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misunderstanding  作者: ryure
第一章 剣士の誕生と彼の苦悩
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『8』

 やはり、チラチラと叔父上に顔を見られるので、自分がすごい目つきになっている気がしたから、メインディッシュの焼き魚のようなものが乗っていた、ピカピカ光る銀食器の平らな面にそっと身を乗り出し、顔を写してみた。ここまで近ければさすがに俺の視力でも見える。無駄にキラキラとしているであろうシャンデリアの光が皿を更に光らせている。


 うぉ………………これは、酷い目つきだ。

 これは、鋭いなんてものじゃない。心臓が弱い人なら殺せそうなきつい視線だ。眉間に皺こそ寄っていないものの、明らかに機嫌が悪そうな、でも、目つきと不釣り合いなほど色白で、とても軟弱そうな体の、ただの粋がった餓鬼。ぱっと見はそんな印象だ。これは酷い。道理でいろんな人が必死で社交辞令のお世辞を言うわけだ。気にしていることを誉められればそりゃあ嬉しくもなるだろうからな。にしてもあんなに筋肉を鍛えたのに筋肉が全然ついていない。悲しい。よし……将来はアルバ先生のような上腕二頭筋が立派な人になりたいからもっと筋力トレーニングをしよう。あの人はすごいぞ……俺の視力で筋肉が分かるんだからな。


「おや、リュートくんどうしたんだい?」

「…………いえ、何でもありません」


 だが絶望。まさに絶望。想像以上に酷すぎる自分の顔に、もう少し睨んでいないまともな表情を浮かべればマシになるのではないかと思い、視界は悪くなるが目から力を抜いた。


 とたんに視界は一気に何時も以上にもやもやとした霞がかかり、まるで風呂の湯気を見たかのようだ。これは…………近くの食器でも顔が見えないかも知れないな。


 そして、もう一度銀食器を覗き込む。


 そこに映る、輪郭が曖昧な少年は、やはりきつい視線を此方によこしただけだった。無理か。これは酷すぎる。少しはマシになったが諦めるべきか。マシ……だよな?


 目に力を抜いたまま、一旦置いたフォークを手に取ろうと、テーブルへ手を伸ばす。

 が、見えていない俺の手をフォークは素通りしやがった。チッ。舌打ちを心の中でしながら、目に力をいれてフォークの位置を確認する。そしてやはり無駄に豪華なシャンデリアの光が反射して眩しいフォークをつかむ。


 はぁ、憂鬱だ。明日はルチェが来る日だから愚痴ってみようか。いや、愚痴の言葉も思いつかない語彙だから無理だな。…………せめて、愚痴を言えるぐらいの仲になりたいな、もっと言葉を学ぼう。目標は、いっぱいだ。


・・・・

・・・

・・


 今日は三の倍数の、ルチェが家に来る日ではない。だが、叔父上に許可をもらってルシェヴァルツ家にお邪魔させてもらうことになった日だ。こちらから行ったことがなかったからな、馬車で毎回揺られて来るのもしんどいだろうし、何よりも俺が行ってみたいからな。


 馬車と言いつつも、飛竜に引かれて一時間、距離にして大体五十ルース(ルースは大体キロメートルと同じ単位だったはずだ)、複雑な山の中にある、辺境の地、ルシェヴァルツ領についた。場所こそ辺境だが、たしか領地はものすごく広かったような。……どうでもいいか。


「やぁ、リュートくん。すぐにルチェを呼ばせるよ」

「いえ、私が行きますから」

「…………君は家族みたいなものなんだから、『私』なんて堅苦しい事言わなくていいんだよ?ルチェだって、僕だって…………兄さんだってそうなんだよ?」

「…………お言葉に甘えます」


 すっかり「私」呼びに慣れていたんだが、そうか。この言葉は、そんな意味か。一人称の「私」も「僕」も「俺」も知っているが、全部前世とは言葉も発音も全く違うから気にしていなかったな。


 取り敢えず、ルシェヴァルツの執事にルチェの部屋を案内してもらった。




「ご苦労様。下がってくれ」

「畏まりました」


 で、着いたんだが…………おお。俺の部屋もそうなんだが、なんというか、立派な扉だ。未だに完璧には豪華な貴族らしいものに慣れていない俺としては眩しい限りだ。そろそろいちいち反応はしなくなったが…………。もしかして、わざわざシンプルかつ質素っぽい物ばかり置いている(小さい時に買い与えられたぬいぐるみは寝るときに抱きしめて寝るなんて言う女の子らしい唯一のこととして未だに習慣化しているからあるが)俺の部屋みたいなものではなく、これぞ貴族である豪華な部屋だったり…………しないな。ルチェの性格ではそんなことは無さそうだ。


 ノックをしてみる。そのノック一つにも、ノックをするための金具がついている。格好いいな、これ。つけてもらおうかな?散財はよくないかな?


