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白髪の爺は不思議な光を手に宿し、それを俺の腹に向ける。何故か無くなっていたあの怪我…………そうだ、俺は死という繋がりを持って偽物に触れたんだった……あの怪我のあたりを照らしていた。それを俺は、考える力もなくぼんやりと見つめているだけ。
すると不意に体のけだるさがなくなり、俺は体を起こした。
『すまんかった、すまんかったの。
わしは、……いわばこの世界じゃ。主らを今まで見守ってきた存在じゃ……』
『せ、かい?……あなたは神なのですか?』
俺の気持ちを代弁してくれるように綾香が言う。爺はそれをすぐに否定した。……何故か綾香は金髪になっている。
『神はわしのような弱き存在ではないのう。わしはこの世界。この世界を見守り、この世界とともに消え去ってしまう存在じゃて。
……綾香と言ったか、そなたはこの世界のものではないの……、わしは、そなたの世界の神から主を頼まれていたのじゃ……』
世界と名乗った爺は透けていない綾香を慈しむように、だけども哀れそうに見た。…………、俺の横にペタンと座りこむ綾香は不思議そうに見返した。
『すまない、すまなかったの……主の偽物が居たのも、主の世界の異変も、主が新たな体を持つことが出来なかったのも……わしのせいじゃ』
『え……何の話です……?』
ぽつり、ぽつりと爺は事の起こりを話し始めた。
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世界は、無数に存在している。地球のあった、綾香の前世の世界もその一つであるし、リュディトゥの生まれた世界もその一つだ。
綾香は神によって無作為に選ばれた、魂の被験体の一人であり、リュディトゥもまたそうだった。魂を世界を飛び越えさせて移動させる。魂が似通ったもの……つまり、綾香とリュディトゥをそれぞれ異なる世界の魂の持ち主である双子を誕生させ、密かに実験をするということだった。
本来綾香は世界を飛び越える前に記憶を消される筈だった。だが、彩花の魂は奇跡か何かのような確率で神や世界の手からすり抜け、暫くの間彷徨っていた。その間に綾香の魂に「記憶」や「能力」が定着してしまい、離れなくなったしまったのだ。
被験者を変えようにも、綾香と今から産まれる予定のリュディトゥほど異世界間で似通った者は他にいなかったのだ。
仕方なく神はその綾香の魂をリュディトゥの世界に渡すと予定どおりにするように伝えた。
ここで、また問題が発生する。世界は失敗を三つもしてしまったのだ。初めての試みだったから、だろう。
一つ目の失敗は綾香の新しい「体」を創ることなくシェーラの体に魂をいれてしまったこと。世界はこれ以前に世界に属するいかなる生物にも干渉したことがなかったため、気づくことすら……リュディトゥが産まれるまでなかったのだ。
二つ目の失敗は綾香の前世を知ってしまい、平和な国に生まれたのにもかかわらず、荒れに荒れた自分の世界よりも命の危険のあった綾香の人生に同情したことだった。いや、同情したことよりもその後にしてしまったことが問題だろうか。世界は、綾香がリュディトゥと共に存在していることに気づく前にリュディトゥに「祝福」してしまったのだ。その「祝福」の恩恵は剣や魔法の才能や、不屈の精神などだった。だが、祝福を受けることによって綾香は深くリュディトゥの体に結びついてしまった。そう、自我が弱いうちならば双子ではなくとも綾香を移すことは可能だったのだが、それは不可能になってしまったのだ。
三つ目の失敗はそれに由来する。リュディトゥと綾香が別々に生まれたわけではないと気付いた世界は綾香を引き剥がしにかかった。リュディトゥは自分の体であるからいくら自我が弱くとも離れることはないからだ。だが、リュディトゥほどに強固に体に結びつく魂は千切れ、分離したのは一部分だけだったのだ。それは……綾香の心に潜む闇だった。綾香が目をそらし続けたことばかりが引き剥がされたのだった。その引き剥がされた心の一部こそが偽物の綾香であり、綾香自身がトドメをさしたため今は元に戻っているが……。
リュディトゥが自ら瀕死の怪我を負って一時的に死の世界と生の世界の両方に属した時、世界は偽物が綾香によって消えたのを確認して二人を回収した。
そして、ウルガとシェーラの遺伝子から形成された空っぽの体に綾香を宿し、「正常」に戻した後……二人の人生を滅茶苦茶にしたことを詫びに来たのだった…………。
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「りゅうと、りゅうと……、どこに、行っちゃったの、ねぇ、りゅうと、りゅうと……」
壊れたようにリュートとアヤカがいきなり掻き消えた空間に座り込むルチェ。正確には知らないが、最低でも十年は共に生きてきた親友が消えてしまったのだから……そうなるのも無理はなかった。どこか冷静になった俺は、無言でリュートが消えた場所を見つめるだけだった。そこには、流れたリュートの血が残っていて、リュートが存在したということが嘘ではないと知らしめていた。




