『6』
ルチェに出会ってから、大体三日起きぐらいに会っている。理由と言う名の口実は、剣術の練習を一緒にやるだとか、勉強を一緒にするとか、親睦を深めるとかだ。正直、遊びたいでも年齢的に大丈夫だと思うのだが言わないでおく。勉強は算数……数術がメインのため、俺の言葉の下手さが露出していなくて助かった。数学……もとい数術は得意だし、前世よりも数術が劣るこの世界のものは今の俺にとって酷く簡単だ。何しろ俺は高校生だったからな。この世界のレベルは……小学生並みよりなお酷い。
とは言っても、ルチェがこっちに来るばかりで俺は一度もルシェヴァルツ家を訪れた事は無いのだが。因みにルシェヴァルツ家もれっきとした伯爵家だ。一応階級的には同じだが、アースルヴァイツ家の方が結構上らしい。血縁関係だから全く気にしないが。というか、よく母上は父上と結婚したな。歴史上、これは珍しい……わけでもないか。女性のほうが身分が低いから、自分より身分の低い男性を婿に迎えるのは……まぁ、正しいか。めんどくさいな、この世界も親の血筋を気にするのか…………嫌になるな、そういう慣習は。
ルチェは同い年だが、何故か物凄く懐いてくれている。そうだな、例えるならば弟が兄を慕うみたいだな。同い年なのに弟が出来たようでならない。失礼かもしれないが、これが本音だ。何かといろいろ新しいことに感動しているのを見ているととても微笑ましい。精神年齢の差を考えされられる……な。感受性豊かなルチェが羨ましい。
まぁ、ルチェは剣があまり得意ではないらしいから、小さいときからやってる俺の剣の腕……(流石に剣術から半分逃げてるルチェよりは上手いだろう)が羨ましいのか、逃げないのを称えてくれているのかはわからないが。ルチェには俺がやる気もない弓術がとても上手いと聞いたから、それを誇ればいいんだがなぁ。だが、どうしても剣がいいらしい。なら逃げるなよ。
俺が剣術から逃げないのは単に好きだからなんだが、ルチェからすれば信じられないんだろうな。あんなに怖がっているものなのに、どうして俺が持っているなら全然怖がりもせずに近寄るのか…………謎だ。
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晩御飯……もとい晩餐を食べるために両親と食堂に向かっていると、何やら屋敷が騒がしい。途中まで一緒に来ていた父上も騒ぎの方へ行ってしまった。
「リュート、私たちは食堂に行きましょうね」
「はい、母上」
母上は騒ぎをあまり気にした素振りもなく、俺と共に食堂へ向かう。まぁ、武術の手練れの召使いはこっちにいるから心配ないんだろうな。俺もあの黒いレイピアを持っているし。護身術なら、同い年の貴族よりは自信があるからな。
「リュディトゥ様、ウルガ様がお呼びで御座います」
「まぁ、あの人ったら。リュートは剣のお稽古でお腹が空いているのに。仕方ないわね、行ってらっしゃい」
「はい、母上。
……父上はどこにおられる?」
さぁ席に着こうとしたときに、父上直属の執事が俺を呼びにきた。灰色の髪をオールバックにした、これぞ執事!という感じのする人だ。初めて会った時には大分テンションが上がった。どうやら根っこの方の価値観は変わらないらしい。可愛らしい小物だって集めはしないが見るのはいいと思うままだからな。ま、よく見えないんだが。
それにしても何の用だろう?父上はいつも想像もしないことを、妙なタイミングでされるからよく分からない。
「ウルガ様は客間で御座います」
「分かった。
……下がれ」
「畏まりました」
客間、ね。入るのは二回目だ。一回目はルチェと会ったとき。豪華でキラキラした応接室はあまり親交を深めるのに適さないと母上が言って、それで客間だったんだが…………。
