『7』
「やぁ、兄さん。リュディトゥくんの前でそんな無礼なことしちゃ駄目だよ、真似するかもしれない」
「リュートは人一倍賢いから大丈夫だ。
リュート、こいつはアルベル。私の弟で、ルーウェンスくんの父だ」
あの…………堅物で、奥さんのシェーラさんぐらいにしか表情を見せないような兄が…………親ばかになった原因の、息子と同じ年の甥に会いに来たわけなんだけど。
確かに、あの兄が親ばかにもなるかもしれないね、こんな子なら。クールでクールビューティの代名詞で格好いいとか、ひたすらよく分からない言葉を手紙で、あの兄が並べ立てるだけはあるよ……この子。確かに……まぁ、彼処まではならなくても誇りたいのは分かるよ。ルチェが宗教じみた程に信仰しているのはちょっと分からないけど。
シェーラさん似のサラサラな黒髪は、少し伸ばして結ってある。これは……この子の趣味じゃなさそうだけど。シェーラさんの趣味だね。それがよく似合ってる。
兄似の金色の目は、色白の彼のためにあるような、そんな柔らかな色をしている。その目がちょっと虚ろで焦点が合っていないのが気になるけど……あぁ、お腹が減ってるのかな?そこら辺は歳相応だね……うちの息子とはすごい違いだけど。ルチェなら顔も死んでると思う。でも、うん。無表情だね。
腰に大人用のレイピアを帯びていて、それに全く重そうにせずに当たり前のようにしているところには本当にびっくりするよ。まだ、リュートくんは十歳だよね?随分華奢だけど……。剣をやってるのに、不思議な子だなぁ……。
「初めまして、叔父上」
「初めまして、リュディトゥくん。いや、リュートくんでいいかな。ルチェから話はよく聞いているよ」
リュートくんは、小さく礼をとると、小さく笑った。なんて言うか、あれだね。愛想笑いっていうか、ここで笑えと言われたような……うん、うちの無邪気なルチェとは違うんだね……。そんなところまで完璧にならなくていいのにね。あぁあ、兄さんがリュートくんの後ろでデレデレしてるよ……気持ち悪い。
でもあの気持ち悪い顔、リュートくんが振り返った瞬間には無くしているんだよ……器用だね、兄さんは。
「…………それは、どのような話でしょうか?」
恐る恐る、と言った感じで問いかけてくる。あぁ、粗相があったとかを気にしてるのかな?ルチェは空気が読めるからあっても言わないし、リュートくんに限ってそんなこと無いのになぁ。
「リュートくんは剣が上手くて、格好いいんだーー!って、昨日小一時間程語ってくれたよ。うちの息子はリュートくんの大ファンだね」
ルチェの口調を真似て言うと、リュートくんはよろよろと若干揺れた。あ、頭を抑えてる……。この子……苦労性だね……。そこは伯爵の息子らしくちょっとぐらいナルシストっぽくなってもいいのに。それを許さないところがちょっとウルガ兄さんに似てるよ。でも、うん。この子ちょっとネガティブな感じがするから、社交辞令だと思ってない?それはないのにさぁ。鏡をよく見ようよ。君の顔はウルガ兄さんの鋭さとシェーラさんの儚さを掛け算したような造形なんだから、引く手数多っていうか、うん。モテると思うんだけどなぁ、美男子め。
「間違いなく、叔父上やルチェや父上の方が整った顔立ちをしていらっしゃります、とお伝え下さい」
「あはは、リュートくんは謙虚だなぁ」
リュートくん、自分のお母さんとお父さんをよく見ればいいのに。あんな綺麗な二人の息子で、リュートくんも輝かんばかりに格好いいんだから、自信を持てばいいのに。物語の騎士様とか、王子様がリアルに現れたような容姿なのにね。実際王族の血も引いてるわけだし。
うーーん、更にリュートくんの目が虚ろになってきたからそろそろウルガ兄さんを促さないとリュートくんが餓死しちゃう。育ち盛りの男の子だから危ないよ。ルチェなら既に倒れてる自信があるね!あの子とても軟弱だから!この前もご飯を六食抜いたからって倒れてたし……まぁ、あれは流石にそうだけど……。
「謙虚なリュートくん、そろそろお腹が空き切ってるんじゃないかな?」
「いえ、お構いなく」
「そうだったな、晩餐時だ。
リュート、アルベルを案内しなさい」
「……はい、父上」
落ち着いたからか、ウルガ兄さんに話しかけられて気が引き締まったのか、リュートくんはもうよろよろせずにしゃんとしていた。うん、うちの息子にならないかい……じゃなくて、ルチェと一緒にマナー講座でも受けてくれたらルチェもしゃんとするのかな?どうだろう。
こっそりデレデレした顔を引き締めている兄を見てしまったからなんとも言えない表情になってる僕だけど、ルチェにもう少し貴族の自覚を持たせたいからなぁ。どうしようかな。弓なんて下賎な武器を持ってないで、早くリュートくんみたいに剣を持って練習すればいいのにね。
・・・・
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「すべての命に感謝して」
「すべての命に感謝して」
晩餐を食べる…………いや、食事の時にはいつも気になることがある。「すべての命に感謝して」という言葉とともに食事をとる…………ということが、一般的だが、うちの格好いいクールで素晴らしい(以下略)である息子、リュートは他の者とは違うこともする。
「すべての命に感謝して。××××××」
「リュート、その、『イタダキマス』とは何なのかね? 毎回言っているようなのだが……どのような意味かね? 」
ちょうど、客であるアルベルが来ていることだ。話の種にでも、とリュートに訪ねた所、返ってきたのは思わぬ言葉だった。
「意味としては、『すべての命に感謝して』とほぼ同意ですが、××××××……ええと、肉となった動物、×××××××、コックなどに感謝する言葉です。勿論、その中に父上や母上も含まれています」
「ふむ。独自にリュートが作った言葉なのか?」
肉となった獣に、ましてや使用人のコックにまで感謝を? まさか、そんな教育をした覚えなぞない。その命に感謝しているのだからもういいのに、更に言葉を重ねていたのか?
「…………はい。
ですが、もう言いません」
「いやいや、リュートくんの考え方は立派だよ。貴族だとか、平民だとか、関係ない考え方だ。領主に相応しいよ、君は」
俺が口を開く前に茶々をいれたのは、アルベルだ。確かに、もう言わない、と言うのは止めたかったが…………。その心構えは、確かにやめさせるのには惜しい。だが、それでアースルヴァイツの当主になって他の貴族に、俺達の格好よくてクールで最高に剣が上手い(以下略)な息子が舐められないかが心配で仕方がない。
「では、そうします」
素直にアルベルの言うことを聞いてしまう息子に、父親として涙してしまった。アルベルに、リュートにとっては叔父に、リュートが取られるなんて!リュートはクールビューティーで無口だけどとても優しいから、アルベルなんかの言うことだって聞いてしまうんだ…………。
アルベルは、そりゃあ優秀な弟だ。安心してルシェヴァルツを任せれるぐらい優秀な弟だ。だけど冷酷で残酷なところを持っているというのを兄だからこそ知っている……!ルチェくんが、どれだけスパルタ教育を無意味に受けていると思うんだ!