ですら見せなかった魔王の気概で開いた扉の先にはかつての姿を保ったままの数々の調度品があった。

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