02 親友 服部綾女の野望
香菜の親友 服部綾女視点。
高校に入学して、新しい友達ができた。
吉田香菜。
いつもニコニコしていて、なんだか憎めない子。
ちょっとぼんやりしているけど、香菜に彼氏がいると聞いてびっくりした。
幼馴染の内田遥斗(普メン)といって、物心ついた時からお隣さんというベターな関係らしい。
で、高校入る前に、内田から告白されたという。なんとまぁ。こんな近くにリア充様が?
それに比べて、私の人生ついていない。
本当は、この学校じゃなくてもっとランクの高い所を受けるはずだったけど、試験当日にインフルエンザにかかった。それも二連続。なので、この学校は第二希望ですらない。
美容院に行くと必ず予定よりも短く切られ、高校デビューにかけたパーマも“おばさんパーマ”になって、速攻戻したのも思い出。
そして、今は両親の離婚の危機な現状に“現実逃避”の毎日を送っている。いや、いた。
香奈と親しくなるうちに、運が上向きになった。
最初は、今まで悪すぎた運が差し引きゼロになったんだと思っていたんだけれど……
違うと思い知った出来事がある。
まだ、香菜と仲良くなってから一ヶ月程たった頃。
クラスの女子でなぜか香奈を無視する虐めが起こった。今となれば、この時の私はどうかしていたと思う。女子特有の意味のない虐めに参加して、2週間の間、香奈を無視していた。時々、悲しそうな香菜と目があったが、私は見ないふりをした。
そして……無視を始めて、5日後、私はまた運が悪さが戻る。
鳥の糞が制服を汚し、お弁当を忘れ、バスに乗り遅れたり…色々。小さな事でも続くとうんざりする。不運は重なるもので、家の中でもいつもに増してギスギスしていて、両親のケンカが激しくなった。香菜を無視してから十三日目の夜。私は布団の中に潜り込んで考えた。
(悪いことをしたから罰が当たったんだ)
明日の朝、一番に香菜に謝ろうと決意した。
香奈を待ち伏せして、涙ながらに謝った。朝一番に謝った。「ごめんなさい」「許して」「私も、仲間はずれにされるのが怖かったの」香菜は戸惑いながらも許してくれて、私は二度と香菜を裏切らないと誓う。
そんな事件があった後、私たちはますます仲良くなった。
――そして、気がついた時には私の不運の日々も終わっていた。
もう一つある。
香菜が初めて私の家に泊まりに来てくれた。
流石に、娘の友達の前で両親も仲が悪いところを見せずに、傍から見たら仲の良い両親を演じていたのには呆れたけれど、久しぶりに見るその様子に私も嬉しくてニコニコしていた。すると香菜は「あやちゃんの家族仲良しだね?」と 食卓の時に微笑みながら言ってくれて、その言葉に両親はちょっとグッと息をつまらせていたけれど、私はその様子がおかしくて、また笑った。
香菜のお泊りから、ちょっとづつだけど、両親も私も仲良くなっている気がする。
それからというもの、香菜は私にとって『福の神』はたまた『幸運の女神』
近くにいるだけで、周りを幸せにしてくれる。
香菜が許してくれるなら、一生傍にいたいし香菜を助けたい。
だって、香菜は私の大事な友達なんだから。
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++++高校一年 二学期
「あれ?」
二学期にはいり、香菜の彼氏である内田を見かけた。
一学期に見た時よりも、キラキラになっている。前は平凡というか埋没していた容姿(普メン)が、自信に溢れ輝かしい。
しかも、噂によるとサッカー部のエースに抜擢されたらしい。1年では特別な事らしいけれど。
……
私は、このキラキラは香菜のお陰だと睨んでいる。
幼馴染も、香菜の『福の神』にあやかっているんだ。
ふと、疑問に思った。
香菜のその『他人を幸せにする』効果はどこまでの範囲が有効なんだろう? と。
香菜に意地悪した人たちは、特に変化はない。
ちょっとした、友達もそれ程…変化はないかな?
変化があるのは、幼馴染と私……だけ?
