『5』
「では、中庭でいいか?」
「うん!」
中庭。僕はまだ見ていないけど、そこで剣を見せてくれるんだ!きっとすごく綺麗なんだろうな……。もちろん、リュートくんの演舞がだよ!きっとリュートくんが持ったらどんな剣でもすごく綺麗な剣に見えるんだろうけど、演舞でも素振りでも楽しみだよ!
僕は……剣が怖くて持てもしないし、そのせいで…………ううん、なんでもない、なんでもないんだ。
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「ルチェはどんな剣が見たいんだ?」
どんな、剣……?リュートくんにはどんな剣でも似合うんだけど……リュートくんは、今、ちょっぴり騎士っぽい、格好いい服を着ているから……。
「んとね、リュートくんに似合うようなレイピアかな!」
実は僕が習おうとしている剣の種類もレイピアなんだけど、それだけじゃなくて、リュートくんに似合うと思って。うん……一応、少しは同じ血が流れてるんだよね?嘘みたい。
レイピアみたいな細い剣でも怖くて持てなかったなぁ……。
「待っていてくれ」
「う、うん!」
リュートくんは少し考えるような素振りをしてから、走っていったよ。あっちに剣を置いているのかな?ワクワクしてきたよ!にしても足、早いなぁ。
少し待ったら、リュートくんの軽快な足音が聞こえてきた。剣、だよね?あれ、真剣、だよね?レイピアでも、重いものは重いよね?リュートくんって……同い年の十歳だよね……?なんで、片手に持ったまま、軽々と走れるんだろう……?さっきと全然走っているペースが変わらないんだろうけど……。すごいや……。
そんなに剣って軽いのかな?いやいや、金属の塊だし……。
「待たせたな、ルチェ」
「う、ううん!すごく綺麗な剣だね!」
リュートくんは、鞘から黒い剣を取り出した。黒い剣…………普通なら怖いんだろうけど、リュートくんが持つと、物語のお姫様に捧げる剣のように見えるし、リュートくんの黒髪と同じ色だから、あつらえたピッタリの剣だし、そうだ、黒いのにまるで勇者の聖剣に見えるよ。それに、剣自身もまっすぐな刀身はつやつや光って、とっても良い剣なんだなぁって思うよ!
黒い剣、かぁ……僕、剣が怖くて怖くて仕方がないけど、リュートくんが持っているなら剣だろうと黒色のものだろうと全然怖くないな。多分、リュートくんがとっ捕まえていたら姉ちゃんも怖くないと思うな。
「剣を振ってみせるんだったか?」
「うん!あ……レイピアだから振るんじゃないよね?」
「刺す、だ。練習の時にやる動きならできるが……それでいいか?」
練習でやる……ってことは、普段のリュートくんの動きだよね?見たい見たい!リュートくんがいつもやってるんでしょ?演舞とかではやっぱり「いつもの動き」じゃないからそういうのはあんまり好きじゃないんだけど……いや、リュートくんがやるならいいけど……普段の動きなら、リュートくんのことをもっと知れるかもしれない。
「もちろんだよ!」
僕が頷いた瞬間、リュートくんは剣を構えてすっと動き始めた。
前へ。風に唸る剣を飼い慣らしてリュートくんが軽やかに舞う。コツ、と石畳の地面にリュートくんのブーツがあたって、演劇のように音を立てる。
右へ。ヒュッと空気を切り裂いたレイピアは、太陽の光を浴びてキラリと輝きながらその鋭い切っ先をぶれること無くリュートくんの手の中で忠実に動く。
左へ。勢い良くなぎ払うかのように動かされたレイピアが、建物の影に入って、今度は黒々とした、静かな輝きを湛えて嗤う。ただ、獲物もなく振られるレイピアが、生き物のように嗤う。
バックステップ。隙を見せること無く、下がったリュートくんは、そのレイピアを胸のところに構えた。リュートくんの金色の目と、太陽と闇を半分ずつ宿したレイピアが光り、一瞬の空白があった気がした。もちろん、そんなものなど無いのだけど。
最後に、斜めにつきだしたリュートくんの剣が、鋭く、素早く空気を、風を引き裂いた。
そんな光景を見て、僕は称賛をすぐに出来ず、また……ただ見惚れることしか出来なかった。
そうだ。本の世界の主人公の様な容姿を持つリュートくんが、物語の騎士のようにレイピアを振ってみせた。完全に、完成された彼を見て、そうすぐに動けるはずは無かったんだ。そう何故か僕は思った。
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家に帰った僕は、お父さんにアースルヴァイツでのことを聞かれた。もちろん、お父さんや、その場にいるお母さんにいうことは決めてある。
「アースルヴァイツのことですか?父上の言いつけ通りにリュディトゥ……リュートくんと友達になりました。もちろん、それは僕の意志であり、リュートくんの意志ですからご安心下さい。
それから、リュートくんにレイピアでの短い演舞を見せて頂きました」
「ほう……ルチェ、それはどうだったのかね?」
そう聞かれると思って、帰りの馬車で言葉を考えてきたんだ!リュートくんを、あの格好よさをわかってもらおうと思って!
「そうですね、感想では言い表せれないぐらいの完成度だった、と言うべきでしょうか…………私の主観としては、リュートくんの完成しきった剣の腕前と、彼の完璧なレイピア捌きと、見せ方によって僕の今まで見た物の全てを圧倒しました。たまたまリュートくんは太陽と影の真ん中に立ったかのようにやっていましたが、全ては演出か、または神様に愛されていらっしゃるのですね!そうに違いありません!リュートくんが使ったレイピアはリュートくんの髪の色と同じ黒色で、その良さを見せるために右の太陽、左の影へと移動させているのが素晴らしかったです!風を切り裂くレイピア捌きも勿論、片手で大人用のレイピアを軽々と振るうリュートくんにも感服しました!最後のバックステップも格好良かったです!どんな物語も、どんな演劇も決してあの素晴らしさを再現できないような……そんな演舞でしたよ!あれを超えられるのはリュートくん自身しかいませんよ!」
リュートくんの良さを!ここに伝える!お父さんもわかってくれるはず!もっともっと語ろうと口を開こうとすると、お父さんは僕の言葉を遮るように言った。お母さんも。
「う、うむ。素晴らしい友を得て良かったな、ルーウェンス」
「そ、そうですわね。従兄弟なのですからこれから会う機会もたくさんあるでしょうね、ルチェ」
「はい!」
お父さんもお母さんもわかってくれてよかった!
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ウルガ・アッディ・ルシェヴァルツ=アースルヴァイツ…………いや、兄へ
うちの息子が、そっちの息子……リュディトゥと友達になれたようで何よりだ。有意義な一日だったそうだが…………リュディトゥはどんな子だろうか?ルーウェンスがリュディトゥ……リュートというその子の良さを長々と語っていたんだが…………最早あれは魅せられていた。何者なんだ?結構切実に謎なんだが……。
アルベル・ルデイ・ルシェヴァルツより
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弟へ
堅物のお前が私用の手紙をくれるとは思っていなかったよ。
そうだな、うちの息子はクールでクールビューティで格好よくて無口でも素晴らしい感情を持っていて剣の天才で頭が良くて賢くて優しくて寛大で完璧無欠なんだ。よく分からなかったら会いにおいで。いつでもいいよ。
兄より
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兄へ
兄さんが親ばかなのはとても分かった。近々会いに行くよ。
弟より