プロローグ
魔王と勇者の最終決戦から千年後、黎明。
やたらと枝分かれの多い樹木が鬱蒼と生い茂った森。
常に昆虫や動植物たちによって食物連鎖が繰り広げており、かつては瘴気に包まれ『死の森』と呼ばれていたとは到底思うことのできない実り豊かな森。
そんな森の深い深い奥のその更に奥、そこには三つの尖塔を備えた城郭が天を衝かんばかりに聳え立っていた。
だが遠目でこそ立派なその城の細部は所々朽ちており、かろうじてその形状を保っている様な状態であった。
人の手が加えられた気配などまるで見受けられない。
自然の浸食を阻むすべのないこの城は植物に覆い尽くされ、今や緑の城と言ったところだ。
かつては作り手のその英知によって建てられたことを伺わせるその城は今や荘厳さのかけらもない。
そんな城で今、数匹の魔族が地下のとある一室に集まっていた。
魔族たちの間で千年前に実在したと伝えられる、類い稀なる強さを持った魔王。
今地下室に集まっている魔族は伝承を信じ、復活を企んでいる魔族達だ。
その一室から漏れる一筋の暖色の光は蝋燭の光だろうか。
筋となった光は真っ暗な地下の廊下の暗闇を見事に切り裂いている。
わずかに空いた扉から漏れる騒々しい声が地下の廊下に響く。
「いやぁーそれにしても、ここまで来るのは本当に長かったですなぁー、オーク殿」
「全くですなぁゴブリン殿。しかしここまで我々がやってこられたのも、一重にトロール殿のその戦闘力があっての物でしょうな!ここに近づく魔物、人間どもをバッタバッタと・・・。」
「ガハハ!何を申すか。今日この日を迎えられるのは我々全員が居たからこその物。強いて誰かのおかげと申したいのなら、儂はこの場にいる全員のおかげと申したい!」
「おおお、そうトロール殿に言ってもらえるとはこのゴブリンも頑張って来たかいがあったというものですなぁ」
「このオークも同じ意見よぉ!ゴブリン殿」
「ガッハッハ!皆に喜んでもらえるとはそれでこそ儂もやって来たかいがあったというものだわい!」
「でも、結局集まったのは4人だけ・・・結局皆、信じてない」
石造りの薄汚れた壁に蝋燭が映し出す影は四つ。
魔王復活の祝杯をあげるにはまだ早いが、この雰囲気から察するにもうあげてしまっているのだろう。
だがそれだけ気が逸ってしまうのも仕方がないと言える。
なぜなら、千年前の魔王は『最後の魔王』と言われておりその言葉の示す通り後に千年間、今日この日まで以前の魔王に代わる魔王の器を持つ者は現れていない。
さらに悪いことに、人間たちの中で『ギルド』と呼ばれるシステムが確立化、経ては効率化されてしまい、魔族は人間に押される一方になってしまっていた。
例えば、ある種の魔族が人の眼に触れるとその世界各地に支店を持つギルド、この場合は冒険者ギルドからその魔族に特化した編成でパーティーを組んでやってくる。
そして地の果てまでも魔族を追い詰め屠る。
今や大半の魔族は人に、惹いては冒険者ギルドの者達にとってただの獲物と成り下がっていた。
しかし今日の劣勢を変えることが出来るかもしれないのだ。
夜を徹して騒ぎたくもなるだろう。
だがそのせいで、彼らは廊下より忍び寄っていた人間たちの気配に気が付けなかった。
「ぐっふぅ」
一番入口に近いところで陣取って酒を飲んでいたゴブリンの胸から突然何かが生える。
自分の胸から生えてきた真っ赤な血に濡れた何かに驚愕の表情で見つめるゴブリン、必死に何かを言いたげに口をパクパクとさせているが声を発することは出来ない。
次の瞬間、その何かがそのままゴブリンの体を真っ二つに切り裂いた。
「後、二体いるな。敵は雑魚だが気を抜くんじゃないぞ」
剣、槍、斧、弓、杖を持った五人組。
弓の者だけ廊下の暗闇の中に紛れているが視界に捉えられる者達だけからでも冒険者ギルドのパーティーが来たのだとすぐに知れる。
そしてこの構成はその中でも万能の一言。
どのような討伐任務であれ構成されているメンバーのレベルから逸脱している敵が相手でもない限り、ホーム(ギルド)に良い結果を持って帰って来るだろう。
そんなパーティーが相手なら当然戦略が要る、だが。
