2章-01-
城を出で、森の中へと歩を進めること数刻が過ぎた。
クロネは自身の背丈より少しばかり高い僧杖に体を預けるようにして、這々の体で何とか歩みを進めている。
僧杖はユーシェのものを無理やり借り受けたものだ。
出立直後は薄暗かったこの森も今は真上から降り注ぐ木漏れ日が明るく照らしている。
フラフラとした危なげな足取りで、足場の悪い道なき道をどうにか進んでいたクロネだが、とうとう根を上げたのか、足を止める。
視線が渡る範囲で周りを見渡し、手近にあった幹にもたれかかって不平をもらす。
「はぁ・・はぁ・・・ユーシェリア!ちょっと止まれっ!」
「・・・・・」
「ユ、ユーシェ!!」
「はぁーい!なんでしょうかぁ、クロネ様ぁ!」
「・・・も、もう少し、ゆっくり、す、進まないか?体力の、限界というものを、私は今初めて実感しているぞ・・・」
「えぇ?これでもだいぶ抑えめに進んでいたのですがぁ。・・・もぉしわけありません、あたしとしたことが少々、クロネ様の虚弱さを見くびっていたようですねぇ」
”無尽蔵”と表現して差し支えの無いの体力を誇る魔族が、ただの歩行による移動にどれほど体力を使うかなど、おそらく生涯を通しても考える事の方が稀だ。
そのため、魔族の王たる魔王であったクロネはもちろんのこと、ユーシェもただの歩行による体力の消耗など、念頭に無かった方が普通だと言える。
だが、ユーシェの言葉にクロネはカチンときたようでムッとした様子で食い下がる。
「まてまて、早計だろう?・・・何をもってそのような答えが出た!?・・・く、比べようがないではないかっ!!・・・この程度が、人にとって普通だということもあるだろう?いや、脆弱な人間のことよっ・・・むしろ優れているのかもしれん!そうだろう?」
「ええとですねぇ・・・それはぁ、まぁ、有り得ないですねぇ~」
もちろん元気なのは口先だけであり、既にクロネの体は幹の根にしっかりと腰を下ろしている状態だ。
上半身を僧杖にもたれたまま、伏せていた顔だけクワッと上げるとユーシェの方を睨む。
「ぐぅッ根拠は!?根拠はあるんだろうなぁ、もちろんっ!!」
「もぉそんなに怒らないでくださいってばぁ・・・ええとですねぇ以前買い物に行った町での話なんですがぁ。ちゃちな外壁をくぐってすぐのところにある広場の傍でですねぇ、子供達がキャッキャッと走り回って遊んでいたんですよぉ。そんな彼らはですねぇ、あたしが帰る夕刻まで、変わらずはしゃぎまわっていましたからぁ・・・。対してクロネ様はほんの数時間で、しかもただの徒歩ですので、もはや明白かとぉ」
「・・・ハッ!そんな普段から体を動かしているような奴らなど参考にならんだろう!・・・まったく、こっちは何年ぶりに活動しているともっているんだ?」
「はぇ?あ、ぅん。・・・たぁしかに!!確かにそうですねぇ!あたしとしたことがぁ、うっかりしてましたぁ。クロネ様のおっしゃる通りですぅー」
クロネのあまりの言い様にむしろ感嘆するユーシェは何かを諦めた。
町に住む一般人、しかも子供をよく運動する部類に入れてしまったら、冒険者等はどう説明しようと頭によぎったがすぐに追いやった。
慣れない感覚ゆえに、少々大げさに振舞っているだけだとも考えたが、幹の根に腰かけたままのクロネは肩を上下させたままでありいまだに僧杖に体を預けて辛そうにしている。
そんな本当に余裕がなさそうなクロネの様子を見兼ねたユーシェは妥協案を探り始める。
(んーむぅ・・困りましたねぇ・・・こうも可愛らしいお姿なのに、気の方は滅法強い方ですからねぇ・・・あたしがただ助けると言っても、断られちゃいますよねぇ・・・。けどまぁ、それを無理やりっていうのがいいんですけどねぇ?)
更々妥協する気など無かったようで、当初の予定に間に合うよう無理やり手を貸すという方向で決着させたようだ。
そしてユーシェは息を吸うが如く自然な挙動で探索魔術を無詠唱で発動する。
もともと周囲数百メートルの領域はユーシェのポテンシャルで状況把握できていたが、魔術の使用によって街までの全行程の状況を把握する。
「クロネ様ぁ!ここからちょぉっと先に進んだところにですねぇ、すこぉしだけ、森が開けた場所があるみたいなんですよぉ。そこでお昼休憩ととするのは如何でしょう?」
「昼食か?そそ、それならし仕方ないな・・・あと少々頑張るとするか!この体、腹が減ってかなわんからな」
「承りましたぁ~。それでは、しぃっかりとあたしに掴まっていてくださいねぇ?」
言い終わるや否やユーシェはクロネを腕の中に抱え持つ。
ユーシェの腕はクロネのひざ下と背中にある、俗に言うお姫様抱っこだ。
クロネの傷口に障らないよう配慮は欠かさない。
「おいっ!ユ、ユーシェ!!貴様またかっ?!最初の時といい、どうして私を抱え上げる?!やめろと言うたろうにっ!!・・・こっのぉ・・降ろさんかぁっ」
「いやぁー、このちょっと先と言ってもですねぇ。それはあたしから見ての話でしてぇ、クロネ様の少々の頑張りでは足り無いのですよぉ。このままでですと、何日後に昼食にありつけるか分からないのでぇ・・・そこまでは私がご案内しますねぇ~!」
「だ、だからと言ってこの様な姿・・・。まるで赤子をあやす様ではないかぁ」
ユーシェの腕の中で最初こそもがいて、掴みかからんとしていたクロネだが、次第に恥ずかしさが勝ったのか今は俯きかげんになり、最後は微かに呟くように言った。
黒く長い所々ハネた癖毛が周囲から赤面した表情を隠してしまっている。
その姿をみたユーシェは目をゆっくりととじ、音はなく唱える。
ふと気が付くとそこから二人の姿は消え、光の筋となった木洩れ日が森の木々とともに風に揺れるのみであった。