気になったので、香菜に直接聞いてみることにした。
「私と他の友達の違いは?」
「……あやちゃんが、友達で一番好きだから……」
顔を真っ赤にして答えるその姿に、危ない道の扉を開きそうになったけれど…いかん。香菜には彼氏がいたか。
(チッ、内田! 禿げて嫌われろ!)
昔、両親がテレビで観ていた昔の日本映画を思い出す。
確か、好きになった人がツイていく話で……
考えたら、そうとしか思えなかった。
香菜が“好きな人”が、幸せになるんだ。
法則に気付いたら、押し寄せてくるのは“罪悪感”
ああ、本当にごめん。香菜。
あんなヒドイ事する前から、ちゃんと私を好きでいてくれたんだよね。
なのに、私は最悪な事を香菜にして……本当に……ごめんなさい。
罪悪感で死ぬ。私死ねるよ。
香菜の調子が悪い。
香菜の周りの空気が“どんより”している。本人は元気!って言っているけれど、顔にニキビが目立つようになっていた。
そして、一学期の頃はまだ、ささやかだった虐めも酷くなったり、財布をなくしたり、面倒な先生に目をつけられたり。香菜と出会う前の不幸体質の私みたいで……
そうは思いたくなくて、原因は、彼氏の内田遥斗なんじゃないかと思う事にした。
ケンカでもして悩んでいるのかと心配になって聞いてみても、平然な顔をして「え? 普通だと思うよ?」って。
(しかも、夏休みの事を聞くと…顔を赤くしてしどろもどろになっている。ひょっとして…真夏のアバンチュール的な? 大人の階段に登った? 内田、死にさらせ!)
三学期にはいって、香菜はますます調子が悪くなる、香菜が心配だったけれど、香菜は必ず「大丈夫」というし。歯痒い。
香菜は他人は幸せにするのに、自身は幸せになれないのか。
この頃の私の家は円満になっていて、それが更に私の罪悪感を刺激した。
(私が幸せなのは、香菜のお陰なのに)
ひょっとして、私の不幸体質が香菜に伝染したのかもと悩んだ。
でも、私は香菜と離れる事が出来ない。一学期の虐めに加担した時に感じた――死にたいまでの罪悪感。
それに、私自身がまたあの体質に戻るのも怖かった。
(香菜、卑怯者で……ごめんなさい)
結局、私は何もできないまま春休みを迎えることになった。
春休み中は、香菜に逢うのが怖くなって、電話もメールも出来なかった。
――でも、それをすぐに後悔する事になった。
春休み最後の週に、香菜の家に遊び行った時に――彼女はとても痩せていた。
泣きはらしたのか、まぶたは腫れて大変な事になっていて……
ポツリポツリ香菜から出た言葉に、私は怒りで震えて泣いた。
突然、泣き出した私に対して…香菜は「もう、大丈夫」なんて言って…気をつかってくれて…。ますます内田が憎くなった。(あの、ヤロォ。地獄へ落とす)
「あやちゃんは、ずっと友達でいてね」
「…うん。当たり前じゃない!」
どうか、香菜のこの出来事が、私のせいじゃありませんように……。
++++高校二年 新学期
二年生になって、また香菜と同じクラスになった。
嬉しかったけれど、これ以上香菜の傍にいてもいいのか不安にもなった。
いつもよりは、元気はなかったけれど、なんとか立ち直ろうとしている、その姿に胸が痛み、内田に対してますます殺意を抱き、罪悪感も感じる。
放課後。
香菜には先に帰ってもらい、内田を待ち伏せした。
内田は、廊下でサッカー部の連中とつるんでいて、笑っていた。
その姿も憎らしい。死ねばいいのに。
「ちょっと、浮気男。来い」
「はぁ?」
内田のネクタイを無理矢理ひっぱって、階段下の影まで連れて行く。
「何? 香菜が何か言ったのか?」
開口一番にそれか。
「……」
「俺、ヨリを戻す気ないし。偶然、隣に住んでいたからって、ずっと付き合う義務もないし」
「あんたから、告白したくせに」
「あの時は、『彼女』っていうのに興味があったし。手近にあいつがいたから?」
「……」
「なんだよ」
よし。
こいつはクズだ。
殺す価値もない。
