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1章-04-

 昨日、魔王は鏡で自身の姿を見たときに受けたショックが大きすぎたのか、その後しばらく茫然自失となり、微動だにしなくなっていた。

そんな魔王を見兼ね、ユーシェは連れてきたときと同様にしてヒョイっと乱暴に魔王の体を抱え上げるとそのまま地下に直行。

死んだ同胞たち、ゴブリン、オーク、トロールの3人が寝床として使っていた地下の一室に魔王を放り投げておいたのだった。


 それから一夜明けた今朝、怒気を孕んではいるのだが何とも可愛らしい声が城中に響き渡っていた。



「メイザース!どこにいるっ!!昨夜の私への扱いで少々、貴様にどうしても確認しておきたいことが出来た、さっさと姿を現せっ!!・・・・フハハハハッ!隠れたところで無駄だと分かっているのだろう?ここがだれの城だったと思っている?早く出てきた方が貴様自身の身のためだと、私は思うが?」



 勿論、この口調に似合わず可憐な声を城内に響き渡らせているのは魔王だというのは言うまでもない。


 しかし最初こそ張りのあった声は時間が経つに連れて次第に萎んでいき、ついには聞こえなくなってしまった。

先ほどまで元気よく響いていた可愛らしいその声の持ち主だが、今や背筋は曲がりグテッと肩を落として意気消沈しているではないか。


 だがそれも仕方ないといえよう、地下から上階に向いながらユーシェを探すついでに見てきた城の各所は以前の姿など見る影もない、廃墟そのものであった。

思い出深いものが有るわけでもないが、以前住んでいた、一生を過ごした城がこうも無残な姿を見せつけられると、やはり思い入れなど無くともやはり気落ちしてしまうのだろう。


 それに加え目的の人物も一向に姿を見せない。

そいつを怒鳴りつけるために溜めていた怒気やら鬱憤やらはいつの間にか霧散してどこかに消えてしまっていた。


 捜索しているうちに怒りが収まり、以前を懐古でもしているのだろうか魔王はかつて煌びやかだった廊下を一人で歩いている。

すると廊下の壁のあなから見える風景が不意に目に留まった。

ゆっくりとした歩みがそのまま止まる。


 魔王のいる場所は城の中段あたりだが木々の背丈よりは優に高い位置にある。

以前の瘴気に包まれた森とは違い遥か遠方まで、この目でも視認することができた。

どこまでも森が広がっているだけの何の面白みのない風景なのだが、殆どをここで過ごした魔王にとっては新鮮なものであったのだ。


 また、これまでは常に侍従を侍らせていたため一人で城内を歩き回るなどしたことがなかった魔王。

慣れない状況に居心地の悪さでも感じたからか、無意識の内に内情を吐露し始めていた。



「ふんっ・・・あ奴め、いったいどこへ隠れた。私をあのような悪臭漂う場所に放り込むとは、いい度胸だ。まったくなんなんだっあの部屋は・・・。私をこんな目に会わせよって、やはり少々痛めつけてやらねばなるまいな!」



 ぶつぶつと文句を零しながら昨夜のことを思い出す。


 あまりのショックで思考回路をショートさせていた魔王はユーシェにどこかの部屋に放り込まれてからしばらくして、異臭のあまりに我に返った。

ユーシェが用意してくれたのだろうか、壁に固定されたランプでユラユラと揺れる炎が魔王の呆けた相貌を照らしている。

臭いに耐えれず部屋を出ようと扉を開けるが廊下には明かりが無く真っ暗。

千年過ぎたであろうこともあってどこの部屋がどんな状態であるかもわからない。

その中を魔法の使えない今の体で進むには少々無理があった。


 なにしろ光源がないだけで既に何もできない、今夜も月は出ているのだが地下の魔王は知るすべがない。

ランプは魔王が全力で壁から取り外そうと試みたがびくともしなかった。

仕方なく魔王はゴブリンやオーク、トロールたちの残り香の中で、そうとは知らずに一夜を明かしたのである。


 そんなひもじい思いをしながら過ごした昨夜を思い出し、たそがれている場合ではないと怒りが再燃した。



(フハハ!あ奴め。見つけたら絶対に泣かしてやる!!)



 もはやすでに自分が涙目で、泣かされていることにも気が付かず魔王は一人いきり立っていた。


 少し強い風が窓から外を覗く魔王の髪を揺らし、頬を撫でる。

我に返った魔王が視界いっぱいに広がる樹海から目を外し、再び城内を探し回ろうかと歩を進めようとしたその時、ある懸念に至る。


 

(ん?そういえばこの城の防備は一体どうなっている。襲撃があったという事をメイザースは言っていたな。しかし、だとすると、ここはもはや・・・・私にとっては死地ではないのか?)



 森の魔物や動物たちは以前の魔王のままなら何の気にも留める必要もない、取るに足らない存在ではあったが今はそうではない。

もしこの城に森の魔物などが入り込んでいて鉢合わせたら、どういう結果になるかは想像にやすい。


 ふと魔王の脳裏に、不安というこれまであまり感じたことのない感情が過る。



(・・・まさかあ奴、私を置いてここを離れたのではあるまいな?)



 これだけ探していないのだ、すでに魔王の傍にいないと考えるのがふつう。

なぜなら魔王がこうなってしまった以上、ユーシェが魔王に使える必要など全くないのだから。

朝起きて居なくなっているというのは、魔族にしては紳士的な方だろう・・・。


 しかし、不安という慣れない感情が冷静さを奪い、その理的な結論を棄却する。


それでいい。


 納得してしまえば、認めてしまえば、この森に一人取り残されたという状況に次は全く得体のしれない感情があふれ、心が支配されてしまうと魔王は予感していた。


 強大な力を持っていた以前は無論の事、暗闇の世界に居た時でさえ、魔王は恐怖というものを感じたことない。

どんな状況をも打破できる絶対的な自身とそれを可能にするだけの力と技術があったからだ。

だが今そのどれもが魔王からなくなってしまっていた。

残っているのは様々な魔術に対する知識と経験。

しかしそれらは魔王の置かれている状況の悪さを理解させることにしか役立たなかった。



「ま、まぁ大丈夫だろう・・・」



 そうつぶやき、歩を早め、魔王は一直線にかつて謁見の間のあった最上階を目指した。

そこはこの城の中で魔王が今考えうる最も安全な場所だった。

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