「う、わ!だ、誰っ?!」

「はは、ルチェ、リュートだ」


 流石に、うわっ!と驚かれるのは想定外だった。…………ルチェって普段はどんな感じなんだろう。いつもは明るくてはきはき喋る人だ。でも、家ではどうなんだろうな。


・・・・

・・・

・・


 僕の友達、リュディトゥ・スゥバァ・アッディ・アースルヴァイツくん…………あだ名はリュートくん。彼は格好いい。とにかく格好いい。


 きっと彼が聞いたら恥ずかしがって止めてっていうだろうけど、もう、リュートくんが格好良すぎて語って語って語り尽くすのには三日はかかると思うぐらい格好いい。前に父上にリュートくんの格好良さを伝えようと思って、少しだけ前ふりをしたらそれで分かってもらえるぐらい格好いいんだ。たった一時間ぐらいしか話していないのに分かる父上ってすごいって思ったよ。ストーカー?ヤンデレ?なにそれ?病む……?僕、病気じゃないよ?


 リュートくんって、何がすごいって、まず剣の腕がすごい。とっても力持ちで、剣の技術がすごくて、ものすごく素早くて、大人の騎士よりも足が速い。これだけでもう僕という人間を追い越した気がする。だけど、リュートくんのすごさはこんなもんじゃない。彼は絶対にこれっぽっちの人間じゃない。


 学者よりも数術が得意なリュートくんは、家庭教師が舌を巻くぐらい次々と問題を解く。最後の方にはリュートくんが家庭教師が解けない問題を出したぐらい。足し算と引き算だけじゃなくて掛け算と割り算もすごく早く解くのって本当にすごい。少数とか、分数?とか、あれって学者しかやれないんじゃなかったっけ?「いんすうぶんかい」と「れんりつほうていしき」がどうとか言っていたけど、あれってなんだろう?「ぐらふ」って何?何でまっすぐな線と曲がる線の式が出せるのか僕にはわからない。多分、僕には一生わからない。


 それからね、一度だけ、リュートくんに僕が唯一得意な弓を見せてあげたけど、すごく喜んでくれたのを覚えてるよ。でも、これはリュートくんも練習したら出来ると思うんだ。だってリュートくんはおんなじ所に剣で切りつけたり、レイピアで突いたりするのが得意だもの。最近はシミターとか、湾曲した剣とかの練習もしてるみたい。長い剣とか、大きい剣とかもだよ。やすやすと持ちあげるのって本当にすごいなぁ。


 友達でよかった。従兄弟でよかった。ルシェヴァルツに生まれてよかった。リュートくんと友達になれたんだもの。貴族でよかった。リュートくんと、ほとんど対等な立場に生まれてよかった。神様に感謝するよ。生まれを恨んだり、いろいろ不幸に見舞われたときはもう神様をものすごく罵ったこともあるけど、全部全部どうでもいいや!今までのことは神様がさ、僕がリュートくんに出逢うために必要だった試練なんだよね?でも全然釣り合ってないよ…………だって僕はこんなに嬉しいんだから!


 僕が、リュートくんにもらった飴玉をポイっと口に入れた時だった。味わおうと口を閉じた時だった。


 コンコン、コンコン。


 僕の部屋の扉が鳴ったのは。ノックの音が部屋の中に響き渡ったのは。


 誰なんだろう?執事やメイドなら、扉自身を叩くし、父上や母上なら声で呼ぶ。姉上なら……いや、考えないでおこう。


「う、わ!だ、誰っ?!」

「はは、ルチェ、リュートだ」


 ノックした相手は、さっきまで脳内で褒め称えて褒め称えて褒め称え抜いたリュートくんだった。って、来てくれたんだ!リュートくんの苦笑混じりの声は僕の胸を高鳴らせるのには十分すぎた。

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