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少し前に、十年ぶりの帰還を果たしたばかりの生家へ帰った俺たちは、魔王統治のせいで外観を気にしていられなくなったのか、酷く荒れ果てた庭にある正門の扉を叩くなり、真っ先に飛び出してきた両親にまとめて抱きしめられたよ。
そう、「綾香」のことを二人とも知らないはずなのに、……俺のことだって「黒髪のリュディトゥ」しか知らないはずの両親は迷いもせずに俺たちを抱きしめてくれたんだ。
「お帰り、リュディトゥ。私たちの子どもたち……」
「お帰りなさい、子どもたち。
ふふっ、不思議そうな顔も可愛いわ、格好いいわよ。私たちにはあなたがどんな姿になっていようと、二人に分かれていようと分かるのよ。だって私たちの子どもなんだもの」
やっぱり両親は偉大だった。少しだけ感じていた不安は吹き飛んで俺は小声で二人にただいまと言い、隣の綾香は少し涙ぐんでいた。きっと、俺以上に受け入れてもらえないかもしれない、とか綾香らしい余計なことを考えていたんだと思う。でもね、綾香。分離して改めて両親を見てみれば絶対に分かってくれるって確信出来たよ。ね、綾香も…………そう思ってるよね。二人は、俺たちのことを分かってくれるって。
「ただいま帰りました、父上、母上……」
「おや、女の子のリュディトゥは男らしい話し方をするんだね。
さぁさぁ、みんな中にお入り」
「そうですわ。ルチェくんもオラニウス様も、賢者様も……その魔族の方もお入り下さいな。殺風景な庭よりも心地よいですよ」
そりゃあ、男らしいだろうな、綾香のほうが。
だってさ、今の綾香には所謂「今までのリュディトゥ」そのものの記憶があるんだからね。さぞかし勇ましいだろうな。剣を持ったら。世界を脅し……いやいや、綾香の為にお願いをしてきたから綾香は体重負けはするだろうけで今まで通りの力が出るし、自他共に認める体力馬鹿な体質を綾香にもしてくれって頼んだんだから。脅し……お願いの材料は綾香の今までの努力を吹き飛ばす気か?ってドス効いた声で言っただけだし。綾香が体を鍛えてくれたお陰で指をベキベキ鳴らせてよかったと思うよ、うん。多分あの空間では世界は実体化してたんじゃないかなぁ……なんて。
綾香の強い心と半分混じった俺の意志……は上手いこと綾香が弱虫にしなかった……それから、前世の綾香には無かった丈夫な体というね、いいとこ取りをした「リュディトゥ」の記憶があるんだから。綾香は勇ましいよ。男らしいよ。間違いなく今の俺よりも。
そうだね……今の俺はただの、綾香の記憶をわずかに知る……魂の繋がりは一応薄くなったから魔法は使えるらしい……ただの男だし。しかもかなりの小心者な。綾香の使う異世界語で言えば「ヘタレ」な。アルバ先生みたいに格好良くなれたらいいんだけどね。残念、全部綾香が持ってったよ。
「で、何がどうなってリュディトゥが二人になったのかね?」
記憶に霞がかかる懐かしき食堂で、少し前に会ったばかりなのに何故か酷く懐かしいと感じる使用人の面々に囲まれた俺と綾香は問われる。
そんな俺たちの後ろには、物珍しさにきょろきょろしているアーフィル・アゼルスと戯れる賢者がいる。これは……叔父馬鹿になったのは間違いないね。それから、背中が焼け付くような熱視線を送ってくるのは間違いなくルーウェンスかな。ルーウェンスは弓士だけど、視線まで刺せるんだね。どうでもいいよそんなこと。なら、此方を伺う怪しい見慣れた黒フードはオラニウスか。フードから覗いてる青い三白眼がとっても睨んでいるように見えたんだけど……もしや、今までフードを被ってたのって……金髪を隠すためじゃなくてその目つき?俺や綾香と一緒で目つき悪いの気にしてたの?おぉ、目が良くなるまで知らなかったよ。
こっちを見てる二人も状況を完全には分かってないみたいだから気になるのかな?二人共さ、俺たちの親友なんだからもっとこっちに来ればいいのに。
「それにつきましては、私から説明します。……その前に父上、母上。あの、……私に名前を付けていただけませんか?私はあなた方の息子のリュディトゥ、ではありますが……今、女ですから」
綾香は胸に手を当てる、貴族の男の礼をとる。我が半身ながら完璧な礼だよ…………ねぇねぇ、俺と綾香はそっくりな顔なんでしょ?そう世界に頼んだよ?でもね、絶対に俺がやってもあんなに格好良くなりそうに無いんだけどどうしてかな?今の綾香の格好ってボロボロの、幽霊の時から着てる白いワンピースに俺の上着を羽織っただけ。なのに綾香、ものすごく「男装の麗人」って感じがして格好いいんだけど…………圧倒的敗北感だよ。
あと、余談だけど俺……というか綾香をすごく尊敬してるルーウェンスの気持ちがよく分かった。確かにあんな人みたら惹きつけられもするよ。尊敬もするよ。
ちょっと俺って綾香の世界の言葉では「しすこん」かな?いいじゃないか。
「そう、だな。君は女の子なのに男の名は辛いだろう……」
父さんは考え込み、母さんは目をキラキラさせていた。耳に飛び込んでくる言葉には……女の子も欲しかった、可愛らしいお洋服を着せなきゃ、でもリュディトゥとお揃いも捨てがたい……って…………うわぁ、母さんが暴走してるよ……。何だよ、ルシェヴァイツ家にアースルヴァイツ家!貴族のくせに!由緒正しい家じゃなかったっけ?……自分もアースルヴァイツ家とルシェヴァイツ家の血を引いてるけど、見事に変人奇人揃いじゃないか……。も、もしや俺も無自覚だけど変人……だったりするのかな?
「あなた、彼女の名前はリュディトゥにちなんでつけましょうか?」
「いや……。リュディトゥの意味は『勇敢』になる。女の子にそういう意味を付ける訳には……」
相談しあう両親をぼんやり眺める綾香を物凄いスピードで採寸していく。あ、何か布を運んできてる……うわっ、何あの速さ!布を裁って縫う速さが綾香が俺の体を使ってる時ぐらい早いよ!




