表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

白い悪夢

 それは、とても恐ろしい夢、だった。


 内容はほとんど覚えていないのに、恐怖の感覚だけが色濃く残っている。


 かすかに覚えているのは、迫ってくる小さな白い手。


 俺に頼り無く縋ってきているような、それでいて、この手に掴まってしまったら、もう2度と逃れられないような、そんな底知れぬ恐怖をまとった『女』の手。


 俺は、その誰の物とも知れぬ白い手に触れられる事を、何よりも汚らわしく思い、その手に囚われる事を、死よりも恐ろしく感じていた。


 逃げなくてはならない。掴まってはならない。


 けれど、そう思うのに何故か、体はまったく動いてくれなくて。

「……………」

 女が何か喋ったのを覚えている。まるで、哀願しているかの様な、今にも泣き出しそうな、悲痛な響きを持つ女の声。けれど俺は、そんな『彼女』の言葉すらも、おぞましく感じていたのだ。

「…………っ!!!」

 女が何を言ったのか、まるで覚えていない。顔も、声も、姿すらも記憶にない。


 それなのに何故か、生気の無い白い手と、薄く笑った口元。それだけを、とても鮮明に覚えていた。

 


「……なんなんだ」

 酷く恐ろしい夢に蹴飛ばされて目を開く。

 慌てて飛び起きてから気が付いたが、顎からは汗の雫がポタポタと伝い落ち、シャツの背中はぐっしょり濡れて張り付いていた。

 確かに部屋の中の空気は少し暑い。夏なんだから当たり前だけど。だから、汗はそのせいとも取れなくはなかった。だが、何故だか手で触れた俺の顔だけは、氷嚢でも当てられていたみたいに冷たくなっていて。

「ひでえ夢……ッ」

 どんな夢かは覚えていないけど。

 後半の言葉は喉奥に飲み込み、おぼろげに纏いつく夢の残滓を、頭を振って払い落とした。それから汗を吸い込んだタオルケットを跳ねのけ、カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいるのを確認する。

「朝か……」

 俺は眠い目を擦りながら、自分の部屋を何気なく見回し───

「………えっ?」

 そして、まるで記憶にない『その光景』に愕然とした。

「って、え?…なんだ、ここ?…どこだ…?」

 布団敷いて寝てたんだから、俺の部屋だよな??いや、でも、違う。どう見ても、何度見直しても、ここは俺の部屋じゃない。だって部屋の作りも、辺りに置かれた荷物も、着ている服や布団さえも見たことがないのだ。


 ここは俺の部屋じゃない。

 だったら、いったいどこなんだ??


 俺が寝ていたのは、見慣れない古い畳敷きの、8畳はあろうかと思われる広い和室だった。直に敷かれた布団以外の家具が何もない、ガラーンとした空間。見ると部屋の隅にダンボールがいくつか積まれているけど、ひょっとしてアレが俺の荷物だろうか?そう思って中身を確認するが、やっぱり中身にも覚えはなかった。

「いやいやいや……おかしいだろ、絶対」

 混乱する頭を手で押さえつつ、俺は自分自身の記憶を確認する。


 俺の名前は神谷優(こうたにすぐる)。17歳。この春、白鳳高校2年に進級したばかり。


 うん。ここまでは間違いない。

 あとは…そうだ、俺の本当の部屋は───俺が生まれて10数年を過ごした『見慣れた部屋』は、そもそもこんな古びた和室じゃなくて、比較的新しい感じの洋室だった(当然、床も畳ではなくフローリング)し、広さもこんなには広くなくて、せいぜい4畳半だったと思う。あと、家具だって一応、ベッドと机くらいは置いていたはずだ。

「寝てる間に…何かあったのか…?」

 見た事のある知人、友人の部屋や、家族の部屋とも違う。

俺が寝ていたのは、そんな、欠片も見覚えの無い部屋だった。

「………駄目だ…解んねえ」

 いくら思い出そうとしても、自分が、こんな部屋に居る理由が思い当たらない。どこか知らない家へ泊まった覚えもない。何が何だか分からなさ過ぎて、頭がパニックに陥りそうだった。

「……そうだ」

 ここで悩んでいても仕方が無い。部屋から出て他の様子も見てみよう。そうしたら、何か思い出すかもしれない。

 

 そう考えて、立ち上がろうとした、まさにその瞬間、


「あーにーきー!!朝だぜ、朝ー!!」

「寝坊だよー早く、朝御飯食べようよー」

 ドタドタと足音が近付いてくるのと、襖がターンと音を立てて開けられるのと、何か温かいものに上から圧し掛かられるのとは、ほぼ同時だった……という気がする。

「ぎゃっ!?」

「あっ、起きてたー」

「なんだ、起きてんじゃん!!」

 背後から遠慮なく圧し掛かってきたもの、それは、2人分の子供の体だった。

「えっ、ち、ちょっ!?」

 とっさに反応し切れなくて、圧し掛かられるままになったけど、そのどう見ても小学生らしい2人の子供は、俺の背中に張り付いたまま、馴れ馴れしい様子で俺に話しかけてくる。

「兄貴、今日はハムエッグだせ!早く食べにいこ」

「兄さん、ご飯冷めちゃうよー早く着替えてー」

 兄貴??に、兄さん??混乱する思考。

でも、ちょっと待て。違う。絶対に違う。何故なら、俺は、俺には───

「誰だよお前ら!?俺には弟なんていねえぞ!?」

 俺は混乱のままにそう叫びながら、俺を兄と呼ぶ見知らぬ子供を背中から振り解いた。

そう、俺には『弟』なんていない。


 俺は『ひとりっこ』のはずなのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