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そいつの言葉を否定しながら油断無く剣を構え、最大級に警戒する。ゆっくりと、じりじりとそいつから距離を置いていく。情けないが後ずさりして逃げるしかない、こいつから目を逸らしてはいけないと本能が五月蝿く言うからだ。
『あは、そんなに怯えないでよ、リュディトゥくん。私と綾香は同一なんだからむやみやたらと同胞の君に危害を加えたりしないし、……何より、邪魔で鬱陶しい魔王を殺してくれたんだからさ。君には凄く感謝してるんだよ?』
とんでもない事を宣いながら綾香の顔、つまり前世の俺の顔のそいつは醜く嘲笑う。そいつの目の中に移る俺は目を吊り上げて睨んでいた。……何故こいつはこんなに笑う?前世の俺の人生はそれはそれは狂気的なものだったが、ここまで狂った性格をしていたわけではない。
危険だと改めて感じて距離をおこうと、後ろへ下がれば下がるだけそいつは近付いてくる。まるでいたちごっこだ、とうとう壁に追いやられてしまった。
『そうそう。リュディトゥくん、その通りだね。君って頭が良いね。
あはは、君と同じで私は魔法が全然使えないんだ。魔力は膨大に持ってるんだけどあっちの世界の記憶や魂って魔法を意地でも使わせないみたいなんだ。
だけど私は今、立場は魔王の息子。
つまり……私の代わりに魔法を使ってくれる下僕がいっぱいいてね……私が思う日本語を喋らせるんだ。ふふふ、魔法じゃなくて科学も進んでいるんだよ、魔族の世界は。だから声帯を私の代わりに使う下僕がたくさんいるんだよ』
目の前でパチンと指が鳴らされる。その瞬間、溶けだしたように空気から屈強な男が現れる。部屋の薄暗さのせいで五メートル程向こうにいるその男の顔はよく見えないが、真っ直ぐに立っていられないらしくふらふらとしていた。
『そのいっぱいいる下僕ってね、全部使い捨ての雑魚なんだけどよねえ。声帯に細工されてちょっと従いやすいように加工しただけでこのザマなんだよ。こんな風に体力馬鹿な暑苦しい男じゃなきゃ、立っても居られないほどなんだよね。真の魔間族の落ちこぼれの癖にこれくらい役に立てばいいのに。
…………あ、リュディトゥの体って魔力が大量にあるみたいだから羨ましいな。この下僕よりもいっぱいあるね。使い捨てのこいつら、ちょっと強い魔法を使わせたら簡単に壊れるんだもの。
たまに三人がかりでやっても足りないこともあるし……まぁ、リュディトゥの体はたとえ分離している時でも綾香の魂の影響があるから使えないんだけどね』
そいつが下僕と呼んだ魔族はふらふらとそいつの元へ歩いていく。つまり、俺の方へやってきた。
「下僕、『炎』だ」
「はい、アルフィー・アゼルス様。『炎』」
無感動に読み上げられた言葉通り、いきなり炎が起きる。部屋が燃え上がったの如く。
俺と同じくアルフィ……ス?という長い名前の(俺が言うなと言われそうだが)魔王の息子にも魔法は効かないらしく、炎に包まれながらも平然としている。反対に、魔法を使った魔族の体は焼けただれていた。悶えているが悲鳴を上げない。そして足もくっついたように地面につき、その場から動かなかった。ルチェ達は賢者様の結界の中なので無事なようだ。
「あぁそうだった。君にも魔法が効かないんだよね……。紛いなりにも叔父さんがついてる後ろの人間さんにも魔法が効かないだろうし……。うーん、使えないね。じゃあ下僕。じゃあね」
相変わらず目の前にいるアーフィス?はにやにやと楽しそうに笑いながら言葉を紡いだ。
「消えろ」
「御意。ありがとうございました、アルフィー・アゼルス様」
男は深々とアルフィーに礼をするといきなり倒れた。ぴくりともせず、死んだように動かない。
「消えろとか死んじゃえって言えば下僕は舌を噛んで死ぬんだ。ふふっ、便利でしょ」
『外道め…………仁義無き、理由無き殺戮を起こすのか……アルフィー……!』
「へぇ?やったことはリストカットに自殺未遂、殺人未遂に恐喝、趣味は人の不幸を笑うこと。そんな綾香の記憶と意識を持つリュディトゥくんが言えるの?」
忌むべき記憶を、今では理解不能の行動をほじくり出しながらアゼルスは笑う。さっきとうってかわって爽やかな少年、いや青年の笑顔だ。細められた目に浮かぶ感情は、読めない。
「いや、いいんだよ?私はね。だって部分的にリュディトゥくんと私は同一なんだからさ、認めるよ。そういうの。
あぁごめんね、リュディトゥくん。そんな、絶望したような目にならないでよ。今世の君は勇敢さ。愚かな人間とは違う理由で魔王を殺してくれたじゃないか。
…………まっ、魔王が命をかけて封印していた私を解き放つことになったんだけど」
優しく微笑むアゼルスが俺の頭に触れた。優しく、そっと頭が撫でられる。たまらなくなって俺は壁を蹴り、直進しながら剣を振るい逃げた。
想定どおりアルフィーは俺の剣を避け、一時的な自由を得る。部屋の中央に躍り出た俺は油断無く剣を構えながらアルフィーの次の行動を待った。
アルフィーは、絶望したかのように両方の目から涙を流しながら、声をあげて笑っていた。




