1章-12-
準備が整うと魔王も食卓に着き、ユーシェの着せた服に文句を垂れるでもなく黙々と食す。
食器の音だけがする食卓のそんな沈黙の中ユーシェが手を止め口を開いた。
どんな褒美をせがまれるのかと内心怯えていた魔王を余所に、ユーシェの言葉の内容は今後の方針についてだった。
「魔王様ぁここから一番近い街『パルマカーレ』までは私の足で七日といったところですぅ。この森の入口にあってぇ、探索隊がいたころには栄えていたんですが今はもう見る影もないですねぇ。いかがなさいますかぁ?」
「え?ああ、そうだな・・・」
想像と全く違う問いに不意打ちを食らった魔王は驚いた声を出してしまうもすぐに問いに対する答えを考え始めた。
(背中の傷の具合は良さそうだな。近場の町まではユーシェリアの転移魔法で行ってしまうのもいいが、問題なさそうか?・・・この体でどの程度までできるか試したくもある。めぼしい情報があるわけもないし、急いたところでしょうがないな・・・森はこの足で抜けてみるとするか)
何の情報も持たない今、自らを知ることを最優先とした魔王。
急がないと不味い事などもないのだからやれることからでいいという考えだ。
「様々な情報が欠けている今、私自身を知るためにもどのような経験もしておくべきだと思う。故にこの足で向かおうと思うが・・・いいか?」
「もぉちろんですよぉ~。あたしはぁ魔王様のぉ仰せのままにしますのでぇ~。あ、そういえばあっちの部屋の調度品の宝石類なんですがぁ、いくつか売って旅費にしようかとぉ・・・そちらは問題なかったですかぁ?」
「む、旅費か完全に失念しておった・・・。そうだなぁ金目の物はすべて換金してしまってよいぞ。今になっては思えば思い入れのあるものもないしな!道中で売れるときに売れるだけ売ってしまえ!」
「はぁい!了解ですぅー!!後で空間魔法で収納しておきますねぇー」
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朝食を終えた魔王は一足先に部屋を出て一人謁見の間の玉座に座っていた。
転生前にここで暮らしていた時間は十数年、曖昧だがその何倍ともいう時間を暗闇の中で過ごしたのは確か。
(ここに感じていたのは、我が城に対する懐かしさではなく、肉体を持つことに対する懐かしさだったのかもしれんな・・・)
以前の大半を過ごしたこの部屋を、城を残して発つことに対し、何の戸惑いも湧かない事にそう思わずにはいられない。
荒れ果てたこの大部屋を見渡すが、記憶に新しい勇者との戦闘痕の殆どは、長い年月で雨風の浸食と風化を受けており、現在は判別つきそうになかった。
だがそれも魔王にとっては、詰まらない事だった。
(私は、勇者との戦いを求めていたわけではない・・・むしろその逆・・・)
以前の魔王は、自分自身に降りかかる面倒事を避けるため、魔族全体にとって『良い魔王』であった。
自分の考えがあったが故に魔王であったわけではない。
簡単に言ってしまえば成り行きだ。
魔王の魔法への好奇心を満たすだけの環境、設備が整えば魔王は、魔王でなくともよかったのだ。
魔族は血の気の多い連中が大半を占めていた。
そのため、思想は世界征服を謳っていれば皆が付いてきた。
魔法の研究は勇者に対抗するためと嘯くと家臣たちは黙った。
そして、それしか知らないから、魔王は今回もそれを謳う。
しかし今の魔王にそれができるかと問われたら、否という回答以外はありえないだろう。
そもそも、周囲に合わせることしかせず自らの理念を持っていなかった魔王から力を取った今、残るものは何もなかった。
(・・・今まであった確固たる力を失い。心ひとつでこの地上で暮らすことが、これほど恐ろしく、不安に感じるものだとは思はなかった・・・)
玉座の肘掛で拳を握り締める。
魔王は考えていなかった、いや、本当はわかっている、現実を直視するのが怖くて、考えないようにしていた。
しかし、今感じているこの感覚はごまかしようがない。
(なんの力もなく、世界征服などという適当に謳っていた思想しかない私がこの地上で何ができるというのだ?何をしようというのだ?・・・・どうして他者を従えられようと言うのだ?)