「ご、ゴブリン殿!!き、きさまらぁあああああああああああああああ」
「な?!オーク殿!またれよ!!」
不意に訪れたゴブリンの死に逆上したオークは剣士に向かって一気に突っこんでゆく。
一足飛びに間合いを詰め、そのまま手に持つ棍棒を一気に振り抜こうとしたその時、狙っていた剣士のその髪を掠めて矢が飛来し、オークの脳天目がけて吸い込まれていった。
オークはそのまま声もなく倒れ、再び立ち上がることは無かった。
その様子に入口付近で斧を肩に担いだ戦士が吐き捨てるようにしゃべる。
「おいおいマジかよ。こりゃ中級下位クラスの敵だぜ?なんでこんなショボイのに俺たちが駆り出されたんだ?」
やれやれと空いた方の手を振って戦士は呆れを込めたため息をはく。
戦闘中とは思えない、相手を舐めきった態度。
そこをトロールは見逃さなかった。
人間などがまともに食らえば簡単にミンチになってしまう様な金棒の一撃を戦士に向かって横から入れる。
その一撃が戦士に当る直前に槍と大盾を持つ者がその間に入った。
大盾と槍の先端を上手く駆使してトロールの即死級の一撃を上にいなす。
ガキィイインという金属同士がぶつかる音とともに逸らされた一撃は深々と壁をえぐった。
トロールはいなされたと知ると即座に構えなおす。
このパーティーのリーダーであろう剣士が今の一連の出来事を見て言わずにはいられなかったようだ。
「ガル!!お前・・・レイクが居なかったらで死んでいたぞ。前衛は敵の一挙手一投足を見逃さぬ様常に気を張っているんだ!!いいかげんお前も前衛だという緊張感を持て!」
「わ、悪い、ヴィル。そして助かった、レイク」
「ちぃ・・・天井がもうちっと高かったら小僧!おまえを殺せたのにな」
そう、金棒を縦に思いきり振れていれば確実に斧かそれを受けにきた槍のどちらかは殺せていた。
トロールの巨躯でその体格に合う武器を振り上げるにはかなり低すぎた天上のせいで横から薙ぎ払うしかなかったのだ。
そのためこの状況はトロールの不利、その上もうパーティーメンバーに油断は見られない。
トロールはここが死地だと悟った。
「ここまでかのぉ・・・。わしはただの魔族、だがそれだけで十分なんじゃろう?人間ども。全員まとめて、掛ってこんかぁああああああああああああ!!」
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ギルドの一団は地下室にいた魔族の掃討を確認すると、その地下室をはじめとして城の隅々まで探し回ったが他に魔族は見つけられなかった。
そして最上階、大広間にておそらく目的の物を見つける。
それはかつて謁見の間に飾られていた魔王自身の魔力を使った魔石から作り出された石像、もちろん象られているのは以前の魔王の姿だろう。
古代の彫刻の芸術品と同じく何とも凛々しく神々しい風貌であった。
「あれがそうなのか?」
「えらくわかりやすいな。罠でもあるのか?」
「いや分からんぞ。ただとんでもなく硬く壊せんのかもしれん」
「ふん、やってみればわかるさ」
「気を付けて・・・」
斧を持つ戦士が石像の前に立つと思いきり武器を振り被る。
そして思い切って斧を振り下ろすといとも容易く石像は砕けてしまった。
その手ごたえはただの風化した石像その物、この任務のあまりの難度の低さに戦士が苛立つように言った。
「ほんとになんなんだこの任務は!なぜ俺たちがこんなことを?!」
「そもそもこれは支払いは良いが出所不明の信頼性に欠ける依頼だったんだ。それらしい石像があっただけでも良しとしようじゃないか、これで任務達成も同然だ」
「まぁ確かに。こんな辺境に城があったのは驚いたがな。胡散臭いことに変わりはない。ささっと依頼をこなしてホームへ帰ろうぜ」
「うむ、払いに応じて要求通り俺たち上級下位から上級中位のメンバーが出張ることとなったが、これで依頼の内容はもう遂行したと言えるだろう」
「そうね、これで依頼も完了。早く帰りましょう」
依頼達成証明のため杖を持つローブの女は依頼にあった石像の欠片の中でも拳程度の大きさの欠片を拾うとカバンに入れる。
良く分からない依頼だったが、無事完了したことでメンバーの中にどこか気の抜けたムードが漂う。
