1章-11-
十数分後、魔王によって拘束の解かれたユーシェの肢体が寝台の上に無残な姿で転がっていた。
身体が小刻みに痙攣しているのは見て取れたので辛うじて屍にはなっていないようだ。
一方、身動きの取れないユーシェをひん剥き、露になった素肌を羽根でくすぐり倒したことで満足した魔王は、何食わぬ顔で衣装棚を漁っていた。
この森を抜ける上で、自分の身体の虚弱さを考慮し、体格に合った動きやすくかつ厚手の服がないか探しているのだ。
しかし機能的な服はなく、ほとんどが煌びやかなもの露出が多いものなど見た目を栄えさせるものばかりだった。
いまだに寝台で項垂れながらぐったりとしているユーシェに、流し目で視線をやると魔王は呆れ声で言う。
「おいユーシェリア!いつまでそうしている?今日ここを発つと言ったであろう?本当においていくぞ!・・・まったく貴様は、このような破廉恥な服しか持ち合わせていないのか?!」
「ウフフフフフ・・・まさか、まさか私が魔王様に馬乗りにされてしまうとは思ってもみませんでしたよぉ。さっすがぁ、魔王様ですぅ。ウフフ、覚えておいてくださいねぇ~」
「ん?なんといっている、ユーシェリア?聞こえんぞ!それで旅装はどこにあるんだ?」
「あ、はいぃ~、あっちの方のクローゼットに、生地が厚めの服が纒てあるんでぇ、そっちを使ってくださいぃ。全部私のなんでちょっと大きいかもしれませんが着れるやつもあるかと思いますぅ」
ユーシェは飛び起きると過剰な身振りで魔王がまだ調べていなかった大きな収納棚を指さす。
魔王は聞き取れなかった会話の内容を聞き返すようなことはせず、ユーシェの言葉に従ってそちらの方を探し始めていた。
そんな後ろ姿を眺めながら考えること数秒、さっそく意趣返しでも思いついたのかユーシェの顔がハッとしたものになったかと思うと次の瞬間にはにやけたものになっていた。
いまだ寝間着姿の魔王の背後から声をかける。
「魔王様ぁ魔王様ぁ~」
「どうした?貴様もしたくしろ!・・・まさかその格好で町までいくとは言うまいな?」
「あたしはもうよそ行きのがあるのでぇ、着替えるだけですから大丈夫ですよぉ~。そ・れ・よ・り・もぉ~、包帯、ちゃんと変えませんとぉ、清潔じゃぁないですよぉ~?」
「うっ、むぅ。確かに・・・だが、な・・・ただこの布を取り替えるだけではいかんのか?またあのような・・・そもそもあんな・・」
ちょっとした仕返しのつもりが、収納棚の中に半ば上体を突っ込んだままの姿勢で作業を止めてまで考え込んでしまう魔王。
「だぁいじょうぶですよぉー!治療なんて初めてだったので、あたしがちょーっと手間取っちゃっただけで、今回うまくいきますって!!きっと!」
「そ、そうか?あ、だがな?もう痛みはないからな!?痛みを抑えるためとか言って変なところに触れたりするするなよ?なな、何というか、く、くすぐったくて、変な声がで、ぅ・・・」
衣類の中に顔を埋め、言を切る。つらつらと出てくる自身の言葉だが、まるで子供の駄々のようだと気が付いたからだ。
だといっても、ユーシェの申し出を断る正当な理由が思い浮かばない。
ユーシェの邪念に治療という皮をかぶせた昨夜のあの行為が、本来の治療行為ではないと疑ってはいるようだが、元魔族で魔術以外興味がなかった魔王には確信が持てないのだ。
そんな魔王の様子に気が付いて、なおそれでも引かないのがユーシェであった。
「問題ないですよぉ!!昨日は初めてだったからなんですぅってぇ、たぶん。だからっ!早くっ!ここへっ!!」
「ど、どうした?変な威圧を感じるぞ?」
寝台の端に陣取り魔王が腰掛け易いように構えているユーシェ。
手にはいつの間にか新し包帯と塗り薬が握られている。
魔王は寝台の方へ渋々といった様子で行くと構えるユーシェの前で立ち止まった。
何やら所在無さげに立ちつくし、紅潮したその表情はどこかぎこちない。
「わ、わかった。だけどな?その、またしゅ、醜態をさらす前に、そもそも、今の私に威厳があるとは、到底言えたことではないが・・・少しでも格好がつく、この間に、貴様に聞いておきたいことがあってな・・・」