あれだ。備えてあるベッドの上で、最後の方にはルチェがポフポフ跳ねてたな。更に弟感が増した。ちょっと羨ましかったからその夜に自分のベッドでポフポフしたら、精神年齢いくつだよ、という自己嫌悪に浸った覚えが…………。でも、そうだな……正直、楽しかったな。童心に帰るのもいいことだ。
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「…………父上?」
「晩餐は客人と食べることになった。リュートには客人を食堂へ案内をしてもらおうと思ってな。リュートを紹介する約束をしていてな」
「はい」
了解しました、とか承知しました、という言葉は使わないようにしないと、父上が怒るからなるべく避ける。使用人みたいなことを言うんじゃない、と怒られるからな。だが、そうすると更に話す言葉が少なくなってしまうんだがな。
「アルベル、入るぞ」
父上は俺の返答に満足げに頷くと、ノックもせずに客間に入った。アルベル、というのが客人の名前か…………。
父上が、何故か無礼なことをしているが、いいのだろうか? ノックぐらいはしてくれよ。見てるこっちが嫌だ。
「やぁ、兄さん。リュディトゥくんの前でそんな無礼なことしちゃ駄目だよ、真似するかもしれない」
「リュートは人一倍賢いから大丈夫だ。
リュート、こいつはアルベル。私の弟で、ルーウェンスくんの父だ」
父上が俺をかなり買い被り過ぎだが、人間として真似はしないから強ち間違いでもないな。親しき仲にも礼儀ありだろ…………。父上。
紹介されたのは、父上によく雰囲気が似た白髪の男性。成る程、確かにルチェにも何となく感じが似ている。いや、父上が金髪だから(流石に目が悪くとも色は分かる)、二人とも銀髪かも知れないな。ならルチェは若白髪じゃないんだな。酷い勘違いをしていたようだ。
貴族なのに妙に垢抜けているもんだから、苦労が髪に出たのかと思ったが……違ったんだな。それは失礼なことをしたな……。
「初めまして、叔父上」
「初めまして、リュディトゥくん。いや、リュートくんでいいかな?ルチェから話はよく聞いているよ」
ルチェから話を聞いているって何だ。もしかして、自分の名前ですら舌っ足らずだったのを言われたんだろうか。恥ずかしいこと……言われたのか?
あれは俺が言葉の壁にぶち当たって滑舌の鼻っ柱をへし折られただけだ。忘れて欲しかった。
「…………それは、どのような話でしょうか?」
「リュートくんは剣が上手くて、格好いいんだーー!って、昨日小一時間程語ってくれたよ。うちの息子はリュートくんの大ファンだね」
……………………頭が、痛い。何を語ってるんだ。語るべき事なんかないだろ。強いて言えば使ったレイピアぐらいだろう?このレイピアは本当に良い物だから、褒め称えるのはわかるが……。
それでも、そんなものに小一時間も語らないで欲しいな……。
「間違いなく、叔父上やルチェや父上の方が整った顔立ちをしていらっしゃります、とお伝え下さい」
「あはは、リュートくんは謙虚だなぁ」
今朝の朝ご飯のとき、銀食器に顔が映っていたから、転生してどんな顔になったのかと思ってよく見てみたが、艶やか(母上の髪の毛は目が悪くとも分かるほど綺麗だ)な黒髪の母上と違った、ただの平凡な黒髪に、多分父上譲りの、金色っぽい色の目をした、明らかに目つきが悪い、痩せっぽっちの少年でしかなかったからな。鍛えているのに。にしても見様によっては不気味な黄色の目だ。キラキラ輝いているであろうルチェの黒目が羨ましい。眼の色が薄い人間って偏見だが怖い。何を考えているのか分からない。勿論、俺のことだが。表情に感情を出すのが苦手だからか……?
これは……間違いなくルチェは持ち前の剣術補正で俺を見たな。ルチェも頑張ればすぐに俺ぐらい抜かせるんだがな。俺の体のスペックは前よりはいいが、決して良くはないんだが…………。勿論、身体的な意味でも、精神的な意味でも……。
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