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オランは心底嫌そうに偽物を見て言う。そんなオランを少しの間、不思議そうに眺めた偽物は次にニヤニヤ笑いながらオランの周りを旋回した。はたはたと揺れる黒いワンピースの少女の顔が不気味でしょうがない。しかもこっちのアヤカちゃんは髪の毛をだらんと伸ばしていて不気味さを更に煽ってるし。
「あらあら、高貴なる王子様には私みたいな悪人、見たくもないみたいねぇ」
「………………」
さっさと無視を決め込んだオランは黙って返事をせず、それを見てまた偽物は声をあげて笑う。……早くどうにかして欲しいけど、どうするんだろう。偽物を魔王の息子の体に押し込むわけにはいかないし、本物のアヤカちゃんと融合させるわけにはいかない。勿論、誰の体にもこんなに危ないやつを押し込みたくない。
出来れば跡形もなく消したいけど…………本物も、偽物も……つまりアヤカちゃん、精霊じゃなかったっけ。幽霊だとか言ってたけど精霊呼びの魔法に引っかかってたし…………。精霊みたいな強力な存在をどうにかできるのは神様しかいないよ。仮に賢者がどうにか出来るなら多分、莫大な力がいるんだろうね、やってないから。
「まぁいいわ。私はあなたたちに触れないし、せっかくのいい器だけどリュディトゥくんも本体のだからとれないしねぇ」
ぶつくさ勝手な文句を言いながら偽物はふわりと天井すれすれまで舞い上がり、リュートたちの方へ急接近する。危険に気付いたリュートは走って逃げるけど…………あれじゃあ、間に合わない。同じスピードを出せれば逃げれるけど、予備動作の無いアヤカちゃんは逃げられない……!
「……綾香を、渡すものかぁっ!」
金髪のリュートは、迫る偽物に大剣を向ける。だけど……偽物は一際大きく高笑いすると剣をすり抜けた。そしてそのままリュートの体を通り抜けてその先にいるアヤカちゃんの方へ向かおうとしたけれど…………。
「ぐ、あがぁ……な、何故……貴様ガァ……!」
「俺は、綾香の半身っ!てめぇみたいな偽物を止めれずして綾香の半身なんか名乗れないんだよッ!」
その時僕が、見たのは。
偽物に向けた剣を自らの腹に深々と突き刺して、もう片方の手で偽物の首を絞めあげるリュートだった。
だらだらと真紅の血を流すその、リュートの姿は夜空の星が点滅するかのように、また、アヤカちゃんと同じように半透明に変わっていく。ぶわっと巻き上がった風が結界に叩きつけられていた。
血が流れて半透明になればなるほどリュートが偽物に与える力は強くなっていく…………。本物のアヤカちゃんは、悲壮な叫び声をあげた。
僕は、ただただ目の前が真っ白に変わっていくのを感じて、絶望や、悲しみが体を満たしていく。本能的に分かる、あの傷では助からないと。あのままじゃあリュートはアヤカちゃんのように生身の人間じゃなくなる。最悪、消えてしまう……!
「リュ、リュディトォォォォッッ!」
硬い結界の壁に渾身の力で体当たりする。力が漲る体に、オラニウスの魔法を感じ取った。
ガンッ!ガッ!バリンッ!
あんなに硬かった結界は砕け散る。その結界を抜けると、無我夢中で走った。
『き……さ……ま……』
虫の息の偽物に本物のアヤカがトドメを刺すのと同時に僕は光の彼方に消え去るように薄らぐリュディトゥにすがりつく。涙が頬を伝った。それをぐいっと拭って、腕にこれでもかと魔力を注ぐ。
回復の術式を詠唱無しで行い、ひたすら注ぎ込む。駆けつけたオラニウスは、僕の少ない魔力を補うように後ろから魔法を長々と唱えていた。
「……きんいろ、けが……」
「剣士殿、何故……自己犠牲を……!」
賢者の嘆きと妙に幼く舌っ足らずなアーフィルの声が聞こえた。賢者は、魔法を唱えながらも無駄と悟ったのか、アーフィルの目を逸らさせようとした。
…………僕が覚えているのはそれまでだった。
・・・・
・・・
・・
・
「……!……でぃと、りゅでぃと!」
綾香の声が聞こえる。泣いているみたいに、しゃがれた声だ。ゆさゆさと体が揺すられている。…………揺すられている?
…………綾香。
制止しようと思って、声を出さずに呼びかけても一向に返事は返ってこない。いつも通りなのに……。魂の繋がりが切れたのかと思って不安になった。
綾香の姿を確認しようにも目は、鉛のように重くて開けたくないし、声も出したくないぐらい疲れているのに。…………何でだっけ?
「……あや、か」
疲れているけど今度は声に出して綾香を呼ぶ。綾香と同じでかすれた変な声だった。
すると一瞬の沈黙の後、激しい揺さぶりが止まった。そして今度は小さな嗚咽が聞こえ出す。
「うっ、うっ……りゅでぃと、りゅでぃとぅ……」
泣きながら俺の名前を呼ぶ綾香を一目見ようとまぶたを持ち上げた。すると…………。
『すまんかった、主らが幸せになればと思ったのじゃが…………』
飛び込んできた「透けていない」綾香の姿と一緒に目に飛び込んできたのは真っ白な空間と、白髭の爺だった。
次、次章です。
そして物語は終局へ。