「え?ん?なんでしょうか、魔王様?それよりも早く治療をしないとっ!!」
「待てと言うておろうが!!・・此度私がこの地に転生することに尽力してくれたユーシェリアにその・・褒美を与えていなかったと思ってだな。・・・いや!今の私からやれるものなど無い。無いことなどわかってはいるのだがな・・・それでも何かないかと考えたのだ。だが思い浮かばなかった・・・故に恥を忍んで本人にき、聞くしかないと思ってだな・・・」
「ごはぁああっ!!」
「?!どど、どうしたユーシェリア!吐血?!」
「フフッ、さすがは魔王様。油断しておりました。またもや意識を飛ばされる思いでしたよぉ。・・・ふむふむ・・しかし、魔王様からのご褒美ですか・・・フムフム」
「その言葉の響きにはなぜか、不穏なものを感じるから訂正するが、褒美だ。私はお前の忠誠に報いなければ・・・・」
「んんーそうですねぇー」
ユーシェは自身の血に塗れた口元を手で拭うと腕を組んで考えるそぶりを見せる。
そんなユーシェの前で、どうしていいかわからない魔王が、オロオロとした様子で居ると、ユーシェはスクッと立ち上がり自らの胸元に右手をかざす。
するとこの空間に一瞬風が吹いたと感じた次の瞬時に服装が変わっていた。
白を基調とした白と黒の二色のローブ、ユーシェの正装だ。肩甲骨あたりで広がっていた銀髪も左肩の上で結われている。魔王が最初に会った時の外套の下はこの服装だったのだろう。
気品高くかつ荘厳な服装、まるで似つかわしくない言葉だがそうとしか形容できないその服装はユーシェにとても似合っていた。
続いてユーシェは呆気にとられている魔王の胸元に触れる。
魔王は一瞬外気に全身が晒されたかのような感覚に見舞われるが、気が付いた時には服装が変わっていた。
その格好は酒場の看板娘を連想させるような服装であった。
長さと柄の違う二重のスカートと前と後ろを紐で止められたコルセットのような形状の服に皮のブーツと大きな頭巾。
袖は七分で二重のスカートの外側の一枚は右側を斜めに締めた腰のベルトにめくられた状態で止められていた。
ユーシェのそれとは比べようもない平凡な服装。
唯一非凡なところを挙げるとするならばそのベルトに刺さった短刀だろうか。
だが、それを身にまとう者のせいか、並び立つ二人の姿に違和感は感じられなかった。
ただ少女趣味の入った寝室というのが少々いただけなくは思えた。
「ふぅ、旅荷はまとめてあるのでこれで準備は済みましたねぇ。ではぁご褒美をもらうと致しましょうかぁ。あ、包帯も替えておきましたので問題ないですよぉ」
「む?治療はもう終わりなのか?」
「ええ、そうですよぉ~。転移魔法で取り換えちゃいました」
「っつ~~!!こ、こんなにも簡単に処置できるならなぜ昨日もそうしなかったのだ?!」
ユーシェに詰め寄る魔王だが身長的にどうしても見上げる形になってしまいどうも迫力に欠ける。
魔王が必死に怒っている様子を目を糸にして堪能しながらユーシェは口を開く。
「さぁてこれで時間も空きましたし、ご褒美何にしようかなぁ~」
「んなっ?!きさまぁ今私を無視したか?!無視したかッ!!」
「ああぁ~すみませぇん。魔王様が上目づかいで詰め寄ってくる姿がぁ・・あんまりにもかわいらしくってぇ・・・つい」
「もうよいっ!私にやれる物であればくれてやるっ・・・さっさと決めろ!」
身体が変わって感情がより態度に出やすくなったのだろうか、それともただ背負っている物がなくなったから感情が表に出やすくなったのだろうか魔王は分かりやすくツンとした態度を取っている。
それを見たユーシェは「ああ~」といった表情をしたもののすぐに笑顔を作り上げた。
その満面の笑みで言葉をこぼす。
「ん~・・・あ、そういえばぁ昨日、魔王様が作って下さったごはん、おいしかったのでぇ今日もたのしみですぅ」
「・・・・フハハハハ!昨夜とはまた違ったものを作ってやろうではないか。期待するがよい!」
それからしばらくしてやたら気合いの篭った朝食を作り終え、食卓に運ぶところまでやってしまっている魔王。
もはや言うまでもないだろう・・・。
この場合、侍従姿でなかったのはせめてもの救い。と言えなくもない。