そこでこの大広間で入口の方、廊下から足音が響いているのを彼らは捉えた。
先ほど城内を虱潰しに探索魔術等で調べたが人の気配は感じられなかった。
足音の主の正体に見当が付かないため臨戦態勢に入る。
メンバーたちは足音から人型、建造物に一人ということから中近距離の魔剣士あたりの敵だと想定する。
やがて大広間の光源が照らすところまで来たその人物はフードを目深まで被っている為性別は分からなかったが、明らかに子供の背丈であった。
「やぁ初めまして諸君。ちょっとそこの元石像に用があるんだけど通してもらっていいかな?君たちの依頼はもう完遂したんだろう?」
子供らしい高い声、女とも男とも取れる中性的な声色でその子供は語り終えた。
その内容にメンバー全員が目を剥く。
これは出所不明の依頼だが極秘扱い、にもかかわらず目の前の子供は何か知ってるようであった。
このまま返すわけにはいかない、と構える。
「僕は君達に関して何も言われてないから手は出さないけど・・・・邪魔するなら殺すからね?義理や人情のためってのもよく分からないけど、たかがお金のために命を捨てるのは流石の僕もどうかと思うよ」
言い終えるやいなや突然子供の姿が一瞬霞んだと思いきや入口からその姿を消した。
高速で走って暗闇に逃げたとかそう言う次元ではない、予備動作も音もなくその場から忽然と居なくなったのだ。
魔法だろうと思われるがそもそも少年からは魔力すら全く感じられなかった。
団員たちが辺りを見回す、しかし探すまでもなかった。
大部屋の中心で石像の破片の触れている子供を全員の視界がとらえていたからだ。
(いつの間に移動しやがったんだあいつ。それにさっきのは間違いない、無詠唱での転移魔法だ。まるで高位の魔族じゃねぇか。そもそも今のあいつからは魔力がほとんど感じらんねぇ。だがそんなことが魔族にできるのか?)
「ん~?ただの石としか思えないけどなぁ。まぁ僕は言われたことをするだけだしっ・・・と、お腹すいたし帰る前にちょっと食べてから帰ろうかな」
何かしらの作業を終えた子供は立ち上がると悠々と大広間の出入り口に向かって歩き始める。
構えるPTたちの中を、その陣形において絶好の位置取りであるはずの場所を子供は敢えてゆっくりと歩いて通り過ぎていく。
そこで剣士が口を開くと子供はその場で足を止めた。
「お前、魔族だろう?それとなぜこんなところにいる?」
「ん?こんなところって、質問の意味が良く分からないなぁ。・・・でもなぜ僕が魔族だって疑うんだい?魔族は生きるだけでも魔力を使うから常に結構な魔力の反応があるはずだけど、僕から魔力を感じる?」
「俺の質問には答えないくせに自分は質問するんだな」
「それを言うなら君だっておなじじゃないか。僕の質問に答えてほしいんだけど?」
フードの中でおどけてへらへらと笑う子供の口元が悪い視界の中でうっすらと見える。
その僅かに見えた輪郭からでもこの子供の整った相貌を予感させられた。
その子供から感じる魔力は、無いわけではない、しかし脆弱の一言であった。
探知魔法で辛うじて確認できる程度、人間にしたって弱すぎる程度である。
(さっきの奴の動き・・・それとこの問答・・・やっぱただの人間じゃねぇよなぁ)
これ以上この子供に踏み込んだことをすれば、何をされるかわからないと剣士の直感が告げる。
故に生きるため、剣士は問い詰めるのを止めた。
「わかったもういい。俺たちからは手を出さない。もう行け」
「あはは、賢いねー君。よかったねー君等、ここで死ぬことにならなくて」
そう言い残し、また歩き出した子供は大広間を出て暗闇の中に明かりも持たずに消えていった。
会話中、パーティメンバーにとって絶好の立ち位置で終始無防備だった子供。
しかし彼らのリーダーは言い得ぬ恐怖、培ってきた直感を信じ、引くことを選んだ。
(任務はこなした。これで良かったんだろうな・・・。)
剣士が警戒を解くとそれを感じ取ったのか、この暗闇のどこに陣取っていたのか分からない弓使いも含めて全員が警戒を解く。
数刻後、魔王城跡最上階の玉座のある大広間に残るのは残骸のみであった・・・。