生まれながらに強大な力をもち、ただ冷静に、非効率的なものを廃し、まるで機械のように効率的にしか物事を考える事をして来なかった魔王の心は、以前は感じ得なかった感情に翻弄される。
その時背後からの声と共に視界が奪われる。
「だーれだ!!」
「ひう?!」
思考に耽っていたせいか以前との五感の差だろうか、ユーシェを待っていたにもかかわらずユーシェ背後からの接近に気が付かなかった。
それがまた意識せぬ内に魔王に自らの無力さを知らしめる。
「正解は、あたしでしたぁ~」
「ふんっ!そんなもの、わかっておったわ・・・」
振り返った先に居たユーシェから魔王は反射的に目をそらした。
だが視界に入るためだろうか、魔王の顔を覗き込むように伺うユーシェと目が合う。
魔王はあわててもう一度視線を逸らし、強がりで誤魔化そうとしたが、その表情は見られてしまっていたようだ。
「あれぇ、浮かない顔をしてますねぇ・・・これから記念すべき出立の時なのに何かあったんですか?」
「そそ、そんなことはないぞ?!私の覇業への第一歩ではないか!浮かない顔をする理由など、どこにもないことは至極当然・・・」
「でしたら、もう嫌になっちゃいましたか?まだ力が取り戻せないと決まったわけじゃありませんしぃ・・・早すぎません?」
「・・・・・・・」
無言のままの魔王に詰め寄るように玉座の正面へと移動するユーシェ。
「よろしければ貴女の悩み、私にお話になってみては頂けませんか?貴女は、私を近しい者と仰って下さいました。私はその信頼に答えたいのです」
「・・・・・・・っ」
ユーシェは真剣な面持ちで玉座の真正面から魔王の両肩の上に手を付き、魔王を見つめるようにしているが魔王は顔を背け視線をそらし続けている。
それでも一向にあきらめる気配のないユーシェを一瞥し、根負けしたのだろう、魔王は視線を外したままゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ユーシェリア・・・・私は、私は怖いんだ。自分の中に何もない事が、こんなにも怖いものだと思いもしていなかった。自分では何もできない、何の力も意思もない、ただの木偶だと知るのが、こんなにもつらい物であるなど知りもしなかった。生まれ持った力を支えに組立られた意思など、その力を失えばこうもたやすく折れて朽ちそうになる。力を失った私は何も持たない」
「まおうさま・・・」
「っつ・・貴様はなぜ私を魔王と呼ぶ?この私のどこを見て、何を持って魔王と呼ぶのだ!!誤魔化しと嘘しか持ち合わせていない、なんの意思もないこの私を、なぜ魔王と呼ぶのだ!!私は、私はただの・・・・」
「いいえ。貴女は魔王様ですよ。それは変えようのない事実です。たとえ暗闇に恐怖を感じて部屋から出れない貴女でも、私に鞭うちしようとして自分に撃っちゃうおまぬけさんでも、貴女は魔王です。私が保証いたします」
ユーシェはその言葉と同時に、魔王の手を両手で包むようにして取った。
その瞬間視線をそらしていた魔王がキッとユーシェを睨みつける。
「ぐっ、さわるなっ!!気休めはよせ・・・」
「気休め・・・ですか?」
ユーシェの声が少しだけ低くなる。
「そうだろう?!思い返してみれば、考えてみれば・・・そもそも私は逃げてしかいなかった、逃げるためにのみに生まれ持ったすべての力を使い続けてきたのだ。最初からあった力を見せ、都合のいい志を嘯き、魔族たちを蔑にしていた・・・。そして今も、私は絵空事を謳う事しかできないではないか!!そんな力など無いのにっ」
「では死んでいった同胞たちは犬死、私の半生は浪費という事ですか?私が込めた思いも、貴女を魔王と信じた同胞の命も貴女にとっては無に等しいということですか?それらは貴女の礎に成りえないんですか?」
魔王の双眼にはユーシェの表情が険しくなるのが映っていた。
圧倒的な力量の差は理解しているが、物怖じしそうになるのを耐えるだけの気概はあったようだ。
魔王は言い返す。




