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白い手の女

 あれから3日経つ。が、竜には、まだ1度も会えていない。

「…そんな事を、竜くんが…?」

 乾一さんには竜が話してくれたことの一部始終を話した。もちろん、竜が俺の事を『恭平ではない』と断言した件については言っていない。今、それを告げたとしても、熱に浮かされて勘違いした、などと笑われて終わりになるのは目に見えていたからだ。

 だが、それでもどうしても俺は、竜が言い残した『あること』が気になって、これだけは他の兄弟達にも知っておいて欲しかった。


 あの時、突然、容体が悪化した竜は、苦しい息の下、それでも切れ切れの言葉で俺に忠告してくれたのだ。


「白い…手の、女…気を付けて…」


 危険だ、と、言外に込められた竜の言葉に、俺は、言い様の無い恐怖と衝撃を覚えた。

「なんでそれを…」

 夢の中の女。縋りついてくるような白い手。

 嫌悪と恐怖をしか覚えない、夢の中の顔のない女。

 俺は、あの夢のことを兄妹の誰にも話していない。ただの夢だ、と思うから黙っていただけだが、それをなぜ初めて出会ったはずの竜が知っていたのか。そして『気を付けろ』とはいったいどういう意味での警告なのか。

「夢の女が危険…?」

「なんでしょう…気になりますね」

 食卓に竜を除く全員が集まった時を狙って、俺は、竜が口にした言葉を皆に切り出した。ついでに、俺が恭平として目覚めて以来、ずっと悩まされていた白い手の女の夢についても。

「女のお化けかな?」

「ストーカーとかじゃないの?」

 弟達は呑気な調子で冗談っぽく話していたが、乾一さんは相談した俺が少し引いてしまうくらい真剣な顔で、最後まで夢の話を聞いてくれた。それからしばし何ごとか考え込んでいたが、結局、申し訳なさげな顔で今は竜に会わせてやれないと首を振る。

「竜くんに聞いてあげたいですけど…あれからずっと眠ったままなんです」

「………そう、なんですか」

 会えても話を聞けないのでは意味がなかった。残念ではあるけどそれより何より、眠ったままという竜の様子が気にかかる。病院へ連れて行った方がイイのではないか?それが無理だと言うなら、せめて医者に往診を頼んでみるとか。

「竜くんのことは心配しなくても大丈夫。けど、それよりも恭平君こそ気を付けてください」

「え…………?」

「あの子が危険だと言うなら、本当にその『白い手の女』は危険なんです。ひょっとすると恭平君に害をなす存在かも知れません」

 まさか。そんなことある訳が。

 ただの夢なのに。現実で会った覚えもない女なのに。

「……はは、そんな……」

 『単なる夢なんだから、マジに脅かさないでよ』と明るく茶化しかけた俺だったが、乾一さんや他の兄弟達の真剣な表情や気配を察すると、そんなふざけた軽い言葉は口から出て来なくなってしまった。

「もし、変な女に絡まれたら、俺らに言うんだ。良いな、恭平?」

「あ……う、うん」

 ちょっと苦手に感じていた強面の真也さんが、ひどく心配げに俺の肩を両手で掴み、さらには俺の身を案じる言葉をかけてくれたのには少々驚く。なにしろ大変申し訳ないが、俺、彼のこと『夢の話なんか、まともに取り合ってくれない人』だと、勝手にそう思い込んでいたからだ。

「……………」

 ひょっとしてこの人は、その強面の顔と体格の良さとで、損をしている人なのかも知れない。などと、初見の印象を脳内でほんの少しだけ改める。

「この商店街の周辺なら、顔見知りも多いことですし、そう心配することはないかも知れませんが…学校の行き帰りと、遠出する時は気を付けてください」

「あ……はい」

 邦彦さんは『念には念を』と食器棚の引き出しを開けると、そこからテレフォンカードを数枚取り出し、俺の手に押し付けるようにして手渡してくれた。万一の場合はこれで、公衆電話から連絡しろと言うことだろう。それを見ていたカオルくんが、ふいに何か思い出した顔で、

「こういう時さ~100年前まであったケータイ?あれがあったら良かったのにね」

 と、残念そうに言いながら、目には見えない何かを耳に当てる仕草をした。

 

 カオルんの言う通り、100年前、G.Gが起こる前までは、持ち歩き出来るほど小さな電話機があったらしい。

 だが、前にも言ったように、大災害後の混乱で失われた技術や知識は数多く、そのため、未だ再現できぬ商品もまた、数え切れぬほどたくさん存在していた。

 携帯電話機──スマートフォンとか言ったか?それも、その失われた技術の内のひとつで、わずかに残された資料や遺物などを基に再現しようと、各国の研究機関で開発が続けられているようだが、成功したというニュースはどこからもまだ聞けていない。

 少し前にG.Gの特番で有識者とやらが言っていたが、100年前、電子機器のほぼすべてがオシャカになり、また、奇病で科学者や知識人も多く亡くなったこと──そしてさらに、災害後の混乱を収束するのに20年もの月日を要したことが、ロスト・アイテムを多く出すことになった要因なのだとか。


 ちなみに100年かかって復興した科学技術は、せいぜい日本で言うところの『昭和』時代まで。

 G.G前までの水準に戻すには、あと10数年はかかる見通しらしい。


「まあ確かに、ケータイあれば、なんかあってもすぐ伝えられるよな~」

「あれひとつで色々調べられるんだってね!凄いよね!」

「そんな便利なのあったら俺も欲しいな~」

「ええ。確かに。あと、カオルくんと空くんにはGPS?あれも必要ですね。どこで道草喰ってるか、何を食べ歩きしてるか、すぐわかりますから」

 無い物ねだりの空想をして楽しんでいた空くんとカオルくんは、乾一さんにやんわりとくぎを刺されると、2人揃ってばつが悪そうに『うへえ』と首をすくめた。

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