「いや、もうあまりにもって感じで。殴る気が失せた。 金輪際、香菜に近づかないでくれたらいい。だから散れ! シッ シッ」
野良犬を追い払う様な仕草に内田は顔をしかめやがった。
「あいつには、俺は勿体ないんだっつーの。いい夢見せてやったんだから、感謝こそしてもらいたいわ」
「…逆よ」
「はぁ?」
「いい夢見れたのはあんたの方。もう一生これ以上の幸せはあんたには来ないから」
「なっ」
「遥斗ーー」
甘い声が背後から掛かる。
うわ、白鳥さんだ。
白鳥さんを見た瞬間、内田の勝ち誇った笑みに、取り敢えずそこにある消火器を投げつけなかった自分を褒めてやりたい。
白鳥さんは内田の右腕に自分の腕をからめ科を作って、またこれも勝ち誇った笑みを浮かべた。よし。こいつも敵だ。
そう思って、消火器に手をかけた時に、白鳥さんのうなじに赤い――小さなニキビを発見した。
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内田と別れてから、一ヶ月もたつと香菜は本来の姿に戻ったかのように 明るく綺麗になった。
ニキビもなくなって肌も綺麗。“どんより”とした空気のかわりに“おだやかな”空気を纏い、今まで香菜を邪険にしていた人達からも声をかけられるようになった。(私は許していないけどね)
綺麗に明るく、人気者になった香菜を見て、誰よりも喜んだのは私だと思う。ずっと思っていた“私の不幸体質が香菜を不幸にしている”なんて事がなかったんだという真実に。
(これで、堂々と香菜と友達でいられる)
初めて香菜の家に泊りに行った時、香菜の両親を見たけれど――すごい美形なのには、納得した。
香菜はどういうわけか「本当の、正真正銘の血が繋がった親子だからね!」って言ってきた。ソックリなので疑いようもないと思うのに。
高校三年生になって、失恋から一年も経つと、香菜は内田の事をすっかり“他人”として見るようになって、私は安心をする。
というのも、最近の内田の評判がガタ落ちで、優しい香菜が同情して復縁したらどうしようと思っていたから。
でも、香菜は「はるちゃんには、綺麗な彼女がいるんだから、そういう事はしないよ?」って。
うん。正しくは綺麗だった彼女ね…。
学年一の美人という称号は、もはや彼女のものではない。実は香菜が、今その称号をもっている。知らぬは本人だけだ。
だんだん落ち目になっていく…私の大事な親友を裏切った奴ら。
間違いなく、内田は『貧乏神』で『さげちん野郎』で周りを不幸にしている。
今まで、香菜が傍にいたからマシな人生を送っていたのだろうけど、後悔しても、もう遅い。
さてさて、こんな私にも春がきた。彼氏だ。初彼。マイダーリン。
こんなに浮かれているのも大目に見て欲しい。だって、お相手はこの学校の生徒会長様。
ここからは思う存分にのろけさせていただく。容姿端麗、文武両道でなかなかのハイスペック。私には勿体無い人。まぁ……逃げられそうになったら、鎖をつなげてでも逃がさないけどね。ウヘヘ。
さて、私の彼氏には2つ上の兄がいる。その兄が香菜の事を紹介してほしいと言っているようだ。
文化祭で見かけた香菜に一目惚れをしたとか。(わかる。私も惚れている)
兄の写真を見せてもらったけど、私の彼氏に負けないくらい格好良い。
親の会社を継ぐために、大学に通いながら勉強中みたいで……元々ハイスペックな彼氏なら、香菜の『福の神』効果に惑わされずに香菜を大事にしてくれるだろう。
そこそこの小物、急に運が良くなったりモテだしたら あの内田のようになって香菜を裏切るかもしれないし。
しかも、このままうまくいけば……香菜とも親戚になって ずっと一緒にいられるかもしれない。ウヘヘヘヘ。おっと、失礼。
私の野望を叶えるために、まずは出逢っていただかないと。
「香菜!」
「なあに? あやちゃん」
香菜の手をとり、握り締めた。
「ずっと、友達でいてね!」